「さて、そろそろ帰るか」

 手早く身支度を済ませ、夕暮れの校庭を後にした
 そのまま家路への道をひたすらに進んでいく

 心なしか足取りが普段よりも軽い
 その明白な理由を思い浮かべ、独り悦に入った


 今日は、校内でうさぎと一度も顔を合わせていないな
 昼休みもいつもの場所へは来なかった
 休んだ訳では無かったようだが・・・


「あいつ、意図的に避けているのか?」

 最後の悪あがきのつもりだろうか
 今更そんな事をして逃げ切れるとでも思っているのか・・・
 浅はかな事をするヤツだな

 まあ良い
 アレがいくら足掻こうがその時は訪れる
 待ち侘びた二人の時間を、ゆっくりと楽しもう
 焦らされた一日はとても長く感じられたが
 それすら過ぎ去ってしまえば早いモノだ


 うさぎが、来る
 わたしの元へ・・・わたしに捕らわれる為に

 早く帰っておまえを待ちたい
 この胸の中に飛び込んで来る獲物を抱き締めて
 何処までも深く貪ってやりたい

 高揚する気持ちを胸に収め歩みを進めた
 その道すがら、とある製菓店の前でふと足が止まる
 そのまま少しの間ショーケースに飾られた
 色取り取りのケーキ達を眺めていた

 いつもならば気にも掛けず素通りをするが・・・
 気まぐれに止まったついでに、店の中へ入ってみる


「うさぎに、何か買ってやるか」

 甘い物でも買ってやれば単純に喜ぶだろう
 素直に感動を表に出せるのがあいつの良い所だ
 わたしに向けられる極上の笑顔
 それが早く見たい
 淡い期待を込め、手ごろな大きさの物を二つ買って店を出た



「ホールの方が良かったかな」

 揺れる小箱を眺め、少し思い直す
 うさぎならばそれでも食べきるだろうが
 まあ・・・コレで充分だろう
 メインを前にして、満足されても困る
 足りない位で丁度良いのだ


 さあ、うさぎ
 甘いケーキで二人の記念日を祝おう

 わたしとおまえ
 二人の世界の完成に祝杯をあげ、
 今日と言う日を忘れられない一日に・・・


 上機嫌のままマンションへ辿り着き、中へ入った
 そこでぴたりと歩みが止まる
 エントランスの片隅に、待ち構える長いシルエット
 ソレがわたしの姿を確認しゆっくりと近づいて来た


「おかえりなさい、会長さん」


「・・・星野」

 目の前で立ち止まられ、行く手を遮られる

 紅い皇女が出現した戦い以来
 学校にも姿を現していなかったこいつが
 突然、わたしに何の用だ・・・?

 よりにもよって今日、これからと言う時に
 何と迷惑な存在だろうか
 こんな輩にうさぎとの間を邪魔されたくは無い

 やり過ごそうと視線を逸らし、彼の横をすり抜けた
 その背中を強い口調で呼び止められる


「待てよっっ」



「・・・何だ」

「そんな、露骨に嫌な顔をするなよな」

「嫌なのだから仕方が無いだろう」

「オレが招かれざる客だって分かってるさ、だけど
あんたともう一度ゆっくり話がしたくてここまで来たんだ

少しくらい付き合えよ」

「・・・・・・」

 突っぱねる態度を決め込んでも食い付いて来るか
 面倒なヤツだな・・・
 そうこうしている内にうさぎが来てしまうではないか
 ここに居座られても困る
 適当に相手をして帰らせよう

 静かに振り返り
 忌まわしい存在を睨みつけ圧力をかけてやった


「何だ、さっさと話せ」

「なあ・・・場所を変えないか?
ここじゃ落ち着かないだろ」

「わたしは忙しい、特に今日はな
おまえの相手をしている時間など微塵も無い
用件があるのならば此処で、手短にして貰おう」

「・・・っ」

 こちらの邪険な扱いに憤る様子を見せつつ
 渋々とその口が開く


「あんた・・・
おだんごと、どう言う関係なんだよ」


「ただの先輩と後輩の間柄、そう言った所で
おまえはソレを信じるのか?」

「信じる・・・訳が無いだろっ
前に言ってたじゃないか
おだんごとは、古い付き合いだって」

「言葉の通り、古い付き合いだ」
「だからっっ詳しく、どう言う付き合いなんだって・・・」

「なぜ、おまえにそれを説明しなければならない?
関係無い輩は余計な事に首を突っ込むな」

「関係あるさっ
おだんごとは、同じ敵と対峙しているんだ
これから一緒に戦う事だって増えてくる」

「おまえの他の仲間達は
うさぎに対してあまり友好的に接していなかったようだが
アレで、本当に共に戦うつもりか
おまえの独りよがりではないのか?」

「あいつらは・・・
まだ、おだんごの魅力に気付いていないだけだ」

 魅力に、気付いていないだと?
 自分だけがそれを知っているとでも言いたいのか
 自惚れおって・・・

 うさぎの、人を惹き付ける不思議な力
 その威力はわたしの方が良く分かっているさ
 いくら風向きが悪くとも決して諦めず
 どこまでも強く、真っ直ぐに敵を見据える蒼い瞳

 それは彼女と対峙したからこそ知り得た事
 だから、おまえには到底分からない


「ふっ・・・うさぎの魅力、か」


「あんたは、あいつが戦士だって
どうして知ってたんだ?」

「わたしはこれまで、色々な彼女を見て来た
ひたむきに戦う姿も
無力さに打ちひしがれ、悔やむ姿も・・・」

「それって・・もしかしてあんたも
何かの使命を持つ戦士、なのか?」


「・・・今のわたしはただの一般人だ
おまえ等の戦いにも関与していない」

「じゃあ前は・・
かつてはそうだったとか?」

「さあ、どうだろう」
「惚けるなよっ真剣に聞いているんだぞっ!」

「わたしは、おまえに何も語るつもりは無い

言いたい事はそれだけか・・・
ならばそろそろ帰らせて貰う」



「まっ・・・待てよっっ」


「まだ突っかかるか
いい加減しつこいぞ」


「おまえに言いたい事
まだ、言ってないんだよ・・・」

「早く言え、わたしの時間をこれ以上費やすな」

 迷惑な様子を振りかざし、話を進めさせる



「・・・頼みがある」

「ほう・・おまえが、わたしにか?」

「そうだよ」

「面白い、聞いてやろう」




「おだんごを、・・・支えてやってくれないか」

「・・・・・・」

 一呼吸置き、静かな口調で告げられた
 その頼みが余程嫌なのか
 肩を震わせ、全身から悔しさを滲み出している


「どうか、お願いだから・・・っ」


「なぜ
おまえに頼まれる?」

「おだんごと、長い付き合いなんだろ・・・?
あいつの事知っているんだろ

おだんごのヤツ、今苦しんでいる
それが分かるから・・だから、」


「随分としおらしくなったな
少し前はわたしに『近づくな』と熱く警告してきたおまえが
今度は彼女を頼む、などと」

「オレだってこんな事言いたくないよっ
他人に・・・ましてや
あんたにこんな事っ」

「ははっ、だろうな
それでも苦渋の選択をしたのは
うさぎが、手に余ると思ったからか」
「違うっっ馬鹿にするな!
本当はオレが・・・っ

あいつの
苦しみも辛さも受け止め支えてやりたい
守りたいんだ、全てを掛けて」

「全てを掛けて、だと?」

「そうさ・・・」

 余りに軽いその言葉に失笑が漏れそうになる
 それを堪え
 今暫し下らない弁論に付き合ってやる事にした


「戦いの最中なら、いくらでもその身は守ってやれる
身体を張ってでも助ける事が出来る

でも、・・・心を支えるのは無理なんだ」

「・・・・・・」


「分かるんだ、おだんごは
深刻な悩みを何一つ話してくれなかった
オレには、話せないんだよ・・・

辛い事、たくさんある筈なのに
いつも笑って誤魔化して
それを見ていると、胸が・・苦しい」


「頼り無いおまえに話した所で何も変わらない
ただそれだけの事だろう」

「・・・悔しいけどさ、おまえは
オレの知らないおだんごを知っているんだろ」


「ふん、おまえよりはマシだ
とでも言いたいか」

「オレも
もっと出会いが早ければ良かった・・・
おまえよりも、ずっと」

「そうすればわたしに勝てたとでも?
浅はかな言い訳だな、聞いて呆れるわ」

「・・・っ」

 うな垂れる愚かな男を侮蔑の眼差しで黙らせてやる
 宿敵を前に自分から負けを認めるなど
 愚劣極まる事を良く出来る・・・

 あまつさえうさぎを頼むだと?
 こいつはただの馬鹿なのか


「何とも女々しいヤツだな
おまえの口からは後悔以外の言葉は出ないのか」

「それもこれも全部、おだんごを想っているからこそだ

オレは
自分の気持ちよりあいつの事を考えて・・・」


「それ程までに、うさぎが好きだと?」



「・・・好きだ、」

 真実でも告げるかのようにはっきりと断言した
 俯いていた瞳が正面を向き、わたしを迎え入れる



「くく・・・っ」

「何が可笑しい」


「いや・・・
おまえは、何も気が付いていないのだな」

「気付いてないって

・・・何にだよ」


「自分自身の心にさ」

「・・・?」


「うさぎが好きだから、彼女を想っているからこそ
それは違うだろう?

おまえは、うさぎの事など想ってはいない」

「ばっ馬鹿にするな!!
人の気持ちを蔑ろにするなよっっ

あいつを、大切に思ってなければ
こんな事出来る筈が無いだろ・・・っ」

「何も、大切に思っている心を疑ってはいない
ただ単に・・・人違いなのさ」


「人・・違い?」


「おまえは重ねているだけだ

うさぎと、あの紅い皇女とを」

「なっ・・・何だと?!」

 向かい合うその顔が途端に動揺を見せ始めた
 事実を知らしめようと、
 そのまま少しずつ追い詰めていく


「実際、二人はとても似ているよ
先を見据える凛とした瞳
強い意思と使命を持った輝きは
重ねて見えても仕方のない事だが」

「ちっ違う・・・っ!
あの方とおだんごは、違うに決まってるだろ!!
いきなり変な事を言い出すなよっっ」

「皇女本人から聞いたぞ
おまえ達は彼女を追い求め、この地へ降りたのだと

昇華されない想い、届かない存在への切望
それがうさぎに移植されただけ・・・
とんだ勘違いだな」

「聞いていれば好き勝手に・・っ
おまえ、何様のつもりだ!」


「良かったではないか
おまえのプリンセスはめでたく見つかった
もう、うさぎに付きまとう必要もなくなっただろう

分かったら、そろそろ帰れ」




「待て・・・よ」


「まだ、何かあるか」

「オレ達は確かにあの方を探し求めて此処まで来た
プリンセスは無くてはならない、尊い存在だ
だけど

その憧れとおだんごへの恋心は違うんだよ
オレは、おだんごを本気で・・・っ」

「本気で?
では聞こう、その想いはどこまで強いのか

おまえは
尊い彼女を裏切ってまでうさぎを選べるか」



「何・・・を・・

どう言う、意味だよ」

「不測の事態が起きた時の優先順位さ
戦闘の渦中、おまえはどちらの盾になる?
心が砕かれ打ちのめされた二人を前にし
どちらの傍に寄り添うつもりだ

おまえの、最も大切な存在は誰だ?」


「オレ、は・・・・・」

 食い下がる姿勢が引き、呆然としたまま押し黙った
 どうしてもうさぎを諦め切れないのならば
 その残酷な事実をつきつけるまでだ・・・


「さあ、どうなのだ?
答えろ」


「オレは・・・

どちらかを選ぶなんて、しない
誓ったんだ・・大切な全てを守るんだって」

「不可能だ
ただの一戦士にそんな力など無いと
・・・分かっているのだろう?自分でもな

だから、こうしてわたしにうさぎを頼みに来た
違うか?」

「・・・・・・」


「おまえはどうしても選ばなければならないのさ
彼女とうさぎ、どちらかをな
そして己の中で既に結論を出している

それに、早く気づけ」

「そんな・・・事」


「知っているよ
おまえにとって、皇女こそが唯一の存在なのだと
彼女の為に存在し、彼女だけを護る
その絶対的使命に支配され
他の者を求める事すら許されない

哀れな、戦士だな」




「・・・・・いい加減に、しろよ」

 こちらの意見に押され惑い悩んでいた瞳に
 強い意思が宿り出す
 内に溢れる憤りを隠さず、気迫を込めてぶつけてきた


「おまえなんかに、何が分かる

星を滅ぼされ追われたオレ達の・・・
プリンセスの、何が分かるって言うんだ!!」


「・・・」

 切なる絶叫が廊下の隅にまで響き渡る
 身を震わせ
 そのままゆっくりとこちらへにじり寄って来た

 互いの呼吸が感じ取れる間合いまで距離が縮み
 譲らぬ瞳同士が、ジリジリと牽制をし合う



「あの方は心にも身体にも酷い傷を負い
ここまでかろうじて逃げ延びてきた
オレ達は途方も無い道のりを探し求め
やっと見つけ出したんだ・・・
そんな苦労を一切知らない奴に、馬鹿にされる覚えは無い!

おまえなんかに・・オレ達の何が・・・っっ」

 感情が高ぶり言葉が途切れた
 対峙する相手の荒ぶる様子を涼しい顔で眺め
 こちらは何ら変わらぬ対応を返してやる


「ああ、分からないな
やっとの想いで見つけ出したプリンセスとうさぎを天秤に掛け
その間で揺れ動くおまえの気持ちなど・・・分かりたくも無い

焦がれ続けた彼女が自分の手に戻って来たと言うのに
おまえは、いつまでうさぎに執着する気だ?」


「あいつは・・・
おだんごは、暗い銀河を彷徨い続けようやく見つけた

オレの、光なんだよ」


「おまえの『光』は紅い皇女の筈だろう
間違えた認識のまま、その想いを引きずるつもりか」

「・・・っっ」


「悔しいか・・・?
狂おしい想いが届かず、歯がゆいか

それでも、おまえは何も出来ない
使命を帯びた戦士である限りな」


「おだんご・・・」

 完全に打ちのめされたその身体が、ガクリと地に落ちた
 ようやく嵐が過ぎ去り、辺りに静けさが戻って来る

 言い返す気力を根こそぎ奪われた哀れな男に
 最後の忠告を届けてやった


「おまえに頼まれなくとも
うさぎはわたしが慰めてやるさ
この手で、とびきり優しくな

おまえにとって皇女殿が全てであるように
わたしには、彼女が全て・・・

うさぎが唯一の存在なのだ
立ち向かえるものなら、してみるが良い」


「オレは
・・・宣戦布告をしに来た訳じゃ、無い」

「ならばこうしてわたしに突っかかるなよ
もう、未練がましくうさぎにも関わるな

おまえは自分の使命と
プリンセスの事を考えていれば良いだろう」

「・・・・・・」


「これでやっと話は済んだかな

さて、そろそろ失礼させて貰う
おまえも帰れ・・・通行の邪魔だ」

 全身が固まり、動けずにいる敗者の横を
 スッと通り過ぎ風をそよがせる

 振り返る気も起こらず
 そのままエレベーターへ乗り込んだ


「・・くっ・・・くそおおっっ」







「全く・・招かれざる客のせいで
余計な時間を食ってしまったな」

 壁にもたれ、昇って行く階のボタンを眺めつつ
 無駄に過ごした一時を悔やむ

 あんな輩など
 一切相手にせずさっさと追い返してしまえば良かった
 今日は、うさぎの事だけを考えていたかったと言うのに・・


「まあ、・・・もう良い」

 どうでも良い事に苛立つ必要も無い
 家へ着いたらすぐに
 うさぎを招き入れる準備に取り掛かろう

 カップを揃えケーキを飾り
 万全なアフターヌーンティーを迎えるのだ

 飲み物はいつも通りココアで良いのだろうか・・・
 紅茶も併せて買ってくるべきだったのかもしれないな
 今更思い立っても遅かったか

 仕方が無い、コーヒーかココアで我慢をして貰おう


「うさぎ・・
早く、おまえに会いたい」

 今日は帰したくない・・・
 その温もりを抱き締めたまま眠りにつけたのならば
 どんなに良いだろう
 そんな、わたしの狂おしい感情など知らないおまえは
 門限があるとでも言い訳をしてかわすのだろうが

 何と言うしたたかな女だ

 だが、限られた時間だからこそ
 有り難味も格別と言うモノ
 とびきりの一時を共に過ごそう


「愛しているよ・・・」







「はあ・・・」

 大きな暗雲が頭の中を支配したまま
 気が付いたら放課後になっていた
 おぼつかない足に誘導され、学校を後にする
 そのままふらふらと道を左右に移動し
 少しずつ前へと進んだ

 なんて重い身体だろう・・・
 まるで見えない何かが圧し掛かってきているみたい
 捉えどころの無い重圧に耐えきれず
 視線がどんどん地面に近づいていく

 こんなに静かな夕暮れ時、最近見てなかった
 辺りを見回しても誰もいない
 人気の無い、物悲しい雰囲気が余計に不安を煽ってくる


「これから、どうしよう」

 本当だったら今日も、いつもと変わらない道のりを
 少し緊張しながら向かっていた筈だった

 だけど、風景は一変してしまった・・・

 何も知らなかった
 そんな無邪気な頃のあたしには、戻れない
 それでも足は家に直接向かう事は無く
 同じ坂を歩き、いつものマンションへと辿り着く



「・・・・・・」

 エレベーターを使わず
 長い階段をじっくり踏みしめて上っていった
 階に着くと一直線の廊下をひたすらに進む

 目的地のドアはひっそりとしていて
 どこか取り残された哀愁が漂っていた
 中に、主がいないのは分かっている・・・
 渡されていた合鍵を取り出し、差し込んで回してみた


カチャ・・・


 難なく開いたドアの隙間から
 奥のしっとりとした空気が流れ出る

 心を落ち着かせ、時の止まった空間へ侵入した


バタン



 暗い玄関の奥は、少し広めのリビング
 オレンジ色の夕日に染まった部屋を見渡し
 辺りの様子を確認してみる

 中央に置かれたテーブルの上に触れると指が白くなった
 綺麗に片付いているように見えるけど
 隅には結構な埃が溜まっている

 整頓されている棚に並んでいるのは
 どれも難しそうな本ばかり
 スタンドに飾られている写真は
 あたしの部屋にあるのと同じ物だ
 二人で撮った、思い出の記録


 何ひとつ変わっていない

 これも、それも何もかも
 彼が居なくなってしまう前のまま
 目を閉じると部屋の中の匂いが全身を包み込み
 胸の中にじわじわと懐かしさが込み上げてくる



「まも、ちゃん・・・」

 ここは、あたしの大切な人の空間
 二人で過ごした時間の事、みんな覚えてる
 忘れてないよ・・・

 ふと、電話機に目をやると
 留守電のランプが光っていた
 再生ボタンを押すと聞き慣れた声が聞こえてくる



『・・・まもちゃん?
また声が聞きたくて電話しちゃったよ
今は、アメリカはお昼頃なのかな
あたしは今日もつい夜更かししちゃったけど
そろそろ寝るね

じゃあ、おやすみ・・・』

 あたしの声だ
 会いたくても会えなくて、心が寂しさでいっぱいだった頃の
 懐かしいあたしがここにいた


「・・・っ」

 脱力した膝が落ち、崩れるように座り込む
 震える肩を抱き締めて必死に辛さを堪えた


 まもちゃん、どうしていなくなっちゃったの
 あなたに何があったの・・・?
 安否を確認する術が無くて
 膨れ上がった不安に今にも潰されてしまいそうだよ


「あたし、今まで何してたんだろう」

 何浮かれていたんだろう
 何も知らなかったなんて、恋人失格過ぎる

 ごめんなさい・・・
 何度謝っても足りない
 こんな事じゃ、今までのあたしを許せない


 ・・考えないと
 これから、あたしはどうするべきか
 どうしなければいけないか


「何から考えたら・・・」

 たくさんありすぎて整理しきれないよ
 まもちゃんの事もそうだし、戦いの事だって・・・
 みんなに頼りきってあたしは何もしていなかった

 知らなかったの
 今の自分の決断が、どれだけ未来に影響するかなんて

 遠い将来、あたしはクインになる
 そう望むなら今の選択を間違えてはいけない
 好き勝手にばかりしていたら、いけないのよ

 だけど、何が間違いなのか分からない
 何を選べばいいのかなんて・・・
 正解の道の答え合わせなんて出来ないんだから
 いくら悩んでも意味が無いんだ


 それでも・・
 これだけは、はっきりしている

 このまま、デマンドと一緒にいたらいけない
 今のあたしと未来は繋がっているんだ
 かつて見てきた未来を望むなら
 辛くても今、ここで選ばないといけない

 だから、
 あたしが一つ目にやるべき事は・・・




「・・・言おう

もう、会わないって」

 あの人に
 このまま会いに行って言ってしまおう
 後回しにしても余計辛くなるだけだもの
 今日で、全てを終わらせるんだ



「デマンド・・・っ」

 あなたとかつて悲しい別れをしてから
 また、会えるなんて思ってなかった
 その奇跡がどれだけ嬉しかったか・・・
 だけど、過ぎ去ってしまえば儚い夢だった

 夢は、いつか覚める
 それなら始めから見たくなかったよ


 ・・ううん
 それでも、見れて良かった

 もう一度会えた事を後悔はしたくない
 少しの間だけでも
 一緒の時を過ごせて幸せだったもん

 さあ
 そろそろ、夢から覚める時間だ




「・・・行こう」

 決意を胸にしっかりと抱き
 前を向いて立ち上がった









 次の目的地は、ココからあまり離れていない場所
 階段をいくつか上がると5分もかからず着いてしまった

 足音を忍ばせ、入り口の前に立つ


「・・・・・・」

 ドアを見上げたら途端に心が怖気づいてきた
 心臓が急激に鼓動を強め
 全身に凍った血液を巡らせていく
 知らずに後ずさる足元にグッと力を込め直した


「しっかりして・・」

 逃げたままじゃ駄目なの
 自分の強固な意志を確認しようと
 指輪をはめた左手の薬指をもう一度眺める

 まもちゃんから貰った、誓いの指輪・・・

 それを力強く握り
 インターホンに手を伸ばした