「あー美味しかった!
満足満足っ」

 満たされたお腹を撫でながら
 二人並んで街中を軽く散歩していた


「あれだけ食べれば満足だろう
本当に、よく食べたものだ・・・」

「そうねえ
結局パフェも、もう一個追加注文しちゃったし
色々食べ尽くしたって感じかな!」

「流石に、もう入らんだろう」

「うーん・・・

ソフトクリームならいけるかも?」


「・・・いかなくて良い
充分だ」

「えーだってさっき食べたかったのに
却下されて食べられなかったじゃん!

けちー!!」

 デマンドの腕にしがみ付き
 ぶんぶん振り回して抗議してやる
 そんな様子も全く気にされず
 涼しい顔で先をひたすら歩かれた


 そんな足取りが、突然ピタっと止まる



「・・・・・・」

「・・・どしたの?」

 顔を真横に向けたまま、微動だにしない
 何か見ているみたい

 視線の先には、露天に開かれた何かのお店



「うさぎ、ここで少し待っていろ
すぐ戻る」

「待っていろって・・・

ちょっとっ!どこ行くのよっ」

 止める声を無視してそのお店に近づいていった
 買い物でもするつもりなのかしら・・・




「それを一つ貰おうか

ああ、包まなくて良い」

 数分お店の人とやり取りをすると
 その手に花の形をした飾りのような物を持って戻ってくる



「それ、なあに
ブローチ・・・?」

「睡蓮のコサージュだ
付けてやろう」


「え・・・っ


あたしに、くれるの?」


「ああ、」

「・・・っ!」

 いきなりのプレゼントに意表をつかれた心臓が飛び上がった
 途端に速くなった鼓動の上へ、デマンドの大きな掌が被さる

 淡くて、上品な青い色がこの胸を飾った


「似合っているよ」

「・・・ありがとう」

 どうしよう、かなり嬉しいかも
 心がふわふわと浮いたまま、戻ってきてくれない



「プレゼント、買ってくれるなんて
珍しいわね」

「おまえの、今日の格好にコレが似合うと思ってな」



「・・・・・・」

「どうした?」


「何だ・・・
別に、何も考えてない訳じゃなかったのね」

「何も?」

「さっき入ったお店でどっちの服がいいかって聞いても
全然相手にしてくれなかったから・・・

こういうの、興味ないのかなって」


「あれは、両方共わたしのセンスではなかった
それだけだ」

「そっかあ・・・」

 じゃあ、どんな格好ならいいんだろう
 今日のあたしは何点なのかな



「ねえ、それなら

この服はどう??
子どもっぽくない・・・?」

 思い切って本人に聞いてみた

 緊張するあたしを、上から下まで凝視する眼差し
 少しの沈黙の後、答えが返ってくる



「そんなに短いスカートで、
自慢の美脚でも見せたかったのか?」

「そりゃあねえ、
ダテに短いスカートで年中戦っている訳じゃあないのよ?
このスラっと伸びた綺麗なラインを見てみなさいよっ

・・・って、そうじゃなくて!!」


「何だ、違うのか」

「違わなくも無いけど・・・

だって・・・・・・そのっ」


「・・・ん?」

「デマンド、言ってたじゃない?
前にさ、

ミニスカートが好きだって」



「・・・そのような会話は、した記憶が無い」

「うそだーっ!

戦闘服のスカートの短さがたまらない・・・
とか、言ってたもんねっっ」


「言うか」

「絶対絶対ぜーっったい言ってた!」

「まあ良い、それの審議は置いておこう

今日のおまえは、そうだな・・・」

「・・・どきっ」



「年相応、かな」

「それって、

・・・つまり?」


「まあまあだ」

 曖昧な言い方だけど否定はしていないような感じ・・・
 満点では無いけど落第点でも無いみたい

 ちょっとほっとした



「このコサージュ、
服に合ってて素敵ね」

「青に映える物を選んだからな
こうして、着飾るのは好きだよ

我が愛しの姫君を、頭の先からつま先まで
わたしの好みの色で染めてやりたいな」

「・・・そう言う
恥ずかしい台詞は禁止します!

そういえば、昔あなたが用意したやたらと派手なドレスも
結構大変だったのよ?
羽はすごく重いし、よく裾踏んづけて転んだりしてさ
胸の飾りはキラキラしてて結構好きだったけど
もう少し機能性も考えて動きやすいデザインにしてよねっ」

 古過ぎる愚痴がつい漏れる
 それに対して、フッと小馬鹿にしたような笑みを向けられた


「女ならばドレスはプライドで着ろ
それ位出来ずに『お洒落』を語る資格は無い」

「そりゃあ、おしゃれは気合でするもだって
分かってるもん

だから今日も・・・
結構、頑張って考えてきたんだからねっ」


「わたしの為に、か?」

「デート、だもん
一晩かけて悩んだのよこれでも」


「わたしの好みに合わせて
選ぼうとしてくれたのは良い傾向だ

そんなうさぎが、可愛いよ」


「・・・どうも」

 可愛いって
 さり気ない言葉が心の中を一杯に満たしていく

 ずっと、その一言が欲しかったの
 そう伝えたくてもどうしても言えない
 嬉しいって、単純で素直な気持ちを呑み込んだまま
 口をつぐんで俯いた



「そんな薄着では寒いだろう
もっと、近くにおいで」


「うん、」

 促され、その腕にもたれて再び道を歩き出す

 胸の奥が何だかむず痒い
 だけど、こんな照れくささを感じているのも
 デートだからなんだって、そう実感する



「ふふっ・・・あったかいな」

「これで、
少しは寒さもマシになったかな」

「充分だよ」


「敢えて軽装でデートに来て
相手に温めてもらうとは

これも、おまえの作戦の内なのだろうか」

「ばかっ違うもんね!!」








「あっねえねえ!

アレ、やって行こうよっ」

 ゲーセンの前を通り過ぎようとしたら
 店頭のUFOキャッチャーに目がいった


「何だ、コレは」

「UFOキャッチャーって言うのよ
知らないの?」


「知らん」

「まあ、そうでしょうねえ」


「何かのゲームか?」

「そうよ、
あのアームで中のぬいぐるみをキャッチするの

ちょっとお手本見せてあげるから、そこにいて」

 腕をまくってやる気満々にコインを入れた
 軽快な音楽が流れて矢印ボタンが光り出す


「成程、
コレで操作して動かす訳か」

「そうよっ
ほらほら今、ぬいぐるみ掴んだでしょっ
あのまま出口まで持っていけば・・・

いけーっそこだーー!」

 少しの振動も与えないように
 体を硬くして空気を止めた

 その願いも虚しく
 出口に到達する寸前でぬいぐるみがポトッと落ちる


「あーあ・・・
残念、惜しかったのに」



「下手だな、
手本になっていない」

「むむむっ

あのねえ、これって結構難しいのよ!
隣で見ているだけだと分かんないだろうけどっ」


「どれ、わたしが取ってやろう
場所を譲れ」

 そう言うと今度はデマンドが位置についた
 ボタンが光り、同じメロディが流れ出す


「あたし、
あのピンクのうさぎさんがいいなあ」

「こんな単純なゲーム、頭を使う事も無い
ほら、こうすれば・・・」

 アームがぬいぐるみの中に沈んでいき
 そのまま何も取らずに上がってきた

 空気を出口まで運んで、寂しそうに元の場所へ戻っていく



「・・・・・・」

「ヘタクソね
あたしより駄目じゃん

ふふーんだっ」

 バツが悪そうにこっちを見下ろす顔に
 得意顔を向けてやった


「たかがゲームだろう
本気でする物でも無い」

「なあによ、出来なかった言い訳?

男らしくないわねえ!」


「好きに言え
くだらな過ぎるわ」

「何でもソツなくこなしそうなのに・・・
あなたにも苦手な事あったんだ」


「こんな物、苦手な物のうちに入らん
勉強が出来る方が遥かに役に立つ」

「そんな事言うけどさあ
いつだったかデマンドのおうちに忘れてったくまちゃん

アレ、星野に取って貰ったのよ
しかも一発でね
星野は上手いんだ、すっごく!」



「・・・単細胞だからだろう」

 デマンドの様子が、少しムッとした風に変化する
 こんな、あからさまな感情を見せた態度するなんて珍しい

 ・・・面白そうだからもう少しからかってやろうかしら?


「人には誰にでも向き不向きってあるのねえ
あなたはお勉強は出来ても、ゲームは星野が上なのかも?

あははっ」



「・・・・・・」

「あれ、怒っちゃったの?」


「別に・・・」

「何よう、怒ってないなら妬いてるの?


・・・ねえっ聞いてる??」

 不機嫌そうな横顔がジロリとこっちを睨んで
 先を急がせる


「そろそろ行くぞ」

「やーよう!
あたし、もう一回やるんだもんねっ

ちょっと待っててよ」


「無駄な事に熱中するな」

「べーだ!!
絶対取るんだからっ見てなさい!」

 促す様子を無視してコインを入れた
 隣の人に舌を出して正面を向き直す







「・・・うさぎ、」

「!?」

 アームの動きに集中していて、
 その襲撃に気づくのが遅れた
 忍び寄る影が背後にぴったりと密着し、一つに重なる


「前をしっかり見ていないと、操作を誤るぞ」

「えっあのあの

ちょっ・・・ちょっとお!何のつもりっ」



「あんな、幼稚なモノを貰って喜んでいるな
わたしの贈り物の方が良いだろう

・・・どうだ?」

「やだっっ変なトコロを触らないで!」

 その掌が、胸元の花を包み込んで摩り出した
 もう一方の手はボタンを操る右手に絡めて指先を弄ぶ

 耳元で、誘惑が甘く囁いた


「その内
この指に飾る新しい指輪も探してやろう」

「ななななっ!?

ちょっあっ・・・あーー・・・・・・
・・・落ちちゃったよう」



「・・・くくくっ」

「ひっどーい!!
あと少しだったのに動揺して落としちゃったじゃないっ

あんまりからかわないでっっ」

「からかってなどいないさ
わたしはいつでも真剣だよ
何なら、今すぐに用意しようか?」

「いいえ、遠慮しておきます!
もうっ行くわよ!」

 しつこい誘いを振りほどいて先を歩き出す



 その後、何だかんだと文句を言いつつも
 結局一緒にソフトクリームも食べる事が出来た


 優しい温もりに寄りかかり、歩きながらすぐ上を眺めると
 穏やかな顔がいつでも笑い返してくれる

 幸せな時間がずっと続けばいいのに
 この人と、こんな風に過ごすなんて滅多に出来ない



 このままでいたい・・・
 離れたくないよ

 彼の温かさを記憶に刻み込もうと、腕に強くしがみ付いた
 そうしている間にも時間はどんどん過ぎ去っていく
 どんなに引き止めても、完全に止まってはくれない



 一の橋公園に辿り着き、ついにその時がやって来る
 もうすぐ、夢から覚める時間だ



「あーあ、
あっという間に一日が過ぎちゃった」

「早いものだな」

 公園の中をそのまま少し歩き、中央の橋の上で落ち着いた
 二人肩を並べて街の灯を眺める


「日もすっかり暮れちゃって
夜景が綺麗・・・」

「街の中心にある公園だが、ここは不思議な空間だな

日常から切り離され、
まるで別世界のようだ」



「もう、
デートもおしまいだね」

「・・・・・・」

 寂しいな・・・

 口には出さなかったけどその雰囲気を察知された
 後ろから回された手が、この肩を抱き寄せる


「戦いの息抜きになったか?」

「うん、今日は楽しかったよ
ありがとう」


「そうか、」

「・・・何よ、そっけないわね」


「おまえが楽しかったのなら、良かったよ」

「あたしは、すっごく楽しかったよ?

デマンドは
・・・つまらなかった?」


「・・・楽しかったよ」

「ホント?」

「ああ
おまえは色々としでかすから、観察のし甲斐があった

デートが上手くいかずに空回りするおまえも
際限なく何でも食べるおまえも
ゲームに、夢中になる姿も中々に面白かったな」

「そうやって聞いてると
あたしって変な子みたいじゃん・・・

『楽しい』と『面白い』は違うもんっ」




「とても、可愛かったよ」


「・・・ありがと」

「光の届かない世界へ連れ攫った頃の
わたしだけを見ていてくれたおまえも魅力的だったが
こうして、
溢れる光の中で輝いているうさぎが一番好きだ

そんな姿が見れて、良かった」


「デマンド・・・」

 見上げて合う視線に、心がドキッと動かされた

 こんなに優しい笑顔をする人だったっけ?
 つい見惚れて眺めてしまう


 どうしよう・・・
 目が、逸らせない
 深い紫紺の瞳にどんどん吸い込まれていきそうだよ


「どうした、
急に大人しくなったな」

「うん・・・

そうやって
優しく笑ってるあなた、素敵よ」


「いつもと、そんなに違うか?」

「全然違うよっ

て言うか、日頃からもっと笑えばいいのに
そうしたら好印象の生徒会長さんになれるわよ?」


「可笑しな事を言うな、今でもそうだろう
この社交性のおかげで
生徒会の関係もすこぶる良好だ」

「はいはい、みんな上辺に騙されてるのね
こんなに腹黒くて傲慢なのにさ

あなたの本性、知ってるのあたしだけなんじゃない?」


「そうだよ、
わたしの本質を見抜いているのは・・・うさぎだけだ」



「え・・・?」


「笑うのは、おまえの前だけで良い」

 あたしの前だけ、なんて

 やだもう・・・っ
 そんな事言われたら、変に期待しそうになっちゃうよ
 勘違いで浮かれて恥ずかしい想いはしたくない


 でも、本当は知ってるの
 この人はあたしにはいつも本気で接してくれる
 キザな台詞も、迫る想いも、全部この人の真実なんだ

 そんな真剣な眼差しだから、逸らす事が出来ない
 逃げられない・・・



 不意に、ふわっと柔らかい微風が頬を撫でた
 夕暮れ時の静かな雰囲気が
 あたしの心の奥の衝動を掻き立てる

 今日の自分はいつもの自分じゃない
 きっと、どうかしちゃったんだ
 普段は絶対に言わない事を平気で言ってしまいそうで怖い・・・

 ううん
 最初から止める気なんて、無い

 甘い誘惑に負けて、勝手に口が開いた



「ねえ、
デートの終わりはどうするか 知ってる?」


「した事が無いから、分からない」

「もう・・・」


「教えて、欲しいな」









「・・・キス、して?」



「・・・・・・・・・」

 向かいの人の瞳が驚いた風に見開いた

 その反応で、どれだけ凄い事を口走ってしまったのか
 初めて気が付く
 時差で、じわじわと恥ずかしさが浸透してきた・・・


 言葉に出したこっちの方が恥ずかしいのに
 そんな反応されたら、どうしていいか分からなくなる

 あたしったら、何て事を言ったの?
 つい今しがたの事なのに、もう心が後悔し始めていた
 自分からキスして、・・・なんて

 数分前に戻って色々とやり直したいよ
 それより、今すぐにこの場から逃げ出してしまいたい



「あの・・・

変な事言って、ごめんね?
忘れてっ」



「うさぎ、」

「・・・っ!」

 肩に置かれた手がくるんと回って、体の方向を変えられた

 正面で向き合うと、熱い眼差しがこっちに注がれる
 要望を撤回したのに・・・
 雰囲気が段々とその感じに変わっていく


 キスをするまでの間が、持たない
 こんないかにもな空気
 数秒も耐えられそうにないよ

 目は、いつ閉じたらいいんだろう
 そのタイミングを失った視線がきょろきょろと泳ぎ出した


 そんな様子を全く気にしない強い瞳が
 ゆっくりと、近づいてくる・・・



「・・・・・・」


「・・・っっっ

やっぱり、いいっ」

 唇が触れ合う寸前で、緊迫する空間から脱出した
 軽く距離を置いてにこっと笑いかける



「どうした・・・?
おまえから言い出したと言うのに」

「だって
よく考えたら恥ずかしいもん!

また、今度しようよ」


「・・・今、したいから
そう伝えてくれたのだろう?」

「でも・・・っ

こっこんな所で!」


「わたしは構わない」

「あたしは構うのっ」


「すぐに済む
何も考えずに目を閉じていろ」

「嫌よっ
ほら、公園の中にまだ人も少しいるし・・・」


「誰も、見ていないさ」

「そんな事無いわよっ

あなたねえ、
少しは世間の目ってものを・・・」



「ならば、場所を移動するか」


「はい?どこへ・・・??」

「世間の目、とやらが無い所へだ

行くぞ」

 曖昧な態度に痺れを切らされ、いきなり手首を掴まれた
 問答無用でどこかへ引きずっていく・・・


「ちょっ・・・ちょっと!
待ってよっっ
人気のない所へ連れ込んで、何するつもり!?」


「良いから、来い」

「やっやだやだ!!

止めなさいってばっっ」


「往生際が悪いぞ」

「いーやーだー!
離してーーーっ」


 そのまま遠くまで連れて行かれるのかと思ったら
 目的地はすぐ傍だった


 人気が無いと選ばれた場所
 そこは、公園と道路を繋ぐトンネルの中
 左を向けば車通りの激しい幹線道路
 右は、公園の待ち合わせスポットの噴水の前に繋がっている

 車のうるさい音が外で響いているけど
 この中だけ何だか別世界・・・
 すぐ隣が道路なんて思えないくらい静かだよ



「ここならどうだ?
道行く者も、公園の中の者も気になどしない空間だ

誰にも、邪魔はされないよ」

「全く、強引なんだから
そんなにキス、・・・したいの?」


「したいな、

して、やりたい」


「あの・・・えと、」

 落ち着かない心が途端にそわそわし出した
 あたしの髪を撫でる指先が、静かに頬に落ちる



「顔を、上げろ」

「何だか、改めてこうしていると
変に緊張してくるよう・・・」


「キスをするだけだろう
初めてでも無い

あまり気を張るな」

「だってえ・・・っ
こんな事、あたしから言うのは初めてなんだもん!
緊張だってするわよっ
やたらと恥ずかしいし、
心臓は死にそうなくらいドキドキしっぱなしだし!!

デマンドは、ドキドキしないの?
もしかして、こんなに緊張してるのってあたしだけ??

ねえ、
それってずるくない?!」

 緊張の空気に耐え切れなくて
 何とか誤魔化そうと口から次々に言葉が飛び出てきた



「・・・くっはははっっ」

「どうして笑うのよ・・・」


「今日は、驚く程に素直だな
いつもそれ位大人しいとこちらも助かるのだが」

「なっ何ですって!
いつものあたしはじゃじゃ馬だ、とでも言いたいの?」


「実際そうだろう?
このはねっかえり娘は、本当に手に負えん
ハラハラさせられてばかりだ」

「酷いっっそんな事ないもんね!

大体あなたはいつも・・・」

「もう、黙れ」


「・・・むううっ」

 姑息とは思いつつも時間稼ぎをしていたのに
 それすら止められた

 もう、成す術がない



「おまえとこうしていて、
冷静でいられると思うか?」

「デマンド・・・」


「ずっと
わたしを翻弄させていれば良いさ


・・・愛しているよ」


「待って・・・っ

あたし、
変な顔してない??」


「充分、可愛いよ」

「でもっ!
今日は特に変な顔をしている気がする

あんまり、近づいて覗かないでよ」



「・・・うさぎ、
もう焦らすな」

「別にワザと焦らしてるわけじゃ・・・
こっちにも心の準備をって、


・・・・・・っっ」

 途中の言葉を、熱い唇が封じ込めた

 いきなり止められた息が
 奥に戻って喉を鳴らす 




「・・・・・・」

「ん・・・はう・・・っ

・・・デマン・・・・・っっ」

 彼の愛撫が、息継ぎの合間も与えてくれない
 頭の後ろを抑え付けられて、ひたすら貪られた

 隙間無く密着する唇同士
 その生々しい感覚を思い出す


 そういえば
 こういう事、最近してなかった
 久しぶりに交わしたキスはもの凄く気持ち良くて
 何処までもとろけていってしまいそう・・・

 緊張していた体から、少しずつ力が抜けていく
 震える腕が頼り無くその場に落ちた



「・・・っ」

「・・・・・・ん・・・」


 もう、時間なんてどうでもいい
 このまま
 二人だけの世界へ攫われてしまいたい・・・
 優しい温もりに包まれたまま、溶かされていたいよ


 その想いは届かず、夢のようなひと時はすぐに過ぎ去っていく
 足りない気持ちを残したまま お互いの唇が離れた
 我慢していた溜め息が、喉の奥から漏れる

 広い胸に顔を埋めて擦り寄ったら
 受け止めるように抱き締めてくれた



「あったかい・・・」


「もっと、感じさせてやろうか」

「んっ・・・だっ駄目よ

こんなに、ギュってされたら
ドキドキし過ぎて苦しくなっちゃう」


「良く聞こえるよ、おまえの体の中の音がこちらまで

つられて速くなってしまいそうだ」

「デマンド・・・」


「まどろむ表情が、たまらなく愛おしい」

「変な顔してるでしょ・・・?
もう見ないで」


「・・・その顔がいいよ」


「ばか・・・」

 嬉しい事ばかり言わないで
 本当に離れたくなくなってしまう


 じっと、目を閉じて
 彼の鼓動をしばらく聞いていた
 そんな夢見心地の世界に、低い声が届く


「こうして
して欲しい事はいつでも、何でも言うが良い
すべて、叶えてやる」

「ホントに?」


「ああ、
どんな無理難題でも必ずな

望むのなら、例え夜空の輝きでも奪ってくるよ」

「あなたなら、本当にしそうだよ」


「嘘に聞こえるか?」

「ううん・・・

でも、そんな事言うと
本当に何でも言っちゃうよ?知らないからね」

「覚悟は出来てるさ
今までも、散々我が侭は聞いてきただろう」


「・・・我がままなんて、そんなに言わないもん」

「ねだるおまえは愛らしい
何でも叶えてやりたくなる」

「むう・・・」


「さあ、我が愛しの姫君よ
その挑戦を受けてたとう

どんな難題を願う?」





「もう一度、

キスして・・・?」


「・・・何度でも」

 簡単過ぎる願いは呆気なく叶えられた

 キュッと瞳を閉じてそれを待つ
 望んだ温もりが、再びあたしに触れた



「・・・ん

んん・・・っっ!」

 さっきよりも、強い・・・
 熱い吐息が激しく唇を食べる



「・・・っはあ

うさぎ・・・」

「・・・ぷはっ


・・・デマ・・ンド」



「舌を出せ・・・」

「ん、」

 言われるままに従い、口を開けた

 柔らかい感触が湿った生温さと重なり、どんどん感情が高ぶっていく
 しばらく、お互いの舌先で遊ぶように突き合った


 少しずつ白熱していくじゃれ合いが・・・もう止められない
 もつれ、巻きつき、そのうち唇同士が塞がった
 閉ざされた空間の中で、唾液がゆっくりと絡め取られていく
 そんな濃厚なキスが、ずっと続けられた


「はあ・・・っ激しいよう・・・っっ

・・・んんんっ」


「・・・深く、もっと深く


おまえが欲しい・・・っ」


 相手の荒くなる息遣い
 自分の呼吸も、負けないくらい速い
 しっかりとその情熱を受け入れて、背中を抱きしめた

 唇と、その中の舌の愛撫が強すぎる・・・
 何とかついて行こうとこっちも唇を動かした
 頑張っているのが伝わると、少し勢いを緩めてくれる

 そうして、何度も体温を確かめ合った


 こんな所で、ここまでして
 歯止めは利くの?
 あたしもう、理性が飛びそう・・・


「はあっ・・・
だ・・・めえ・・・っ

・・・もう、疲れたあ」

 倒れる寸前で、やっと降参の言葉が出る



「・・・少し、休むか?」

「ここで?
・・・このまま??」


「もっとしたいだろう

休んで、続きを・・・」

「待ってよ・・・っ
こんな、息の切れた状態でまだ続けるって
いい加減他の人から不審に思われちゃうってば」


「ならば、そろそろ帰るか?」




「・・・まだ帰りたくない」


「はははっ
本当に、今日は素直だな

どうした
おまえ、本物のうさぎか・・・?」

「正真正銘100%月野うさぎですけど?

ふんだ、
からかうならもう言ってあげないわよっ」

 膨れた顔でそっぽを向いてやった
 その正面の耳元に、甘い誘惑が囁かれる


「帰りたくなければ、
もう少し一緒にいようか」

「え・・・?」


「わたしのマンションへおいで
ココアでも飲もう

どうだ、来るか?」



「・・・行く」

 まだ、一緒にいれる
 油断するとニヤつきそうな頬を必死に抑えて返答した


「では案内しよう


さあ、おいで」

 差し出された腕に抱きついて歩き出す
 そんな仕草も数時間で自然になった
 今のあたし達は
 傍から見たら普通の恋人同士に見えるのかな・・・


「あーでもさあ、
おうちに連れ込んでも何もしないでよ?」


「しないさ」

「本当?
信用できないからなあ、この人は・・・」


「約束しよう
おまえの嫌がる事は何もしないと」

「何、その意味深発言は

絶対ぜーーったいしないでよっ
変な事したら噛み付いてやるからっっ」


「キスも、駄目なのかな」



「・・・ちょっとだけなら、いいよ」

 つい、期待させるような事を言ってみたりして
 あたしのはにかむ横顔を、温かい微笑が見下ろしている
 甘酸っぱくて切ない気持ちがこの胸いっぱいに溢れ、零れていく


 そんな幸せの絶頂で、気がつかなかった

 あたし達の様子を影から見ている人がいたなんて
 知らない所で、大変な事が起きていたなんて・・・











「・・・・・・」


「・・・なあに?アレ
呆れて何も言えないわ」

「どうやら、相当やられているようだな」


「こんな事、
続けていられると本当に思っているの?あの子は・・・

今すぐにどうにかしないと、取り返しのつかない事になるわよ」

「そこでだ、
さて・・・どうする?みちる

コトは中々に厄介なようだけど
お姫様の目を、どうやって覚まさせようか」




「直接交渉、しかないようね」

「・・・まあ、そうだろうな」


「あら、それでいいの?
幸せな恋人同士を引き裂くなんて

わたし達、無粋の極みかもしれなくてよ?」

「仕方が無いだろう
誰かがやらなければいけない事だ

ぼく達は、ぼく達の使命の為に」



「例え、あの子がどんなに傷ついたとしても・・・」