「あーん、やっぱり今日も遅刻だよう;」

 今日こそ早く起きようと思っていたのに
 結局ギリギリに家を出て全速力で学校に向かう毎日
 もう・・・息が苦しくてだめだあ;


「うっさぎちゃんおっはよー!! 
お先ーっ」

 その横を風のように過ぎ去っていく美奈子ちゃん


「美奈子ちゃーん、待ってよっ 
・・・はあ・・ひどいよう」

 閉まっていく校門の扉
 それをひらりと華麗に飛び越える


「生徒会の皆さんっ 
これ、セーフにしといてよね!!」

 相変わらず身軽ですごい

 あたしは、というと
 ここまでで体力を使い切っちゃってもうへっとへと・・
 最後の力を振り絞って校門に手を伸ばす


「はあ・・・あと、もう少しい」



ガシャン

チャイムの音と共に目の前で閉まる扉


「あうっ」

「はい、月野さん 
今日も遅刻ですね」

「う・・・うえーーん!! 
また先生に怒られるう;」




「惜しかったな 
いや、狙い通りなのか」

 生徒会室の窓から眺める朝の光景
 変わらない、のどかな一日の始まり

 あどけないその様子を
 高見の見物するのが最近の日課になってきた


 不思議だ
 どこにいてもおまえの事はなぜだか分かる

 全校生徒を前にして話をしている時も
 気が付くと視線が彼女を見つけている
 なぜあんなに多くの人間の中から
 たった一人のおまえを見つけられるのだろうか

 どうやら
 わたしには彼女限定で不可解な能力が備わっているようだ


「くくっ 
・・・何だそれは」

 自分で言っておいて可笑しくなった


「会長? 
外で何かおかしなことでもあったんですか?」

「ああ、いや別に何も・・・」

 冷静な様子を装い振り返る


「そろそろホームルームだな、戻ろうか」





 生徒会室の鍵をかける様子をじっと眺めた
 それを待つ時間すら惜しい


「鍵は私が返しておきますね」

「ああ・・・頼む」

 その後姿を少し見送り背を向ける



「さて と・・・」

 ようやく一人になれた
 生徒会室にはいつも近くに誰かがいて
 落ち着くことなどできやしない

 朝のひと時は
 あいつの間抜け面を鑑賞する貴重な時間だというのに

 このまま教室にまっすぐ戻るのも物足りないな
 ・・・5分くらいなら時間もある


「どれ、少し寄ってみるか」

 おそらく先生に怒られて
 廊下にでも立たされているのだろう
 肩を落としてベタにバケツを持って

 ・・・想像しただけで笑いが込み上げてくる
 時間が惜しくて早足で彼女の教室へと向かった





「ううっ・・・ひどいよ先生ってば
ホームルームまで廊下に立って反省しろだなんて」

 しかも、バケツまで持たされて
 恥ずかしすぎる・・・誰も来ませんように

 でも こういうときに限って
 なぜか一番見られたくない人に会ってしまうのよね


 その祈りもむなしく
 予感は驚くほどに的中する



 コツ・・コツ

 静かな廊下にどこからか響いてくる足音
 もうすぐホームルームなのに・・誰が廊下なんて通るのよ
 みんな教室に入ってるはず

 先生?・・じゃないような気がする
 なんか嫌な予感・・・


 少し体を強張らせ
 俯いて近づいてくる誰かを待った


 どんどん大きくなっていく靴音

 そのままやり過ごせば良かったのに
 つい気になって顔を上げる


「・・・げっ!!」

 神様は意地悪だ・・・
 どうして嫌な予想ほど当たってしまうのだろう
 今一番会いたくなかった人が
 含み笑いを浮かべながらこっちにやってくる
 こんなところ見られて・・・またからかわれるじゃない


 顔が急激に熱くなっていく
 どうしよう・・・真っ赤になってるかも

 早く、通り過ぎて



「・・・・・・」

 遠くからわたしが近づいていく様子を
 何度も気にして視線を送ってくる

 期待を一切裏切らないその姿に
 この時点で笑い崩れてしまうそうだ
 もう少し距離が近くなるまではと、それをなんとか堪えた


 互いの距離が一番近くなるその瞬間
 ふっと周りの空気が変わる
 ゆっくりと流れていく二人だけの空間
 そこで目が合うのはほんの刹那

 心地よい空気に包まれたまま
 彼女の前を無言で通り過ぎた
 その風を感じたくて、ついおまえに会いに来たくなる

 上目遣いでこちらを見上げてくる
 その可愛い子ぶるかのような瞳に笑いかけた


「・・・くくっ」

「・・・っ!」

 束の間の逢瀬が終わり
 振り返らずその場を去る




「何よ、あれ」

 今、すれ違いざまに笑われた気がする

 何も声はかけられなかったけど
 横切る時にちらっと見下ろされて
 からかうような笑いが口から漏れていた
 なんだかあの人には
 いつもかっこわるいところばかり見られている気がするよ


 ・・・あれ?
 頭に何かがひっかかった

 生徒会室から教室に戻る所だったんだろうけど・・
 ここ 通るっけ?
 ・・・通らないよね

 ん?
 んんん?

 何しにきたんだろう
 ・・・もしかして
 わざとからかいにきてるのかな

 なんだかそれって構われてる?


「んむむむっ」

 訳のわからない彼の行動に
 いつもあたしは悩まされてばかり



「うさぎちゃん 
もうそろそろホームルーム始まるよ」

「あっ ・・・うん」

「どうしたの?」


「今ね、せんぱ・・ 
・・・会長が廊下を横切って行ったの」

「えーっいいなー! 
もうちょっと早かったら会えたのにい!」

「惜しかったなーっ」


「全然惜しくないよっ 
どうしてみんなそんなにあの人の事気にするの?」

「だって大人で優しくって 
あんなにかっこいいじゃない!!」

「憧れの先輩・・・だよな」


「嘘だあ! 
あんなにいじわるで言葉だって乱暴でさ

何考えてるのかよく分かんない人いないよっ」

「何言ってるのよ、うさぎちゃん」

「そんなことないぜ?」

「うっ・・・」

 両側から突っ込まれる

 確かに・・・
 よく見ているとみんなには優しいんだよね

 じゃあどうして・・あたしばっかり?


「ねえ、なんでいつもそんなに会長の事悪く言うの?」

「あのね・・・ 
なんだかあたしばっかりいつもおちょくられている気がするの 
よくからかってくるしさ 
全校集会のときとかも 
なんかずーっとこっちを見て威圧してくるし・・・」

「やだーっそれって自意識過剰よう」

「気のせいさ」


「・・・そうかなあ?」

 そうなのかもしれないけど・・・なんかもやもやする


「あんまり気にしすぎてると剥げるわよー?」

「やだなあ;美奈子ちゃんたら」


「ほらほら、先生きちゃうから教室に入ろうか」

「うん・・・」

 まこちゃんに促されて教室に入った
 腑に落ちない心がその後もずっとあたしを悩ませる
 二人のいうように、気のせいなのかな

 何を言われても気にしないで
 無視してればいいんだろうけど
 なぜだかこっちまでムキになっちゃうんだよね・・いつも


「はあ、あたしってば・・・ 
最近少し変かも」

 頭から彼の事がずっと離れてくれない
 気にしすぎだと思えば思うほど
 意識しちゃう気がする

 頭の中はいつでもどこででも
 まもちゃんの事でいっぱいにしていたいのに
 こんなんじゃ・・・だめだよ




 こうして今日も何気なく一日が終わった・・・


「みんな部活に行っちゃた 
・・・あたしも行こうかなあ」

 一人ぽつんと廊下に立ち尽くす
 なんか気分が乗らない


 ・・・・・・

 少し悩んで歩き出した
 足が向かったその先は、屋上への階段


「いるの・・・かな?」

 また来い って言われた
 ・・・その言葉に従っているわけじゃないんだけど
 気が付くとここに立っている自分がいる


「・・・もし居たら一言文句いってやるんだから!」

 パンッ と頬を叩いて気合を入れ直した


「よし!!負けるなっあたし」

 って、いるかも分からない相手に
 何意気込んでいるのかな・・・あたしったら


 どきどきしながら階段を一段ずつ上っていく

 いないかもしれない・・・
 ううん、いる方が確立は低いのよ
 でも・・・




「・・・遅かったな」

「・・・!!」

 その声に心臓が飛び上がった

 期待通りだなんて思いたくないけど
 その姿を確認して少しほっとしている自分がいる
 それってやっぱり・・
 いて欲しかったって事なのかな

 また寝ているのかと思ったら
 階段に座ってこっちを眺めていた

 まるで誰かを待っていたかのように
 ・・・あたしが来るのを知っていたの?

 ていうか、遅かったって 何よ


「やあ、今日も遅刻した月野うさぎ君」

「・・・っ・・」

 いじわるそうに微笑を浮かべる
 からかってくるときは君付けなんだよね、この人


「わざわざ遅刻者名簿に名を連ねて・・・ 
わたしの目につくようにわざとしてるのだろ

構って欲しいのか?」

「ちっ・・・違います! 
あなたこそいつも何であたしに突っかかってくるの? 
今朝だって・・・」

 言葉が止まった

 まるで、あたしに会いに来たみたいだった
 ・・・なんて言ったらまた自意識過剰って言われるよね

 言い方を代えて聞いてみる



「あたしの事ばっかり、どうしてからかうの?」


「・・・さあ、どうしてだろうな」

 曖昧に返された


「答えに・・・なってないよ」

「・・・・・・」

 どうして自分だけからかうかだと?
 ・・・少し考えれば分かるだろうに
 それとも
 わざと知らぬ振りをしてわたしを試しているのか?



「おまえは 特別なのだ」

「はい? 
何それ・・・意味分からないんですけど」

 訝しげな視線をこちらに向ける

 ここまで言っても分からないだと?
 ・・・鈍感にも程がある


「だから・・・特別だと言っているだろう」

「そんな、別にいいですってば! 
特別扱いなんてしてからかわなくても 

第一、あたしがみんなとどう違うって言うのよっ」


「・・・もう良い」

「はいい? 
勝手に自己完結しないでっ 

・・・ちょっと!!」

 こいつには、どう言えば伝わるのだ
 無邪気というか無頓着というか・・・

 考えただけで頭が痛くなる



「・・・なぜそんな所にずっといる」

「え?」

「こちらに来い・・・話をするにも遠いだろう」

「あのねえ・・・ 
なんでいつも命令形でしか物を頼めないんですか?」


「いいから、来い」

「もうっ・・・」

 威圧してくる態度に反発しつつもそれに従い
 彼のいる階段の一段下に腰を下ろした

 ためらいがちにその瞳を見上げる


「・・・・・・」

 きょとんとした青い目がわたしを覗き込んでくる

 またこの瞳に会えた
 どれだけおまえに会いたかったか

 夢の中でまでずっと焦がれていたなどと・・・
 知る由もないのだろうな



「うさぎ・・・」

 低い声がそっとあたしの名前を囁く
 呼び捨てにされてるのに・・・不思議
 それがごく自然な事のように感じる


「・・・何ですか?」


「今は、幸せか?」

 今は って・・・
 昔を知ってるような口ぶりするのね


「特に、嫌な事もないから幸せなんだと思う 
・・・ううん、すっごく幸せかも 
凝りもせず毎日遅刻しちゃうしお勉強もできないし 
それでしょっちゅう先生にも怒られちゃうけど・・・ 
そんなのみんなと話してるうちにすぐ忘れちゃうしさ 

大切な仲間がいつも傍にいてくれて支えてくれる 
みんなといるとこんなに穏やかで平和な日々が 
どれだけかけがえのない物なんだろうって 
改めてしみじみと思っちゃったり・・・」

 やっと訪れた、平凡な生活
 当たり前に見えてすごく貴重な毎日


「って・・・ 
なーにくだらない事言ってるんでしょうねあたしったら 

あははは!」


「・・・そうか、良かったな」

 おまえの幸せそうな笑顔を見れた
 それだけで再び巡り合えた価値がある気がする


「はい、良かった・・です」

 あれ、馬鹿にされると思ったのに
 意外にちゃんと聞いてくれたよこの人




「・・・・・・」
「・・・・・・」

 会話が途切れると急にぎこちない空気が流れてくる


「えと・・・ 
先輩は学校 楽しい?」

 耐え切れなくて話題をふった



「ここで 
おまえと同じ時を歩んで行ける事がわたしは嬉しい」

「???」

 なんだかよくわかんない答えを返された


「え・・・と・・」

 頬杖をついてじっとこっちを見つめてくる
 少しけだるそうな雰囲気と視線が
 なんだか妙に色っぽいような・・・

 変にどきどきさせられる



「あの・・・」

「何だ」


「・・・そんな目で見ないで下さい」

「どんな・・目だ?」

「どんなって・・・」

 まるで恋人に向けるような・・・
 ひたむきで真剣な熱い眼差し

 なんか・・誤解しそうになっちゃうよ


「・・・・・・」

 穏やかで透明な空間に二人だけ
 静かに時が過ぎていく

 昔と何も変わらない
 そのまっすぐな瞳にどこまでも引き込まれる



「うさぎ、 おいで」

「え? 
・・・どこ に?」


「・・・ここへだ」

 ためらいなく彼女の手を取る
 そのまま自分の胸に引き寄せて宛がった


「!!」

 思いがけない行動に抵抗も出来なくて・・
 されるがまま従うしかなかった

 でもそうされる意図が読めなくて、返す言葉に詰まる


 何を思ってこんなことしてくるの?
 かけられた言葉の意味を考えようと思考を巡らせても
 頭の中が混乱していてまとまってくれない

 触れている手のひらから
 彼の心臓の鼓動が伝わってくるみたい
 それともこれは
 緊張して速くなっているあたしの脈の音なの?

 体が・・・動かない


 
「おまえを このまま連れ去ってやりたい」

「っ!」
 
 言葉で伝わらないのなら行動で分からせるまでだ
 このまま二人きりの世界へ連れ去るにはどうしたら良いのだろう
 もう一度彼女を取り戻すには・・・

 彼女の右手を自分の胸に当てたままもう一方の手を取った



「うさぎ・・・おまえが 

・・・っ!?」

 指先に硬い感触が当たる


「・・・あ・・それは 

まもちゃんに貰った・・・」

「指輪・・・か」

 その存在に今更気づいた・・・
 己の首尾の悪さにあきれて言葉が出てこない


 左手の薬指
 それがどういう意味を持つか

 いくら鈍感な彼女でも分からないはずがない
 それを後生大事に肌身離さず付けているとは・・・


「そいつの事が、好きなのか?」

 指輪に視線を注いだまま問いかけた
 その答えは分かっていても確認せずにはいられない


「え、そりゃ彼氏だもん 

好き・・だよ」

 最後の言葉が少し口篭る
 どうしてだろう・・・
 その事実をこの人に伝える事を躊躇っている自分がいた



「そうか・・・

そう、なのだな」

 目を合わせないまま相づちを打つ


 わたしはもう過去の事
 今はもう・・・
 それが、おまえの選んだ道か



 静かに両手を離した


「あの・・・?」

 ついさっきまでとはガラッと雰囲気が変わった気がする
 冷めた瞳がちらりとこっちを見て、すぐに前を向いた


「もう時間だ、行く」

 すっと立ち上がると埃も落とさずに階段を下りていく


「えっ・・・ 
ちょっと、先輩っ」

 突然途切れた話に拍子抜けしてつい呼び止めた


「・・・・・・」

 それに反応するように静かに振り向く


「せいぜい没収されないようにするのだな 
持ち物検査の格好の餌食だ、そんなもの」

 凛とした低い声が天井にこだまして・・・
 その響きの余韻を残したまま
 あっという間に姿が見えなくなった



「・・・・・・」

 いきなり一人きりにされて
 しばらくその場に呆然と立ち尽くす


「何よ、あれ 
急に元気なくしちゃって・・・変なの」


 ・・・・・・・・・

 言いかけて途切れた言葉の続きが気になって
 少し考えてみた

 何て言いたかったんだろう
 あんなに真剣な瞳で・・・
 とても大切な事を言うつもりだったんじゃないのかな


「もう、教えてくれないのかな・・」


 次に会ってもその続きは聞けない
 なぜだかそう感じた