「ほらほらあ!
さっさとスターシード、渡せばあ?」

「そんな事・・・できないわよっ!」

 次々に技を繰り出す目前の敵
 強いエナジーの塊を必死に避けながら声で反撃した

「真のスターシード、今度こそギャラクシア様の元に」

「くっ・・・」

 両手をかざし間合いを詰めてこっちを威圧してくる
 あの攻撃に当たったら、スターシードを抜き取られてしまうんだ
 彼らの目的はあたしの胸の輝き
 奪われてしまったら万事休すだよ

 ・・・何て事なの、ずっと独りになる隙を伺われていたなんて
 そうとも知らずにあたしったら、余計な事ばかり考えて油断してた
 みんなの言う通り片時も離れず一緒にいなきゃいけなかったのに
 我が侭を圧して隙を作ってしまったのよ
 どうしたらいい?今から通信機でみんなを呼ぶ・・・?
 でもそんなタイミング作ろうにも作れない

 ううん、こうなったのは全て自分の責任
 だから一人で何とかしないと、戦わないと
 絶対にスターシードは渡さない
 あたしは、諦めない!

「さあ、丸腰の状態でどうするつもり?
変身させる余裕なんてあげないわよう」
「・・・っ」

「うふふふ・・・やっと、念願のモノが手に入る」

 舌舐りをしてにじり寄る影にひたすら睨みを利かせた
 滲む冷や汗を感じながら胸のコンパクトを握る・・・

 変身しないと、こうなったら一か八かでやるしかないっ

「ムーンエターナル・・・!」

「間に合わないったら!覚悟なさい!!」
「!?」

 高らかに叫ぶ声を無視され強烈な一撃を放たれた
 見開いた瞳へ、エナジーが一直線に向かってくる
 漠然と、自分の体が眩しい世界へ包まれていく光景が心に浮かんだ
 それはもう・・・ほんの一瞬先の現実の事

 だめ、やられる
 成す術も尽き視界を固く閉ざした





「・・・・・・・・・?」

 長い沈黙が続き、身構えた体が少しずつ緩んでいく
 いつまで待っても何の衝撃も訪れずスターシードも出てこない
 一体、何が?
 恐る恐る目を開けてみた


 迫りくる敵とあたしの間合いを切り裂く様に
 真っ赤な薔薇が深く地面に突き刺さっている
 コレが、助けてくれたの?

 ドクン、と心臓が大きく振れた

 瞳が更に見開かれ、中に映し出されたそれが揺らめく
 途端に視界が潤んでぼやけてしまった
 封印されていた記憶が掘り返されて
 我慢していた色んな想いが、止め処なく溢れ零れていく

 そうよ、いつもこうして
 あたしがピンチになると助けに来てくれたの
 どこにいても、どんな時でも
 あなたは、まさか・・・
 期待を胸にゆっくりと顔を上げた


 陽を背負った光る長身のシルエット
 はためく後ろの衣
 イメージ通りのその姿に彼の名がすぐ手前まで出かかる

「・・・っ」

「おだんご!大丈夫かっ」



「・・・・・・星野」

 遡っていた時が正常に動きだし、現実が目の前に突き付けられた
 思い描いたそれとは違う、真っ赤なスーツに長い髪

 あの人じゃ、ない・・・


「それ以上そいつに手を出してみろ!
オレが許さないぜっ」

「へえ、おもしろいじゃない
どうするつもり?」

「こうするに・・・決まってるだろっ

ファイタースターパワーメイクアップ!!

 強い光が周りを包み込み、その中から一人の戦士が現れる
 見下ろす瞳があたしに優しく微笑んだ

「あ・・・」
「あなたは、わたしが護ってあげるから」

 慈愛の表情はすぐに真剣なものに変わり、敵の刺客と対峙を始める
 呆然としたままへたり込むあたしの前で激しい戦闘がひたすら繰り広げられた

 飛び交う両者の攻撃、ぶつかり合う光のエナジー
 舞うように戦う様子に魅入り、どんどん引き込まれていく
 不思議・・・全てがまるで別次元の事のよう
 あたしはいつもこんな場所に身を置いているの?
 目の当たりにしていても、とても信じられなかった

 放心している脳内でいつしか世界の音が消え去り
 コマ送りになった状態で二人を傍観し続ける

 互角の攻防が続く中、ファイターの技が敵の右手首を直撃した
 片方のブレスレットが粉々に砕け散り、欠片がすぐ傍をかすめ後ろへ飛んでいく

「きゃああ!」

「それが破壊されれば貴方は何も出来ない
さあ、覚悟なさい!」

「プレスレットが・・・っやばいわ、ここは一旦引かないと」

 よろめきながら下がっていく彼女の体
 その半身はいつの間にか黒から白へと変化していた
 あたし達をジロッと睨み、去り際の一言を投げ掛ける


「覚えてなさいっ!」





「・・・・・・」

 何もかもが過ぎ去り、途端に辺りが静寂に包まれた
 それでも微動だに出来ず地面の薔薇を凝視し続ける

 何も、考えられない
 金縛りの身体はどんどん冷えて硬くなっていく
 まるで、自分の時が止まってしまったかのようだった

 まさか薔薇を見ただけでここまで動けなくなるなんて・・・
 戦いを前にしてもあたしったら、立ち上がることすら出来なかった
 どんなに辛い時でも前だけ見つめて立ち向かっていけたのに
 一体いつからこんな弱い自分に成り果てていたんだろう


 ・・・そうだ、まもちゃんがいなくなってからだ
 今思えばそれがすごく大きかった
 無鉄砲に突き進むあたしの後ろにはいつも彼がいてくれたのよ
 見守り続けてくれる存在がいたからどこまでも強くなる事が出来た
 漲る力を開放する事が出来た
 あたしは、彼にこんなにまで支えられていたのね

 会いたい・・・
 全てを包み込んでくれていたその微笑みにもう一度
 きっとあの人なら今のあたしを見て叱ってくれるだろう

 だけどまもちゃんは、もう
 ここまできて、ようやくそのありがたさに気付けた
 失わないと大切なんだって分からない
 こんなの、最低


「ごめん・・・なさい」

 その言葉を吐き出したってどうにもならない
 彼が帰ってくる訳でもない
 罪悪感を宥める事すら無理だった
 胸の奥に、遣り切れない想いが一気に膨れ上がっていく
 鉛より重い感情に全てが支配され
 心臓が今にも押し潰されてしまいそう


 その時、ぽつりと薔薇の横に一点の染みが落ちてきた
 同時に自分の頬にも冷たい滴の感覚を感じ取る
 右手で触れて水分だと確認したけど、涙じゃない

 ・・・雨だ
 呟くや否や跡が広がり、すぐに地面の色も雨と同化した
 小雨は夕立へと変わってみるみる視界の全てを染めていく
 既に冷え切っていたこの身体も芯まで浸され凍りついた

 雨が染みたコンクリートの匂いが辺りを漂う
 意識が、少しずつ現実の世界に引き戻される・・・



「おだんご、・・・大丈夫か?」
「・・・・・・」

 不意に、俯く視界の上方に真っ赤な靴が現れた
 変身を解いて戻ってきた星野の心配そうな声が耳まで届く

 何の反応もせずじっとしていたらしゃがみ込んで様子を覗かれた
 赤いスーツの裾が、じわじわ染みて濡れていく

「ズブ濡れじゃないか、とりあえず中に入れよ」
「・・・・・・」

 星野だって濡れてるじゃない・・・あたしの事なんてほっといて
 先に入ってよ、アイドルなのに風邪引いたら大変でしょ?

 そんな風に話しかけられない
 いつもの明るさなんて欠片も出てこないよ
 全ての言葉を呑み込んだまま無言を貫き続けた

「おだんご、聞いてるのか?」
「・・・・・・」


「・・・手、冷たいぞ」

「っ!?」

 そっと触れられ伝わった体温にビクッと身体が振れる
 ぬくもりから逃げるように反射して引いた右手を呆気なく掴まれた

 そのまま、強く握り締められ沈黙が訪れる


「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

 優しい温かさを感じつつも、それに抗うように心を閉ざした
 震える感情を必死に堪え、静かに時が過ぎるのを待つ

 自分の内に秘められた激しい想い
 それは一度溢れてしまったら、今のあたしにはもう止められない
 星野の前では我慢するのよ、いなくなるまでどうか辛抱して
 息を潜め固まり続けた

 こんなあたしの変わらない様子を伺いながら
 星野はずっと凍った指先を温めてくれている
 懸命に自分の体温を移し、擦って熱を分けてくれた
 こんな事されても困るだけだって、どうして分からないの?

 もう離してよ、無視してるのに気付いてくれないなんて
 相変わらずデリカシーの無い人なんだから
 そんなに心配しないで、あたしの事なんてどうでもいいじゃない

 こんな・・・酷い自分なんて雨に溶けて無くなってしまえばいい
 心も身体も何もかも全て、綺麗さっぱり流れて消えて欲しい
 そう願い唱えても、目の前の薔薇が許してくれない

 遂に根負けして、震える唇が開いてしまった


「・・・ちゃん」

「・・・?」



「・・・・・・まもちゃん」
「おだんご・・・」

 抑えきれずその名を発する
 薔薇を手に取った途端、全身の力が抜けて地面に崩れ落ちた

「ふ、ええっ・・・まも・・・ちゃん・・・っっ」

 言葉にすると辛さが倍増してしまう
 向かいの星野の事も忘れ、しばらく内に篭って泣き咽んだ

 痛い・・・この胸がどうしようもないくらいに
 何とか苦痛を逃がそうと声をしゃくり息を吐き出す
 強く握った手の中の薔薇が千切れ、花びらが舞い飛ばされていった

 大切な人の危機に気付けなかったあたしには
 安否を嘆いて泣く資格なんて無いのかもしれない
 それでも止められないんだから仕方ないじゃない
 悲しくて・・・寂しくて切なくて、
 そんな色んな感情が交互に押し寄せ惑わせる
 この激しさを何にぶつければいいのかなんて分からない

 降りしきる雨の中、全身びしょ濡れの自分が惨めに肩を震わせている
 涙で濡れているのか、雨のせいなのかその境界線なんてとうに無くなっていた
 ここまで泣いているとどうして嘆いているのかすら不明になってくる
 もう、何も考えられない


「く・・・っ・・・うええっ・・・」

「なあ、・・・おだんご」

 黙って見守っていた星野が静かに声を掛けてきた
 両肩に掌を乗せ、俯いているあたしの瞳を上に向かせる
 涙で悲惨な顔が真剣なそれと向かい合った

 視線が交わり、真面目な表情がふっと変わる
 寂しさを残した優しい笑みで彼の想いが語られた

「オレじゃ、駄目か?」


「っっ」

 切ない眼差しが一層に迫ってくる
 言われた瞬間、少し驚いて胸の奥がドキッと動いた
 だけどすぐ冷静になって考え直す

 駄目かって、それだけだと曖昧でどんな風にも受け取れる
 友達として慰めてくれているの・・・?
 そうかもしれない、けど星野のあたしを見る瞳は
 とても真っ直ぐで熱かった
 もしかして・・・

 困惑の状態で悩んでいるあたしに、言葉を足して話を続ける

「おまえの、その心の隙間を埋める事はオレじゃできないか?」
「あ・・・の」


「好きなんだ
友達じゃなく一人の女性として、おまえを」

「星野・・・」

 一人の女性として、あたしを
 そこまで言い切られ、疑っていた事が全て真実に変わってしまった
 意表を突いた告白に両目を見開き硬直する


「驚いたか?突然で」

「好きって、・・・あたしを?」
「そうさ」

「冗談は止めて、こんな時に」
「こんな時に、冗談が言えるか?」

「・・・っ」

 その通りだ、こんな時だから本気で言えたんだろう
 普段の星野が語ったとしても、きっとふざけているんだって
 笑い飛ばして終わる所だった

 真面目に取り合わず茶化していたけど
 この人はいつもあたしに対しては全力だった
 精一杯接してくれていた
 そうよ、その姿勢には薄々気付いていたのよ自分でも

 そんな星野の想いと、今初めて向き合った
 真に迫る眼差しを受け入れ、じっと見つめ返す


「何が起きたっておまえを護る、ずっとそう誓ってきただろ?
そんな事、誰にでも言える訳じゃないんだぞ」
「どうして?・・・いつからあたしを」

「きっと、一番最初から・・・出会ってしまったあの時から
この心はおまえに向いていたんだな」
「出会った時って」


「空港さ」

「・・・空港?」

「ああ、初めておだんごと会った場所は空港だった
おまえは覚えていないだろうけど、お互いすれ違って目が合ったんだ
ほんの一瞬の間に、オレはおまえから何かを感じ取った」
「何か・・・?」

「きっと、あれが直感って言うんだろうな
再会した時はやっぱりって思った

二人は巡り会う運命だったんだって」
「運命・・・」


「この宇宙に生きるすべての生き物は皆、体の中に星の輝きを秘めている
一人に一つずつだ
その輝きが格別のヤツに出会ってしまった
故郷を追われ、流れ着いたこの星で・・・

それがおまえだよ、おだんご」

「・・・あ、」

 肩に乗った両手が強く握られ視線が近づいた
 相手の瞳に映る自分が大きくなっていく


「ずっと、悩んでいたんだ・・・
オレが惹かれたのはおまえ自身の輝きなのか
それとも、戦士としてのエナジーに反応しただけなのか
どっちなのかって」
「戦士のエナジー・・・それは、あたしがセーラームーンだからって事?」

「そうだ、オレ達は元々星の輝きを感知する能力を持っているんだ
だから・・・少なからずそれで興味を持ったのも事実かもしれない」
「きっと、そうだよ?
あたしも星野と同じ戦士だから、仲間のエナジーに気付いただけ
だから・・・好きって言うのは勘違いなんだよ」


「だけど、おまえに気付いたのは・・・オレだけだったんだ」

「え?」
「大気も夜天も近くに居たのに無反応だった
これって、ただ単純にオレがおまえに一目惚れしたって事だろ?」

「・・・っっ」

 一目惚れに理屈を付けて説明された
 こんな風に言われたら納得するしかない
 星野の素直な気持ちが痛いほど伝わってきて、何だか切ない

 止まない雨の中、もういつからこうしているのか
 時間の事なんてすっかり忘れていた
 前髪を伝う滴がぽたぽたと絶えず下へ落ち、視界の端を邪魔している

 あたしは・・・どうしたらいいんだろう
 どうしたいの?星野の気持ちを受け止められるの?


「おだんご、知ってたか?
オレ・・・どこに居てもおまえの事を見つけられるんだぜ
たくさんの星の中からたった一つの輝きを探し出せるんだ
これは誰にも出来ない、オレだけの特殊能力なんだろうな」

「星野・・・」

「オレは、おまえの持っている光が好きだ
誰よりも特別に輝く存在なんだよ
ファイターとしても星野としても、おだんごを必要としている
必要とされたいと思っている

だから、困った時はオレを呼んで欲しい
例えどんなに遠くても駆けつけて護ってやるから」

「そんな事・・・」

 その言葉に心が戸惑う
 あたしの事を大切に考えてくれているのはすごく伝わってくる
 その気持ちはありがたい
 だけど・・・星野をあたし自身の問題になんて巻き込めない

 あたしは、もっと強くならないといけないから
 誰かの助けを待っていたら駄目なのよ


「・・・・・・」
「なあおだんご、オレに心の辛さを全部話してくれないか」

「え?」
「おまえが、何かで悩んでるって気付いていたけど
オレは何もしてやれなかった・・・それがずっと悔しかったんだ
これからは、オレが支えてやりたい
役不足だって分かっているけど、それでも傍にいてやりたい」

「あたしの、傍に・・・」


「おまえの、答えを聞かせて欲しい」

 その時、雨音が強まり全ての音が消えた
 静寂の耳鳴りが、あたしの中を埋め尽くしていく・・・










「・・・・・・」

 一向に止まぬ雨、全てが濡れた街の景色に溶け込み無言で歩き続ける
 校舎を出る時には既に本降りと化していて
 道すがら傘を買う気も起きずそのまま帰る事にした

 水を含んだ衣がずっしりと圧し掛かり全身を支配する
 濡れた髪が頬に付き纏い、何とも鬱陶しい・・・
 大通りを行き交う車の煩い音も、無作法に真横を通り過ぎる自転車も
 わたしを一層不愉快にさせるばかりだった

 取り巻く周りの環境全てが煩わしい
 何処か・・・落ち着いた場所へ行きたい

 その時、右手に一の橋公園が見えてきた
 雨の中遊ぶ者など居る筈も無く、都会の中心部とは思えない程に静かだ
 入り口の短いトンネルが、ひっそりと佇み待ち構えている

 ここまで濡れてしまえば雨宿りにもならないが・・・
 街の雑音に嫌気が指した事もあり、導かれるようにそこへ足を向けた


 中へ入ると途端に音が遮断され耳が落ち着く

 軽く髪をかき上げる・・・水が滴り、地面が持ち込んだ雨で濡れた
 手持ちのハンカチ一枚で額と頬だけを拭き取り、全身を眺めてみる
 どこまでもじっとりと雨が染み込み、もはや回復のしようが無い

 服の方は・・・諦めた
 悲惨な現状に溜め息をつき、壁にもたれる

「はあ、」

 落ち着けたのは良いがこれでは直ぐに風邪を引きそうだ
 早目に帰りたい・・・少しでも小雨へと変わらないだろうか
 雨一色の街を傍観しつつ、願いが届くのを待とう


「・・・静かだ」

 する事など無く、ただ要らぬ時間を持て余す
 天井を打ち付ける雨音だけに集中し身体を休めた

 ふと、ぼやけた視界の正面にある残像が浮かび上がる
 すらりと伸びたしなやかな脚線美、艶やかな長い金髪
 無邪気に微笑む横顔
 ・・・うさぎだ
 その向かいには己の姿も在った

 そうだ、思い出した
 此処は先日うさぎとデートをして、最後に訪れた場所
 あいつと、この場でキスを・・・

 記憶が、否が応にも二人の思い出を引きずり出して見せ付ける
 何処に行こうが彼女の呪縛からは逃れられない

 何と忌々しい・・・


「・・・うさぎ」

 目前の幻影が消えようが
 脳裏には変わらずおまえが映し出されるのだ
 瞳を閉じたその先に、肩を震わせ雨に打たれる小さな背中が見える
 つい先刻の・・・彼女の姿だ


 屋上の異常に気付き駆けつけた時点で、事は既に終息していた
 直ぐに立ち去れば良かったものを、一瞬立ち止まってしまい
 二人の様子を確認してしまった

 うな垂れたうさぎの元へ向かう星野
 降りしきる雨の中、寄り添う二人の影
 話の内容までは聞こえなかったが、深刻な空気に介入など出来ず
 そのまま場を後にした


 ・・・何なのだろう、この違和感は
 未来の彼女を知っているわたしだから気付くのだろうか
 今のうさぎは、30世紀のそれとは違い過ぎて戸惑う

 あまりに弱く、そして脆い
 彼女の、あのような後姿を見る事になろうとは思わなかった
 軽く捻れば砕け散ってしまいそうだ
 不可侵の女神と称され何人も寄せ付けない未来のクイーン
 神々しい強さを持つ彼女と、本当に同一人物なのだろうか

 うさぎの、何者にも怯まず立ち向かって行く強い眼差しが好きだった
 だから昨日の不甲斐ない様子には失望させられた
 わたしから逃げる瞳など、見たくは無い
 おまえは、いつも正面からわたしを捉えていなければいけないのだ

 だが、今日の彼女はどうだろう
 強気の姿勢など消え失せ、ただ虚しく打ちひしがれるその背中
 誰かが支えていなければ今にも倒れてしまいそうな・・・
 また、違う弱さの一面を目にしてしまった

 なぜだか、そんなおまえが忘れられない
 出来る事なら震える肩をわたしが抱き止めてやりたかった
 叶わぬ夢に思いを馳せ、静かに目を開く

「どうして、今更・・・か」

 声も掛けずに引き返したのは
 彼女の悲痛な言葉を思い出したからだ


『あなたと辛い別れをしてから
長い月日をかけてやっと忘れられそうだったのに・・・
どうして、今更あたしの前に姿を現したの?』


 何故だろうな、一度死んだ身で何の奇跡から再び巡り会えたのか
 わたしにも分からない
 それはきっと、この心の無念が起こした儚い夢だったのだろう

 わたしは、何処までも彼女の古傷を抉る存在
 忌まわしい輩なのだ


『今の貴方に出来る事が、きっとあります』


「ははっ・・・」

 的外れな紅い皇女の口上に失笑が漏れる
 その言葉の意味を考え答えを探し続けて来たが、遂に見つからなかった
 ようやく気付いたのだ、わたしがしてやれる事など皆無だと
 拒絶された身で一体何をしてやれと?

 わたしと居ても未来が見えない、そう彼女は言った
 おそらく間違ってはいまい
 二人の進む行く末には何も無いのだから

 其処は・・・崖なのだ
 道連れにして突き落とすくらいなら、進ませず止めてやろう


「これから、どうしたものか・・・」

 もう会わない方が良いのだろうな
 いっそ、マンションを引き払って家に戻るのも良いかもしれない
 アメリカの、母の元へ・・・


「・・・・・・」

 この場へ来てからどれ程の時間が過ぎただろう
 いくら待てども大雨は止みそうにない
 身体も程好く冷えてきた、己の中で結論も出た

 頃合いだ・・・そろそろ、帰ろう








「散々だったな」

 マンションのエントランスへ到着し、ようやく雨から解放される
 エレベーターを待つ気も無くそのまま階段を上った
 歩いた軌跡に濡れた足跡を残しつつ上り詰めて行く

 一先ず、家に着いたら身体を温めよう
 シャワーを浴びコーヒーでも入れて落ち着きたい
 色々な事を考えるのはそれからだ


 階に着き、玄関が見えてきた
 同時に何か大きな塊が前を占めているのにも気付く


「・・・?」

 何かとじっと目を凝らした
 黒い生き物のように見えるが・・・人影か?
 どうやら、誰かがそこへ蹲っているようだ

 より接近して、足が止まった



「・・・うさぎ」

 人物を特定し声を掛ける
 背中が微かに反応を示すと、静かに顔が上がった

 切なげに、何かを訴えるような眼差し・・・

 それに捉われ釘付けにさせられる
 待ち侘びた風に名を呼ばれた


「デマンド・・・」

「おまえ、・・・其処で何を」

 彼女の様子は変わっていなかった
 髪も服も全てがズブ濡れのまま訪れ、わたしの帰りを待っていたようだ

 この現実を目の当たりにしても、まだ信じられない
 彼女が今、何故此処に居るのか・・・目的は何だ?

 困惑するこちらを見詰め、揺らめきつつ立ち上がる
 ぽつりと、一言を放った


「遅いよ、デマンド」