「おはよーっうさぎちゃん!」

「美奈子ちゃん!おはようっっ」

 元気良く教室のドアを開けた
 友達と交わす朝の挨拶は変わらない一日の始まりの合図


「おはよう、うさぎちゃん
今日は遅刻しなかったのね」

「えらいじゃないか」

「ううっ亜美ちゃんとまこちゃんったら;
あたしだってそう毎日遅刻ばっかりしてるわけじゃないもん」

 昨日先生に怒られたばっかりだし
 少しは気を引き締めていかないとっ


「そうそうっ昨日さあ
あれから生徒会覗きに行ったのよ

そしたらもうっ
すっごい人だかりでね!!」

「なんとか遠くから少し眺めるくらいだったよな」

「みんなミーハーなんだからっ
どうせいい男の顔を拝みたいだけなのよ!」

「・・・美奈子ちゃん、あなたもね;」


「へ・・・へえー」

「どうしたんだい?
昨日は興味ありそうな感じだったのに」

「いや別に・・・

ほらっあたしにはまもちゃんがいるしさっっ」

 ・・・まさか、
 昨日生徒会長にぶつかってひどい失態を見られたとは言えないよ;




「そういえばうさぎちゃん
部活何にするかまだ決めてないんだって?」

「うん、なんか運動も家庭科も苦手だし
パソコンとかも難しそうだしさ」

「どんな事がしたいの?」


「うーーーん・・・

ちょー楽しくって!
歌えて踊れてお菓子も食べられて
ちょーかっこいい男の子がちょーいっぱいいて
アメリカにも行けるとこがいい!!」

「それはちょっと;」

「うさぎちゃんらしいな・・・ははは」



「じゃあさ
今日の放課後一緒に色々と見て回ってあげるわよ!」

「えっっいいの?」

「うさぎちゃんの為ならこれくらい
何とも無いわよっ」

「そうだな、今日ならあたしも付き合えるよ」

「あたしは・・・塾があるけどちょっとなら大丈夫よ」

「本当?
ありがとうっみんな!」


「端から全部覗いていってさっ

いい男の物色するわよーっ」

「美奈子ちゃんたら・・そればっかり;」

「うさぎちゃんのためじゃないのかい;;」



 つまらなくてよく分からない
 授業の時間はあっという間に過ぎ去り

 楽しみにしていた放課後がやってきた






「さてと・・
何から見て回ろうか?」

「なんだかわくわくしちゃう!」



「あっ・・ちょっと!みんな見てよっっ

向こうからやって来るの、生徒会長よ!」

「げっ・・・」

 美奈子ちゃんの言葉に浮かれていた体が一瞬で硬直した
 恐る恐るその方向に目を向ける


 少しずつこっちに近づいてくるあの長身は・・・
 確かに昨日ぶつかった人


「やばっ・・・
昨日の今日で気まずいよ;」

 こそっと
 まこちゃんの後ろに隠れた


「どうしたんだい?うさぎちゃん」

「しーーーっっ」

 このまま
 何事も無く通り過ぎていきますように・・・



「紫藤会長!こんにちはーっ
今日もいい天気ですね!」

 美奈子ちゃんたらっ
 ・・・余計な事を;


「・・・!! ・・やあ、
キミ達は、新入生かな?」

「そうでーす!
なりたてほやほやの期待の新人です!!」


「・・・?」

 背の高い友人の後ろから
 金髪のおだんごが見え隠れしている

 あれは、昨日の
 ・・・あれで隠れているつもりか?

 浅はかなその様に
 くっと口から笑みが漏れた



「おや、
月野うさぎ君ではないか」

「ぎくっっ」

 ひょいと
 まこちゃんの横から覗かれて見下ろされる


「・・・こんにちは、

紫藤・・会長」

「ほう、わたしの事を知っているとは・・光栄だな」

 こちらを警戒している瞳に
 ニヤリと笑いかけた



「ちょっとちょっと!うさぎちゃん」

「どうして会長がうさぎちゃんの事知ってるの??」

「やっだー!抜け駆けっ!?」

 みんなに囲まれて追求される


「ち・・違うよっ
・・・昨日ね、

廊下走っててぶつかっちゃって」

「なんだ、そのベタなシチュエーションは;」

「まあいいわ、うさぎちゃんお手柄よっ
顔を覚えてもらうチャンスじゃない!

・・・あたしっ
うさぎちゃんの大親友の一年一組、愛野美奈子です!」

 元気いっぱい手を上げて自己紹介を始めた


「あの、木野まことです」


「水野亜美です

会長、春の全国模試一位でしたよね
さすがです」


「水野・・・さん・・ああ君が、

そういう君も確か堂々満点の一位だったのではないのかな」

「あたしは・・・丁度お勉強していた所が当たっただけで・・」


「むむむっ・・・ねえまこちゃん
亜美ちゃんて意外と抜け目無いわよね」

「ははは・・・;;」



「君のような優秀な生徒が
・・・まさか赤点の彼女と友達とは」

「・・・ぐっ」

 ちらりとこちらを見て嘲笑った気がした


「うえーん;;

あのねっこの人ひどいのっっ
赤点のテスト見て笑ったんだよっ
あたし馬鹿にされたのっっ」

「全国模試一位の人に赤点見られれば
馬鹿にされても仕方ないよなあ」

「そうよう
うさぎちゃんが赤点娘なのは事実じゃない!」

「学校のテストは日ごろから予習復習を心がけていれば
ある程度取れるはずよ」

「ひっひどい・・・」



「君達は、仲が良いのだな
わたしは生徒会長の紫藤だ

よろしく 新入生諸君」

「きゃーーーっ! 『わたし』だって!
なんだか言葉から気品が溢れているわよ」

「王子様キャラだな」

 ふんだっ
 無駄に爽やかな笑顔なんて向けちゃってさ
 その裏側は実は意地悪で性格歪んでるんだって
 知ってるんだからっっ


「会長の役割もこなして、しっかりとお勉強もトップ
生徒の鏡だわ・・・」

「なによなによっ みんなしてぽーっとしちゃってさ
どこがいいのよっこんな人の!」

「ちょっとうさぎちゃん、失礼だよ!」

「ごめんなさい、
この子ったらちょっと変わってるんです」

「むがむがっ」

 みんなに口を塞がれて後ろに押しやられた



「あたし達、今部活の見学に回っているんです」

「はいはいっ
会長はどこか入ってるんですか!」

「わたしは・・・生徒会の仕事があるのでな
特には何も」

「生徒会は生徒指導から学校行事まで
幅広くなんでもこなしてますものね」

「はー・・なんだか大変そうですね
あたしには無理だわ

・・・どうしたの?まこちゃん
ぼーっとしちゃって」


「今通り過ぎて行った人
・・・先輩にそっくりだった」

「なんですって!!
いい男・・・

どこよっっ」

「文芸部に入って行った・・」

「ふっふーん・・それは逃しちゃだめでしょう
行くわよっまこちゃん

それじゃあ会長
失礼しまーす!!」

「ちょっと美奈子ちゃん、待ちなよっ

・・・あ、それじゃまた」

「失礼します」



「・・・・・・」

「・・・・・・」

 一瞬で辺りがしんと静まり返った



「美奈子ちゃんたら・・・素早い;」

 はっと 今置かれている状況を思い出した
 気がついたら・・二人きりじゃん

 どっ・・どうしよう
 変に緊張しちゃうよ

 立ち去るタイミングを逃して
 無言で立ち尽くすしている事しかできない


 ・・・あたしもみんなについて行けば良かった;



「・・・・・・」

 気付かれないように横目でその顔を見上げた


 ・・・やっぱり似ているよ、この人
 声も仕草も その横顔も

 他人の空似なんだろうけど、
 どうしても気になっちゃう

 なぜだろう・・・



「なぜそんな複雑そうな顔を向ける?」

 横顔が前を向いたままぼそっと呟く


「えっ?」

 静かにこっちを向いた
 切れ長の眼差しに見下ろされて
 不覚にも心がどきっとさせられる


「いくら好みだからと
あまり見惚れられても困る」

「はあっ?
そんなんじゃないです!!

こう見えても彼氏くらいいるんですからねっ」

「ならなぜ、そんなにわたしを凝視する?
さっきからおまえの視線をずっと感じているのだが」

 今、耳を疑う一言を聞いた気がする


 おまっ・・おまえって・・・
 なによその言い方!


「そんなことありません
何自惚れてるんですかっ

大体おまえって何っ
さっきみんなのことはきみ達って呼んでたのに・・・
先輩だからってちょっと横暴です!」

「なぜかおまえにはそれで良い気がした」

 !!
 また言った!


「その理屈の意味が分からないんですけどっ」


「・・・わたしにもわからない」

「はいい?」


「赤点娘には『おまえ』で充分という事なのだろうな多分」

 くくっ と笑い声が聞こえてきた


「んむむむっ・・・」

 ・・・悔しいけど言い返せない



「部活を探しているのか?」

「はいまあ、そうですけど」

 ぶっきらぼうに答えてやった


「どんな所を探している?」

「え・・・特に考えてないけど

ちょー楽しくって
歌えて踊れてお菓子も食べられて
ちょーかっこいい男の子がちょーいっぱいいて
アメリカにも行ける

そんなとこありません?」

「・・・あるわけないだろう
どこまで能天気な頭をしているのだ」

「!!
会長にどうしてそこまで言われなきゃいけないんですか
関係ないでしょっっ」


「生徒会に入るという道もあるが・・

ああ、無理か その頭では」

 この人はもうっ
 どうしていちいちつっかかってくるんだろう


「始めから興味ありません!!」

 膨れて後ろを向く

 あたしが怒ってるって
 どうして分かってくれないのよ


「不思議だな
・・・おまえとこうしているのが初めてではない気がする」

 このくだらないやりとりにも既視感を覚える
 なぜだかすごく落ち着くような


「だからっおまえって失礼ですってば

あたしの名前は月野・・」


「・・・うさぎ」

「!!」

 優しく囁く低い声
 いきなり変わった雰囲気に胸の奥がどきっと動いた


「・・・・・・」

 名前を呟いただけで言葉は続かず
 無言で腕がこっちに伸びてくる


 おだんごにそっと触れられた
 びくっと 体が少し反応する

 長い指先がためらいもなく垂れ髪を挟み込んで・・
 そのまま撫でるように下に降りてきた


「え・・・ちょっと・・」

 何、この仕草は
 あたし・・・どうすればいいの?



「・・・・・・」

 分からない・・・
 だが他の者とは何かが違う
 こうして、髪に触れる感覚にも覚えがある気がする

 なぜだ・・・



「・・・っ・・」

 さっきからずっと
 髪を弄ぶように指先が動く
 なんだか前にもこうされたような・・
 どうしてこんな風に感じるのかしら

 でも、髪から伝わってくる感覚が妙に心地よい
 もう少しこのままでいたいとさえ思ってしまう

 不思議な違和感につい酔いしれてしまい
 しばらくその指先を受け入れて見つめあっていた


 時間が・・・止まったまま動こうとしない



「・・あ・・の・・・」




「・・・・・長過ぎないか?」

「えっ?」

 穏やかな時間がいきなり中断された


「この、髪の毛だ
こんなに無駄に長いと自分で自分の髪を踏みそうだな

おまえはドジなやつだし」

「なっ・・・
なんであなたにそんな心配されなきゃいけないのよっ!」

 勢い余ってつい敬語が崩れる


「誰も心配などしていない
生徒会長としての職務を遂行しているだけだ

・・・言っておくが、その髪下ろしてきたら校則違反だからな」

 なっ何よこの人
 さっきまでの優しいひと時は何だったのっ


「・・・っ!・・
ご忠告ありがとうございますっ」

 やっぱり横暴で嫌な人!
 一瞬でも惑わされそうになった自分が馬鹿みたい



「うさぎちゃん、何してるの?」

「!!」

 遠くから呼ぶ亜美ちゃんの声に
 ふっと興奮が冷める


「先にいっちゃうぞ」

「・・・あ・・」



「成績優秀なお友達が呼んでいるぞ

・・・赤点ばかりの月野うさぎ君」

「・・・っ!・・」

 その余裕の笑みが悔しさを掻き立てる

 あかんべくらいして報復してやろうとも思ったけど
 一応先輩だからとなんとか堪えた


「失礼しますっ」

 軽く一礼して目線を合わせないようにうつむき
 急いでその場を後にする


「もうっ
いっつものんびりなんだから」

「あーん、待ってよう;」





「・・相変わらず変なヤツ」

 おだんご頭が見えなくなるまで見送ると
 生徒会室に足を向ける
 不思議と足取りがいつもより軽い気がする


「・・くくっ」

 笑い声が己の口から漏れてきた
 歩きながら知らぬ内に顔がほころんでいたようで
 はっと我に返る

 あいつと話しているとつい緊張が緩む
 あの能天気さに油断してしまうのだろうか

 ・・・気をつけなくては


 だが、久しぶりに和やかなひと時を過ごした気がする
 何だろうか・・・
 おもしろいおもちゃを見つけたようなこの感じ


「当分は退屈しないで済みそうだな」

 気を抜かないようにしていても
 思い出すと笑いが込み上げてくる

 どう足掻いても堪えきれない


 ・・仕方が無い

 生徒会室に辿り着くまでは
 この余韻に浸っていよう

 誰ともすれ違わない事を祈りながら