「デマンドっ

ねえ、デマンドったら!」

 どこまでもひたすらに歩く後姿を
 大きな声で呼び止めた


「・・・どうした?」

「ちょっと待ってよ

もう、足が痛くて歩けないの
スピード落としてくれない?」


「全く・・・
そんな靴で来るからだ」

「・・・!!
ひどいよ、そんな言い方っ

・・・・・・きゃっっ」

 何とか追いつこうと早足で駆け寄る
 その拍子に蹴躓いた体が前方へ傾いた

 ズシン!と派手な音を立ててその場に倒れ込む


「いたた・・・


あーあ、泥だらけだあ」

 地面についた両手を眺め
 悲惨な状態に成り果てた自分を確認した

 白いスカートは跳ねた泥で汚れ
 膝も擦り剥けて無残なすり傷を覗かせている

 何て酷い格好なの・・・



「おまえは、
間抜けにも程があるだろう」

「・・・っ」

 先を歩いていたデマンドが溜息をつくと
 ゆっくりとした足取りで戻ってきて
 あたしの目の前に手を差し出した


「いつまでそうしているつもりだ
早く、立て」

「ごめん・・・」

 もう、恥ずかしくて上を向けないよ
 何度もこんな散々な有様を見せられて
 デマンドだって絶対呆れている

 どうしよう・・・
 このままだと自分がいつ泣き出してしまうか分からない
 必死に感情を抑え
 親切な手の助けを借りず、自力で立ち上がった


「行くぞ」

「・・・・・・」

 この背中に付いて行っても
 楽しい事は一つも無い
 どうして、こんなにすべて
 何もかも上手くいかないんだろう


 あたし、色々と期待し過ぎていたのかな・・・

 今日のこの日を物凄く楽しみにしていたから
 その分、思い通りにいかなくて失望感も大きかった
 だからこんなに気持ちが沈んでいるんだ

 始めから、何の期待もしていなかったら
 どんな事があっても
 こんなに悲しい気分になってはいなかったのかもしれない

 スタート地点から既に二人は噛み合っていなかったもの
 それに今更気付いたってもう、すべてが遅い
 この沈んだ気持ちは
 何をしても修復不可能な所まで来てしまった

 今のあたしに出来る事は一つしか残されていない
 せめて、この人の前で泣き出してしまう前に帰ってしまおう
 少しでもこの心にプライドが残っているうちに

 残された気力を振り絞り
 精一杯の明るい顔でデマンドに話し掛けた



「デマンド、」

「・・・?」


「ちょっと疲れちゃったから
あたし、もう帰るね

今日はありがと
バイバイ・・・」

 最低限の用件だけ伝えて背を向ける
 後はこの場から立ち去るだけ
 視界がいくらぼやけても、もう大丈夫・・・



「待て、うさぎ」

「!!」

 制止する声がこの足の動きを止めた
 どうして
 ほっておいて欲しい時に限って引き止めるのよ

 後を向いたまま
 なるべく心の波を立てないように静かに答える


「何よ」

「いきなり、どうした?」


「どうもしてないわ」

「どうもしていないのならば
突然帰るなどと言わんだろう

おまえ、怒っているのか?」


「どうもして・・・ないったら!!」

 何も分かっていないその態度に感情が揺さぶられ
 つい声が荒ぶった

 一瞬で、周りの空気が凍りつく

 これ以上会話を続けるとこの人に何をぶつけてしまうか分からない
 走って逃げてしまいたいのに
 怯んだ足がどうしても前に出てくれなかった


 沈黙するあたしの震える肩に
 その温もりが触れてくる



「こちらを向け」

「・・・向きたくない」

 向けられない・・・
 もう、この顔は泣き出す寸前だった


「早く、離してよ」

「いいから

わたしを見ろっ」

「・・・っっ」

 しつこいやり取りに嫌気が差し
 望むとおりに振り向いてやる

 涙目の赤い目を見たデマンドの表情が
 複雑なそれに変化した



「泣いているのか・・・?」

「・・・・・・帰る」


「なぜ泣く?
訳を話せ」

「お願いだから、今日はもう帰して!」

「そんな様子のおまえを帰せるかっ」

「・・・くっ」

 そうやって
 変な所の気遣いはあるんだから・・・
 その残酷な優しさが胸に深く突き刺さる



「うさぎ、とりあえず話せ
何があった?」

「もう・・・やめてよ

これ以上、あたしを振り回さないで!!」


「振り回す・・・わたしがか?
それをしているのはおまえだろう」

「はあ?何ですってっ
足が痛いって言っても自分のペースでひたすら歩き続けるし
何かしようって言っても全部却下されるし
そうやって散々あたしを振り回しといて・・・

一体、何がしたいって言うのよ!」

「唐突に休日呼び出して
色々付き合わせているのはおまえだ

おまえこそ、
わたしに何の文句があると言う?」

「文句?
そんなのいくらでもあるんだからっ
全部話したら日が暮れるわよ!」

「日が暮れても良いから一つずつ説明しろ」


「どんなに説明したって
あなたは、分かってなんかくれない
もういいってば

あたしと一緒に居ても
・・・楽しくないんでしょ?」


「楽しくない・・・?
そんな事を言った覚えは無いぞ」

「言葉にはしなくたって、その態度を見てれば分かるもん
何しててもずっと不機嫌そうにして
全然楽しそうじゃないよ・・・

だからもういいの
帰るの
せっかくのお休みなのに、付き合わせてごめん」

 最後の言葉を閉じて視線を逸らした



「うさぎ、」

「・・・離してってば」


「帰るな
まだ何もしていないだろう

話は、何だ?」

「・・・・・・はい?


話って??」

 突然意味の分からない事を言われ
 頑なに意地を張るばかりだった態度が一瞬怯む

 こっちの質問返しに
 デマンドからも怪訝な顔を向けられた


「わたしに
何か話があったのではないのか?」

「・・・?

これと言って特には無いわよ」

「無い?
目的も無く、なぜ誘った」

「目的もなくって・・・」

 遊びに誘うのに理由が必要?
 話が無ければ呼び出すなって、そう言うつもりなのかしら
 何よ、
 やっぱり無理矢理付き合わされて嫌だったんじゃない

 失望感に打ちひしがれて今にも倒れそう・・・
 ふらつく体を何とか保ち、彼と向き合う

 恨めしいその人に愚痴を漏らしてやった


「会う理由が無いと
休日にどこか行こうって、誘うのも駄目なの?」

 もう、どんな返答が戻ってきても
 この心は波立たせない
 しっかり気構えて反応を待った



「ずっと、戸惑っている・・・」

「・・・え?」

 戸惑ってる・・・?
 意外な返しに、耳を一瞬疑った

 デマンドが戸惑う事なんてあるの?
 ただ不機嫌そうとだけ感じ取っていたから
 そんな風に思っていたなんて知らなかった


「一体、どうして・・・?」

「わたしを誘った意図も理解出来ずに今日一日付き合っていたが
いつまで経っても何の話も切り出してこない
ただひたすら歩くだけ

おまえは、何がしたい?」

「だから・・・
特に何も意図なんて無いんだってば」

 改めてきっぱりと、自分の意思を伝える
 それでもまだ信じられないのか
 引き続き腑に落ちない顔でこっちを睨んできた



「本当に、何も目的が無いと?」

「そりゃ、全く無いって訳じゃないけど


・・・だって、」

「・・・・・・?」

 ここまで来たらもう、全部話してしまおう
 意を決して最近のもやもやを語り出す



「最近ちょっと気まずかったから

仲直り、したかったの」

「仲直り・・・?
わたし達は、喧嘩などしていたか」

「して、ないけど・・・」


「・・・話が矛盾している
やはり分からん」

「もう、分かんない!
あたしだって分かんないわよっ」

 話始めで既に頭が混乱してきた
 こんなんじゃ、言いたい事の半分も相手に伝わらない

 ううん、
 何より自分が何を求めているのか
 分からなくなってしまった

 あたしは、何がしたいんだろう



「うさぎ、少し落ち着け
ゆっくりで良いから整理して話せ」

「だからっ

・・・喧嘩って、しっかりとはしてないけど
ちょっと前から何だかお互いすれ違っていたから
こういう、二人だけの時間が欲しかったの」

「二人だけの時間なら
いつもの昼休みの一時で事足りるだろう
関係の修復はそれで充分ではないのか?

なぜ休日にわざわざ外出が必要だ」

「なぜって・・・」

 確かにそうかもしれない
 昼休み、いつもの場所に会いに行けば
 いつでも二人の時間が過ごせるのに
 でも、それだけじゃ駄目だった


 ・・・そうよ、それじゃあ駄目なんだ
 じっくりと自分の心と向き合い、ようやくそれに気がついた

 仲直りなんて、ただの自分への言い訳
 彼を誘う口実が欲しかっただけ

 二人で出かけて、色々な事をして
 楽しい時間を共有したかった


 その事を、まだ伝えていない
 変な意地ばっかり張って
 大事な事は何一つ話していなかったんだ

 言わないと・・・
 心を伝えるのはすごく勇気が要るけど
 立ち止まっていても何も始まらない

 こっちの様子を伺う眼差しを見上げ
 ドキドキする心臓を押さえた



「あたしね、
今日はデマンドとお出かけがしたかったの
本当に、それだけだよ」

「それだけか?」

「うん、
ただ二人で一緒にいたかったの

デートに誘っちゃ
・・・嫌だった?」



「デート・・・?」

「・・・そうだよ」

 デートって
 ちゃんとした言葉にしたら途端に恥ずかしくなってきた

 ちらっと
 向かいの人の反応を確認してみる


 訝しげな表情が
 より一層険しく変わってこっちを凝視していた


「デマンド・・・?
何、その難しい顔は」



「デート・・・なのか?
コレは」

「え?
言ってなかったっけ」

「聞いていない


・・・知らなかったぞ」



「・・・・・・はい?
どういう事、ですか??」

 予想外の答えに
 頭の中が?でいっぱいになっていく


「だから、これがデートだと
今知った」

「デートとは知らずに
何もしないでひたすら歩き続けて今に至ると

そう言う事ですか・・・?」

「おまえがいつ、何の話を切り出すのかと
そのタイミングを見ていたのだが・・・」


「特に話なんて、無いから」

「・・・そのようだな」


 しれっとした態度が震えるあたしを見下ろした

 この人は・・・
 こっちの気持ちも知らずに何て酷い顔を向けて来るの?
 少しずつ上昇し、高ぶっていく感情が
 もう 爆発寸前




「・・・・・・デマンド?」

「何だ」



「この、


超超超鈍感男ーーーっ!」

 耳の奥に響く声で怒鳴りつけてやった


「・・・うるさい
知らなかったのは仕方が無いだろう」

「信じられないっ

あなたが、こんなに鈍感だったなんて
こっちも知らなかったわよ!」


「それは断じて違うぞ
おまえが、わたしを誘うのが想像付かなかっただけだ」

「何よそれ・・・っ
休日に出かけようって言ったら、普通デートでしょ!?」

「デートならそうと、はっきり伝えろ」

「伝えたもんっ遊びに行こうって
察しなさいよっ!」

「知らんわ」


「ひっ酷い・・・っ

ばかーーー!!」

 心の叫びを本人にぶつけてその場にしゃがみ込む
 しばらく立ち上がれずに膝を抱えて突っ伏していた



「一人で騒いで、道の真ん中で倒れるな
恥ずかしいだろう」

「呆気に取られて脱力したわよ・・・

もう、いいもん
デマンドの様子に疑問を抱かなかったあたしが悪かったわ」


「成程な
ようやく、今日のおまえの行動を理解した」

「そうですか、それはそれは良かったですね」



「・・・立て」

「・・・・・・」

 腕を掴んで持ち上げられる
 上に引く強い力に助けられ何とか起き上がった


「待ち合わせの時から今まで
やたらと空回りばかりしているから不思議に思っていたのだが」

「悪かったわね!」


「まさか、そんな裏があったとはな」

「裏なんかじゃないもんっ
ちゃんとアピールしてたんだから!
ショッピングとか、そういう普通の事が出来れば充分だったのに
全然興味なさそうな雰囲気出してさ・・・

そんなに、我侭なこと言ってた?あたし」

「・・・・・・」


「確かに、あたしは今大変な時で
それは充分自覚してるつもりなのよ

でも、したかったの
あなたとデートが
結構勇気を出して誘ったつもりだったのに
何も考えて無かったなんて、酷いよ・・・」

 こんな事ばかり言ってたらデマンドに嫌がられそう
 そうは思っても、恨み言は止められなかった
 返答に困っているであろう向かいの人の反応を伺うのが怖くて
 顔を、上げられない

 身じろぎせずに立ち尽くしていたら
 うな垂れた頭の上にふわっと柔らかいぬくもりが触れてきた



「・・・すまなかったな」


「デマンド?」

「おまえが、
そんなに色々と考えていた事に気が付かなかった

許せ」


「え・・・と」

 ちょっとびっくり・・・
 この人が謝るなんて、珍しい
 本当にすまないって思ってくれたのかな


「どうしたら、許してくれる?」

「別に、いいよ
分かってくれたならそれでさ

あたしもちょっと言い過ぎたし・・・」




「今から、

・・・するか?」

「何を・・・?」


「その、デートをだ」

「・・・っっ」

 彼の口から飛び出た単語に、心臓が過剰反応を見せた
 急激に早くなった鼓動が体温をどんどん上昇させていく

 どうしよう・・・
 望んでいた事だけど
 いざすると言われると途端に緊張してきた



「まだ、おまえにその気があるのなら
してみたいな」

「えっ
でもっでもあの・・・っ

デートって、具体的に何するの?」

「何でも
おまえの好きなように付き合うよ
どうしたい?」

「どうしたいって・・・」


「今から、何処かへ行くか」

「どこか・・・?」

 何しよう、どこに行こう・・・
 頭をフル回転して悩み出す

 遊園地とか動物園は遠いし今からだと時間が遅すぎる
 そんな大きな場所に行かなくても
 近場で何かできること無かったかしら

 あたしの馬鹿・・・っ
 どうして調べておかなかったんだろう
 早く何か提案しないと
 せっかく、付き合うって言ってくれたのに
 その気持ちが嬉しくて何も浮かんでこないよ
 そわそわばっかりして、時間がどんどん過ぎていく


 あたしが考えている間
 デマンドはじっと動かずに待機していた
 待たせている状況が余計にプレッシャーになって心を急かす

 落ち着かないと・・・
 こんなんじゃまた一人先走って自分を見失ってしまう
 同じ事を繰り返して失敗しそうだよ
 胸を抑えて大きく息を吐き、心を静める


 ふと、思った

 こうしてあたしの為に
 合わせようとしてくれる気持ちは嬉しいけど
 デートって、どっちかがどっちかに合わせるものなのかな・・・

 そんな一方的な事じゃなくて
 二人で一緒にするものなんじゃないの?


 あたしってば、
 こうして欲しいって自分の理想を
 デマンドに押し付けていたんだ・・・
 それで上手くいかないからっていじけて彼を困らせて
 何だか、それって子どもだよ

 空回りしていたって思われても仕方ない
 情けなくてため息が出てきた



「・・・ごめん、」


「何を謝る?」

「あたし、自分の事ばっかり考えてた
理想のデートを押し付けちゃって
疲れたでしょ?」


「うさぎ・・・」



「ねえ、
デマンドは何がしたい?」


「わたし、か?」

「うん、あなたのやりたい事も聞かせて
それで一緒に何をするか考えよう」

「唐突だな・・・」

「何でもいいの

行きたい所とか、やりたい事ない?」


「・・・・・・」


 いきなりの問いかけに少し悩む風を見せられる

 しばしの沈黙の後
 ぽつりと答えが返ってきた



「そうだな、」

「えっ何々?」


「食べたい物がある
と言ったら?」

「食べたいもの・・・

って、何?」



「覚えているか?」

「・・・?」

「前に、おまえが語ってくれた事があっただろう」

 あたしが、デマンドに?
 何だろう・・・


「何か言ったっけ
いつの話?」

「30世紀の世界にいた時の話だ
わたしと、夢の中で一緒に食べていたと
おまえはそう語ってくれた」


「夢の中・・・」

 断片的な記憶を必死に手繰り寄せる
 言われてみれば、そんな話をしたような気がしてきた
 夢の中で、デマンドと一緒に・・・


 膨大な過去の思い出と向き合い、あれこれと選別していく
 そのうち、記憶の中でその道筋が繋がった



「あっっそれって・・・


チョコレートパフェ?!」

「それだ」

 思い出した・・・
 その話は確かにした事がある

 夢の中に出てきた大きなチョコパフェを
 二人で一緒につつき合った
 それはきっと、なるちゃんの切ない思い出が胸に残っていたから
 忘れられない大切な記憶が夢の中に出てきたんだろうけど

 でも、これはかなり前の会話
 その時は何気なく話しただけなのに・・・


「あたしの話
覚えていてくれたの?」


「ああ
叶うのならば夢の中のおまえと食べてみたい

そう、願っていたよ」

「デマンド・・・」

 胸の奥に、温かい感情がじわじわと広がっていく
 こんなに嬉しい事を言われて
 今日一日のすれ違いが全部帳消しになってしまった



「一緒に、食べてくれないか?」


「・・・うん」

 恥ずかしさを感じつつ、しっかりと頷く


「どこか喫茶店にでも入ろう」

「あっならさあ、近くにいい所知ってるんだ
さっき通り過ぎちゃったんだけど
青山の『SELAN』に行こうよ!

あたし、案内するから」



「うさぎ、」

「ん・・・?」

 逸る後姿を呼び止められた


「わたしは、こういう事をしたことが無い」

「こういう事って・・・


デートをって、こと?」

「ああ、」

「へえー
それって、ちょっと意外かも」


「だから、教えてくれないか」

「何を・・・?」


「おまえが望む事を

どうして欲しい?」

 望む事・・・
 そういう風に聞かれると気恥ずかしくて
 却って言い辛いんだけど

 だけど、一つだけ
 どうしてもして欲しい事があった
 ずっと溜めていた心のつかえを思い切ってお願いしてみる



「じゃあさ」

「ん?」


「腕、貸して?
ヒールが高くてさっきから足が痛いんだってばっ

・・・捕まらせてよ」

 あたしったら
 ちょっと大胆な要求をしてしまったかも
 動揺を隠そうとして、つい膨れ顔に怒り口調で言っちゃった



「・・・ははっ」

「何がおかしいのよ」


「おまえ、歩きながらどうも落ち着きが無いと思ったら
そんな事を期待していたのか

して欲しければ早く言え」

「わっ・・・悪い!?

大体ね、
こういう事は女の子の口から言うもんじゃあないのよっ
あなたって本当に・・・」

「おいで、うさぎ」

 煮え切らない態度を見透かされ、
 目の前に手を差し出された



「・・・ありがと」

 柔らかい笑顔に迎え入れられその腕を借りる
 二人の距離が、グッと近くなった


 何だかドキドキしてくる
 自分からこんなに近づく事は滅多に無い
 シャツを通して伝わってくる肌の感覚が心地良くて
 つい、もっとくっつきたいって思っちゃうよ



「疲れたのだろう
寄りかかれ」

「うん、」

 言われるままにその腕を自分に寄せて抱きしめた
 やっと、普通のデートらしい雰囲気になった
 硬かった雰囲気が少しずつ緩んでいくのが分かる

 肩を並べて歩くイチョウ並木の遊歩道
 さっきと同じ風景なのに、感じ方が全然違う


 ふっと
 目線だけ上げて隣の人を見てみた
 空中で出会った瞳と瞳が照れ臭そうに笑い合う



「うふふふっ」

「どうした?
気味の悪い笑い方をして」

「別に、何でもないもんっ

ねえ・・・
ちゃんと、歩幅を合わせて歩いてよ
足が痛いんだってば」


「もう少し歩きやすい靴で来れば
そんなに苦労もしなかっただろうに」

「だって
少しでも背伸びしたかったんだもん


あなたと、釣り合うように」



「・・・馬鹿だな」

「馬鹿、だもんねっ」

 何を言われても、もう気にしない!
 充実したこのひと時をしっかりと噛み締めて
 胸の中を幸せでいっぱいに埋め尽くすんだから

 与えられた温もりにしがみ付き
 全体重をかける勢いで寄り掛かった


「そんなに疲れたのか?
何なら、目的地まで抱き上げて連れて行くぞ」

「結構です!
あんまり調子に乗り過ぎないでよ?

こういう事するのは今日だけ!なんだからねっ」









「チョコレートパフェ、お一つ
お待たせしました」

「はーい!
待ってましたーっ」

 待望の一品が二人のテーブルに届けられる

 キラキラ輝くガラスの器に飾られた甘い誘惑
 それを、憧れの眼差しでしばらく眺め続けた


「うわーい!やっぱこれよねー
下までぎっしりと詰まったアイスとクリーム!!
コーンフレークのかさましは邪道ったらないわっ」

「どれも同じに見えそうだが
そういうものなのか?」

「全然違うわよっ
容器の半分もコーンフレークが占領しているパフェなんてさ
騙されたーって感じしない?」


「食べ比べた事など無いから、分からん」

「もうっ
パフェの先輩が言ってるんだからね
そういうもんなのっっ

ねえ、デマンド」

「何だ?」


「本当に、注文1個で良かったの?」

「コレを一人で全部は流石に無理だ
それに・・・
おまえと、同じ物が食べたい

いいだろう?」

「ふーん、あっそう

じゃあさっ
そろそろ、食べていい?」


「いつでも、どうぞ?」

「えへへっそれじゃあお先に

いっただっきまーす!」

 宝石みたいな飾りつけにスプーンを差し込む
 長い先に掬い上げられたクリームをゆっくりと口に運んだ


「あーん・・・っぱく


あっまーい!!」


「そうか、良かったな」

「アイスと果物も一緒に食べちゃうんだからね
ちょっと大きいけど一口でぱくっと!

はあ、幸せ・・・」

 至福の余韻が口の中に広がっていく
 体の芯まで糖分が染み渡って
 もう、文句ナシで幸せだと言い切れちゃうよ



「うさぎ、」

「あっごめん一人で食べて
はい、スプーン
デマンドもどうぞ」

 スプーンを彼に差し出した
 こっちに伸びた腕が、それをかすめて頬に触れる


「・・・なあに?」


「ほら、
クリームが付いているぞ」

「えっやだ!

どこ・・・に」

 言うが早いかあたしの頬に付いたそれを拭い
 そのまま、ペロッと指を舐めた


「本当だ、甘いな」




「・・・・・・」


「どうした?」

「!?

べっべべ別にっっ」

 急に熱くなった顔を瞬時に背ける

 この人ってば・・・
 ちょっとした仕草が全部色っぽいんですけど

 クリームを舐める様子を見ているだけで
 こんなに胸がドキドキしてくるなんて
 うっかりしていると、いつまでも見惚れてしまいそうだよ


 ふと、気づいた
 何をしても大人っぽいこの人
 それに比べてあたしは・・・

 落ち着きが無いしドジだし、
 今だってパフェに一人がっついちゃって
 ・・・子ども過ぎない?

 その事実を自覚したら、途端に居心地が悪くなってきた



「・・・食べないのか?」

「えっ・・・あ
食べるけど、さ

デマンド、全然食べてないじゃない」


「おまえが、
幸せそうに食べている姿を見ているだけで満足だ」

「やだもうっ
そんな事言ってるとね
本当に一人で全部食べちゃうわよ!」

「ははっ」

「ははっじゃあないってばっ

こんなにあたしだけテンション高いと
何だか温度差を感じちゃうんだけど」


「温度差?」

「だってさあ・・・
あたしってばこんなにパフェではしゃいじゃって
子どもみたいだなって

もっと、落ち着いた方がいい?」 



「おまえは、それで良い」


「・・・ホント?」

「ああ
無邪気な姿を見ていると和む」


「ただうるさくて
元気なだけの女の子なんですけど・・・」

「それが取り柄だろうが」

「なるほど」

 妙に納得させられた
 そんなあたしを見ていると和むだなんて
 少しは、この元気を分けてあげれてるって
 そう思っていいのかな・・・?


「そっかあ、元気が取り柄ねえ

えへへっそうだよね!」


「難しい事は考えずに、好きなだけ食べろ」

「うんっ
あたしも食べるから、デマンドも食べようってば
すっごく美味しいのよ?このパフェ

はい、あーんして」

 クリームとアイスがめいっぱい乗ったスプーンを
 彼の目の前に突き出す




「・・・・・・・・・」

「・・・どしたの?固まっちゃって」



「それは、何の真似だ」

「何って・・・
食べさせてあげるから

口、開けて?」


「たった今、此処で
公衆の面前でソレをしろと言うのか・・・?」

「そだよ」


「おまえは・・・
時折とんでもない事を躊躇わず要求して来るな」

「なっ何よ!
いつもデマンドがしてくる事の方が
あたしには抵抗ありありなんですけど?」


「そうか?
この状況を他人に見られている方が恥ずかしいだろう」

「やめてよっ変に照れるの!
やってるこっちの方が恥ずかしくなってくるでしょ」

「恥ずかしいならば、今すぐに止めろ」


「・・・いいから、早く食べて

さっさと口を開けなさーいっ!!」

「・・・っ」

 少し開いた口に無理矢理スプーンを押し込んだ
 しばらく、複雑な顔をしたまま向かいの人の口が動く


「どう?
美味しい??」



「甘い・・・」

「その、普通の感想は何ですか」


「他にどう言えと?」

「なーんかさあ、もっと表現力豊かに言えないかなあ
美食家っぽいコメントとか?」

「そんな上辺だけの言葉に
何の良さがある」

「えーだってつまんないよう
念願のパフェでしょ?
もっとこう、口の中で奏でるハーモニーがとか言えばいいのに

ほらほらっ臭い台詞はお手のモノじゃない!」


「多くの言葉など、何の意味も持たない
ただ一言、そこに真実があればそれで良いだろう?


とても甘いよ
二人の、このひと時が」



「・・・・・・・・・」

「どうした?固まって」


「やっ・・・やめてよ!
そういうキザな言葉を聞いている方が
もっっと恥ずかしいんだってば!!」

「甘い言葉がお望みなら
好きなだけ言ってやるぞ」

「もう充分ですっ
おなかいっぱい!!」


「そうか・・・
では、コレはもういらないのかな」

 デマンドが目の前のパフェを自分の元に引きずっていく
 その手を振り払うと慌てて真ん中に戻した


「だめーーーっっ
まだ食べるの!!」

「ふっ
満腹と言うから、てっきりいらないのかと思ったぞ」

「それとこれとは話が別よっ
油断も隙も無い人ね!

意地悪言うんなら残りはぜーんぶあたしが食べちゃうからっ」

 そう言い放ってすごい速さでアイスをかっ込む

 頬杖を付いたデマンドが
 そんな膨れたあたしをただ黙って眺め続けていた
 穏やかで、優しい表情が耐えずこっちへ向けられる
 こんな顔の彼は、初めて見たかもしれない


「ねえ、」

「・・・うん?」


「今、楽しい?」

「ああ、
楽しいよ」

「良かったあ

あたしも、結構楽しいよ?」


「その顔を見ていれば良く分かるさ」

「あはははっ
でも、こうして一緒にパフェを食べれる日が来るなんてさ
前だったら信じられない状況だわ

あの夢は、きっと正夢だったのね」

「そうだな・・・
もしかしてわたしは
おまえとコレが食べたくて此処へ生まれ変わったのかもしれない

遣り残した事への未練が、
過去への転生を実現させたのだろうか」


「そんな事言って・・・いいの?
こうして叶ったら
もう心残りが無くなって成仏しちゃうみたいじゃない」

「・・・まだ、あるさ
うさぎとしたかった事も、出来なかった事も
あの頃は沢山あった

今なら、それも出来る気がする」


「デマンド・・・」

 あたしもずっと、同じ事を考えていたんだよ?

 光の溢れた暖かい世界で
 あなたに色々な物を見せてあげたい

 同じ時間を一緒に歩いていけるこの事実は
 どれだけの奇跡と偶然が重なって成り立ったんだろう

 ううん、きっと
 すべての巡り合いは運命なんだ
 あなたと再び出会ったのにも、きっと大事な意味がある
 いつか、それが分かる日が来るのかな・・・



「おまえは面白いよ
見ているだけで退屈しない

勝手に空回りして怒ったり、わたしを散々振り回したり
きっと、平穏な日々など一生与えてはくれないのだろうな」

「ふんだっ
人を何だと思ってるのよう」

「はははっ」

 楽しそうに笑ってる彼を見ていると
 胸の中がじわじわと温かくなっていく

 こんなあたし達は、周りからどう映って見えるんだろう
 ラブラブしているように見えるのかな
 恥ずかしいけど、それでもいいかも


「ほらっもう一口食べなよ

はい、あーん・・・」

 にっこり笑顔で誘惑すると
 少し戸惑う風を見せつつもその獲物が口を開けてくれた
 釣れた瞬間、スプーンを引いて自分に戻す

 そのまま、満面の笑みでほおばった


「あーーーん・・・

うーん、あっまーい!」


「・・・・・・」

「美味しいよ?早く食べなったら

ふふーん!」



「・・・もう、いらんわ」

 ちょっと不機嫌そうな顔がふいっと横を向く
 いたずらな瞳で覗き込んでやると、更に目を逸らされた


「あれー、むくれちゃった?
まんまとひっかかたのが悔しかったんでしょっ
結構かわいい所あるんだからさ」


「人で遊ぶな」

「デマンドってさあ
自分のペースを崩されると不機嫌になるわよね
人の事振り回すのは好きなクセに
困った人ねえ!」


「分かった風な事を・・・」

「分かってるもんね
あなたの事なんて、ぜーんぶお見通しよっ

ほらほら、本当は食べさせて欲しいんでしょ?
いい子に『頂戴』って言ったらあげるわよん」



「・・・ふん」

「いらないの?
食べないならあたしが完食しちゃうよ」


「勝手にしろ」

「何よ、
・・・本当に食べちゃうからっ」

 いじける様子を横目に再び食べ始める

 何だかいきなりむっつりとしちゃって
 ちょっと、からかい過ぎた・・・?




「うさぎ、」

「え?」


「後ろ・・・」

「・・・?

何かあるの??」

 意味深な言葉が気になり背後を確認した
 忍び寄る影が、横からスプーンを襲撃する
 注意を逸らされてる間にすくったアイスを食べられた


「!?
なっなな何をっっ」


「・・・全部、一人で食べられると思うな」

「ひっどーーい!
不意打ちは卑怯よっ」

「隙だらけの方が悪い

ほら、もう一口よこせ」

「いやーっ返してーっっ
そんなに食べるんなら一個じゃ足りないよう!」


「足りないのなら、もう一つ頼め」

「それでもいいけどさあ
普通に何か食べたいかも

ねえ、
追加で頼んでいい?」


「好きにすれば良い」

「やったあ!
じゃあ、ミートスパとサラダとサンドウィッチと
あと、ケーキ!!」



「・・・そんなに食べられるのか
底なしの胃袋め」

「デマンドも、遠慮しないで頼んだら?」

「遠慮したつもりは無いが・・・

そうだな
では、人参のグラッセが付いたハンバーグでも頼もうか
ああそれと、
この特製ニンジンミックスジュースも一緒にな」


「・・・デマンド」

「おまえも頼むか?」

「それって、嫌がらせ?
あたしがニンジン苦手だからってワザとしてるの??」


「安心しろ
食べさせてやるさ、優しく一口ずつな」

「ばかっキライ!!

ニンジンがダメだって、よく覚えてたわね
かなり前にちょこっと漏らしただけなのに」


「記憶力は良いのでな」

「そんないらない情報、すぐに忘れなさいよ・・・」


「要らない?
おまえの個人情報に、必要ない項目など無いさ
全部教えて欲しいな
好きな物も、嫌いな物も

おまえの・・・すべてを知り尽くしたい」



「それって、
何ていうか知ってる?」

「さあ?」


「ストーカーって言うのよっ

この、変態!!」


「くっ・・・ははは!」

 ほのぼのした午後のひと時
 これが束の間の平和だと分かっているけど

 どうか、神様
 少しだけでも長くこのままでいさせて・・・