彼女が絶望しない限り、わたし達の未来に希望はある
 あなたも、どうかそれを信じて・・・


「・・・希望」

 あの皇女殿の言葉が脳裏をよぎる
 希望とは何なのだろう
 見えない先行きを恐れる者達がすがる形のないモノ
 信じているのは愚か者だけだ、そう思っていた

 だが、もし存在するのならばおまえの折れた心を助ける事が出来るのか
 大きな不安に押し潰され、動けなくなってしまった彼女を
 未来を掛けて戦う少女に希望を・・・


「・・・ん・・・」

 そんな風に思考を巡らせ、すぐ横のうさぎへ視線を送った
 泣き疲れ、いつしか眠ってしまった彼女が
 わたしの腕の中で柔らかな寝息を立てている
 安らぐ顔がこちらに向けられ、しばし見つめ合った

 呼吸に揺れる前髪が何度も目元をくすぐっている
 眠りの妨げにならぬよう、指先で軽くよけてやった
 さらりとした感触・・・濡れていた頭もほぼ乾いたか
 そのまま頬を撫で、戻った体温を確認する

 こうしていると普通の少女と何ら変わらない
 おまえだけ、なぜ苦しめられなければならないのか
 全ての者を救済するメシアとなり未来永劫戦い続けていく
 何とも過酷な運命だ、理不尽極まりない
 そう、彼女自身が人々の希望・・・そんなおまえは何も望んではならないと?

 うさぎを助けたい、戦う力も消え失せ出来ることなど己には無い
 痛感し悔しい感情が込み上げる度に思い知らされる
 胸の内の真実を・・・様々な想いが巡り葛藤し、結局行き着いてしまう
 元より自分の中に答えは一つしか無かったのだ


「愛している、うさぎ」

 二人の未来など探しても何処にも無いのかもしれない
 だとしても・・・一時でも傷ついた心を救えれば良い
 その想いは遂げられた、穏やかな寝顔を眺めて確信する
 自分に与えられた使命は、どうやら果たせたようだ


 彼女を支える方法は、参戦する事だけではありません


 皇女殿のお言葉は一理あった
 そこまで、ようやく辿り着けた気がする
 うさぎの強みは誰よりも固いその信念、全てを信じる心が彼女を奮い立たせている
 しかしそれは諸刃の剣・・・打ち砕かれれば一瞬で崩れるだろう
 彼女には、戦いの外から支える力が必要だったのだ


 力の戻らない今だからこそ、出来る事がきっとあります
 わたしの出来る事は全ての者を信じる事、信じて戦う事


 今のオレに出来る事はこれだった
 冷えた身体に温もりを、それだけで・・・
 重い宿命を一人で背負い、わたしを拒絶するうさぎを一度は突き放した
 それでも、こうして頼って来てくれたのだ
 雨に濡れ小さくうずくまり、わたしを待っていたあの姿が忘れられない
 何とも愛おしい、熱い感情が込み上げてくる

 もしや・・・この為にわたしは転生したのだろうか
 おまえの元へ、未来ではなく過去の世界へ
 そこまで考えが及び、ふと思い出した
 屋上で皇女殿と会話を交わしたあの一時を
 夕日に透ける紅い髪が風に靡き頬を擽り、それに気を取られた瞬間
 彼女が、そっと耳元で囁いた
 その言葉が浮かぶ情景と共に脳内へ響いてくる


 あなたは、あなたの出来る事をするのです
 二人が出会った奇跡は、偶然ではないのだから








「・・・・・・デマンド」

 唐突に現実から声が掛かり意識が戻された
 視線を正面に戻すとこちらを凝視している瞳と合う
 じっと、瞬きもせず見詰めてくる真剣な眼差し
 目覚めたばかりの様子には見えず、尋ねてみた


「起きていたのか」
「今、起きた」

「少しは眠れた?」
「ん・・・」

 軽く相槌を打ち、布団の中へ潜る
 擦り寄る仕草に応え小さな背中を抱き寄せた

 空間が静まり時が止まる・・・
 彼女の揺れる肩口を眺め、静寂を噛み締めた
 呼吸はとても穏やかで、どうやら落ち着きは取り戻したよう
 息遣いと温もりを感じ、互いの存在を暫し確かめ合う

 ふと、胸元から響く声が掛かった


「ぼうっとして、何を考えていたの」
「何だと思う?」

「・・・いい、言わなくて」

 深くは踏み込まずそのまま言葉が途切れる
 こちらも敢えては言わずに頭を撫でて慰めた


「こんなに穏やかな時をおまえと感じる事は、もう無いと思っていたよ」
「あたしも、追い返されて帰るだけだって思ってたのに」
「怒れるか・・・あんなおまえをどうして引き止めずにいれる」


「何だか寝ている間、長い夢を見ていた気がするよ」
「どんな夢だ」
「よく覚えてない、だけどすごく気持ち良かったの
安心できるあったかいものに包まれて・・・ずっと、起きたくなかった」

 少しずつ進み出した話を聞きつつ様子を伺う
 石のように固まり動かない身体から呟く声のみが発せられ
 表情は読めなかったが、泣いている風には感じられなかった

 その指先が突然ぴくりと反応し、注目する
 力なく横たわっていた右手に軽く力が篭もり、傍のシーツにシワを刻んだ

「長かったわ、ここ数日でどれだけの時間が経ったのかな
色々考えて・・・考え過ぎて何も分からなくなっちゃった」
「・・・・・・」

「あたしはどうしたらいいんだろう、そればかりずっと悩んでいた
それでもまだ答えが見つからない
こんな事じゃ駄目・・・早く進まないといけないのに
止まったまま固まって、一歩も動けない」


「わたしは、見つかったよ」
「え?」

 こちらの囁く言葉に少し驚く声で聞き返される
 ゆっくりと向かいの顔が上がり、視線同士が重なった
 暫し見詰め合い、長い一瞬の時を噛み締める

 逃げずにわたしを正面から捕え続ける澄んだ瞳
 答えを待つその顔を穏やかに笑んで出迎えた

「あなたは、何を見つけたの」
「己のすべき事、そしてやれる事を・・・
うさぎを、このまま見守ろうと」

「デマンド・・・」
「おまえが傷付くと知っていて、戦いに向かわせる事など出来ない
何とか止めようと、ずっと思っていた
戦力になれずひ弱な己を憎みもしたよ
わたしが、守る事さえ出来ればと」

「それはっ違う!
あたしは、そんな事望んでなんか・・・っ」
「そうだな、この願いはどうやら見当違いだったようだ
わたしの助けなど無用・・・おまえの戦いは、
自身が向き合わなければならない問題だった
それに、ようやく気付けたよ
だからこそ言える、こうしてうさぎを見送れる」

「自分の戦いと、向き合う・・・」
「傷付き倒れても、何度でも立ち上がり進み続ける
それがおまえの信じる道ならば、もう何も言うまい」

 己の中の結論を言葉に乗せて告げる
 想いを受け取った彼女の表情は戸惑いを隠せず、怯んだ様子で固まっていた
 その眼差しがふっと陰りを見せ、下へと伏せる

 辛そうに震える声が、切なる真実を訴えた

「そんな風に言われたら困るよ、あたしはそんな凄い子じゃない
本当はね・・・戦いたくなんてない、怖いもん
いつもあたしを守って仲間が傷付いていく
迷ってばかりの自分を、みんなは精一杯助けてくれる
あたしが強ければ誰も辛い想いなんてしなくて済むのに
どうして、こんなに弱いんだろう」

「おまえは強いよ、とてもな」
「・・・嘘」
「嘘ではないさ」

「こんなに迷って動けないでいる姿の、どこが強いの?」
「その瞳の、奥の輝きは何も変わっていない」

 掌で頬を包みゆっくりと持ち上げる
 眺めて確認し、説いた

「あ・・・」
「戦うおまえの姿は美しい
こうしていると思い出すよ、初めて対峙した時を
怯まない強さで立ち向かう凛とした表情が美しかった
その眼差しに無性に惹かれた・・・だが、
こんなうさぎも見て一層に愛おしく感じてしまった」
「こんな・・・って」


「こんなにも、小さい」
「・・・・・・っ」

 肩を強く抱き締め温かさを与える
 ハッと、驚く風に背中が振れ明らかな動揺が伝わってきた
 固い身体を撫でて宥め、拘束を強めていく

 内から溢れ出る愛情を噛み締め一心に抱いた
 暫くは躊躇うばかりだった彼女も、少しずつ意地を解き
 穏やかな様子へと変化し出す
 許すように力を緩め、しなやかに伸びる腕が想いを受け止め返してくれた

 すがり付くその仕草がたまらなく愛らしい・・・
 熱い感情が一層に溢れて抑えられない

「愛している・・・そう実感させられた
おまえを、慰められて良かった」
「怖い・・・あたし何も失いたくない、それなのに
大切な仲間も未来も、このままじゃ全部壊れてしまいそうで
一度怖いと感じてしまったら駄目なのよ
戦える強さなんて、この中にはもう残っていない」

「うさぎ、弱さを知らなければ強くはなれない
そうは思わないか」
「え・・・?」

「強いままのおまえでは気付けなかっただろう
その心の脆さに・・・わたしはそれが心配だった
怖がることを恐れるな
己の中の弱さと向き合えば今よりも強くなれる筈だ」

「弱い自分を、受け入れる・・・」
「そうすれば、おまえはまだ戦えるさ」

 わたしの言葉に惑う心
 あと一歩、怖がる背中を押してあげられれば
 縮まる半身を優しく撫で摩り、静かに囁く

「今一度問おう、おまえの望みは何だ」

「あたし・・・誰も、失いたくない」
「ならばどうする?掛け替えのないモノを無くさない為に
おまえは何を掛けるのか」


「あたしの、全てを捧げて・・・・・・戦う」
「それがおまえの本当の強さ
同じだあの頃と、一際輝いて見えるよ」

「でも、この決断は間違いかもしれない
もし精一杯戦っても結局駄目だったら?みんなが傷付くだけで
何も変えられなかったら・・・」
「物事の結末など誰にも分からない、どんな決断でもそれによる末路でも
おまえが決めた事ならばわたしは受け入れよう
仲間達もおそらくそう思っているのではないか?
昔から、セーラー戦士の団結力には感服するばかりだった」

 向かい合う瞳に笑みをかけた
 それを正面から受け止め、熱い眼差しを注いでくれる彼女
 何処までも澄んだ青さの奥に、秘めた炎を感じ取る
 それは戦士である確かな証・・・何かを決意した彼女の
 揺るぎない意志が宿って見える

 それを見て安心した
 おまえはもう、大丈夫だ


「デマンド・・・あたし信じていいのかな
自分の事を、もう少しだけ」
「いつでも、己を信じて進めば道は開ける
疲れた時は寄りかかれば良い
おまえには支えてくれる仲間がいるだろう」
「デマンドも、その一人?」
「ああ、勿論」

「・・・ねえ、そんなに強かったの?昔のあたしって」
「そうだな、中々に大変だったよ立ち向かう側は
凛々しい瞳を正面から拝めたのは役得だったが」

「今も・・・強いかな」
「何も、変わってはいない」
「本当に?」
「ああ」

 何度かやり取りを交わし、少しずつ場が和んでいく
 張り詰めていた空気も柔らかいモノへと変わり、回復の兆しを実感した

 その途端、抱き合っていた腕が背中から引き上げ戻ってしまう
 両者の身体を剥がし一定の距離を開けると、中に潜って目だけを出した
 その状態でこちらをじっと凝視され、不審を問う

「どうした、うさぎ」
「あのね、デマンド」
「ん?」

「気付いたらこんな格好なんだけど、恥ずかしいよ・・・」
「・・・ははっ、元気が出たら途端につれないな」
「弱った心に漬け込んで何してるのよ、えっち!」

 怒った風を装い少し膨れて恨めしい顔を向けた
 上目遣いにふざける具合がその魅力を更に引き立たせる

 先ほどまでの辛さを全て掻き消した和やかな面差し
 つられて、ついこちらまで微笑んでしまいそうな
 それはきっと、彼女なりの優しさなのだろう

「単に冷えた身体を温めただけだ、誤解するな」
「だからってここまでするかしら?
服まで脱がして、いやらしい人」

「あのまま濡れた服を着ていれば確実に風邪を引いていたぞおまえ
この身体を貸してやった事、大いに感謝して欲しいわ」
「そんなの知らないもん、デマンドの変態!女の敵ねっ」

「・・・自分から救いを求めて訪れたのに随分な言い草だな
良く覚えているよ、おまえがわたしにどう言い寄って来たか
凍えて動けないと泣きながらすがり、そうしてキスをせがんで」
「いっ・・・いちいち説明しないで!意地悪っ」

「何かをする気ならばもうしている
そうか・・・期待していたのか?される事を
そうならば、今からでも」
「・・・っっ」

 にこやかに返し怯える瞳へジリジリと詰め寄った
 引く姿勢を捕えすかさず力で組み伏せる
 大袈裟な抵抗をされるが気にもせず、軽く戯れふざけ合った

「良いよ、お望みならばこのまま続きをしようか」
「ぎゃー!いいから早く離しなさいっっ
婦女暴行で捕まるわよ!!」
「合意の上だ、気付いてあげられず申し訳なかった
すぐにでもその想いに応えよう」
「ちっ違うもん!違うったらっっ」

「素直になれ、その方が可愛いよ」
「ならない!絶対ならないもんバカあっっ」

「絶対ならない、か・・・ははっ素直だな」

 悔しがる態度を下に眺め満面の視線を送る
 負けじとこちらを睨み、意地を張る彼女
 その表情が次第に崩れ、笑みへと変わっていく
 込み上げる可笑しさから声を漏らして微笑み、一時を楽しんだ

「ちょっと・・・もうっ離してってば、ふふっ」
「駄目だよ、まだ足りないのだろう
隅まで愛してあげるから、大人しくしていろ」


「・・・ねえ、デマンド」
「何?」

「色々と、ありがとう」

 笑う声のタイミングが途切れてふと両者が静まり返る
 そのまま息を潜め、一途に見合った

 静寂の間に響く互いの息遣い
 瞳同士の語らいに集中していると時を忘れてしまいそうな・・・
 一瞬が、永遠に続くかのような感覚にとらわれていく

 貴重な時を味わいつつ彼女に宿る覚悟を確認した
 それに穏やかな笑みで返し、最後の後押しをしてやる

「戻ったか?いつものおまえに」
「うん、おかげで元気バリバリよ!どんな敵が来てもへっちゃらだわ」

「行くのだな」
「あたし立ち向かってみる
もしかして、全力で戦っても駄目かもしれない・・・
そう思うとまだ少し怖い、けどみんなをこの手で守りたいから
だから、行くわ」
「それでこそおまえだよ
わたしの惹かれた、美しい戦士だ」

「あ、一応言っとくけど『みんな』ってデマンドの事も入ってるのよ
ちゃーんとね、分かってる?」
「分かっているさ、慈悲深い女神様の事は昔からな
今のわたしには何の力も無い、だが少しの予言なら出来る」

「予言?」
「きっとうさぎなら大丈夫、勝てるだろうと
それはわたしだから教えられる事、未来を知っている者だけが語れる真実だ」
「うん・・・この世界を救って
あなたのいる未来も守るわ、頑張るよ」
「ありがとう、おまえの信じる道をわたしも進もう
遠い未来、我らは必ず出会う
そう、信じている」


「何か・・・意外ね、デマンドが『信じてる』なんて言うの」
「可笑しいか?」
「だって、前のデマンドだったら絶対言いそうにないもん」

「色々と教えられた、おまえにな
感謝しているよ」
「そうだね・・・ありがとう、信じてくれて」

「うさぎを見守っている・・・ずっと、何処に居ても
この誓いは真実だと、どうか忘れるな」













「着替え、貸してくれてありがと
ごめんね、あたしの制服びしょびしょだから」
「気にするな、濡れたままでは帰せないだろう」
「すごくぶかぶかでお父さんの服みたい、ふふっ」
「なぜそこで親が出てくる・・・」
「別に、何となくよ」

 玄関先で軽い会話を交わしながら彼女の支度を見守る
 整うと外への扉を開けて促した
 振り返り、にこりと女神の微笑みを届けてくれるうさぎ
 それに応えて笑みを返す

 向かい合い見詰め合って、刻一刻と過ぎて行く二人の時間
 ずっとこうしていられたならば・・・叶わぬ望みを願い一心に唱えた
 あと少し、最後の時までその瞳をわたしの前に留めておきたい
 その憧憬を知らぬ罪な人が、急かすように時間を動かす
 笑顔のままに手を振り、囁いた

「じゃあね」
「ああ・・・」


「・・・・・・あのね」
「ん?」
「また、この服を返しに来るから」

「別に良い、そのうちで」
「良くないよ、ちゃんと返すからね」
「ただの安物だ、手間を掛けずとも」
「違うのっっ
・・・待ってて欲しいの、ココであたしを」

「うさぎ・・・」
「絶対帰ってくるから
あたしをずっと待ってて、お願い」

「分かったよ、ではそれまで預かっておいてくれるか」
「約束だからね、全部終わらせたら戻ってくるから
そうしたら・・・迎えてくれる?」

「続きでも、するか?」
「馬鹿、最後までカッコつけなさいよ」

「ふふっ待っているよ、おまえの帰りをな」
「うん・・・じゃあ、行くよ」

 ゆっくりと向けられる彼女の背中
 それが一歩、また一歩と遠ざかっていく
 歩く姿が光に透け、そのまま儚く消えてしまいそうな・・・
 言い様のない衝動に駆られ、後ろ姿を引き止めた


「うさぎっっ」

「えっ・・・・・・なあに?」



「・・・何でも無いよ、気を付けて行っておいで」

「ありがとう、いってきます!
・・・ってさ、デマンドはまだ中に入らないの?」

「ずっとおまえを見送っていたい、最後まで」
「分かったよ、それじゃあバイバイ!」

 大きく左右に揺れる両手につられてこちらも軽く振り返す
 何度も後ろを気にする仕草をされ、腕が戻せずに宙をさ迷った

 遠のいていく人影、それが見えなくなるまで振り続ける
 遂に角を曲がってしまい、ようやく動きを止める事が出来た



「・・・・・・」

 静寂を戻した廊下に独り佇み余韻を感じる
 夕方だと言うのに既に暗い、街を一望すると
 ぽつりぽつりと辺りに夜景が灯り出していた

 急に・・・風が冷たくなった気がする
 少しの人気が無くなるだけでここまで気温が変わるものなのか
 はたまた、この心が虚しさを感じて凍えているのだろうか

 最後の最後まで笑顔だった彼女の表情
 脳裏に焼き付き、消えてくれそうにない


「うさぎ・・・」

 そんなに名残を残すなよ、別れが一層に辛いだろう?

 必ず戻るから、待っていて欲しい
 ・・・すまないが、その約束は守れそうにない
 わたしはこれから、おまえの元を去る
 どうか、精一杯の嘘を怒ってくれるな

 それを知った時、彼女はどんな顔をするのだろう
 やはり泣いてしまうのか・・・だが、そうしなくとも良い
 おまえは前だけを向いて歩いていけば良いのだから 

 己のすべき事は遂げられた、伝えたい事も伝えられた
 もう、何も心残りは無い


 うさぎ・・・おまえをずっと愛している、見守っているよ

 大丈夫だ、わたし達はまた会える
 未来で待っていれば、おまえなら必ず探して来てくれるだろう
 そう信じているから旅立てる
 信じる心の強さを教えて貰えたから

「頑張れ、戦いの女神よ・・・」





「・・・行ったのか」

「・・・・・・」

 聞き覚えのある声に周囲を見回す
 いつぞやの・・・彼女の護衛の戦士が二人、付近の物陰より姿を現し
 じっと、こちらへ険しい顔を向けていた

「どうやら、彼女は戦う道を選んだようね」
「ああ、少し疲れていただけだ
休んだから・・・大丈夫だろう」

「立ち直らせてくれた事、感謝はするよ
だが、彼女には・・・」
「分かっている、もう・・・・・・会わない
戦いが終わればアメリカの彼も、戻って来るのだろう?
このまま、何も言わずに去ろう」


「・・・決めたのね」
「言っておくが、おまえたちの忠告が効いた訳ではない
彼女の為に決断したのだ
そう、かつても同じ結末を迎えてしまったから
わたしの、身勝手な愛情がいつもあいつを苦しめる
辛く悲しむ姿は、見たくはない」

「・・・・・・」
「この戦いを見届けたら立ち去ろう
うさぎは・・・何処までもわたしの光で理想だった
結局は届かない存在だったのだ
今までの二人の事は全て、一瞬見ていた儚い夢
そうならば、覚めれば彼女も忘れてくれるだろう」

「これからどうする気なんだ」
「帰るさ」

「何処へ?」
「海外の母の元へ、それで全てが終わる」

 遠い空へ視線を移し決意を固める
 拳を握り、彼女の無事を切に願った


 始まる・・・うさぎの、全てを掛けた最後の戦いが
 未だ止まぬ雨の音がその幕開きを暗示しているようだった