「はあー何だか久しぶりね、ここに来るのも」

 デマンドが飲み物を作っている間
 ソファに座って部屋の中を見回していた


「何も変わってないや・・・相変わらず殺風景だし」


「当然だろう、ほら」
「あ、ありがと」

 後ろからカップを手渡され受け取る
 甘い香りを一杯に吸い込んで口をつけた


「ふう、あったかい・・・
このココア飲むのも久しぶりだわ」

「しばらく来ていなかったからな
賞味期限が過ぎるかと思ったぞ」

「はいはい、すみませんね
2杯でも3杯でもおかわりしてあげるわよ」

 ほんわかとした温かい湯気に包まれ、まったりと落ち着く
 デマンドが自分の分を持って来てその隣に腰を下ろした

 並んでソファに座り、静かな時を過ごす


「・・・・・・」
「・・・・・・」

 途端にぎこちない空気を感じ、体が固まった
 こういう会話の途切れた合間って
 どうしたらいいか分からなくて戸惑ってしまう
 相手の体温と息遣いが分かる微妙な距離感が
 場の緊張を盛り上げていく

 ちらっと隣の人に目線をやってみた


「・・・・・・」
「どうした?」

「べっ別に・・・っ」

 心が予想以上に動揺し、慌ててそこから視線を逸らす

 この人・・・全くいつも通りね
 こんなにドキドキしているの、あたしだけなのかな
 硬直した雰囲気をほぐそうと軽く話を振った


「何飲んでるの?コーヒーかな」

「おまえと同じやつだ」
「デマンドもココアなの?
めっずらしー!」

「そうだな、初めて飲んでみたよ」

「どう?味は」


「・・・甘い
毎回こんなモノ、よく飲めるな」

「嫌なのに飲まないといけないくらい余ってるの?
無理しなくていいのに」


「いや、たまにはおまえと同じ物を
飲んでみたいと思っただけさ」

「ふーん・・・あっそう」

 平静を装って返事をする
 同じ物がいいって、何だかちょっと照れ臭い
 じゃあ、今キスしたらお互いココアの味がするのかな・・・

 キスしたら・・・って、
 何考えてるのっあたし
 唐突に思いついた自分の発想に驚かされた

 その妄想があっという間に頭の中を支配する
 散らそうとしても一度浮かんだモノは中々消えてくれず
 そのままどんどん膨れ上がっていく


 静かなリビングに二人きり
 いつ何が起きてもおかしくないこの状況
 どうしよう・・・もし襲われたら逃げ切れるかな

 でも、キスまではいいってさっき言っちゃったし
 そこまでだったら別に・・・


「・・・おい、」

「はっ・・・えっ、何っっ」

 不意をつかれて体が大げさに反応する


「・・・?
足は、転んだ時の傷はどうだ」

「あ、うん・・・大丈夫よ
そんなに痛くないし」

「そうか」

 変な事考えていたから
 いきなり声を掛けられてびっくりした・・・
 普通のやり取りでほっとしたけど
 いつぞやの時みたいにまた傷を舐めてやろうかなんて言われてたら
 何て答えていたんだろ

 ・・・やっぱり、あたし変だ
 さっきから良からぬ考えばかり思い浮かんでくる
 もしかして、そうされたいって望んでいるのかな
 誘われたら頷いてしまいそうな自分が怖い



「うさぎ、」
「けっけけ結構だってばっ!!」

「何を慌てている
先程から様子がおかしいぞ」

「ごめん・・・っ
何でもないから気にしないで」

 こんな風じゃ心が持たない・・・少し落ち着かないと
 深呼吸を数回繰り返し、息を整えた

 とりあえず明るい話題をして和もう・・・


「ねえねえ、今日一日色々とやったけどさ
何が楽しかった?」

「唐突に、何だ・・・」

「いいじゃん!教えてよ
一番面白かったの、何?」


「面白かったのは・・・まあ、そうだな」
「うんうん!」

「おまえの、奇行かな」



「・・・はあ?」

「何も無い所で盛大に転んだり、
一人で騒いで怒ったり
ああそうだ、人参を食べさせてやった時の
この世の終わりのような顔は傑作だった」

「何ですってーっっ
あっあたしだってね!
色んなデマンドが見れて面白かったもんっっ
知らなかったわよ
UFOキャッチャーがあんなに下手なんてね?」


「それはもう良いだろう・・・忘れろ」

「ずっと覚えていてやるんだもんね
べーだ!」

 わざとらしいくらいオーバーに怒ったフリをしてみる
 そんな風にじゃれていたら硬かった空気が大分柔らかくなってきた
 和気あいあいと話するのも中々楽しいじゃん


「そうそう、
念願の初パフェはどうだった?
美味しかったでしょ」

「あれは・・・果てしなく甘かったな、どこまでも」

「何言ってんのよっパフェは甘いもんでしょ
あれくらい軽い軽い!
スイーツは女の子の心の栄養よ」


「おまえは、他にも色々食べていたが
そんな事を続けていると太るぞ」

「あれだけ歩けば充分カロリーは消費したもんね
あー、ホントに今日はよく歩いたなあ・・・
何時間もひたすら歩かされるんだもん、足が棒になったわ」

「健康的なデートだ、良かったな」

「違う、それって何かが違うよっ
デートは別に健康的とかそういうの求めてないっ」


「ならば、どういうデートが良い?」

「どうって・・・

遊園地とか、動物園とか
そういう所に行くのはいかにもって感じだけど
デマンドは興味無いんでしょ」

「・・・ははっ
遊園地か」

「あーっ今笑ったでしょ!
どうせ子どもっぽいとか思うだろうから言わなかったのよっ
別に、いいんだもんね
嫌々付き合って貰う気なんてないしさ」

 思いっきり膨れてそっぽを向いてやった


「うさぎ、そうふて腐れるな」

「つーんだ!何も聞こえません」



「・・・良いよ、行こうか」

「えっ
遊園地に?」

「ああ、縁が無くて行った事が無いから興味はある
おまえとならどこでも楽しめそうだしな」

「デマンド・・・」

 あたしとならって
 そんな言い方されたらドキっとしてしまうよ・・・
 一人舞い上がって浮かれそうな心を堪えて落ち着かせる


「奇行へと走るおまえを眺め、ひたすら構えば良いのだろう?
今日一日で慣れたから何とかなるな」

「何それっ
あたしはそんなに変な子じゃないもんっっ
そんな事しないでよ!」

「構わなくて、良いと?」


「・・・それはそれでヤダ」

「はははっ
そうやって、ずっと素直にしておいで
甘やかしてあげるから」

「むう・・・」



「それで、いつにする?」

「いつって・・・
本当に行くの?」

「嘘をつく気は無いよ
おまえは、嫌なのか?」

「嫌なんかじゃないけどさ

でも・・・」


「どうした?」

 口ごもるあたしの顔を覗き込んできた
 躊躇いつつも話を切り出す


「あのさ、今日もそうだけど
こうやってデートに誘って

・・・迷惑じゃない?」

「迷惑?
何故、そう思う」

「だって、デマンド言ってたじゃない
出かけたいならみんなと行けって
言われてみたらあたし、今は戦いの真っ最中だし
しかも狙われてる立場なんだからもう少し気をつけるべきだったよ
一緒にいて、あなたまで巻き込まれたら・・・」

「あまり変な気を遣うな
わたしなら大丈夫だよ」

 しょんぼりしている頭に優しい掌が触れ
 慰めるように軽く叩かれた


「だって・・・怒られたしさ
危機管理がなってないって」

「そう忠告したのも全て、おまえの身が心配だからこそだ
危険と隣り合わせでいさせたくは無い
何かあった時、仲間が傍にいれば心強いだろう?」

「それはそうだけど・・・」

「うさぎを、どれだけ大切にしているか分かって欲しいな
本当ならばわたしが全力で守ってやりたいが・・・
この命を懸けた所で出来る事は目に見えている」

「デマンド・・・」


「今のわたしには、力が圧倒的に足りないのだ
愛しい存在が戦いの渦中へ繰り出そうとしているのに
それを止める事も、助ける事も出来ない
何ともどかしい・・・」

「そんな事っ
・・・別に、いいんだよ?
あたしのせいでデマンドが傷つく所なんて見たくないよっ

すごく大切にしているの・・・あたしだって、あなたを」

 辛そうにうな垂れるデマンドに自分の気持ちを伝える
 それに応える熱い眼差しが、じっとこっちに注がれ続けた

 静寂の空間の中、お互い見詰め合い短い時を過ごす


「願わくば、ずっと二人でこうしていたい
このままおまえを捕らえて独り占め出来たのなら
もう、何もいらない」

「デマンド・・・それは」

「分かっているさ、無理な事くらい
だから・・・今日は良かったよ
ほんの一時だけだがわたしを見ていてくれたのだろう?」


「・・・うん」

 あたし、どうしたんだろう・・・
 いつもだったら絶対に違うって言い張るのに
 こんなに穏やかで優しい笑顔を向けられて
 気がついたら自然と頷いてしまっていた

 逆らえない口が、更に続けて想いを綴る


「あのね・・・」

「ん?」

「あたしも、今日は二人でいたかったの
少しの間でいいから戦いも何もかも忘れて
デマンドと楽しく過ごしたかったんだ

だから・・・あの」


「・・・?何だ」

「こんな事言ったら、また怒られそう・・・」

 途端に勇気が無くなって言葉が止まった


「おまえ、
そこまで言い掛けて止める気か?」

「だって、あんまり良くない事だもん

・・・怒らない?」

「聞いてみない事には、判断出来ん
言ってみろ」

 詰め寄る様子に、おずおずと口を開く



「みんなとの連絡手段の通信機をね・・・

部屋に置いてきちゃったの、
・・・ワザと」


「・・・・・・」

「だって嫌だもんっ
デートの最中に呼び出しとかさ
一日くらい大丈夫だろうし、って」

「うさぎ、」
「ごめん・・・っ
ホントに危機管理全然なってないよね、あたし」

 怒られる前に反省の言葉を被せた
 何を言われても大丈夫なように心を構えて返答を待つ



「・・・怒らないよ」

「え?」

「デートを邪魔されたく無くて、そうしたのだろう
何故怒る必要がある?」

「そうだけど・・・え、だって
やっぱりそれって危ないし、狙われてる自覚無かったかなって」

「リスクを感じてまでしてくれたのか
そんなに、
わたしとの時間を大切に思っていてくれたのだな」


「うん・・・」

「その気持ちがとても嬉しいよ、
ありがとう」

 相手の綻ぶ顔を見てようやくほっとした
 心に不安の影が無くなり、ゆっくりと体温が上昇していく

 さっきからずっと
 こんなに近い距離で向かい合って会話していたんだ
 落ち着いた温かい声に包まれ、胸がドキドキしてすごく痛いよ
 意識が空中を浮ついて・・・
 中々現実へ戻って来てくれない

 このまま、ふわふわと彷徨っていれたらいいのに


「今日はね、デマンドとゆっくりしたかったの
最近何だかすれ違う事が多かったから・・・

寂しかったんだよ?」

「寂しい、などと言う言葉・・・
その口から初めて聞いたぞ」

「初めて言ったもん・・・」

 素直な気持ちが言えるのは、きっと今日しかない
 今まで溜め込んでいたもやもやを話してしまおう


「話し掛けても冷たかったし
第一ロクに会ってもいなかったし・・・
あたしを
こんなに寂しがらせてほっとくなんて、酷いよ」

「うさぎ・・・」

 こっちへ静かに伸びてきた右手が
 宥めるように頬を撫でた
 触れる掌から少し困ったような空気が流れてくる


「悪かったよ
おまえが、そこまで気にしているとは思わなかった」

「上の空でぼうっとしていたりもしたでしょ?
デマンドが何を考えているのか
ずっと分からなかったんだから」

「・・・・・・」

「何か、心配事があるの?
あたしで良かったら話聞くよ」

 躊躇う瞳に自分の熱意を強く訴えた
 それに負けたかのようにふっと柔らかく顔が緩み
 言葉が続く



「この、限られた力で
何が出来るか考えていたんだよ」

「何か・・・って?」

「おまえを
敵の襲撃から守る力が自分に無いのは分かっている
それでも出来る事があればと
ずっと、考えていた」

「それって、
あたしの為に悩んでいたって事?」

「ああ、」


「知らなかった・・・」

 その心の内の悩みが
 まさかあたしの事だったなんて


「でも・・・それって変だよっ
あたしの事を考えていて、
それであたしを寂しがらせてたって言うの?」

「そういう事になるな」


「・・・本末転倒過ぎない?」

「だから、謝っているだろう」

「はあああ・・・

もうっ馬鹿みたい」

「全くだ・・・」

 拍子抜けしてその場に脱力する
 ソファの背もたれに体を沈めて向かいの人を見上げた
 空中で視線が合うと照れ臭さが膨らんで
 自然に笑いが込み上げてくる

 二人の間のわだかまりが
 大きなため息と共に全て消し飛んでしまった
 そうして、じわじわと心に嬉しさが浸透する

 そんなに考えてくれてたなんて・・・
 恥ずかしいけど何だかすごく、くすぐったい


「ありがと、心配してくれて
一応お礼は言っておくわよ」



「うさぎ
わたしに、何が出来る?」

「デマンド・・・」

「して欲しい事を言ってくれないか
それがおまえの望みなら、叶えてやりたい」

「・・・・・・」

 して欲しい事は、ある
 しかも今すぐに

 それを軽く言葉に出来るのならどんなに簡単だろう
 いつも意地が邪魔をして素直になれなかった
 でも、今日のあたしは違う
 今ならきっと言える・・・

 切なる想いを言葉にして彼に伝えた


「この、寂しさを・・・消して」




「おいで、
寂しさを埋めてあげよう」

 その答えと同時に、体がふわっと抱き寄せられる
 ソファの上で二つの影が重なった

 大きな胸の中に顔をうずめて目を閉じる


「すごく、あったかい」

「いくらでも温めてやるさ
だからずっと此処に・・・

わたしの、腕の中にいろ」

 温もりを感じて落ち着いている背中を右手が伝い
 頭の上に到達するとそこを優しく撫でてくれた
 その感触にゾクゾクと身体が痺れ出す

 こうして、抱きしめて撫でて欲しかった・・・
 一番望んでいた事が、どうして分かったんだろう


「気持ちいいよ
何だか、とっても夢見心地な気分」

「どうして欲しい?」


「・・・このままでいて」

 この腕の中に包まれて、どこまでも深く溶けてしまいたい
 そんな不埒な妄想が頭の中を支配する


「今日のおまえは可愛いよ
これからはずっと、素直なままでいてご覧」

「嫌よ、毎日こんなに大サービスしてたまるもんですか
本日限定だもん・・・」

「勿体無い事を言うな」

「こういう事はね、たまにするから可愛げがあるのよ
毎日やってたら鬱陶しくて嫌になるんだから」

「どんなおまえでも受け止めてやるさ
わたしも、鬱陶しいと思えるくらい構われてみたいよ」


「ばか・・・」

「腕に掴まりたいとねだる様子も、キスをせがむ姿も
あれ程可愛かったと言うのに・・・
今日のおまえに、次はいつ会えるのだろうな」


「デマンド・・・

まだ、
『今日』は終わってないよ?」

「・・・・・・」

 うっとりと、酔いしれた眼差しでデマンドを見上げた
 あたしの言葉を待つ熱い瞳にこの願いを届ける



「キス・・・して」

 そのまま目を閉じた

 キスをするまでの静かな一時
 心穏やかに過ごせる筈も無く、
 自分の高鳴る鼓動に集中してその時を待ち続ける
 期待に胸が膨らみ、すごく長い一瞬を感じた

 唇をなぞる指先が頬に触れ、首筋を撫で
 望んだ温もりが息を塞ぐ


「・・・・・・っ」
「・・・ん・・っ・・」

 キス・・・やっぱり同じ味がする
 ほんのり甘くて苦い、ココアの味

 相手から貰った甘さを味わい
 幾度も吐息を交わして唇を重ね合った
 頭を抑える強めの力から彼の情熱を感じ取る



「・・・・・はあ」

「甘い唇だな・・・」
「デマンド・・・ん・・っっ」

 背中に回された手がきつくあたしを拘束した
 そこにゆっくりと、より大きな力が加わっていく


「ちょっと、苦しいよ・・・っ
少しだけ緩めて?」


「・・・離したくない」

「・・・っんん・・・っ・・だめだってばあ」

 そんなにぎゅっとされたら
 心臓の激しい鼓動が届いてしまう・・・

 どうしよう、
 そろそろやめてってはね付ける?
 この人の衝動が抑えきれなくなったら
 もうあたしに止めることは出来ない
 ここまでだって、言わないと

 でも・・・このときめく胸がそれをさせようとしない
 拒絶の姿勢を心が丸呑みにして、奥底へ閉じ込めてしまった

 もっと感じたい、温もりを・・・
 その気持ちに従い
 震える手を首の後ろに伸ばして彼の熱い想いを受け止めた

 唇を探って見つけ出し、自分のそれで覆い塞ぐ


「・・ん・・・っ」
「んんっ・・・はあ・・・っ」

 柔らかい感触が、すごく心地良い
 キスだけでどこまでも深く落ちていってしまいそう・・・

 自分から、こんな事までして
 これから先・・・どうなっちゃうの?


「ん・・・・・ぷは・・・あ・・っ」

「はあ・・・っ・・」
「デマンド・・・あたし・・っ」




「このまま、
続きを・・・しようか?」

「えっっ

あっ・・・っきゃ・・・っ!」

 耳元の囁きと共に二人の影がソファに沈んだ
 驚いてたじろぐ様子を、強気の瞳が覗き込む


「ちょっ・・・え・・っ?
なっなな何をするって!?」

「何を、すると思う?」

 あたしの反応を楽しそうに眺めて笑われた
 何をって
 この状況から想像できるのはそういう事しか・・・


「ねえ、どうしていっつも
すぐにこういう雰囲気にしたがるのよっ」

「今日に限っては、誘った方はおまえだ」
「うっ・・・」

 言い返せない
 確かにそう見える風に接してしまったから
 でも、あたしはキスまでだと思っていたのに
 それから先の事なんて・・・
 全く期待してなかった訳じゃないけど
 こうやっていざ直球で言われると怖気づいてしまう

 覚悟が、できていない


「うさぎ・・・」
「まっ待って!
展開が唐突過ぎるってばっっ」

「唐突か?
ごく自然な流れだと思うが」

「どこが自然よ!
お願いだから待ってってば」


「ここまで来て、待てるか・・・」
「ちょっとでいいからっっ
ねえっ!」

「・・・・・・」

 必死のお願いに
 少しふてくされつつも身体を起こしてくれた


「はあっ・・・
何もしないって、言ったでしょ?」

「言った覚えは無い」
「何それっっ
嘘ついたっての??」


「・・・おまえの嫌がる事はしないと言っただけだ
嫌なのか?」

「嫌・・・・・じゃないけど」

「なら、良いだろう」
「ってちがーう!!」


「何が違う・・・」

「その単純な方程式は何っっ
女の子の心はそんな簡単に出来てないの!
複雑な乙女心を勉強して出直して来なさいよねっ」

 勝手に事を進めようとする人にひたすら噛み付いて抵抗する
 そんなあたしの拒む姿を少し寂しそうに見下ろしてきた


「今日だけは、素直でいてくれるのだろう
嘘なのか?」

「だっ・・・だからっ

もうちょっと
心の準備をする時間が欲しいなって」

「心構えの時間は充分与えて来た
まだ必要か?」

「必要だ
って・・・言ったら?」



「もう、時間切れだ」
「デマンドっ
ちょっと・・・っ!!」

「身体は拒んでいないようだぞ」

「もうっ違うんだってばあ・・・っ」

 再び大きな背中に襲撃され、手足の自由を封じられる
 捕らえられた腕の中で軽く抵抗しても無視され続けた
 本気で嫌がってはいないって見抜かれている・・・

 どうしたらいいんだろう
 このままだと、成す術無くこの人の餌食にされる


「良いから、大人しくしていろ」
「だめっだめよっっ
だって!なんかおかしいよっっ」

「何が可笑しい?」

「こういう時さあ
いつもならそろそろお邪魔が入るでしょ?
ほら、通信機が突然鳴ってすぐに帰らないと!とか・・・

どうして今日に限って何もおきないわけっ」

「通信機は家に置いてきたと
先ほど自分で言っていたではないか」


「あ、そっか」

 指摘されて納得した

 って、つまり
 この状況は自分で作ったって事・・・?
 それって、間抜けすぎる
 気まずい空気の中
 デマンドが小馬鹿にするように笑いかけてくる


「ふっ・・・語るに落ちたな」

「こっ
こんな事になるなんて思わなかったもん!」

「正直に話せ
予測していたのだろう?こうなると」
「違うってばっ
ばかーーーっっ」

「邪魔が入るのが嫌だと、言ってくれたではないか
望み通り誰も来ないよ・・・
それとも
本当に入って欲しいのか?」

「そんなの・・・っ」

 聞かれて複雑な気分になった
 邪魔が入って欲しいような欲しくないような・・・
 あたしの望みは・・どっちなの?


「素直なおまえが今日限定と言うのならば
・・・しない訳にはいかないだろう」
「・・・っ」


「どこまでも、可愛がってあげるよ」

「デマン・・・・・・んっ・・」

 両手があたしの頬を包み込み、位置を固定する
 そのまま誓いを結ぶように唇が触れてきた


「・・・っ・・はあ・・・・・・っ」
「・・んっ・・・はふ・・・う」


「久しぶりだな
おまえとこういう事をするのは

楽しみだよ」

 自分のシャツに手をかけると
 ゆっくりと片手でボタンを一つずつ外していく

 胸元が解放され、見下ろす人の色気が増した



「・・・どこまで、するつもり?」

 口から飛び出そうな心臓を呑みこんで尋ねる


「最後までに決まっている
変な事を聞くな」

「いきなりっ!?
って、そんなっ

せっせめて・・・途中までとか、ダメ?」


「・・・どこまでだ?」
「・・・っっ」

 そう聞かれると答えられない・・・


「だから・・・

・・・キス
そうっキスまでよ」

「人をその気にさせておき、据え膳を食うなと

・・・酷い事を言うなよ」

 なんとか答えを搾り出した所で結論は変わらなかった
 目の前の身体が倒れこみ、はだけた胸元に自分の顔が埋まる


「やっやめっっ
やーめーてー!!」

「あまり叫ぶな、外に聞こえるぞ
どうしたかと思われるだろう」
「だって、こっ・・・こんな所でそんな・・・っ」


「場所が気になるのか?
ならば、わたしの部屋へ行こう」

「そういう意味じゃなーい!
ていうか、移動したらもう最後じゃんっ」

「当然だ、
言っておくが移動はせずとも結末は変わらない

諦めろ」

「ひっ酷い・・・っ
デマンドの卑怯者っ
鬼!悪魔ーーっっ」

 頭を振って最後の抵抗を見せた
 それでも強い姿勢を改めない向かいの人が
 余裕の笑みで話しかける



「うさぎ、わたしは知っているよ
ずっとそわそわと周りを気にして
わたしの行動を待っていたと」
「・・・!?」

「理性と戦うその姿がいじらしくて
逸る気持ちを抑えるのが大変だった
早く、その想いを受け止めてやりたかったよ」

「そんな事、言わないでっ

・・・恥ずかしいでしょ」

 良からぬ妄想をしていたのがバレていたなんて・・・
 どうやって言い繕えばいいの
 バツが悪すぎて顔を合わせていられない
 目を伏せて必死に恥ずかしさに耐えた


「どうした?顔を上げろ」
「やだよっ」

「そう照れるな
わたしは、とても嬉しかったよ」



「・・・嬉しかったの?」

「ああ、
お互い同じ気持ちで
同じ事を考えていたのだから」

「同じ事って・・・」


「この唇と熱く触れ合って
そのまま、おまえと一つになりたいと」
「あたしはっ
そこまで考えて無かったもん!

ただ、キスができればなって、それだけよ
一緒にしないで」

「それは先程までの望みだろう、今はどうだ?
キスだけで、その熱い心は鎮まるのか」

「それは・・・」

 穏やかな口調で尋ねるように話を進め
 この胸の奥に眠る情熱を誘導して引き出そうとしてくる
 そんな陰謀を目の当たりにしているのに
 あたしにはもう何もする事は出来なかった

 誘いを断れないと見透かされているこの心は
 あと一押しできっと崩落してしまう
 とどめを刺す一言を、彼は知っているのだろう



「愛しているよ、うさぎ」

「デマンド・・・」

「わたしのこの想いをおまえに受け止めて欲しい
身体を重ねて、どこまでも深く感じ合いたい」

「・・・・・・ん・・・っ」

 返答を待ちきれない唇があたしを求めて接近してきた
 甘い囁きが閉じ込められ、息と一緒に体内へ注がれていく

 神経の麻痺した両腕が彼の背中に回り
 大きな身体をきつく抱き締めた


「・・・ん・・く・・っ・・・」
「・・・はあ・・・っんん・・・っっ」


「・・・っ・・うさぎ・・・
もう、いいだろう?

優しく進めてやるから、あまり怖がるな」



「・・・ホント?」

「ああ、
乱暴にはしないと誓おう
だからもうこのまま、わたしのモノに・・・」

「ん・・・」

 意識が、ゆっくりとまどろんでいく
 逃れられない誘惑にとうとう捕まってしまった
 静かに目を閉じて、大人しく彼を待つ

 緊張してこわばった肩に広い掌がそっと触れた
 幾度かさすり、熱を加えてそこを柔らかく解きほぐす


「震えているぞ
そんなに怖いか?」

「おさまらないの・・・っ
胸がドキドキして、止められない」

「大丈夫だから、落ち着け」

「はう・・・」

 額にキスが落ち
 しばらくの間右手が頭を撫で続けた
 その温もりを感じ、速い鼓動を和らげる

 唇が肌を滑り、頬を伝って首筋にまで到達した


「・・・んっ・・あ・・」

 溜め息と一緒に微かに声が漏れる
 ねちっこく蠢く熱を感じてそれを受け入れた

 肌を食べる音が喉元から聞こえてくる・・・
 それを聞いていると
 身体の中が少しずつ熱くなっていく


「・・・っ・・やっ・・ああ」

「とろけそうな甘い声だな」
「やあんっ・・・だめ・・え・・・っ」

 背筋へ迫る寒気を我慢すると身体がビクビクと震え出す
 唇を噛み締めてそれにも耐えた
 しなやかな指先が身体の脇を伝い落ち
 腹部から上着の中へと潜り込む
 そうしてじわじわと、素肌への侵食が始まった

 胸元に生々しい掌の感触が忍び寄る


「はにゅっ・・・やん・・っああん・・・っっ」

「可愛いよ、うさぎ
高揚して打ち震えるその心を
わたしがじっくりと支配してあげよう・・・」

「あ・・・ううっ・・・デマン・・ド・・・っ」

 ぼやける意識が
 どこまでも深い闇の底へと落ちていく

 もう、だめ・・・
 優しい愛撫に耐え切れない心臓が今にも爆発してしまいそう
 胸の膨らみまでせり上がった両手が
 下着の上からソコを強く揉みしだく


 その時、唐突に気がついた
 そういえばあたし
 今日どんな下着を着けていたっけ・・・?
 見られても大丈夫なやつだった??

 遠い記憶を手繰り寄せ、ハッと我に返る


 ・・・ヤバイかも
 今日に限って、洗いざらしの酷いモノだ
 しかも上と下が揃っていない、てんでバラバラのデザイン
 おまけにかなり子どもっぽい

 あたしったら・・・油断していた
 だって、こんな状況になるなんて思ってもいなかったし
 第一その為に準備してくるなんて恥ずかしくて出来ないよ

 どうしよう・・・このままだと見られちゃう
 先に言う?止めてって、お願いしてみようか
 でも、そんな理由話したって通じないだろう・・・

 ていうか、恥ずかしくて真実なんか言えないって!
 心の準備の前に下着の準備が出来てないから止めてなんてっ
 絶対に笑われる
 こうなったら、もっともな理由をつけて何とか誤魔化そう

 途端に瞳が正気へと戻った
 酔いしれて愛撫を続ける人に勇気を振り絞って声を掛ける


「ねえ、・・・デマンド」

「ん?」




「はっ・・・・・離れてっっ」

「・・・っ!?」

 拒絶の意思をぶつけて圧し掛かる身体を引き剥がした
 すかさず身を起こして体勢を整える


「はあ・・・っ」

「どうした?唐突に」



「あたし・・・やっぱり帰る」

「・・・・・・」

 あたしの言葉にデマンドの眉が歪んだ
 あからさまに怪訝な顔を向けて睨む
 こっちもその迫力に負けないよう明るい声でお願いした


「あのね、よく考えたら
家には一人で出かけてくるって言ったから
あんまり遅いと心配しちゃうかも・・・

だから、今日は帰して?」

「ここまでして、わたしが今更帰すと
本当に思っているのか?」

「えっと・・・帰して、欲しいな
ねえダメ?」


「・・・駄目だ」

「そんなこと言わないで?
お願いっっ」


「やっと捕らえた獲物をみすみす見逃せと?
聞ける筈が無いだろう」

「そんなあっ
どうしたらいいってのようっもう!」

 切実な願いが通じないもどかしさで心がヤキモキしてくる
 相手も押しの強い姿勢を崩さずに
 更なる交渉を仕掛けてきた


「すぐに済ませるから、今しばらく付き合え
あと30分でどうだ?」
「そんなのヤダっ
何その適当な感じ!バカにしないでよっっ」



「・・・まだ、焦らすのか?」
「うっっ・・・」

「今の今まで散々わたしをからかい、
結局ギリギリでこうして逃げる
残酷な女だな」

 哀愁漂う瞳でこっちを凝視してくる
 押しが効かないと思ったら今度は情に訴える作戦?
 相変わらず姑息な手段を使う人なんだから・・・

 これじゃあダメだ
 このままだと絶対に帰してくれない
 何か、譲歩の姿勢を見せないと


「・・・分かった、分かりました
デマンドの気持ちは痛いほどね」

「分かってくれたか?
ならば、このまま・・・」
「ってちがーう!そうじゃないって!!
隙を見て迫ってこないでよっ」


「おまえは、・・・つれな過ぎるぞ?」

「全く、すぐ調子に乗る人ね
ねえ、あのさ

・・・明日、また来るから
それじゃだめ?」

 迫る態度を嗜めて囁く


「明日も
今日のおまえでいてくれる確証は無いだろう・・・
わたしは、今のおまえが欲しい」

「あたしは、いつでもあたしだもん
明日だってそうよ?」

「・・・・・・」


「必ず来るから、約束する

そしたら・・・今度こそ」

「今度こそ?」




「・・・続き、しよ?」

 消えそうな声で呟いた

 続きって
 あたしも結構恥ずかしい事言えるわね・・・
 頑張って何とか伝えれたけど
 それでもやっぱり恥ずかしさは隠せなくて
 向かい合う人から目を逸らした



「うさぎ、」

「あ・・・」

 顔を戻されて上を向かされる
 そのままじっと、覚悟を試すように覗いてきた


「明日こそ・・・逃がさないよ」

「・・・よく分かってる」





「・・・帰れ」

 あたしの固い意志を確認すると、その手が引いた
 至近距離から軽い溜め息が髪にかかる


「うん・・・」

「ここまで焦らされたのだから
あと一日、待ってやるさ
特別にな」

「ありがと

・・・ごめんね?」

「全くだ」











 靴を履いて振り返ると
 不機嫌そうに見送るデマンドと目を合わせた


「じゃあ、行くね

・・・そんなにふて腐れないで?」

「おまえを待つこの一日は
途方も無く長くなりそうだな」

「大丈夫だってっ
一日なんてあっという間よ?」

「こいつは・・・」


「それじゃ、ばいばい・・・」




「うさぎ」

 引き止める声に、再び後ろを向く


「なあに?」


「デートの最後は・・・どうするのかな?」




「・・・顔、貸して」

 ほくそ笑む顔を下から覗き込み
 背伸びをして待つ唇に軽く触れた


「・・・・・・」

「・・・・・・はあ・・・っ

これでいい?」



「また、明日な」

「はいはい、」

 納得したにこやかな笑顔を横目に
 玄関の扉を閉める


バタン・・・



「ふう・・・
何だか一気に疲れが出てきたわ」

 まだ落ち着かない心臓を押さえて深呼吸をした
 いつもより少し早歩きのままひたすら帰り道を進んでいく

 長かった一日も
 過ぎてしまえばほんの一瞬の出来事に変わってしまった
 こうやって明日も気がついたら終わっているのかな

 でも、明日は今日よりも長く感じそう
 何せ大変な約束をしてしまったから・・・
 それを思い出し、胸の奥に再び速い鼓動が戻ってきた

 今日のあたしは一体どうしちゃったんだろう
 妖しい雰囲気につられて
 とんでもなく大胆な発言をたくさんした気がする
 ほんの10分前の記憶を手繰り寄せるだけで
 耐えきれない心が暴走を始める


「あたしったら・・・あたしったらもうっっ
いやーーーっっ」

 恥ずかしさを何とか消そうと
 近くの電柱に頭を何度かぶつけて気を鎮めた


「はあ・・・はあっ
とにかくまずは落ち着くのよっ
落ち着いて、次は・・・」

 一つずつ順にやるべき事を考えてはつぶしていく
 まず、家に帰ってお風呂に入る
 隅まで念入りに綺麗にした後は
 爪の先まで丁寧に磨いて・・・
 そうだ、髪の手入れもしないと

 あとは、何が必要だったかな
 とっておきのおしゃれな下着と、・・・心の準備?


「心の準備って何よっっ
やだもうっばかばかーーっっ

・・・はっっ」

 あたしったら
 さっきから電柱と向き合って何を言ってるんだろ
 道行く人が変な目をこっちに向けて立ち去っていく
 すぐにそこから離れ、歩みを進めた


「はあ・・・
こんな風にドキドキしちゃうなんて
不思議な気分だわ」

 あの人の事を考えると体がそわそわして止まっていられない
 いつからこんな風に意識し始めていたのかな・・・
 きっと、知らぬうちに少しずつあたしの心へ入り込み
 じわじわと侵略をしていったんだろう
 そうやって、気がついたら
 心の大半を彼に埋め尽くされていた


「今日はもう、興奮して眠れないや
昨日もロクに寝れなかったのに・・・」

 例え寝不足で酷いコンディションでも
 あたしはきっと会いに行く
 この胸の溢れる期待を、自分でも止められない


 あれこれ考えて歩いているうちに
 気がついたら家へ到着していた
 玄関の前でにやける顔を元に戻す


「よし、とりあえずお風呂に入ろうっと


ただいまーー!」

 元気な声でドアを開け、家の中に帰宅を伝えた
 それに一番早く反応してくれたのは小さな同居人


「うさぎちゃん・・・」

「あ、ルナ
ごめんね、遅くなって・・・
ちょっと遊ぶだけだったんだけどさ
うっかりとこんな時間になっちゃって」

「・・・・・・」

 明るい調子で軽く謝る
 それを無反応に近い様子で見つめられた


「あれ、どしたの
もしかして・・・怒ってる?
帰りが遅かったから」

「今から、火川神社に行きましょう
みんなが待ってるわ」

「火川神社・・・?何、急用??」


「行けば、分かるわ」



「・・・うん」

 真剣な眼差しに促され、そのまま外へ戻った