「はあ・・っ・・はあっ・・・」

 逸る心を必死で抑え
 廊下を早足で通り過ぎる




『会長、復活したらしいわよ?』

 美奈子ちゃんの情報を聞きつけて
 すぐにでも駆けつけていきたかったけど
 なんとか堪えて放課後が来るのを待った


 屋上へ向かう階段を
 バタバタと音を立てて上がっていく



「・・っ・・・・・・

デマンドっっ」


「やあ、
・・うさぎか」

 軽く笑って手を振る姿
 いつもと変わらない風景が戻ってきた



「・・・はあ・・っ
登校、してきたのね」


「どうした?息を切らして、
わたしに会うのが
そんなに待ち遠しかったのか」

「違うわよっっ」

 すずいっと
 彼の前に手を差し出す


「その手は何だ」

「返してっ



・・・リボン!!」





「・・・これか?」

「そうよっ」

 ポケットから出してきた物を乱暴に受け取った


 デマンドのお見舞いに行ったあの日
 色々な事があり過ぎて・・・
 制服のリボンを置き忘れてきた事に
 家に着いてから気がついた

 忘れてきたというよりは
 床に落とされたこれを
 拾う余裕すら無かったのが正解かもしれない


「あー良かった!!
これでやっと
先生に注意されなくて済むよ」


「おまえ・・・お世辞でも
全快したわたしに会いに来たとは言えないのか?」

「言えませんね、そんな事

このリボン
替えが無くてずっと困ってたのよ」

「困っていたのならば
取りに来れば良かっただろう?」



「・・・それ、本気で言ってるの?
もう二度とあなたのマンションなんて
行ってあげないんだからねっ

べーだ!!」


「しかし、今まで数日間どうしていた?
していなければかなり目立っただろう」

「だからっ
ずっと誤魔化すのが大変だったのよ!

転んで汚しちゃったとか
洗濯して乾かなかったとか
最後なんて
近所の野良犬に持ち去られたって
言い逃れたんだからねっ」


「くだらん言い訳だ
もう少しましな考えは思い浮かばなかったのか?
替えを買うという方法もあっただろうに」

「デマンドが登校するまで
こんなに時間がかかるなんて思わなかったの!」


「そうか、待たせたな」

「本当に待ったわよ


・・・リボンをねっ」

「ははっ」

 穏やかに微笑む彼が
 何だか少し新鮮に見える

 最近、こんなほのぼのとしたひと時
 過ごしていなかった気がするよ




「体調、すっかりいいの?」

「本調子ではないが
まあまあだ」


「それはそれは・・・
良かったわね


・・・ひ・・っ・・・
・・びっくしょん!!!」

 堪えきれないくしゃみが
 思いっきり天井に響き渡った


「・・・風邪か?」

「ええまあ、
誰かさんのせいで今度はあたしが引いた訳ですよ」



「凄いな・・・」

「何が?」


「本当に馬鹿でも引くのか」

「・・・誰の風邪よ
少しは申し訳ないとか思わないっ?!」


「そうだな、礼を言っておこう

人に移せば治るというのは本当だったな」

「ひっどい治し方!」



「まあ、
おまえのおかげなのは他の意味でもある」

「・・・はい?」

「あれからほどなくして熱も下がってな


・・・汗をかいたせいかな」


「汗・・・・・

・・・っっ・・!?」

 何の事を指しているのか気がついた

 こんな事言って
 あたしに、どう返せっていうのよ・・・


 困っている様子を眺めて
 向かいの人が楽しそうにほくそ笑んでいる



「どうした?顔が赤いぞ
熱でも出てきたか」

「んむむむっ


・・・いじわるっ!!」



「測ってやるから
額を貸せ」

「触らないでっ

いい?これ以上近づいたら
このまま階段下りて帰るからね!」


「久方ぶりだと言うのに・・
随分と嫌われたものだな」

「それくらいの事を、あなたがしたんでしょっ」


「つまらん事を言うな
やっと、おまえとここで再開できたのだぞ?」

「やっとって・・・
別にそんな長く会わなかったわけじゃないのに」


「寂くは無かったのか」

「別に?」



「・・・冷たい奴だ」

「はあ?
たかが数日振りじゃない」

「そのたかが数日間が
わたしには随分と長く感じた」


「何よそれ・・・
あたしに会えなくて寂しかったとでも言うの?」

「ああ」

「数日、会えなかっただけで

・・・あなたがあ?
うっそーっ信じられない!」




「・・・本当だよ」

「・・・っ!」

 ふざけて答えていた返事に
 真顔の反応が戻ってきた




「言葉では言い表せないくらい
とても、寂しかった」


「そ・・それはどうもっ

良かったですね、
無事にまた会えて」

「ああ」


「・・・・・・」

 そんな真面目に返されると
 何も言えなくなっちゃうよ・・・

 真っ赤になっているだろうこの顔を
 見られたくなくて下を向く





「うさぎ、」


「・・・なあに?」



「おまえに

触れさせて欲しいな」

「・・・え・・と・・?」

 それは、どういう意味で言ってるの
 曖昧な言い方をされても答えようがない

 どこまで?
 ・・・なんて聞くのも嫌だ



「少しの間で良いから
この腕に、抱かせて欲しい」


「それ・・・だけ?」

「ああ」


「本当に?」

「・・・そんなに警戒するな」

「するに決まってるでしょ!
あんな事、しておいて・・っ」


「軽く肩に触れるだけだ
・・約束する」



「デマンドの約束なんて・・・
無いみたいなもんじゃない

嘘ばっかりついてさ」


「だめか?」

「だって・・・」

 そんなに不安そうな顔を向けられたら
 あまり強く否定できないよ


 もしかして、これもまた彼の策略なのかな
 こう言えばあたしなら断れないって

 だとしても
 あたしはきっと言ってしまうんだ





「・・・別に、いいよ」

 後ろの窓から差し込む陽の光が逆光になって
 しっかりと確認は出来なかったけど
 見上げたその顔が
 ふっと綻んだように見えた



「おいで・・・」

 呼びかけに応え
 静かにその元へ向かっていく

 すごく緊張しているし
 心臓もドキドキして鎮まってくれないのに
 不思議と不安感は無かった


 頭を傾けて
 目の前の学ランに顔を埋める





「やっと、おまえに触れられた」

「・・・っ・・」

 後ろに回された両腕が
 ギュっとあたしを捕まえた

 愛おしそうに擦り寄る仕草から
 こうしている事が本当に嬉しいんだって
 そう感じる



 すごく・・あったかい
 何だか心の奥がふわふわしてくる




「この数日間がまるで
何百年の時のように感じたよ」

「何だか、すごく大袈裟な言い方ね」


「大袈裟でもない
独りで体を休めているだけの時間が、どれだけ味気無かったか
ずっとおまえの事を考えていた

今頃何をしているのか、
また遅刻をして怒られてはいないか、とかな」

「余計な気遣いどうもっ

あなたに心配されなくても
ちゃーんと登校してましたよ!」



「・・・あの
甘美な一時を思い出したりもしたな」

「・・・!!」


「覚えているか?」



「・・・忘れた!
ていうか、それって何の事ですかね?」

「ならば
あれはわたしの夢だったのか・・・」

「そうなんじゃないの?」

 鼻で笑いつつ
 ワザとらしく尋ねてくる態度が嫌味たっぷりなんだけど

 そっちがそういうつもりなら
 最後までとぼけたフリを決め込んでやるわよっ



「可愛かった・・とてもな」


「・・・ふーーん」




「こうして
温もりを感じていると思い出すよ・・」

「・・・っ・・」

 不意に首筋を撫でられ
 ビクっと反応する背中を堪え切れなかった



「おまえの感じる声は
とびきり艶やかでそそられる

わたしの愛撫が
そんなに気持ち良かったか?」


「ちょっと!
それはあなたの夢の話の筈でしょ?
あたしに聞かないでっ」

「聞いてなどいない
・・・独り言だ」

「!?
ああそうですかいっ

それはすみませんでした!」

 気にしないようにしても
 挑発されるとついムキになってしまう

 軽くあしらわれて・・・何か悔しい!





「夢の中のおまえは・・何も成長していなかった
あと数年もしたら
大人の女になると聞いていた筈なのだが

・・・おかしいな?」


「・・・それ以上突っ込むと殴るわよっ

誰かさんだってね
相変わらずこっちの気持ちは無視して
自分のやりたいように振舞ってさ
そういう強引な所
なーんにも変わってないんだから!」

「ふっ
何も変わっていない か・・・」

「そうよっ」



「お互い、
あの頃と何も変わっていないのだな」


「デマンド・・・?」

 茶化していた雰囲気が
 いきなり真面目な様子へ変わった

 そっと
 顔を上げて彼を見つめる



「おまえも、わたしも、
何も変わってはいない

変わったのは、周りの環境だ」

「何だか、
意味深な言い方するのね」

「そう聞こえたか?」

「うん・・・
でも

デマンドは・・変わったよ?」


「・・・・・・・・」

「面倒くさいと言いつつも
あたしの言う事はちゃんと聞いてくれるし
ある程度はあたしの気持ちも考えて配慮してくれてるし

まあ、
・・・それはやってる振りなのかも知れないけど?」



「・・・さあな?」

「迷惑そうな顔はしても一応人と会話はするしさ

生徒会の人との付き合いもちゃんとやってるみたいだし
まあ、多少の協調性は出てきたんじゃない?
あははっ」

「ふん・・・
知った風な口を利くな

おまえにわたしの何が分かる」

「そんな事言わないで?
あなたとずっと一緒にいると
ちっちゃな事にいっぱい気が付くんだから
一番変わったのは・・・そうね

なんだか、温かくなったって
そう思うよ」



「どういう・・意味だ」

「色々とさあ

・・・分かんない?」


「そんな曖昧な言い方で
分かるものか」

「じゃあいいよ
分かんないままで」



「・・・気になるだろう」

「気にしてればいいんだって
へへーんだ!」

 あたしの言葉を何とか理解しようとしている姿勢が
 ムキになっているみたいに見えてくる

 その顔に少し得意げな視線を向けてあげた



「全く・・・大人しく聞いていれば好き放題ほざきおって
一体、昔のわたしは
どれだけ身勝手に見えていたと言う?」

「身勝手のかたまりだったじゃん・・

あたしの事、無理やり連れ去ったりさ
本当に散々な出会いだったわよねっ」

「まあ確かに・・・

この環境のせいでわたしが変わったと言うのならば
それは、無力なのが大きな要因の一つだろうな」


「無力?」

「今、この時代では
わたしは何の力も無いただの人間・・・
ひ弱な存在だ

力ずくですべてが手に入る状況ではない」


 ひ弱だなんて・・・

 どうしてそんな卑屈な言い方をするんだろう
 力ずくがすべてじゃないのに



「そのおかげでデマンドが変わったんだとしたら
今のまま、ずっと
この時代が続くといいな・・・」


「わたしはそうは思わない
・・力が欲しい
内から漲ってくるあの感覚が懐かしいよ」

「どうして?
力を取り戻して、どうするって言うの?
まさか、

またあたし達と戦いたいなんて・・言わないでよ?」

「そうではない

おまえを、守る力が欲しいのだ」




「え・・っ」

「今も
おまえを脅かす者達がいるのだろう?
それに立ち向かって行く姿を、わたしは何度も見守ってきた」


「そんなの、大丈夫だよ・・?
確かに戦いは大変だし辛いけど
仲間だっているし
全然、へっちゃらなんだから」

「・・・・・・」


「いざとなったらあたしが守るから
みんなを、必ず・・・

だから、心配しないで?」




「馬鹿を言うな・・・」

 不安を取り除こうと掛けた言葉を
 一瞬で打ち消された


「どうして?
あたしじゃ無理なの


頑張りが、足りないから・・?」






「・・・・・愛しい女に・・

守る、と言われて喜ぶ男がいるか?」

「!?」


「おまえの、戦う姿が好きだ
初めて出会ったあの時
その凛とした戦士の瞳に射抜かれてしまった

わたしは、そんなおまえの力になりたい
・・・だと言うのに
それが出来ない今の状況が、なんと歯がゆい事か・・」


「デマンド・・」

 あたしのために力が欲しい、なんて
 その気持ちはすごく嬉しいけど

 でも、そんなのあたしには・・・




「あなたは、
無力なんかじゃない・・・」



「・・・うさぎ?」

「デマンドの言う力って何?
人を傷つけたり
欲しい物を強引に奪うのがあなたの言う力なの?」

「・・・・・・・」


「そんなのばかりが全てじゃない・・・
信じあう強い心だって
立派な力だよ?

それはきっと
どんなものにも敵う力になる」

 あたしの真剣な主張を
 半信半疑の眼差しがじっと凝視する

 そのまま言葉を続けた


「あたしは、大事な物は自分の力で守りたい
信じたい・・・

だから
あなたも守りたいって、そう思ってるんだよ?」


 あなたは独りじゃない

 大切に想ってる人がいるんだって
 この人はいつ気付いてくれるんだろう・・・



 そんな事を考えていたら
 彼の口元がふっと緩んだ



「・・・そうだな
いつでも前を向いて進み続ける

それが、おまえだものな」


「そうだよ?
いつまでも諦めないのがうさぎちゃんのいい所なんだからっ
なによ、
ちゃんと分かってるんじゃない」


「その強い信念をいつまで持ち続けられるか
どこまで人を信じていられるのか

高見の見物をする事にしよう」

「・・・もしかして

それって、皮肉?」


「どうだろうな?」

「むむっ
まあ、いいわよ

せいぜいあたしの頑張りを見ていなさいよっ
ずーーっとね!!」


「ずっと、か」

「そうよっ」

 見詰め合う視線が互いの気持ちを読み取って
 ふふっと照れくさそうに笑い合う

 何だかちょっとだけ
 前の和やかな二人に戻った気がするよ




「でもさ
結構いいもんでしょ?こういう世界も」

「そうだな
少々眩し過ぎる気はするが・・・

わたしは
おまえが居る場所ならばどこでも良い」


「まーたまたっ!
充分楽しんでるじゃん
学校生活も、結構満喫してるくせに

何だか
ちょこっと余計なことまで覚えたみたいだし?」


「余計な事だと?

何だ、それは・・・」

「何って・・・」

 ハッと
 両手を口元にあてる

 ついつい調子に乗って
 言わなくて良い事まで話しちゃった・・・


 口に出してから後悔しても遅い
 向かいの人は続きを聞く気満々だよ



「どうした?」



「だって・・・その・・・」

「・・・ん?」



「どうしても、聞きたい?」


「言いたい事があるのなら、早く言え」



「だから・・・っ
・・・どうして


後ろのホック外すの、あんなに上手いのかな
って・・・」

 たどたどしい言葉がなんとか説明を果たす
 頬が、どうしようもなく火照って来るよ

 こっちから聞いておいて
 赤くなっていたらどうしようもないのに・・・



 しばらく間が空いて
 思い出したかのように呟かれた


「ああ、先日の

・・・アレか?」

「か・・片手で軽々とやっちゃってさ
何だか、
手馴れていたみたいですけど?」

 動揺を必死に隠そうとすればする程
 舌が回らなくて唇を噛みそうになる





「おまえは


・・・知る必要もない事だ」

「なっ・・・
ななな何よそれ!!」

 急激に沸騰した顔から
 汗が蒸発して湯気が立ち昇った


「あっ
・・・あなたねえっっっ」

「わたしの過去の話がそんなに聞きたいか?
知りたいのならいくらでも教えてやるが・・・

その身体に、いつでもな」

「!?
この・・・エロ会長っ!
離れてよっっっ」

 漠然とした言い方に
 妄想ばかりが頭の中で膨らんでいく

 それを掻き消そうと必死に首を振った



「そう、妬くな?」

「やっ妬いてなんか無いもんっっ

ばかっ
ばかばかーっっ」


「まあ落ち着け
・・・今は、おまえだけだから」

「もうっ・・・知らない!」

 よしよしと
 頭を撫でてなだめようとする手を
 勢いよく払い除けてやった


「おまえは・・・
意外と細かい所まで見ているな


・・可愛いよ」

「うっ・・・」

 その魔法の一言は、胸の奥に深く突き刺さって
 あたしの抵抗を封じ込める

 そんな様子を見逃さない両腕が
 再びあたしの身体を捕まえた


 こうやって
 いつも卑怯な手であたしを黙らせるこの人が憎らしい・・・




「うさぎ、」

「何よ・・・」



「会いたかったよ」

「それは、さっきも聞いたよ?」


「ずっと、会いたかった

こうして
おまえと同じ時代で同じ時を歩んで行けることが
わたしは嬉しい」

「・・・っ・・」


 あたしに、会いたかった

 それは軽い表面の願いではなく
 あなたの、心に秘めた一番の望みなのね


 それを、感じとれる距離に居れる
 この二人のひと時を
 あたしも大事にしたい



「愛しているよ」

「うん、・・ありがとう

良かったわね?
また、あたしに出会えて」

「ああ、それだけで満足だ
・・と言いたいが

ここで、おまえがキスの一つでもしてくれたら
もう言う事は無いな」

「ちょっっちょっと!!
・・・少しは紳士になったのかなって感心したのに
結局、そういう事言うの?」


「だめか?」

「・・・・・・」

 どうしよう、
 ちょっと悩んじゃう・・

 でも
 その穏やかにあたしを見つめる眼差しは
 すごく、優しくて温かい


 どこまでも、惹き込まれてしまいそう・・・




「特別・・だよ?」

「・・・・・」

 目の前の瞳が、ゆっくりと閉ざされた


 あたしを待つ無防備な横顔を見上げると
 その頬に唇をそっと寄せる





「・・・うさぎ」

 間を置いて向けられた表情は
 意外そうな、少し拍子抜けしたものだった


「何よ、キスはキスでしょ?
物足りないとか
そういう苦情は聞かないからねっ」




「・・・反対にも、して欲しいな」

「そこまでサービスしませんっ
調子に乗らないの!」


「減るものでもないと言うのに
・・・出し惜しみをするな」

「何か文句あるの?」



「・・・いや、


ありがとう」

 腑に落ちない顔をしていても
 一応お礼は言ってくれるのね


「なんだか、全体的に大人しいわね
今日のデマンドは」


「そうか?
まだ、病み上がりだからかな」

「それはそれは
いっつも病み上がりだといいですね?」



「おまえは、
風邪を引いていてもいなくとも
いつでも意地っ張りな女だ」

「あのねえ!
あたしは・・・っ

だっ
誰にでも、意地を張るってわけじゃ・・ないのよ?」


「ならば、わたしに対するこの態度は
他の者とは違う、
特別なものなのかな」

「・・・っっ
そういうわけじゃないもん!
デマンドはねっいっつも
言ってくる事もやってくる事も直球過ぎるのよ

だからっ」

「・・・だから?」


「あたしは、

・・・どうしてもこうなっちゃうの!」


「成程な

・・・はははっ」

「むう・・」

 あまり見せない無邪気な様子で
 楽しそうに声を出して笑われた

 ・・・膨れるあたしの顔が
 そんなに愉快だっての?




「その瞳が見たかった
おまえが帰ってからずっと、
わたしの時は止まっていたのかもしれない

やっと、動き始めたよ」


「・・・そう」

 デマンドが学校に来たって聞いた時
 すぐにでも会いに行きたいと、つい思ってしまった

 気付かなかっただけで
 もしかしてあたしもあなたに会えなくて
 寂しかったのかもしれない

 でも、そんな事言わない


 言って、あげない




「もう、いいでしょ?

これ以上近づいてると
あたしの風邪を移し返しちゃいそうだし
腕、離して」


「その風邪も
もう一度わたしに移し返せば治るのが早いかもしれないぞ?」

「そしたら、またあなたがひくじゃない
ずっと
繰り返しだよ・・」

「そうだな、
お互いがお互い移し合っていつまでも治らない

それはそれで面白い」

「何よ、それ
変なのっ」




「その風邪

わたし以外、誰にも移すなよ」

「あたしの風邪にまでちょっかい出さないの!」


「元々はわたしのモノだ」

「知らないわよっ
そりゃ、そうしないようにはするけどさ
近くにいる人にはどうしても移しちゃうかもだし」




「ここまで、
近づかないと移らないさ」


「ここまで って・・・?


・・・っっ!・・」

 視界が突然遮られ
 その唇があたしの息を一瞬止める


 不意打ちの襲撃はほんの数秒で
 それはいたずらに軽く触れてすぐに離れた





「・・・こう言う事だ」


「やっぱり、嘘つきだよ・・っ

ちょっと肩に触るだけだって
最初に言ったくせに!」

「わたしとの約束など
無いようなモノなのだろう?」

「あなたとはもう
何も約束なんてしてあげない!!」












「・・・で、うさぎ
今日はこれからどうする?」

「どう って?」

「用でもあるのか」


「特に何も?」

「いつもの仲間は、
・・・部活か?」


「あー今日はねえ・・・
亜美ちゃんもまこちゃんも美奈子ちゃんもレイちゃんも
みーんなしてお出かけなのよっ」

「ほう・・・」


「スリーライツの交流会に行くんだって
主演の映画完成イベントとかで機上試写会するらしいわよ

ファンクラブ限定だか何だか知らないけど
ジャンボ飛行機で夜間飛行しながら映画なんてさ
そんな楽しそうなこと
あたしに内緒にしておくんだから!
ひっどいと思わない?」


「興味が、無い」



「あなたって・・・
愚痴り甲斐なさ過ぎな人ね」

「共感出来ずに悪かったな?」


「まあ、・・・ちょっといじけちゃったけどさ
もういいんだ

独りトボトボおうちに帰るもんっ」



「ならば、
わたしのマンションへ

・・・来るか?」

「その手には乗りません!」


「つまらん奴だ・・・」

「行くわけないでしょっっ
これ以上風邪が悪化したらたまったもんじゃあないんだから!

・・うちで大人しくしてるわよ」

「ならば、途中まで送ってやるぞ」



「・・・送り狼に、ならない?」

「ならないさ

・・・今日はな」


「もうっ・・

仕方ないから、一緒に帰ってあげるわよ」






 ひとまず下駄箱で待ち合わせをする約束をして
 荷物を取りに教室へ戻る


 夕日が射し込んで
 オレンジの世界が広がる室内に入ると
 すぐにそれが目に入ってきた



「何、これ・・・?」

 自分の机の上に
 封のされた手紙が一通置いてある



「もしかして、・・・ラブレター?

やだもうっ、
うさぎちゃんったらモテモテなんだから!」

 一人照れて舞い上がりつつ
 すぐに中身を開けてみた


 一枚の便箋と、・・・チケット?


「あ、これって・・・

今晩の
ライツの映画試写会のチケットじゃない!」

 もしかして星野?
 あたしが散々ゴネてお願いしたのが利いたのかな


「もうっっ
あいつも結構いいとこあるじゃん?
えーなになに・・・

親愛なるセーラームーン様


・・・・・!?」


 何、・・・これ





『"親愛なるセーラームーン様"
特等席をあけて
お待ちしております
必ず来て頂けるものと
信じております

かしこ
セーラーアルーミナムセイレーン』



「セイレーン・・・」

 あたしが、セーラームーンだって分かっててこんな・・・
 どうして・・・?




『追伸』


「・・・先日あなたが
セーラームーンに変身する所をお見かけしました
青天の霹靂びっくり仰天ものでしたv

真のスターシードとご搭乗の上
素敵な夜間飛行を是非、お楽しみ下さいませ


変身する所を・・見られていたんだ」

 あたしったら、何て事を



 頭が・・真っ白

 でも、
 このままぼうっとしていても何も解決しない
 落ち着いて、・・考えないと


「これから、どうすれば・・」

 名指しで送ってくるなんて
 何かの罠に決まっている

 だからって、行かないわけには



「・・・っっ!!
そうよ

・・みんなが、これに乗るんだ・・・っ」

 このままじゃ、敵の罠に・・?



「何とか・・知らせないと」

 チケットと手紙を握り締め
 慌てて教室を飛び出した


 急がないと、間に合わないよ!
 みんなに何かあったら・・・






「はあっ・・はあ・・・っ」

 すぐに下駄箱まで辿りつき
 急いで靴を履き替える




 ・・・!?

 外に一歩出て
 その人の存在を思い出した




「・・・うさぎ」


「デマ・・ンド・・・」

「走ってきたのか


鞄は、どうした?
取りに戻ったのだろう」

 どうしよう・・・
 この人に
 ゆっくりと事情を説明している暇は無いよ

 結論だけ伝えてすぐに向かおう・・



「ごめん・・・
一緒に、帰れなくなったの」


「一体どうした?
慌てて来たと思えば
いきなり・・・」
「あたし急ぐから!!

じゃあ・・・っ」


「待てっ」

「!!」

 その逃げる手を
 後ろからしっかりと捕らえられた



「何か、あったのか?」


「・・・何でも、ない
大丈夫よ?

だから、・・・離してっっ」

 きつく握られる手をなんとか振り払って
 後ろも振り返らずにその場を走り去る


「・・・っ・・」








「・・・はあ・・・っ・・・

早く、行かないと・・・っ」


 デマンド・・・

 ごめん
 今は何も言えないの


 あたしの力になりたいって
 そんな風に言ってくれるあなたに
 心配かけるような事、言える訳が無いよ



 巻き込みたくない・・・


 きっと、いつか話すから





「待ってて、・・・みんなっっ」


 もつれそうになる足を必死に抑えて
 ひたすらその道をまっすぐ進んだ