ピンポーン
「・・・?」
一人になった空間にインターホンの音が響いた
こんな遅くに来客も不自然だ
うさぎが、何か忘れ物でもして戻って来たのだろうか
特に気にする事も無くドアを開けた
ガチャ
「どうした?忘れ物か、うさぎ・・・
・・・・・・!?」
その場に居た二人の存在に意表をつかれ暫し固まる・・・
見覚えのある彼等の一方はこちらをギロリと睨み
もう一人の彼女はにこやかな笑みを向けつつも
背負うオーラは冷たく燃えていた
「ごきげんよう、」
「おまえら・・・
何故、ここへ?」
「ちょっと顔を貸してもらおうか
話があるんでね」
「少しでいいわ
お時間、宜しいかしら?」
「・・・ああ、」
わたしに話だと?
何を企んでいる、こいつ等は・・・
招かれざる客人を中へ通し、ドアを閉める
バタン・・・
「立ち話も何だろう、中へ入るか」
「いや、ここでいい
こんな所に長居をする気は無いからな
話が済んだらさっさと帰るさ」
「・・・何の用だ?」
「ぼく達の事は、分かるか?」
「ああ、前に一度うさぎの家で会っただろう
将来有望なヴァイオリニストと
・・・その、ナイトさん?」
「覚えていてくださってありがと
素敵な所に住んでいるのね
お一人で?」
「そうだが」
「男の人の一人暮らしは色々と大変でしょう
女手が入用でしたらいつでもお手伝いしますわよ、ふふっ」
「ふざけ過ぎだ・・・みちる」
「用件は、何だ」
探りを入れる言い方にいらいらしつつ本題を促した
こちらを睨みつけていた視線が一瞬下へ逸れ、すぐに戻る
「彼女は帰ったのか」
「彼女?」
「月野うさぎさ
まだ居るようだったら引っ張ってでも連れて帰ろうと思っていたが
その必要は無さそうだな」
「何の事だ」
「あら、今更とぼけなくて良くってよ
さっきまでいたんでしょ?二人で
今日は一日お楽しみだったようね」
「公園で、見せ付けてくれたじゃないか
生徒会長さんは中々に手が早いな」
「・・・ははっ覗いていたのか、野暮な事を
アレは、どうしてもとうさぎにせがまれてしたのさ
可愛いヤツだろう?」
「まあ、驚いた・・・あの子もやるわね
留学中の彼が戻るまでの退屈しのぎかしら
いつまでも続けられる筈無いのに、困った子だわ」
「・・・・・・」
皮肉めいた言い方で挑発を続ける彼女へ
無言の圧力を飛ばして制止を仕向けた
そんな牽制を物ともしない満面の笑みが口を開く
「今まで彼女のお相手をしてくれてありがとう
手のかかる子だから、大変だったでしょう?」
「そうだな、大層なじゃじゃ馬だったが
最近やっと腕の中で大人しくしてくれるようになったよ
今日も一日、ずっと素直な良い子でな
あれだけ懐かれると可愛がる甲斐もある」
「それはそれは、お熱い事で
でも、もういいわ
これからはわたし達が引き継いであげるから
その手を煩わす事も無くなるでしょう」
「どう言う、意味かな?」
「貴方のお役目は此処で終わり、そう言う事よ
ご苦労様」
「わたしと彼女の関係に口を挟む気か
そんな事が出来るとでも?」
「出来るわ
・・・いいえ、して見せる」
作り笑顔が消え、鋭い眼光がこちらを刺した
低い声で威圧し意志の強さを示す
それに加勢するように彼女の連れが一歩距離を縮め
わたしの耳元で警告を告げた
「回りくどい言い方は止めて直球で伝えようか?
彼女から、今すぐ離れろ
二度と近づくな」
「・・・・・・」
「遊びで、あの子を誘惑しないでくださる?」
「遊びだと・・・?」
「そうだ、軽々しく弄ぶな」
「弄ぶな、か
ならば本気だと言えば・・・どうする?」
「尚の事だな
くだらない恋愛ごっこで彼女の心を掻き乱さないで貰いたい」
「・・・くくっ」
「何がおかしい」
「いや、失礼
その切迫した様子を眺めていたらつい、な」
「・・・・・・・・・」
「成程、おまえ達はこうしていつも
うさぎに虫が付かないよう影で色々と立ち回るのか
姫のお守りも大変だな」
あからさまな苛立ちを見せるヤツを見下ろして冷やかしてやる
何かを察した後方の彼女が険しさを増した顔を向け、尋ねた
「あたし達の事、どこまで知っているの?」
「さあ、どこまでだろう
プリンセスには、過保護に付きまとう護衛の戦士が存在する
・・・と言う事くらいかな」
「良くご存知で」
「・・・そこまで知っているなら話は早いだろう」
「そうか?」
「分かるでしょ
あの子が、今どう言う状況なのか
わたし達がなぜこういう事をするのか」
「ぼく達には使命がある、そして彼女にも
そんな物何一つ無いおまえはどうするべきだ?
わきまえて、引くべきだろう」
「・・・馬鹿馬鹿しい」
「何・・・?」
「そちらの都合ばかり押し付け、強要するつもりか
話にならんな」
「・・・・・・」
張り詰めて震える空気も気にせず、淡々と話を続ける
「大人しく聞いていればわたしがうさぎをたぶらかし
戦士の使命を妨げていると、そう聞こえるが」
「実際そうだろう?どこも間違っていない」
「・・・わたしばかり責めるなよ
弄ばれているのはむしろこちらの方さ
此処へは彼女自ら出向いて来ている、強制などしていない
互いに惹かれ合い、導かれこうして二人の時を過ごしているのだ
こんなわたし達を引き離せると思うか?」
「自分は、彼女に選ばれたとでも?」
「ふっ・・・情けを掛けて貰った覚えは無い
わたしは、己の魅力でうさぎを落としたまでだ」
「大した自信だな・・・
うちのお姫様は慈愛に満ち溢れているからね
可哀想な輩をどうしても放っては置けないのさ」
「ああ、良く知っているとも・・・彼女の性分も、その巧妙な手口もな
そしておまえ等はその恩情を利用して
また彼女を戦いへ誘うのだろう?」
「・・・っ」
ギリギリの感情を抑える瞳と向き合い、涼しい風を煽ぐ
一切動じないわたしの態度に、握られた拳が臨戦体勢へと入った
それを背後から伸びた手が何とか宥める
「戦士の使命が、それ程までに大切か?」
「そうね、少なくともわたし達にとっては
貴方には分からないでしょうけど」
「分からんな、他人の為になぜそこまで出来る?
激戦を繰り広げ深い傷を負い倒れ、それでもまだ立ち向かえなど
大切な存在に言えるものか
曲がりなりにもおまえ達も戦士であらば
プリンセスを前線に立たせず護ってみせるのだな」
「わたし達もそうしてあげたいんだけど
あのプリンセスは大人しく護らせてくれないのよ
本当に困った子よね?」
「ふん、アレがいないと何も出来ないだけだろう
それはただ、おまえ等が弱いだけだ
全く・・・
その自己犠牲の感情に付き合わされる方はいい迷惑だな
さっさと自分等だけで戦い、誰も巻き込まずにくたばってしまえ」
バンッ!!
「・・・っっ」
「いい加減にしろ!!」
血の気が多いその連れに爆発した激情を全力でぶつけられた
背後の壁へ体ごと突き飛ばされ胸ぐらを掴まれる
相手の荒い息を喉元で感じ、非難の眼差しを迎え入れた
「熱いヤツだな・・・っ
図星で逆上したか?はははっ」
「・・・おまえは、戦士の戦いを何も分かっていない
そんな奴にうつつを抜かしているお姫様も許せないが
今はまず、目の前の忌々しいその口を封じてやりたいよ」
「やってみるか?
女の力でどこまで敵うか・・・
結果は見えているが試したければ付き合うぞ」
「あまり、ぼくを見くびるなよ・・・?」
「口先だけでは分からんだろう
ほら、その実力とやらを早く見せてみろ」
「・・・・・・」
「止めなさい、はるか!」
「みちる・・・どうしてっ」
「感情でぶつかっては駄目よ、すぐに離れて
どうせ
この人には何を言っても無駄だわ」
「く・・・っっ」
一触即発の状態に歯止めが掛かる
仲間の強い制止に唇を噛み、拘束する両手が引き下がった
乱れた上着を整え、軽く叩いて埃を落とす
「そちらの彼女の方が、少しは話が通じるようだな」
「ええ、こちらとしても余計な争いは避けたいもの
だからこうして話し合いに来たんだけど、
それで無理なら・・・そうね
貴方には、こう言い直せばいいかしら?
これ以上何かあれば
その身の保障は出来なくてよ」
静かに燃える怒りを隠さず、より強い脅しを仕掛けてきた
攻撃的な姿勢を崩さない彼女に穏やかな笑みを向けてやる
「ははっ何とも物騒な
話し合いで思う様にいかなければ、脅迫か?」
「そうよ、場合によっては強硬手段にも出るわ
それがわたし達のやり方だから」
「おまえ等のやり方だと・・・?
それで、わたしがうさぎを手放すとでも思うのか」
「手放して貰おう」
「・・・・・・」
「さて、そろそろ最終的な答えを聞かせてくれないか?
もっとも
こちらは選択権を与えたつもりは無いけどね」
「他人の指図は受けん
それが、答えだ」
「・・・いい度胸だな」
「わたし達の間に干渉しないで貰おうか
戦士は恋愛禁止、と言う訳では無いだろう?」
「干渉せずにはいられないさ・・・
ぼく達のお姫様が危ない橋を渡ろうとしているのに
それを見過ごせと?」
「危ない橋?
まるでわたしがうさぎを脅かす存在のように言ってくれるな」
「その通りよ
別にわたし達はあの子が誰と戯れていようが構わない
近くに居るのが貴方だからこそ引き離しておきたいの」
「いずれ我々に牙をむき、地球の脅威となり得る存在
30世紀の平和を乱す反逆の一味の長
そうだろ?
ブラックムーン一族の、プリンス・デマンド」
ズバリと得意げに指摘し、強い瞳の奥が鋭く光った
その言葉でようやく全てを理解する
「ふ、ふふ・・・そうか、
おまえ等が何故そこまでわたしを警戒するのか
納得したよ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「いかにも、わたしはその人物さ
今は見ての通り目立った力は目覚めていないが
いずれその時が訪れるのかも知れないな」
「正体がバレて開き直ったか
おまえは、確実に彼女と未来の地球の脅威になる
そんな危ない存在をぼく等が見過ごすとでも・・・?」
「では、どうすると?
今はまだ罪の無い一般人を叩き潰す気か」
「それもいいな
邪魔な芽は早めに摘んでおくのに限る
ぼくらの実力を、見せてやってもいいんだぞ?」
懐に手を忍ばせた状態で止まり、反応を伺ってきた
何を言われようと変わらないこの自信を見せ付けようと
冷笑を向けて宣言する
「出来るものならやってみろ
おまえ等は、わたしに手は出せないさ」
「あまり甘く見ない事だな
何なら今すぐにでも・・・」
「わたしは、30世紀の未来まで確実に存在している
それは揺ぎ無い事実だ
だから、此処でどうにかなる事は無い」
「・・・何だと?」
「つまりそう言う事さ
未来が変らぬ限り、わたしはココに居続ける
どうだ?その事実を変えてまで
このわたしを亡き者にするか」
二人の空気が一瞬固まった
眉をひそめた後方の女が訝しげに尋ねてくる
「ねえ、今の貴方
どの時代の『貴方』なの?」
「・・・・・・」
「この時代を生きる彼にしては、色々と知り過ぎている
もし未来から訪れた侵入者だったのなら
・・・その身に何があろうと、未来の世界に支障は無い
そうでしょ?」
「わたしは、此処の人間さ
ずっとこの時代を生きてきた
別々に暮らしてはいるが、家族も居る」
「でも未来の記憶は引き継がれている
それは、なぜ?」
「さあな、わたしにも分からんよ
この魂が未来から転生してきたものなのか、現世のそれなのかは・・・
だが、これだけは分かる
未来の世界で、わたしは確かに存在していると
そして今此処にいるわたしは未来の事も良く知っている」
「・・・何が言いたい」
「さて・・・ここで良い事を教えてやろうか
わたしは、おまえ達の存在を知らなかった
此処で会うまではな
それはつまり、どう言う事だろう?
先に消え去るのはわたしでは無く
おまえ等になりそうだな、くくっ」
「・・・・・・」
「その事実を知らされても、戦い続けるか?
自分の存在しない未来を護る為に」
「ええ、戦うわ」
「ほう・・・大した覚悟だな」
残酷な真実を突きつけてやったと言うのに
その瞳は変わらず熱い使命感に燃えていた
「この先の自分の運命なんてどうでもいい
ぼく達には今、目の前にある使命だけがすべてだ」
「使命に縛られ、そこでしか己の価値を見出せない
哀れな奴等だな」
「貴方の目的は何・・・
何の為に、うさぎに近づくの?」
「目的か
そんな物、元より無いと言ったら?」
「そんな戯言、信じると思うのか
反逆者が未来の女王に近づいているのに
何の思惑も無いと?」
「今のわたしはまだ反逆者では無い、混同するな
思惑など、あるものか・・・
ただアレの傍にいたいと、願いはそれだけだ」
「わたし達が、そんな情に流されるとお思い?」
「・・・手厳しい使者殿だな」
「そんなくだらない感傷に付き合っている暇は無いの
うさぎから離れると約束するのなら、
今だけでも見逃してあげるわよ?」
「さあ、これが最後の警告だ
・・・どうする?」
「断る」
視線を逸らし、断固とした意志をぶつける
「どうなっても知らないぞ?」
「どうとでもすれば良いだろう
わたしを消して、未来を塗り変えてみろ」
「わたし達をみくびらない事ね
使命は、未来を護る事では無いのよ
変えるべき未来なら、そうもするでしょう
貴方がこの時代のうちに存在しなくなったら
万一わたし達は未来にいるかもしれないし?ふふっ」
ほくそ笑む表情が再び厳しいそれに変わり
低い声で場を閉めた
「わたし達の使命は
プリンセスを護るだけのあの子達とは違う・・・
外部の敵から地球を守る、そして彼女も
その為の手段は選ばないわ
良く、覚えておいて」
「ああ、覚えておこう
君達の強い意志は分かったよ
さて、言いたい事も好きなだけ言えただろう
そろそろお帰り願おうか」
「・・・・・・」
にこやかな顔で外へと促す
背中を向ける瞬間まで睨みを利かせていたその連れが
去り際に念押しで呟いた
「彼女に何かあったその時は・・・
分かっているな?」
「・・・・・・」
「では、ごきげんよう」
バタン
「・・・ふっ
何と間抜けな者達だ」
余裕の無い輩をからかうのは面白い
愉快な気分が盛り上がり、知らずに笑みが零れ落ちる
可哀想に・・・
あれ程必死に護ろうとしている大切なプリンセスは
もはやわたしの手の中同然
明日になればそのすべてがわたしのモノになるだろう
「もう遅い・・・
誰も、止められないよ」
うさぎ・・・
早く、わたしの元へおいで
この腕に捕らえたら最後、もう二度と手放さない
わたしに捕らわれに、早くおいで・・・
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