「じゃあ、
いってきまーす」

 靴を履きながら後ろのルナに声を掛けた


「もう・・・っ

どうしても行くの?」

「別にいいでしょ、ちょっとくらい」

「だから、そのちょっとの油断が危ないのよ?

そんなにお出かけしたいんなら
今からでもみんなを誘って・・・」

「だっ大丈夫よ!
近場をうろうろするだけだしさ
せっかくのお休みなんだしみんなも休みたいって」

「でもねえ・・・」

「ホントにちょっと気分転換してすぐ戻るから


・・・ね?」

 両手を合わせて必死にお願いしてみる


「はあ、本当に困った子

・・・ちゃんと連絡には出るのよ」

「はーい!
そいじゃあねー!」


 バタン!


「ああもう・・・
本当にこんなんでいいのかしら;」




「・・・はあ」

 何とか上手く誤魔化した、かな?

 デマンドとお出かけなんて・・・
 どう説明したらいいか分かんないし
 みんなに心配かけさせたくないから、
 あまり深くは追求して欲しくない


 ・・・ううん、そんなの言い訳だ

 今日は、誰にも邪魔されずにデマンドと会いたいの



 ごめん、ルナ
 変身ブローチは持ってきたけど
 通信機はわざと置いてきちゃった・・・

 今の状況でこんなことしてられないって
 ちゃんと分かってるつもりだけど



「今日、だけだから・・・」

 嘘をついた後の後ろめたさが付きまとう
 だけど、それと同時に
 この胸が期待に膨らみ高鳴っていくのが分かる

 玄関を出て、開放された心が
 勝手にそわそわし出して止められない



「そうよ、早く行かないとっ

遅刻しちゃうわ!」

 ハッと、意識が現実に戻ってくる
 あたしったら
 いつまで家の前に立っているつもりなんだろう
 早く待ち合わせ場所に向かおう



 一の橋公園に、11時

 あの人はどんな格好で来るのかな・・・?
 最初の一言は何て言おう

 色々な状況を思い浮かべながら彼の元へ急いだ





ピンポーン

・・・カチャ



「・・・あら?
はるかさんとみちるさんじゃない

どうしたの?」

 玄関のドアを開けると
 可愛らしいお迎えが顔を出す


「ごきげんよう」

「ちょっと近くまで来たから
おだんごの様子でも見て行こうかなと思って

いるかい?」


「それがねえ・・・
うさぎちゃんたら、ついさっき出かけちゃったのよ」


「出掛けた・・・?」

「出掛けたって

・・・独りで?」

「ええ
何だかうきうきとおめかしまでして」

「まあ、デートかしら?」


「・・・また、あいつとか?

彼らには近寄るなと
あれだけ警告したのに・・・」

「・・・・・・」




「星野君とは、一緒じゃないみたいよ」


「・・・何?」

「今、生放送のテレビにスリーライツが出演しているの
3人揃って」

「じゃあ本当に独りで?

一体どうして・・」

「気分転換に出かけるだけだから
すぐに帰るって言ってたけど・・・」


「どちらにせよ迂闊だ
今の状況を本当に分かっているのか?」

「あたしも止めたのよ?
そんなに行きたいならみんなを誘えばいいって言ったのに
どうしても独りがいいって・・・」

「全く・・・
うわついたお姫様だな」






「・・・独りで、外出する事に
真の目的があるのだとしたら」


「みちる?」

 彼女の行動に違和感を感じ取る
 単に遊びに行くだけならば
 頑なに単独行動を貫き通す事は無い

 何かを隠している気がする
 この勝手な行動は今日だけの事なのかしら・・・


 もしかして、今までも?



「気分転換は
おそらく、ただの口実」

「どう言う事だ?」





「ルナ
最近変わった事はあった?」

「変わったことって

・・・うさぎちゃんに?」


「ええ」

「深くは考えてなかったけど


そういえば、
最近学校からの帰りがちょっと遅いかも」

「帰りが?」

「日によってまちまちだけど
ほとんど毎日夜になるまで帰って来ないの
酷い時なんてご飯の時間になっても・・・
あの、食いしん坊のうさぎちゃんが」

「それは、
どこかで油を売っている

という事か・・・?」

「分からないわ・・・
でも、最近の作戦会議にも必ず遅刻して来るし
連絡をしないと来ない時だって」


「・・・・・・」

「・・・・・・」

 察したはるかの鋭く光る瞳が
 わたしに目配せをして軽く頷いた



「今から
みんなを集められないかしら」


「集めるって・・・

レイちゃん達を?」




「・・・・・・


嫌な予感がするわ」

 海の波が、ざわめき出す

 見えない所で何かが起きている
 一刻も早く対処する為にそれを突き止めなくては・・・














「はあ・・っはあっ・・・
もう少し・・・っ」

 充分に余裕を持って家を出たのに
 どうしてこんなに急いでいるんだろう
 この足が、はやる心に追いつかない

 弾む胸をしっかりと押さえて公園の中に入って行った




「や、やっと・・・到着!!
はあ、疲れたあ;

って、待ち合わせ前から
こんなに体力消費してどうするのよ」

 汗だくになった服を軽くあおって体を冷やす
 走ってきた分
 時間よりかなり早く着いた気がする

 切れる息を整えつつ周りを見回した
 軽く眺めた感じではそれらしき姿は見当たらない


 ・・・さすがに、まだ来てないわよね



「良かったあ・・・」

 相手より早く着いて安心した
 待っている所に向かって行くより出迎えの立場の方が気が楽だ
 心構えの時間も出来たし




「・・・はあ、」

 もう少ししたらその時が訪れる
 目を閉じて、頭の中で思い浮かべてみた


 柔らかい日差しの中を
 ゆっくりとした足取りでその人がやって来る
 公園に入って軽くキョロキョロした後
 すぐにあたしを見つけて手を振るの
 それに照れ臭そうに応え
 段々近づいてくる彼をここで動かずに待って

 でも、最後の数歩がどうしても待ちきれなくて
 駆け寄ってこの膨れ顔を見せてやる


 遅いよって怒ったフリをすると
 優しい笑顔がそんなあたしを見下ろして囁く・・・







「・・・おい

立ったまま寝ているな」


「やだもうっっ
立ったまま寝てなんかいないもん☆


・・・・・って、ちょっと!?」

 突然後ろから届いた声が意識を現実に引き戻した

 振り向くとそこには
 変なモノでも見るような眼差しを向けるデマンドの顔


「いつでもどこでも寝れるとは
器用な奴め」

「ちちち違うもんっ
寝てないっ寝てないったら!!

て言うか、いきなり後ろから声掛けないでよね
びっくりしたじゃない!」


「こんなに近づくまで気が付かなかったおまえが鈍感なのだ
少しは周りを気にして生きろ」

「!?
何よ何よっっ
ちょっとボーっとしていただけで
生き様まで注意されるってどういう事っ!」

 呆れ顔につい対抗して口が出る



「・・・目を閉じて
何を考えていた」

「なっ
・・・何でもいいでしょ」


「ふっ・・・どうせおまえの事だ
これから何を食べようかなどと
くだらない妄想で頭が一杯だったのだろう

単純な脳みそめ」

「勝手に決め付けないでよ!
違うもんっ
絶対違うもんっっ」

 ぶんぶんと首を振って否定する
 これ以上馬鹿にされないように言い訳をしたくても
 何を考えていたかなんて
 本当の事を話する方が恥ずかしい・・・

 必死になる度にこの顔がどんどん熱くなっていく



「そうムキになるな
図星か?」

「だから違うってば!!

もうっっ!デマンドなんか知らないっ
べーーだ!!」

 目の前の人に思い切り舌を出して後ろを向いた





「・・・・・・」

「・・・・・・」

 真っ赤になっているだろう自分の状態を
 これ以上見せていられない
 そう思ってそっぽを向いてみたけれど
 これからどうしたらいいんだろう・・・

 お互い何も切り出さず
 沈黙したまま時間だけが過ぎていく


 ・・・おかしい

 待ち合わせ早々
 どうしてこんなぎこちない雰囲気になっているんだろ
 そわそわしていた心が一気に沈んでいく

 喧嘩腰で会話なんかして
 これじゃあいつもと何も変わらないよ
 今日くらい
 ちょっとでも素直に接しようって、決めてたのに



 そうよ、
 今日はいつもと違うのよ?
 これからずっと二人で行動するわけだし
 こんな状態で最後までなんて絶対嫌だ
 せっかくのひと時をくだらない事で潰していたら勿体無いよ

 今からでも遅くない
 気持ちをすぐに切り替えて、楽しい時間を過ごそう!




「・・・早いじゃない?」

 少しだけ視線を戻して軽い話を振ってみた


「おまえが遅い」

「遅いって・・・
もしかして先に来てたの?

どこにいたのよ」


「・・・・・・」

 指差す方を向いてみる
 そこは、公園と道路を繋ぐ短いトンネルの中


「そんな暗いところでじめじめと待ってないで!
気がつかないじゃん

それに、
遅いって・・・あたし遅刻した?」

 腕時計に目をやると
 まだ針は11時を差してはいなかった



「待ち合わせ時間の10分前だ」

「遅刻してないならいいじゃん!

てか、デマンドが早いんだってっ
女の子は準備に時間がかかるんだから
もうちょっと気長に待っててよね?」

「ははっ
・・・土台が変わらなければ、何をしても同じだろう」


「・・・っっ

そんな事無いもん!!」

 小馬鹿にする笑いを掛けられて再び頭に血が上る
 その横柄な眼差しをキッと睨んで
 前に立ちはだかった



「ほらっちゃんと見なさいよ!
今日のうさぎちゃんは
いつもと全然違うでしょ???」

 一晩悩んだ結果がよく分かるように
 仁王立ちになって格好を見せる


 今日の服装は、自分なりに結構頑張ったつもりだ
 あまり派手にならないように全体の色を考え
 程々に落ち着いた濃いブルーの上着に
 ふわふわの白いスカートをコーディネートして
 それにいつもよりちょっとかかとの高い
 白いハイヒールを合わせてみた

 アクセサリーも考えたけど
 このままシンプルな方がすっきりしていていいかなって
 そう思って止めといたんだけど

 ・・・さっきから
 デマンドはずっとだんまりを決め込んであたしを眺めているだけ
 向けられる視線はどこか素っ気無い

 そんな冷めた目を見ていたら段々不安になってきた



 何か、・・・変?

 ミニスカートなんて露骨だったかな
 ていうか、コレはあなたのお望みでしょ?
 もう少し喜んでくれるとか
 そういう反応してくれてもいいじゃない!

 まあ、変に喜ばれてもそれはそれで嫌だけど・・・
 それに、短いスカートがいいって
 直接本人に聞いたわけでもないけどさ



「・・・・・・」

「・・・・・・・・・」


 一体いつまでこうしているつもりよ?
 どうして何も言ってくれないの?
 ずっと同じポーズで固まっているこの状態が
 少しずつ恥ずかしくなってきた

 もしかして、掛ける言葉を悩んでいるの・・・?
 センスが悪くて何も言えないとかだったらどうしよう

 確かにこれは中学の時に買った服だけど
 可愛いし、今でも充分着れると思ったのに・・
 あたし的にはこの白くて大きい襟がお気に入りなのよ?
 それとも、この襟が子どもっぽいのかな
 つり合わないとか思われてたら・・・


 あたしってば
 どうしてこんな子どもっぽい服しか持ってないんだろう
 やっぱり変装ペンをルナから強奪して使えば良かったよ

 独り悶々と悩んでいたら
 ようやく向かいの人が口を開いた





「寒そうだな」





「・・・・・・はいい?」

 どこまでも先走ったあたしの心配を
 その一言がすべて打ち砕く


「コートくらい羽織れ
風邪を引くぞ」




「あのー、

・・・デマンドさん?」

「何だ」


「感想は、それだけですか」



「それ以外に何があると?」

 これは・・・

 照れ隠しと言うよりは
 多分本当に何も考えて、ない



「ちょっと、待ってよ・・・」

 期待はずれに愕然とした体が
 急に脱力して地面に落ちた
 そのまま、しゃがみ込んで頭を抱える


 ・・・何て、乙女心に鈍感な人なの

 せっかく色々考えてお洒落してきたのに
 何時間も悩んだあたしが馬鹿みたいだ


「返してよ、あたしの時間

はああ・・・」



「どうした?立ちくらみか」

「違うもんっっ」

 何も分かっていない人を
 恨めしそうに見上げてじっと凝視した


 そういえば・・・
 よく見るとデマンドの格好もごく普通だ
 軽く近所に出かけるくらいの
 いつもと変わらないラフな私服でひょっこりと来た感じがする

 はるかさんとみちるさんのペアルックとか
 星野の『SOS』なんてロゴの入った私服とか
 気合が入りすぎたコーディネートもどうしようと思ったけど
 デートにここまで普段の服で来る人もどうかと思うわ

 何だろう、この温度差
 こっちが熱くなっていてもこの人はずっと冷静で
 すごくつれない

 期待も何もかも全て台無しにされて
 もやもやしてきた・・・


 もういい!!
 いくら深く考えてもすべて潰されるくらいなら何も考えない

 前向きに、前向きによ!



「じゃあそろそろ、場所移動しよう
どこに行こうかなっ」

 勢いよく立ち上がり彼の様子を確認してみる
 向かいの人は目を細めて
 複雑そうな表情をこっちに向けていた



「どこで、何をするつもりだ」

「そうねえ・・

・・・・何しよう?」


「無計画か・・・呆れたな」

「やりたい事をこれから二人で考えればいいじゃん
別に急いでないんだしさ
えっと・・・


動物園とか、どう?」

「子どもか」

「別に大人だって行くもんねっ
でもそれが嫌なら・・・

あっっ映画とかは?
丁度面白そうなヤツやってるのよね

タイタニックって言う・・・」

「3時間も延々とラブストーリーを見ろと?

・・・一人で行け」


「じゃあ、観光でもする?
東京タワーは・・・」

「おまえは、上京したての田舎者か」


「・・・浅草」

「年寄りか」


「むむむっ

じゃあ、デマンドはどこに行きたいの?」


「静かな場所が良いな

図書館でも・・・」

「それだけは絶対に嫌です!」




「・・・中々に合わんな」

「うっ・・;」

 確かに
 このままだと、何も出来ないまま一日が終わってしまいそう

 あたしは別にどこでもいいんだけどな
 ・・・図書館以外なら
 普通に一緒に並んで歩いて
 ショッピングとかしてみたいだけなのに



「あ、じゃあさ
・・・散歩とかは?」


「散歩だと?」

「いい天気だしさ
とりあえず歩きながら何するか考えようよ」

 ここで立ち尽くしたまま
 何もしないよりはましだと思って提案してみたけど
 それって結構いいかもしれない

 色々歩きながら食べたりお店を見て回ったり
 喫茶店でお茶したり
 そういうのがやりたかったのよね
 ちょっとしたデートみたいな雰囲気を味わってみたい

 我ながらグッドアイデアじゃん!


「ねっ、・・そうしよう?」

 キラキラオーラを大放出してお願いしてみる



「・・・まあ、
行く場所が決まるまでは
それくらいしか出来ないだろうな」

「はーい!では決定!!」

「全く・・・」

 元気に手を上げるあたしを眺めて
 やれやれと言う風にため息をつかれた



「じゃ、行こうかっ


・・・・・・あうっっ!?」

 目の前の腕に捕まろうとしたら
 直前に動かれてスカッと空振りする

 ドシン!と大きな音と共に
 重心が崩れた体が地面にめり込んだ




「・・・何をしている?」

「何でも・・ありません;」


「平らな場所でまで盛大に転ぶな」

「だって・・・」

 また酷い所を見られた
 いい加減、本当に呆れられそうだよ



「ほら、」


「・・・ありがと」

 差し出された手を取って立ち上がる


 あれ?
 ちょっといい雰囲気じゃない

 ・・・と思っていたのに、優しい温もりは速やかに離れ
 背中を向けるとあたしを気にせずそのまま歩き出した
 スタスタと先に進み
 後ろの様子を一切振り返ってはくれない・・・




「ちょっ・・・
ちょっと、待ってよ!」


「・・・どうした?」

「ねえ、

もう少しゆっくり歩いて?」

 一緒に歩く人がいる時は合わせてって
 何度か注意してるのに
 いつまで経っても全然改善してくれないんだから・・



「・・・・・・」

 あたしのお願いに
 少し考えるような間が開く

 追いつくまで止まって待っていた足が
 こっちが通り過ぎるのを確認した後
 ゆっくりと動き出した


 今度は、物凄く遅い・・・
 前を歩くあたしと一定距離をあけて付いて来られる

 後ろから変なプレッシャーをかけられ続けて
 居心地が悪すぎるんだけど



「・・・あのさあ、

だからって
いきなりそんな遅くならなくていいんだけど」



「おまえ
今日、何と言って家を出た?」

「え・・・?何よ、いきなり

独りで
ショッピングって言ってきたけど」


「ならば
一緒にいる所を見られたらまずいだろう?」

「デマンド・・・」

 それって
 もしかしてあたしに気を使ってわざとこうしてるって事?
 彼なりの優しさの結果なのかな・・・


 って、ドキッとしてる場面じゃないよ!
 並んで歩かないなんて
 そんなの一緒にいる感じが全然しない


「別に、いいよ
見つかったら何とでも理由つけるから

・・・隣にいて?
ストーカーみたいにずーっと付いて来られたら
気になってしょうがないでしょっ」



「・・・おまえが、それで良いのなら」

 そう言うと
 大きな歩幅がすぐに距離を縮めて隣に落ち着いた

 肩を並べて、再び歩き出す
 少し緊張した靴音が胸の鼓動と重なって
 知らぬうちに足取りが軽くなっていった

 二人の間に開いているほんのわずかな間隔が
 適度な緊張感を醸し出していて
 それを感じている心がやたらとくすぐったい


 腕につかまるのは恥ずかしくてとても出来ないけど
 軽くシャツの先を摘むくらいやってみようかな?


「・・・だめよっっ
そんな事出来ないったら!

うさぎちゃんたら、恥ずかしがり屋さんだもんねっ」

 暴走する妄想を止められず
 しばらくその世界に浸っていたら
 またもや隣から訝しげな視線が向けられてきた


「おまえ、
落ち着いてまっすぐと歩けないのか
フラフラしているとまた転ぶぞ」

「それはどうも
注意力散漫ですみませんでしたねっ」

 呆れた言い方をされて少しムッとする
 所詮この人には
 純情な乙女心なんて一生理解出来ないのね

 別にいいもん
 こうして二人で歩いているだけでも結構楽しいなんて
 絶対に言ってやらないから


 べーーだ!!















「はあ・・・っ・・・はあ・・・

ちょっ・・
ちょっと、デマンドっ!」


「・・・何だ?」

 あたしの言葉にデマンドの足がようやく止まった


「街中通り越して30分は歩いてるけど
一体どこまで行くつもり?」


「もう疲れたのか?」

「あのねっ
こんな駅一つ二つある距離を
ヒールの高い靴で歩けると思ってるの??」

「長距離を歩けないのならば
最初から散歩をするなどと提案するな」

「・・・っ
こんなにただひたすら歩くだけなんて
散歩の域を超えてるわよ!

街の中に戻って、どこかでお茶でもしよう?」

「・・・・・・」

 息を切らして訴えるあたしの様子を見下ろすと
 方向をくるっと変えて、今来た方へ戻っていく


「はあ、
女の子への気配りが皆無な人なんだから・・・」

 ここからまた30分は歩くのね
 もう一息、頑張ろう・・・






「あっねえねえ!
ちょっとココ、見て行かない?」

 街中に入ると
 ちらほらと可愛い雑貨屋さんやブティックが目立ち始めた

 その中の
 とあるお店のショーウインドに飾られていたピンクのワンピースが
 あたしを誘惑して引き寄せる

 しばらくお店の前でそれを眺めて溜息をついていた



「すっごく可愛い・・・」


「興味があるなら行って来い
ここで待っていてやる」

「はあ?何言ってるの
デマンドも一緒に入るのよ!」



「・・・どこへだ」

「だから、このお店に・・」

「断る」

 即答されると同時に拒絶する体が全力で逃げ出す
 その腕をしっかり捕まえて引っ張った



「だーめーー!!
ほんの少しでいいから、付き合ってってばー!」

「そんな女の買い物に・・・
誰が付き合うか!」

「いいのっ
たまにはこういう場所でショッピングする時間が
あなたには必要なんだって!」


「下らない事を・・・っ」

「くだらなくてもやるのっっ」

 しばらくの間、その場で綱引きが続く

 勝負に勝ったのはこっちだった
 強い力に負けそうになっても必死に対抗して
 何とか中まで連れ込む事に成功した





「あっやだ
こっちのワンピも可愛いじゃん!
これとそれ、どっちがいいかなあ

それとも思い切って、どっちも買っちゃう?」


「・・・買うのなら、早くしろ

そうでないのならばすぐに出るぞ」

「そんなに焦らなくてもいいじゃない・・・

ねえ、
どっちがいい?」

 物色している2着を両手にぶら下げて
 明らかに不機嫌そうな態度のデマンドに聞いてみる



「・・・どちらでも良いだろう」

「もう・・っ
反応薄いよ」


「どうせ、わたしが何を言おうと
自分の中で既に答えは決まっているのだろうが」

「そんな事無いもんっ
例えそうだとしても、答えてよ
こういうやり取りがショッピングの醍醐味なのにさ」

「結論の決まっている事に対しての議論がか?

・・・馬鹿らしい」

「何でそう難しい言い方をするのかなあ・・・
デマンドが思った感想をただ聞きたいって
そう言ってるだけなのに」


「・・・では、言わせて貰おうか

これは胸が開きすぎている
おまえの貧相な体には不向きだ」

「悪かったわね!」


「それはデザインはまずまずだが
配色が下品だ」

「つまり?」


「・・・どちらも却下だな」

「どうして・・・っ
そう言う否定的な意見しか言えないわけ!?」

「だから言わなかったのだろうが
何でも良いからさっさと決めろ」



「・・・もう、いいもん」

 これ以上険悪な雰囲気になる前に
 外に出よう・・・




「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

 ふて腐れている相手を横目で眺めつつ、街の中を進む

 さっきからずっと黙り込んで前を向いたまま・・・
 ショッピング、そんなにつまらなかったのかな

 興味が無くても
 少しくらい付き合って欲しかった
 それって我侭なの?


 今日のあたしの服だって
 良いとか悪いとか何も言ってくれなかったし
 というより、気付いてすらいなかった
 女の子は、おしゃれしたらちゃんと見て欲しいんだって
 どうして分かってくれないの?

 着てるモノなんて・・どうでもいいみたい
 それとも
 このお出かけは彼にとっては別に特別じゃなかったのかな


 そんな待ち合わせした頃からの状況を思い返して
 二人の間の感じ方にギャップを感じ始めていた

 ・・・だめだよ、弱気になってたら
 とにかく
 何とかして機嫌を直して貰おう



「あ、
アイス売ってる

・・・食べない?」

 すぐ傍のアイス屋さんを指差して聞いてみる


「おまえは・・・
先程から何回立ち止まって食べている?」

「え?、そんなに色々食べたっけ」


「よく思い出してみろ」

「えっと、まずはたい焼きでしょ
それからたこ焼きにクレープにお団子に

あと、これからアイス」


「いい加減、空腹でも無いだろう」

「じゃあ、・・・最後にアイス
デマンドも食べない?一緒にさ」

「そんなに食べたいのなら
おまえだけそうしろ」

「でも・・・
さっきからあたしだけじゃん、食べてるの
そろそろお腹空いてこない?」


「甘い物は苦手だ」

「そっか・・・
それじゃあ、あたし食べるから
一口くらい・・・」

「いらんと言っている」


「そんな事言われたって・・」

 ずっと一人だけ食べてるのってすごく気まずい
 あたしが食べればデマンドも少しは食べるかなって
 淡い期待をしてみただけなのに
 全力で拒否された

 同じ物を一緒に食べるとか、憧れてたのになあ・・・


「買ってくるのなら、早く行って来い」


「一人で食べていると間が持たないから、

・・・いい」







「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

 それからしばらく
 ただひたすら無言で歩き続けた


 いつもは気にしない街の雑音や
 二人の揃わない靴音がやたらと目立って
 そればかり気にしていると
 どんどん何も言えなくなっていく・・

 この人は、どうして何も話さないんだろう
 こんな時間をずっと続けていたら
 空気が硬くなっていくだけなのに

 デマンドは、それでいいの?



「ねえ、
何か話してよ」


「何を話せと・・?」

「何って・・・世間話とかさあ

生徒会のお仕事どう?、忙しいの??」


「まあまあだ」

「ふーん・・・」



「・・・おまえ、最近遅刻しないな?
リストに中々名前が挙がらないからつまらないぞ」

「それは、もっと遅刻しろって事ですかいな
あたしを使って遊ばないでようっ」



「まあ、遅刻しないのは良い傾向だ
夜更かしを止めて早く寝る事にでもしたか?」

「お褒めの言葉をどうも、
夜更かしは相変わらずだけどさ

色々心配してる美奈子ちゃん達が
朝も家まで迎えに来てくれてるから
何とか遅刻はしてないって感じかなあ」

「何だ、人任せか
己の力で改善したわけではないのだな」

「すみませんね・・・
何だか敵から狙われてるってだけで
みんなに心配かけてるみたいで

そんなにあたしばっかり気にしなくていいのにさ
敵だって四六時中襲ってくるわけじゃあないし
やーよねえ、もう!あはははっ」

 場を和ませようと
 わざと明るく大きめに笑い飛ばしてみた



「おまえ

もう少し今の状況を考えろ」


「・・・え?」

「事は中々に深刻な様だぞ
いつ何時、何が起こるか分からない状態だからこそ
皆心配しているのだろうが」

「まあ、
それはそうなんだけど・・・

え・・と・・・」

 予想外の反応に
 戸惑う心がどう返したらいいか悩み出す



「おまえ自身の危機管理がなっていなければ
苦労するのは護衛の方になる
それを考えればへらへらなどしていられない筈だ」

「ごめんなさい・・」

 怒られちゃった
 そりゃ、あたしだって
 今は色々と大変な時期なんだって自覚はしてるよ・・・

 でも確かに
 自覚してるだけで何も出来てなければ
 全く意味が無いのかもしれない
 みんなも、
 あたし一人じゃ頼りなくて心配だから毎日迎えに来るのかな

 今日だって勝手に通信機置いてきちゃったし
 ・・・こんな我侭がバレたらもっと怒られそう


 自分の行いを反省していたら居心地が更に悪くなった
 そんな空気を気にせずにデマンドが忠告を続ける




「今日の外出も
仲間と行けば安心だったろうに」


「・・・っっ」

 胸の一番奥にその言葉が突き刺さった
 予想以上に動揺している心臓が急に鼓動を速くしていく


 今日の朝もルナに同じ事を言われた
 出かけたいならみんなを連れて行け って

 でも・・・
 その一言をあなたの口からは聞きたく無かった




「デマンドまで
そんな事、言わないでよ・・・」

 進む足を止めて
 気付かれないように小声で呟く

 気分転換がしたいって誘ったのは事実だけど
 ただ単に出かけたかったわけじゃない
 今日くらい戦いの事を忘れて
 あなたと楽しい時間を過ごしたかった

 楽しみにしてたのに
 そんなあたしの気持ちなんて何も分かってくれてなかったのね
 さっきから様子を見ていれば
 嫌々あたしに付き合っていたみたいだし・・・

 迷惑だったのかな
 また、面倒な事に巻き込まれるかもって
 そう思われてたらどうしよう

 こんなに上手くいかない日もあまり無い
 押し黙っている人をひたすら横から眺め続け
 心躍らせてきたあたしの気持ちはずっと置いてきぼりにされている




「突然立ち止まって、どうした?

・・・行くぞ」

「待ってよ・・・っ」

 慣れないヒールに足が痛くなってきたって訴えても
 そんな事気にせずどんどん先へ行ってしまう

 その腕に掴まらせてくれるだけでも違うのに



「もう・・・最悪」

 心が沈んだまま
 浮き上がる様子が一切見えなくなってしまった
 残された気力で前の人に付いて歩く事しか出来ない
 こんなのって無いよ


 デマンドの・・・バカ









「はあー・・・

休日の午後のひと時
あの人との思い出のいちょう並木の下で
優雅にティータイムなんて
中々素敵な時間じゃあない?」



「・・・いちょう並木は枯れ木だけどね
冬だから」

「アルテミス?
余計な事は言うんじゃないの
せっかく心の目で風景を眺めてるって言うのに」

「心の目って
・・・ただの妄想だろ?」


「嗚呼っっ!
あたしの初恋の斉藤センパイ

・・・どうしてるかなあ」

「今頃美奈の事なんて、すーっかり忘れてるさ
付き合ってたわけでも無いし」


「正義の使者セーラーVちゃんをやりながら
恋も両立していたあの頃
あたしの青春を注ぎ込んだあの人!

・・・アランは、まだ覚えているかしら」

「さっきと人が変わってるぞ」


「黙って聞いてれば・・・
何なのよっ人の思い出に茶々を入れて!!

そんな悪い猫ちゃんにはお仕置きが必要ね?
うりうりうり〜!」

「いたっいたたたっ
止めろよっっ美奈」

 アルテミスの頭にげんこつをめり込ませて
 グリグリ動かしてやった


「あーもうっっ
どうしてこんなにいいお天気の休日に
猫同伴で喫茶店でお茶なんてしてるのかしら」

「・・・いきなり

『思い出に浸りたいの!』とか言って
無理矢理連れ出して来たのは美奈の方だろ?」

「だってえ
みんなと来ても良かったんだけど
そうするとうるさくってさあ
感傷に浸ってなんかいられないでしょ?」

「よく言うわ・・・
いつも一番うるさいのはどこの誰だか」


「あーあ、
せっかくの日曜なんだし
いい男とデートにでも行けば良かったわ

・・・今からでも遅くないかしら
会長でも誘ってみようか?」

「美奈、
いい加減その八方美人と高望みを止めないと
後で痛い目を見るぞ?」

「なーに言ってんのよ!
昔から言うじゃない?

今日は今日の男がやって来る
命短し恋せよ乙女

って!!」

「言わない、誰も言ってない;」


「そうねえ・・・

よし!決めたっ
今から会長のお家に押しかけてみちゃおっかな!」

「げっ・・・美奈
それ、本当にやる気?」

「あったりまえじゃないっ
やると決めたらすぐに実行!
有言実行シスターズな美奈子ちゃんを舐めたらいけないわよ?」

 拳を高く掲げるあたしを
 足元で小さな抵抗が止めようとする


「美奈、止めといた方がいいって・・・」

「うるさいわねえ
やると言ったらやるの!


って、・・・あれ??
あの向こう側の歩道を歩いてるの

もしかして、会長?!」

 視線を軽く遠くにやると
 見覚えのある銀髪がすぐに目に飛び込んできた


「やっだー!
美奈子ちゃんたら、ラッキー☆

獲物がわざわざ目の前を横切っていくなんて
タナバタすぎるわん」

「タナボタ、だろ?」

「うっふっふ・・・
これは、早速追跡して話しかけないとっ
あわよくばそのままデートとかしちゃったりして

ああついにっ
美奈子の人生にも春が!!」




「なあ、美奈・・・」

「さっきから何よっ
盛り上がってるのを邪魔しないで・・・」

「あの、少し後ろを歩いているの


うさぎじゃないか?」


「・・・うさぎちゃんが?」

 指摘されて目線を少し移動させると
 そこには確かに馴染みなお団子ヘアーの彼女の姿


「ホントだわ
うわー・・・奇遇ねえ
同じ時間に同じ場所を散歩しているなんて

まあこの際、うさぎちゃんは置いといて
会長にだけ声を・・・」

「いや・・・よく見ろよ

あれは、
別行動じゃないぞ」


「・・・え?」

 別行動じゃないって
 それは・・・

 状況を把握しようと
 しばらく二人の行動を観察してみる


 前方の誰かへ話しかけたうさぎちゃん
 それに気付いたのか
 会長の足が止まって後ろを振り向いた

 彼女が近づくのを待つと
 そのまま二人で何か言い合いを始める



「・・・どう言う、事よ」

 パッと見た感じ
 他に一緒にいる人は確認できない
 休日に、二人で会ってるって


「それって、


デート・・・?」

 その光景が俄かには信じられない・・・
 だけど、その事実は現実で

 これって
 そういう事 なの?



ピリリリッピリリリッ


「・・・・・・」

「美奈、

・・・鳴ってるぜ、通信機」

 アルテミスに促されて
 視線を手首に落とした



「・・・はい、」



『美奈子ちゃん?』

「亜美ちゃん・・・
どうしたの?」


『今、どこかしら
すぐに火川神社に来れる?』


「え、
今から・・・?」

『ええ
ちょっと集まって、話をしたいの』

 ・・・話?
 緊急の作戦会議でもするのかしら


 うさぎちゃんは?
 彼女にも連絡があったのなら・・・

 すぐに前を向いたけど
 そこにはもう二人の姿は見当たらなかった


 どうしよう
 追いかけて、伝える?



『美奈子ちゃん・・・?

聞こえてる??』

「あっ、うん

・・・分かった、すぐ行くわ」

 みんなの元へ向かう意思を伝えて通信機を閉じた



「うさぎちゃん・・・」

 つい今しがたまで二人のいた場所をもう一度確認してみる


 彼女にも連絡がいっているのなら
 きっと火川神社で会える筈

 その時聞いてみよう
 さっきの二人の事
 どうして、会長と一緒にいたのかを

 きっと、いつものお気楽な笑顔で、こう言ってくれる


 偶然道であっただけだよ

 って・・・

 早く、うさぎちゃんに会いたい
 会わないと・・・



「・・・アルテミス
火川神社へ、急ぐわよ!」