「はあっ・・・はあ・・・っ」

 火川神社の長い階段を全速力で駆け上る
 境内の一角に人の影を発見し、そこへ向かった




「あ、美奈子ちゃんも来たぜ」


「はあ・・・っ

ごめんっ、遅くなって」

「大丈夫よ、みんな集まったばかりだから」

「走ってきたの?
急がなくて良かったのに・・・」

「でも・・・っ」


「とりあえず一息つきなよ」

「うん・・・」

 荒い呼吸を整えつつ
 集まっているメンバーを軽く確認した

 いつもは居ない異色の人物が
 瞬時に目に飛び込む



「あれ?
みちるさん、

・・・はるかさんまで」


「やあ、」

「ごきげんよう」


「どうしたんですか?
いつもは別行動なのに」



「ちょっとね・・・」

「たまには、いいでしょう?」


「たまには・・・って」

 そのたまにが、どうして今日なの?
 意図があって来たとしか思えない

 みんなの雰囲気もどことなくぎこちない
 深刻そうな様子で顔を見合わせている


 何か、あったんだ・・・

 ただ事ではない空気を感じ取り
 体が知らずに畏まる



「さてと、
・・・これで全員揃ったな」


「揃ったって・・・」

 わざと言ってるの?
 それとも、忘れているだけなのかしら

 さっきから辺りを見回しているのに
 肝心の一人の姿が見当たらない・・・



「うさぎちゃんは?」

 聞いていいのか分からなかったけど
 気になってその名前を口に出した

 あれから二人の姿は見失ってしまったけど
 うさぎちゃんもきっと呼び出されていて
 ここで会えると思っていたのに
 これで全員揃ったって事は、わざと彼女だけ呼んでないの?

 どうして・・・?



「それが・・・

うさぎちゃん、
通信機に全く応答しないのよ」


「応答しない・・・?」

 故意に声を掛けなかったわけじゃなくて
 うさぎちゃんが反応しなかった

 それって・・・


 さっき街中で見かけた二人の姿が頭をよぎる
 あのまま、
 まだ一緒にいるって事かしら・・・

 いつも集まりに遅刻はしてきても
 こっちからの連絡に出ない事は一度も無かった
 今日に限って応答すらしないなんて

 もしかして、わざと?
 二人の間を邪魔されたくなくてそんな・・・



「・・・っ」

 嫌な考えを振り切ろうと首を振った

 だめよ・・・っ
 悪い方にばかり考えていたら
 きっと、何か事情があるんだわ


 信じなくちゃ・・・うさぎちゃんの事



「・・・やだわね!もうっ

どうせうさぎちゃんの事だから
グーグー眠ってて気が付かないだけなんじゃない?
全く、ぐうたらの困ったさんねえ」

 場が和むよう
 わざと明るめに言葉を放った






「・・・応答、するわけないわ」


「ルナ・・・?」



「うさぎちゃん
今、家にいないの
通信機を部屋の机の上に置いたまま出かけちゃった

あれだけ、持っていけって言ったのに」


「出かけたって、どこへ?」

「気分転換に
ショッピングに行くって言ってたけど」

「そんなっっ独りで?!
危険じゃないっ
何で、あたし達に言わなかったのよ!」


「すぐに戻ってくるから大丈夫だって

独りが・・・いいって」

「どうしてそんな事っ

一体、何してるのよ・・・うさぎはっ
単独行動がどれだけ危ないか分かっていないわ!」



「なあ、独りがいいって・・・

あたし達がいたら、まずいって事か?」

「まずい事?

って、何よ」

「さあ・・・?」



「・・・・・・」

 どうしよう・・・

 さっきの事、話すべきなのに
 どんどん言えない雰囲気になっていく
 完全に切り出すタイミングを見失ってしまった




「ねえ、

彼女の様子・・・
少し、おかしいと思わない?」

 みちるさんの瞳の奥が鋭く光る



「おかしい・・・?」

「ルナの話を聞いた限りだと
最近、家の帰りが遅いと言うじゃないか
君達の集まりにもよく遅刻するとか・・・

現に今日、ここには来ていないしな」


「帰りが遅いって・・・
うさぎちゃん、最近は放課後になると
すぐに教室を出て行くぜ?

なあ?美奈子ちゃん」

「う、うん

・・・そうね」

「それなのに帰りが遅いの?
確かにおかしいわね・・・」



「それでね
最近の彼女について
貴方達に色々と聞いてみようと思って
こうして、集まって貰ったの」


「色々・・・と言うと?」

「どんな些細な事でもいいわ、よく思い出して
彼女に・・・何か変化はあったかしら?」


「・・・・・・」

 その場が沈黙に包まれた

 みんな・・・考えているの?
 うさぎちゃんに何かあったって・・・


 しばしの静寂の後
 ぽつりぽつりと話が出始める



「そう言えば・・・
うさぎちゃん、昼休みは姿が見えなくなるな
お弁当持って慌てて教室を出て行くけど

・・・どこで食べているんだろう」

「放課後もすぐにいなくなるんでしょ?
最近は一緒に帰らなくなったわね」


「道草を誘っても断るし

部活に、
熱心に通っている風には見えなかったけど」

「神社へも滅多には来ないわよ
前はあんなに入り浸っていたのに」


「よくお勉強もしているみたいなのに
あたしの所にはさっぱり聞きに来なくなったわ」

「試験前だってすぐに帰って行くけど
でも、家には戻ってないんだろ?」

「どこかで、勉強してるのかしら

図書館で一人でとか・・・?」

「まさか、あのうさぎが?
信じられないわ」



「・・・・・・」

 一言も、会話に参加できない・・・
 いたたまれない空気を感じ
 立ち尽くしている事しか出来なかった

 みんなの話を聞けば聞く程に
 嫌な予感ばかりが膨らんでしまう

 推測が、段々と確信に近づいていく



 うさぎちゃんは
 確実に昼休みどこかへ向かっている
 おそらく、学校内の誰かに会う為に

 放課後すぐに帰ってしまうのも
 ・・・それなのに帰宅の時間が遅いのも
 きっと、同じ理由

 その誰かが
 心に思い浮かんでいるあの人だったら


 何て事なの・・・

 そんなに前から二人は繋がっていたなんて
 思いたくない
 でも、事実は残酷な程に明確だった

 繋がっていなければ
 今日、あの場に二人でいる訳が無い

 結局は、そういう事なのね・・・



 ・・・分からない
 うさぎちゃんが何を考えてそんな事をしているのか

 もしかして、彼の事本気で・・・?




「・・・っ」

 ザワっと
 重い風が胸を吹き抜ける

 何なの?
 この、怒りにも似た激しい感情は
 抑えようとすればする程に荒れ狂い
 心の奥底を揺さぶってくる


 まさかあたし
 うさぎちゃんに、嫉妬しているの?
 あの人と影で仲良くしている姿を目撃してしまって
 それでこんな・・・


 そんなの、最低だ

 大事な仲間に対して
 こんな風に醜い感情をぶつけてしまうなんて
 何だか自分が怖い



 ううん、これって
 本当にうさぎちゃんに抱いている感情なのかしら

 もしかしたら・・・





「ねえ、
美奈子ちゃんはどう思う?」


「えっ?」

「さっきからだんまりしちゃって

・・・どうしたの?」



「いや、別にそんなっ
あっ・・・あの・・・・・」

 突然話を振られて
 動揺した様子を露骨に出してしまった




「・・・・・・」

「あっ
あたしは・・・」

 どうしよう
 みんなが注目している・・・

 あたしの考えを言えばいいの?
 混乱している頭を何とか動かして考える
 でも、何一つ思い浮かばない

 だめよ、こんな風じゃ
 みんなが話し合いをしている最中に
 一人ぼうっとしていたみたいじゃない


 二人の事・・・話した方がいいわよね
 どこからどこまでしても大丈夫なのかしら?
 本当は全部一から説明しないといけないのだろうけど

 そうしたら、うさぎちゃんはどうなるの・・・?



「・・・・・・」



「おい、・・・美奈」



「アルテミス・・・?」

「みんなに、言いたい事があるんだろ?
どうして隠してるんだ」

「・・・っ!」

 厳しい突っ込みが横から入った


「言いにくいなら、僕から言おうか?」

「待って!アルテミス

だってあれは・・・っ」



「ねえ、
隠してるって・・・何を?」

「・・・っっ」


「美奈子ちゃん
何か知ってるの?」

「言いにくい事って・・・
何か深刻な事情なの?」

 あたしの方へ
 一斉に質問が集中する



「それが・・・」

「どうしたんだい?美奈子ちゃん

みんなうさぎちゃんを心配しているんだ
あたし達にも教えてくれよ」


「あの、別に
隠してたわけじゃないのよ
確信が持てなくて言えなかっただけで

だから・・・っ」

「何でもいい、

言ってみろ」

 厳しい視線が話す事を強要してきた

 もう、口篭っていてもだめだ
 こうなったらさっきの事だけでも言うしか
 あたしが言わなくても、アルテミスが話してしまう
 それくらいなら・・・


 意を決して口を開く



「実は今しがた


うさぎちゃんを、見かけたの」

「見かけた?
それは、どこで??」


「青山の方を、歩いてた・・・」



「ショッピングの途中だったのかしら

声は掛けなかったの?」

「だって・・・っ
かけづらくて」

「どうしてだい?
うさぎちゃん、独りだったんだろ」


「あの、ね

それが・・・」





「・・・一人じゃ、
なかったんでしょ?」

「・・・!?」

 察したみちるさんがズバリと指摘した


「どういう事?」


「誰かと、一緒だったのか?」

「連れがいれば、
友人には付いてきて欲しくないと思うだろうな」


「だからうさぎちゃん
独りで出掛けるって言ったのね・・・」

「でも、それって

・・・誰?
あたし達には言えない人なの?」


「まさか・・・
星野君、か?」

「スリーライツは今日、3人揃ってライブの予定よ
星野君の筈が無いわ」

「じゃあ、一体誰とっ」

 一通り意見が出終わると
 その答えを迫るような視線が全員から向けられる



「うさぎちゃん、
誰と居たの?」

「それは・・・」


「美奈子、

教えて」






「・・・・・・


・・・会長、よ」



「・・・・・・」


 その瞬間
 周りの空気が固まったのがはっきりと感じ取れた


 おのおのが、意外そうにしたり困惑した様子を表したり
 複雑な表情で立ち尽くしている

 当然、よね・・・
 予想もしなかった人の名前がいきなり挙がれば
 誰だってこうなるわ



「会長って
あの、生徒会長?」

「うん・・・」


「え・・・どうして?」

「分からない
だから、あたしも見かけてびっくりして・・・
まだ信じられないんだけど」


「それは、
二人で道を一緒に歩いていたって事なのよね?」

「少し距離は開けてたけど
あれは、二人でいたんだと思う」


「じゃあ、今日うさぎちゃんは
会長と出かける為に独りで外出するって
嘘をついたのか?」

「そう、・・・なのかも」

「何よそれっ

あの二人、どういう関係・・・?」

「・・・・・・」



「話の途中で悪いんだけど


誰だ?、そいつは」

 ざわめくあたし達の隙間から
 はるかさんが尋ねてきた


「はるか、あの人よ

覚えてる?
少し前に車がトラブルを起こして
うさぎの家にお邪魔した事があったでしょう?
あそこにいた彼よ
この子達の高校の、生徒会長

そうでしょ?」

「はい、」



「・・・・・・ああ、

あいつか」


「確かあの時は・・・
あたし達もうさぎちゃんの家にいきなり押しかけてさ
そしたら、会長の方が先に来てて
びっくりした覚えがあるな」

「そうよね
来てるのは星野君だけだと思ってたら
会長まで階段からひょっこりと顔を出すんだもの!」

「なぜいたのかしら
まさか、
あの頃から二人の間に何か・・・?」

「そんな・・・」




「今日だけの事じゃない
随分と前から二人は通じていた
と言う事は

昼休みや放課後
おだんごがどこかへ消えていくのは・・・」


「最近の帰りが遅かったのも
・・・おそらく、」



「会長と、会っているから

って事ですか?」

「すべてにおいて確信は持てないけど
その可能性は高いわね

彼女の行動が変わったのは
いつ頃から?」

 みちるさんが詳しい時期を見極めようと
 話をどんどん掘り下げていく


「ええと、

入学して
結構すぐからだったような・・・」

「もう、
10ヶ月近くになるわね」


「そんなに長く!?
うさぎったら・・・どういうつもりなのよっ」




「・・・・・・」

「どうした?みちる」



「その人

どこか、変わっていない?」

「変わっている・・・って?」

 頬杖をついたまま
 険しい顔が言葉を続けた



「ただの、一般人なのかしら」

「違うとでも言うんですか?」


「前会った時感じたの
普通の人とは違う何かを

あの、底に秘めた力強いオーラは
只者じゃない・・・」


「もしかして、

・・・敵?!」

「具体的な力を察知した訳では無いから
その線は薄い気はするわ

でも、彼が未知数のエナジーを秘めているのは確か
これから何らかの力が目覚めるのかもしれないわね」

 未知数のエナジーを、会長が?
 まさかそんな事実が浮き出てくるなんて・・・


 ・・・・・・・・・

 何だろう
 胸騒ぎが、止まない

 底知れぬ何かを秘めた彼が
 うさぎちゃんの近くに居る

 それって、偶然なの?







「やっぱり、

・・・そうだったんだわ」


「亜美・・・ちゃん?」

 思い悩んでいる表情をした亜美ちゃんが
 ぽつりと
 独り言のように呟いた


「やっぱりって・・・?」

「何か、気が付いたのか」


「あのね、実はあたし・・・

会長に心当たりがあって
みんなには秘密で彼の事調べてたのよ」

「会長に何かを感じて
おまけに調べまで済んでるなんて

すごいなあ・・・
さすがは亜美ちゃんだ」

「そんな事・・・いつから?」


「もうかなり前からよ
入学式で見かけた時からずっと気になってて

あの人、
・・・面影が似ているから」

「似てるって

誰に・・・?」




「・・・落ち着いて、聞いてね」


 一区切り置かれる言い方をされ
 場が一気に緊迫する
 かなりの心構えが必要な程
 深刻な話が出てくるみたい・・・


 この重い雰囲気に耐えられない心臓が
 急激に鼓動を強めて全身に血を巡らせていく
 心の冷静さを保とうと
 そんな熱い胸をギュッと抑えて息を吐いた


「分かったわ、
落ち着いて聞くから、話して」




「あたしね、
生徒会広報に載っていた彼の本名を見たの

それでもしかして?と思って
少し調べてみたのよ」

「会長の名前って・・・
紫藤白斗会長だろ?」


「和名はね
彼はアメリカ人とのハーフで
フルネームにはミドルネームも付いてるのよ
表記は『Akito・D・Shidou』

ミドルネームの頭文字は、『D』よ」


「・・・D?」

「詳しく探してみたら見つけたわ
Dって何の略か」


「何の、略なの?」







「デマンド、よ」


「・・・・・・」

 みんなの時が一瞬、
 確実に止まった



「え、
・・・それって?」


「うそ、まさか・・・!」



「ブラックムーンの、


・・・プリンス、デマンド」

 その名前
 久しぶりに聞いた

 戦いが終わって何年も過ぎ去り
 そして今
 またその名を聞く事になるなんて・・・


 でも、妙に納得してしまう

 かつて敵同士だった二人
 そして、うさぎちゃんを庇って死んだあの人
 その彼なら
 再会した彼女とこうしていても頷ける



「今更
その名前が出てくるなんて」

「びっくりね・・・」


「彼は、蘇ったのかしら?」

「どうかしら?
あれは遥か未来の30世紀で起きた事だったから
あたしはずっと、会長は別人で
直系の方なのかと思っていたんだけど・・・

うさぎちゃんの様子を見ていると
彼本人だとしてもおかしくないわね」


「・・・そうね」

 プリンス・デマンド本人だったのなら
 ・・・うさぎちゃんが人知れず近づく事情も分かる

 あんなに酷い別れ方をしたんだもの
 失った大切な存在と再び出会えたのなら

 あたしだって、きっと



「プリンスデマンド?
そいつは誰なんだ
ぼく達にも説明してくれないか?」


「あの・・・でも」



「情報は共有しないと
護れるものも護れないわ

・・・言いなさい」


「もう、
2年以上前の話なんですけど・・・」

















「成程、
未来の世界の戦いでそんな事があったのか

で、生徒会長という彼は
そのプリンスデマンドってヤツなんだな」


「そうなるの・・・かな?」 

「どうなんだろう
本人で間違いないのか・・・?」

「そうよね、そのデマンドって
本当に、あのデマンドなのかしらね」


「うさぎちゃんと何かあったのも
すべて未来での出来事・・・
あたし達の知っている彼なら
過去の世界に飛んで来た未来のデマンドって事になるわよね

でも、未来の彼は既に・・・」



「転生・・・したとか?」

「わざわざ過去の世界に?
それっておかしいわよ」


「過去に転生をしたと解釈するよりは
元々この時代の人間として存在していた

・・・その方が流れは合ってるな」

「30世紀の世界には
あたし達もまだ存在していた訳だし
彼自身がこの時代にいても変じゃないわね」

「でもそれだと
彼の記憶はどうなの?
未来の世界の、うさぎちゃんとの思い出は・・・」


「ある筈、ないわね」

「記憶の無い彼とうさぎちゃんが
偶然この時代で出会って

それでここまで深刻な事態に?」

「うーん・・・
何だかしっくりとは来ないなあ」


「・・・・・・」

 考えれば考える程に
 頭が混乱してきて分からなくなる


「結局、
彼はどこまで気付いてうさぎと一緒にいるのか

それは、あたし達には判別がつけられないのよ」

「ここでいくら相談しても結論は出ない
・・・そういう事ね」


「だが、どちらにせよそいつは
今の彼女に良い影響を及ぼしていない・・・
それだけは確かのようだな」

「未来の記憶の無い、現代の世の彼と出会って
こうなっているのならまだ良いわ
所詮、亡くした者の面影を追って
過去の感傷に浸っているだけなのだから

問題なのは
その彼がどの時代の彼かという事」

「もしそいつが
君達と戦ったという彼なのだとしたら

・・・少しまずいな
やけぼっくいに火、の状態に成りかねない」


「あの人が未来の彼なら
一体今更何の目的で過去になんて・・・」

「うさぎちゃんを洗脳して
また地球を脅かそうと企んでいるのかもしれないぜ」

「本当にそうなら、この状況

危ないわよね」




「・・・・・・

そうじゃない、と思う」


「美奈子ちゃん?」

 こんな事言ったら
 はるかさんやみちるさんに甘いって、呆れられるかもしれない
 それでも、話さずにはいられなかった



「デマンドは、
確かに30世紀では地球の平和を脅かす反逆者だった
でも、うさぎちゃんの優しさに触れて
何かが変わった筈なのよ
だって、最後には彼女を庇って・・・

そんなあの人なら
うさぎちゃんを利用したり
危険な目に遭わせようとはしないと思うの」


「まあ、それも一理あるな」

「魂胆があるのなら
もう何かしらアクションを起こしている筈だものね

それも無い、という事は」


「もしかして
最初から目的なんて彼には無いのかもしれないわ

ただ、会いたかっただけなのかも
うさぎちゃんに・・・」

 命を懸けて愛した存在に
 ただ会いに来ただけ

 そうならば
 その想いを止める事なんてあたし達には・・・


「・・・・・・」




「・・・だとしたら
尚更何とかしないとな」


「どうして、ですか?」

「周りが見えない彼女の状況は、決して良くは無い
今は他の事にかまけている場合じゃないだろ

そいつがいるせいで
おだんごの心が掻き乱されるというのなら・・・」


「警告する必要、あるわね」

「そんな・・・
どうしても?

二人を、少しの間だけでも
そっとしておく事はできないんですか?」

「美奈子ちゃん・・・」


「死に別れた昔の人に、もしもう一度出会えたのなら
・・・あたしだってこうすると思う
同じ時をずっとは過ごせないと分かっていても
今ひと時だけでいい、そっとしておいてあげたい

それは、許されないの?」


「・・・その彼が、かつての彼では無いとしても
だからって野放しにしておく理由にはならないわ

遠い未来、強大な力を再び手に入れて
地球を狙ってくる日は必ず訪れる
その時には遅いのよ」

「そうなった時、
彼女があいつの傍にいると不都合だ

・・・いっそ今のうちに
不穏分子は消し去っておこうか?」

「止めてっ
そんないつ起こるか、
本当に起こるのかすら分からない先の事を心配して
物騒な事言うなんて・・・っ」


「本当に起こるか分からない?

あなた、その目で見てきたんでしょ
これは必然の未来なのよ」

「必然の、未来・・・?」

 いつかデマンドが力を取り戻して世界の脅威になる
 それは決まっている未来だから・・・
 だから、
 今のうちに彼を亡き者にしておくって言うの?

 例えその未来が訪れるとしても
 そんな事、させやしない・・・っ


 あたしの熱い反応を
 向かいの二人が冷ややかに見下ろしている

 ふっと口元を上げたはるかさんが
 静かに話し始めた


「おだんごに裏切られたのに
それでも彼女達を庇うのか

優しいな、子猫ちゃんは」



「・・・えっ?」


「裏切られた?」

「うさぎが、・・・あたし達を」

「そんな・・・」


「君達がそんなに彼女の事を考えてるとは知りもせず
本人は好き勝手に振舞っている

それでいいのか?」

 いきなり、何を言い出すの?
 こんな・・・
 あたし達の心を揺さぶるような言い方をするなんて



「・・・違うわ
うさぎちゃんはそんな事する子じゃないもの
酷い事を言うのは止めてくださいっ」

「でも、
後ろめたいことが無ければ話す筈よ

彼女ならば、必ず」

「・・・っっ」


「今までずっとそうして話し合ってきたんでしょう?
それが、今回は隠された
明らかに故意に

あなた達を裏切ったって
そう言われても仕方が無いわ」

 二人の言っている事は決して間違いではない

 あたし達は今まで
 どんな些細な事も話し合って解決してきた
 そうして信頼を積み重ねてきたのに・・・
 うさぎちゃんはどうして
 今回だけ黙っていたんだろう


 これだったのね・・・
 ずっと、胸につかえていた不安は

 隠れてあんな事をされ、その事実を隠された
 それが想像以上にショックだったんだ


 うさぎちゃん・・・
 あなたに一体、何があったの?



「彼女をそうさせたのは誰だ?
・・・そいつだろ?
もしかしたらおだんごも彼から直接言われたのかもな

二人の関係は誰にもばらすな、と」


「あなたは、それを許せるの?」



「許せる・・・?」

 あたしは、
 すべてを隠していたうさぎちゃんを怒っているの?

 どうなんだろう
 頭が混乱していて、正常な判断が出来ていない
 みんなもそのまま何も言えず
 下を向いて黙ってしまった

 こんな風になったらだめなのに・・・
 誰かが誰かを疑い出したら、信じあう心が崩れてしまう



「・・・・・・・・・」


「強い行動に出るのは
彼女に近い関係の君達では無理だろう

この件はぼく達にまかせて貰おうか」


「どうするつもりですか?」

「彼女を悪いようにはしないわ
だって、
あの人はわたし達の大切なプリンセスだものね?」

 皮肉めいた笑みがあたし達を抑える

 有無言わせない気迫に押し潰され
 それを止める事はもはや無理だった





「ちょっと待ってよ・・・

みんな、
大事な事を忘れていない?」


「レイちゃん?」


「確かに、うさぎの気持ちも分かるわ
今だけでもそっとしておいてあげたいっていう
美奈子ちゃんの考えも

でも、
・・・まもるさんは?

今のうさぎにはまもるさんがいるでしょ?
彼はどうしちゃったっていうのよっ」


「まもるさん・・・」

 そうだった
 うさぎちゃんにはまもるさんが・・・

 それについてはどう考えているのだろう
 まさか、忘れている筈は無いと思うけど・・・


「そうだな
留学しているからって
彼をほっといていい理由にはならないよな」

「前世からの恋人よ
忘れたなんて、言わせないわ!!」





「みんな、実はね
そっちについても
話さなければいけない事があるのよ」

「そっちって?」


「・・・まもるさんの事
うさぎちゃんの事とは切り離して聞いて頂戴

彼、ちょっと大変な事になっているみたいよ」


「大変な事・・・?」

「何だ?それは」」



「連絡が、取れないのよ
・・・消息もね」

「それって・・・


行方不明なの?!まもるさんっ」


「そういう事になるわね」



「何て事・・・」

 衝撃の事実がもう一つ、明らかにされた

 もう、何から考えればいいのか
 ・・・分からない



「一体
いつからそんな風に・・・っ」

「ついさっき
留学先のアメリカの大学に電話したんだけど
始めから来てないって言ってたから

おそらく留学前に既に・・・」

「どうして
今まで気が付かなかったのかしら」


「うさぎちゃんは・・・

知ってる訳無いよな」

「知っていたらあんなに明るくないわよっ」

「連絡、取り合ってなかったのかしら?」


「全く、呆れたお姫様だな

そんな大変な事実に気が付かないくらい
どこぞの馬の骨にずっと溺れていたのか」



「ねえ・・・
この事実を、どううさぎちゃんに伝える?」

「直接単刀直入に言うしかないわ・・・」


「そして、どうするかは彼女自身の判断ね

それ次第では、
何か行動が必要になるかもしれない・・・」

「もし、おだんごがそいつを選んだ


その時は・・・」


「その時は、
・・・どうするの?」






「彼女を、許さないわ・・・」


「・・・・・・」

 冷たく言い放った言葉が容赦なく胸に突き刺さる

 許さないって
 どうするつもり・・・?



「当事者を置かずに話し合いを続けていても埒が明かないな
彼女には、確認したい事が山ほどある」

「いずれにせよ一度、呼び出しが必要ね
それも早いうちに・・・」



「うさぎちゃん・・・」

 まだ、あなたの口から何も聞いていない
 早く聞かせて

 あなたの真実を・・・