「・・・!?」

 いきなりのその行動に
 不意をつかれた心臓が飛び上がった

 体を起こしたデマンドが
 眩暈と共に胸の中に倒れ込んできてあたしにしがみつく

 一瞬、抱きしめられたかと思った・・・



「ちょっと、どうしたのよ!
立ちくらみ?」



「・・はあ・・っ・・」

 荒い息がすごく辛そう・・・
 力なく寄り掛かる体をしっかりと支える


「・・・苦しいの?
具合、ひどいなら救急車呼ぶ?」



「・・・必要無い」

「そんな事言って・・・
我慢しちゃだめだよっ」


「このままで・・いたい」

「デマンド・・・」

 弱々しい声が胸元から届いた

 顔を埋めてすり寄るような仕草が
 何だかお母さんに甘えている子どもみたい・・

 いつもだったらすぐに引き剥がして叩く所だけど
 こんなに辛そうな様子を前にして
 無下に突っぱねるわけにはいかなかった



「ちょっと、だけだよ?

少しの間こうしていてあげるから
そしたらちゃんと横になってね」

 優しく頭を抱き寄せる
 そのまましばらく
 銀色に輝く髪の筋を静かに撫でていてあげた



「こうしていると落ち着く・・・
頭痛が、引いていく気がする」

「そう?
なら良かった・・」

 その言葉は普通に嬉しい
 やっと、
 あたしにもしてあげられる事が見つかったんだって
 そう感じれる

 なんだか聖母様にでもなった気分
 そんな自惚れた雰囲気に
 少しの間酔いしれてみたりして・・・




「うさぎ、」

「・・なあに?」


「先程
病人を放って帰れないと言っていたな」

「え・・・うん、まあ

言ったけど・・?」


「ならば、わたしの熱が下がるまで
ずっと傍にいてくれるのか?

このまま、朝まででも・・・」

「そっ
それはちょっと・・・
・・もう少ししたら帰るけどさ」



「いつまで、居てくれる?」

「いつまでって・・・」

 そんな事言われたら心配で帰れないよ


 こんなこと口に出すなんて・・・

 ここまで弱気な彼は見たことが無い
 よっぽどの事だよね



「一人だと、心細い?」

「・・・・・・・」


「・・分かったよ
朝までは無理だけど
なるべく長く居てあげる

明日もまた来るから、ね?」



「なぜ・・だ」

「・・・え?」


「なぜ、今日ここへ来た?」

「なぜって・・・

風邪引いてるって聞いて
心配だったから」


「昨日あれだけわたしに攻められて
もう、二度と来ない
・・と言っていたというのに」

「それはっ・・そうだけど
今日はお見舞いだもん
特別だよ?」

「特別、か・・」


「あなただって具合悪いなら

・・・あんな事、しないでしょ?」






「甘いな・・・」

 低く呟かれた言葉
 それに異質な雰囲気を感じ取った


「・・デマンド?」


「愛しい者と二人きり
邪魔者は誰も来ない

体調が優れない時だからと
そんな理由でこんな・・・好機は逃さない」



「何、言ってるの・・・?」

 何だろう・・・
 顔を隠していて様子なんて一切分からないのに
 ものすごい威圧感がこっちに伝わってくる



 腰にしがみつく両腕に
 少しずつ力が加わっていく

 これは・・弱っている人の力じゃない



「・・・・・」


「ねえ、・・・離して?」

 なるべく刺激しないよう
 穏やかな言い方でお願いしてみた




「・・・離すものか」


「!?」

 こっちを見上げる瞳の奥に
 いつもの鋭い力強さが戻っている

 一瞬身を引くあたしの気配を察して
 ふっと口元が緩んだ


 今、・・・笑った?



 ・・・抱きつかれている理由が
 違う方向に向かっているんだとようやく気が付いた

 弱っているわけでも、甘えているわけでもない
 あたしを逃がさないようにこんな・・・

 まさか
 今までの全部、演技?



 ・・・っ・・!!

 あたしったら、気付くのが遅すぎるよ

 こうなってやっと意図を理解して・・・
 その時にはもう
 この腕はあたしを離してくれる筈が無い



「あ、あたし・・
そろそろ帰らないと、かも?」

 ・・なんて言ったって、無理だよね




「このまま、無事に帰して貰えると
・・・本当に思っているのか」


「どうしたら・・いいのよ」

 弱気な所を見せたらいけないと思っても
 少しずつ涙声に変わっていく自分が
 どうしても抑えきれない


「・・・そうだな

早く治るように
キスの一つでもして欲しいな」

「ふっふざけてないで!
大人しく横になっていれば治るからっ
さっさと寝なさいよ!!」


「どうしてもか?」

「そうよっ
あんまり起き上がっていると
いつまでも具合なんて悪いままなんだから」

「なら、そうしよう」

「うんうん!」


「・・・おまえと、一緒に」

「そうそう!あたしも・・って・・・??

・・きゃっ・・・!?」

 ふわっと体が浮き上がる
 次の瞬間

 ドサっという音と共に
 二人の体がベッドへ沈み込んだ


 あたしの上に覆い被さる熱い体
 見下ろす視線が、既にもう怖い・・



「こうして、
・・・ずっと添い寝していて欲しいな」

「そんな事しませんっっ

はっ離し・・・っ」
「うさぎ、

少しの間
このまま触れていたら駄目か?」


「・・・駄目・・よっ」

「これ以上は何もしないから・・
約束する」

「嘘っ」


「信用が皆無だな・・・」

「当たり前でしょ!
押し倒している時点でどこをどう信用しろと」

「こうしているだけで
少しは頭痛も治まりそうな気がするというのに・・・」

「そうやって、具合が悪いって言えば
何でも許されると思って・・っ

卑怯者・・・っ」


「本当さ、
どんな仙薬よりも
おまえのこの温もりがわたしには最高の薬だ」

「・・・馬鹿っ」

 この人は・・・
 どこまで本気なのか、本当に具合が悪いのか
 はたまたふざけているだけなのか
 全然、分からないよ




「この
滑らかな肌が心地良い」

「・・・っ・・」

 頭を撫でる右手が
 ゆっくりと頬まで下りて優しく摩る


 唇をなぞられ
 少し開いた間に親指が侵入してきた




「・・舐めろ」

「・・・んっ・・」

 押し込まれた先を舌の上で動かされ
 拒絶も出来ないままそれを転がす

 引き抜かれた濡れる指先が
 デマンドの口の中に移動する様を
 ただじっと眺めていた



 どうしよう、
 ・・どこで止めたらいいの?

 ここまでされたら怒ろうって
 そのタイミングが中々掴めない

 でも、このままだと
 段々良くない雰囲気に持っていかれるのは確実だよ
 まじろぎもせずに見つめてくる瞳が
 今にも近づいてきそう・・・

 首元に触れる左手がどこまで下がっていくのか
 次に何をされるのか
 想像するだけで冷や汗が出てくる・・



「デマンド・・・あの・・っ」


「その眼差しが、
・・・たまらないな」

「!!」

 何それ・・・
 あたしったら、今どんな顔をしているの?

 これ以上挑発しないように
 瞬時に顔をそこから逸らした



「も・・もう、いいでしょ?
そろそろ本当に帰らないとだし」


「・・もう少し、こうしていたい」

「駄目だよっ
具合が悪いのにちょっと無理しすぎだってば
本当の薬でも飲んでさ
ゆっくり休んで?」

「薬、か・・」

「持ってきてあげるから
どこにあるか教えてよ」


「ならば、薬を・・・」

 逃げ腰の姿勢を制止され
 顔を正面に押し戻して覗き込まれる


「・・・何、ですか?」



「おまえの
・・・この唇がそれだ」

「ちょちょちょーっとっ!!」

 頭を押さえつけて
 近づく距離を必死に開けた



「これ以上は反則ですっ
約束外よ!
今すぐ離れてっっ」


「・・・厳しいルールだな」

「あのねえっ
そんなに近づいてさ・・・

あたしにまで風邪移す気?」



「成程・・」

「何が成程よっ」


「風邪は人に移せば治る・・と、
聞いた事はあるか?」



「・・・ある・・

・・・っ・・けど、無い!!」

「何だそれは・・・
とにかく、そういう治療法もあるらしいぞ

・・こうしていれば治るかな」


「そんなのっ
迷信に決まってるでしょ」

「迷信かどうか、試してみよう」

「・・・あ・・っ」

 ギュッと
 熱い体が強く抱きしめてくる



「このまま、休ませろ」

「やめ・・・っ!?
そんな所触らないでっ」

 背中に回されたきつい腕が
 体の脇をくすぐる様に撫で回す


「デマンド・・・っ・・だめよ

ねえ、聞いてる?」




「・・っ・はあ・・・・」

 浅く吐く辛そうな息が耳元にかかった
 こんな行動に出ていても
 具合が悪いのに変わりは無いのに・・・


「本当に、休んで?
お願いだから」



「・・・嫌だ」

 止める気が全く無い
 その意志をはっきり聞かされて成す術が尽きた


 嘘つき・・・
 軽く触れるだけでそれ以上はしないって言ったのに

 初めからあたしの気持ちなんて・・・
 一切考慮する気も無かったのね


「酷い・・よっ」

「大人しく・・・していろ」



「・・・んっ・・や・・・っ」

 心なしか少しずつ
 撫で方が変わってきたような気がする

 背筋を伝う指先の一本一本が
 身体に絡みついてねっとりと下りていく



 その時
 背中の真ん中辺りでぷつっ と音がした



 何、今の音・・・


 途端に胸元に感じる開放感
 これって
 もしかして・・・下着のホックを外された?



「っっ!?」

 ザアっと顔が青ざめる
 一気に心の余裕が無くなった

 さすがにもう冗談では済まされない
 本気でどうにかしないとこのままじゃ・・・




「何、したの?」


「・・・・・・」

 違う・・・
 こんな事が言いたいわけじゃないのに
 混乱してどう話しかけていいのか
 全く浮かんでこない




「・・・何・・する気?」

 聞いた所でその返答が怖い・・・
 どんな答えが返ってきても
 あたしの窮地はかわらない気がする



「・・・・・・・・」

 さっきから
 顔を枕に埋めたままピクリとも動かない
 その様子を見ていると
 嫌な予感ばかりが膨らんでいく


 少しずつ
 ここに来た事を後悔し始めていた
 もう絶対に来ないって決めてたのに
 風邪だって聞いてつい心配になって・・・

 病人なら何もしないなんて
 甘い考えだったって思い知らされた
 むしろ平静な時より今の方が危なかった

 この状況から
 どうやったら逃げられるの?




「・・・ねえ、
ちょっとだけ離してくれる?」

「・・・・・・」


「ほら、こんなに熱が高いんだから
タオル絞りなおしてくるよ

すぐに戻ってくるから・・・」







「・・・逃がさない」


「デマンド・・・」

 ゆっくりと体を起こす
 ・・・その目は熱で据わっていた



「わたしの元から抜け出て
逃げるつもりだろう?」

「そんな事、しないから
約束するよっ
だから、お願い・・・っ」







「・・・おまえ

なぜ、此処に居る?」


「え・・?」

「夢の続きか・・・
それとも、現実か」


「何、言ってるのよ・・・」


「目の前に居るおまえはどちらだ?
いや、もう・・


・・・どちらでも良いか」

「良くないっっ良くないから!!

ちょっと、落ち着いて?」


「うさぎ・・・」

 じっくりと
 あたしの全身を舐め回すように眺める眼差し

 身体をその前に晒しているのがあまりに無防備で
 ギュッと自分を抱きしめて隠した


 大きな手のひらが
 その腕をさすりながら下りていく


「・・・あ・・っ・・・や・・」





「制服姿というのも
・・・中々にそそられる」

「・・・っ・・やめてよ!
いきなり変な事言うのっ」



「こうして、色々とやり易いしな」


「きゃあっ!!
ちょっとっめくらないで・・・っっ」

 上着の下から入り込もうとする両手を
 必死に食い止めた



「・・・いい加減、ふざけすぎよっ

いくら病人だからってね
怒る時は本当に怒るんだからっ」

 キッと睨んで
 叩こうと手を上げる

 その手首を掴まれ、動きを抑制された


「・・・っ・・」


「わたしは、ふざけてなどいない」

「・・やっ・・・ちょっ・・!」


「帰れ、と
再三忠告してやったと言うのに聞かなかったおまえが悪い
わたしの計らいを無視して、それでも残ったのならば

もう、何をされても文句は言えまい?」

「・・・くっ・・あっ・・・」

 頭上で必死に逃れようとする両腕が
 動けば動くほどにしっかりと抑えられる

 手首の血流が止められて
 指先が・・冷たい



 突然
 胸元のブローチに手をかけてきた

 器用に片手でそれを外すと
 ポイっと後ろに放り投げる



「ちょっとっ
それ、大事な物なんだから!
粗末に扱わないで・・・っ」

「・・・知るか」

 問答無用とばかりに
 注意を一蹴された



 シュルっと
 胸元で布の擦れる音がして
 形の崩れたリボンがゆっくりと引き抜かれる


「なっ・・・

何、する気?」


 伸ばした手の先から放たれたそれが
 ふわっと宙に舞い
 静かに床へ落ちていった



「・・・・・・・」

 見下ろされる威圧感に、喉の奥がゴクリと鳴る

 引きつりながらもなんとか笑顔を見せて
 優しくなだめてみた


「冗談は、そろそろやめない?」



「そんなもの
とっくに、止めている」

「ちょっと、よく考えて?
いつもの冷静なあなたならこんな事、しないでしょ」


「・・・そうだな」

「今、熱があるせいで
普通の状態じゃないんだから・・・」



「今のわたしは平静ではない
それは分かっている」

「でしょ?だから・・・っ」
「だから、


・・・理性など忘れてしまえるのだ」

「っ!!」


「この、熱のせいにして

もうおまえをこのまま・・・」

「やっ・・・止めてっ!
何もしないって約束・・・

っっっ!?」

 懇願の言葉をその唇が封じ込める




「・・・っ・・・」

「・・・・んっ・・んんっ」

 強引に息を塞がれて
 脳内に脈の音が大きく響いてきた



「・・・・はあっ・・っ・・・だめ・・っ!

キスは、だめよ・・・」

「なぜだ?」



「だって・・・っ
あたしは看病しに来ただけなのよ

だから・・・こういう事は・・・っ・・んっ・・!」



「・・・病人に
少しは優しく接して欲しいな」

「・・だめ・・・だってば・・っ
・・デマン・・っ・・・」

 横を向こうとする顔を抑えつけ
 ひたすら唇で愛撫を続けてくる



「・・・ん・・っ・・・」

「・・・・・・はあっ・・・
ねえ・・
話を・・聞いて・・・っ」


「後で聞こう

今は何も考えず
ただ、これを貪っていたい・・・」

「・・・・っ・・・・んんっ」

 重なり合う隙間から
 吸い付く音が聞こえてきた

 何度も角度を変えて動くそれは
 あたしに息をつく暇も与えてくれない



「やめ・・て」

 拒まないと・・・
 この唇に心まで捕らわれたら、逃げきれない




「・・・やめられるか

そんなに恍惚とした表情を見せてくれるおまえを・・・
止められる筈が無い」



「・・あ・・・」

「ずっと、こうしていよう
体温を共有し合ったまま・・・

ずっと・・」

 上唇を
 滑らかな舌がなぞって湿らせていく


 熱の塊が唇をこじ開けて
 その中を優しく愛撫してきた



「は・・・ふう・・っ」

 力なく開けられた口内で
 お互いの溜め息が混ざり合い、同化する



 頭の中へ直接注がれる快感に
 どんどん身が溶かされていってしまう・・・

 こうやってこの人はいつも
 抵抗する気力を根こそぎ奪い尽くそうとする




「・・・はあ・・っ」

「・・ん・・・ぷはあっ・・・」

 離れた舌の先から銀の糸が引いた


 それを親指で拭われる




「はやく・・・わたしに捕まってしまえ
楽になるぞ」


「・・・お願い
もう、あたしを惑わさないで
こんな事・・・っ」

「そうやって、無駄にいつまで足掻く?
力を抜いて
わたしに身を任せていろ

それだけで良いから・・・」

 右手はあたしの両腕をきつく束縛したまま
 空いたもう一方の手の平が
 胸元まで下りて心臓の位置に触れた



「だ・・・だめ・・・・・っ」

「鼓動がとても速い

わたしとこうしているだけで
こんなに心が高鳴っているというのに、何が駄目だ・・」

「それは・・っ!」



「おまえの身体の事は隅まで何でも知っている
覚えているよ・・・


ココが、感じるのだろう?」

 首筋を舌が緩やかに這い上がる
 耳元まで到達するとそこを挟み込んで食んできた


「はう・・・や

・・・あんんっ・・っ!」


「・・・ココも、」

 反対側の同じ部分も舐め回される


「あ・・・っ・・・だ・・めえっっ」

 ゾクっとする刺激が背筋まで伝わって
 反射的に上半身が仰け反った


 熱い・・・
 かかる吐息も触れる舌先もすごく熱くて
 その熱にどこまでも溶かされてしまいそう



「冷たい・・体だな」

「あなたが、熱いのよ・・っ」


「温めてやろう・・・

わたしの体温を分けてやれば
すぐにおまえも熱くなるさ」

「・・・っ・・」

 だめだよ
 このままだと本当にもう・・・




「は・・・離して・・・


離してよっっいやだあっ!!」

 それは、最後の抵抗だったのかもしれない

 声の限りに叫んで
 押さえ込まれた腕を動かそうと必死に抗う







「・・・黙れ」

「っ!」

 冷たく放たれた低い声に
 心臓が一瞬で凍りついた



「いくら本調子ではないとしても
オレに、力で敵うと思うか?」

「そん・・な・・・」


「ここまでして
もう、途中で止める気は無い


・・・静かにしていろ
悪いようにはしないから」


「・・あ・・・っ・・!」

 首元に落ちる唇が這いずり回り
 そこに強く吸い付いてくる


「・・っ!・・・だめっ
見えるところに痕をつけないで・・・っ」



「目立つ所に、
・・・付けなければ良いのだな」

「っっっ!!」

 さもこっちが望んだ事かのように
 無防備になっている胸元へ顔が沈み込んできた


 ずれた下着の間から膨らみを探し出され
 開けた口が服ごと噛んでそこを食べる

 上着越しに生温かい空気が
 どんどん送り込まれてくる・・・



「・・・そんな事やめて・・
制服が、濡れ・・っ」


「直に、触れて欲しいのか?」

「ちっ・・
違うってば・・・っ!

そうじゃっな・・・」


「うさぎ、」

 ユラリと上体を起こしてあたしの顔を覗く
 それは、まるで能面のような無の表情



「デマンド・・・」


「どこに、触れて欲しい?
気持ち良くしてあげるから言ってご覧」

「いや・・・よ・・こんなのっ・・・

きゃっっ」



「・・・ココか?」

「やめ・・・・・あっ・・・っっ」

 胸を包み込む大きな拳が
 その先を摘まんで捻り上げた

 服の上から間接的に触られているだけなのに
 その刺激は身体の芯までしっかりと伝わってくる




「・・・くっ・・んん・・・っ・・」


「・・・・・・」

 無言のまま指先が愛撫を続け
 その間、ずっと見下ろす鋭い眼差しが
 あたしの反応を冷ややかに観察していた



「見ないで・・・


・・・やだ・・あ・・っ」

 恥ずかしすぎて
 顔が熱くなってくる・・

 それなのに、
 言葉が拒絶を繰り返すだけで
 もう身体は与えられる快感に酔いしれてきていた


 抵抗する力が無くなったのを察知した右手が
 拘束を解いて柔らかく頬を撫でる

 指先が唇を誘導して
 そこをぴったりと塞いだ


「・・・っ・・」




「・・・そのまま、目を閉じていろ」

「・・・あう・・っ」

 現実を受け入れる為に
 しっかりと目を開けていないといけないのに・・・
 夢の中に漂っていたいという感情が
 それを完全に閉ざしてしまう

 その中で、感覚だけが研ぎ澄まされていく


 抵抗する力は既に根こそぎ奪いつくされた
 それどころか、この心が・・・
 もっと して欲しいと願い始めている


 与えられる快感に満足していない
 服越しじゃ、足りないよ・・

 そんな事、思っちゃだめ


 でも・・・っ・・




「・・・デマン・・ド・・っ」

 薄く目を開けて彼の様子を確認した



「そんなに切ない目を向けて・・・

もっと、
触って欲しいのだろう?」


 心の中を見透かすように
 両手が上着の中に滑り込む


「はううっっ!」

 身体が
 ビクンと反応して裏声が漏れた



「ほら、
こんなに可愛い反応を返してくれる・・」

「あっ・あ・・っっ・・・・」

 腹部をさすり、脇を通り
 色んな所を愛撫しながら少しずつ食指が迫り来る


 外れた下着の中に侵入され
 その指先が・・膨らみの先端に到達した


「いやっ・・・いやあっっ

っ・・・ああん・・っ!」

 あたしの理性を崩そうとする誘惑が
 ひねっては離しの愛撫を繰り返して
 何度も、強い刺激を与えてくる

 それに何とか耐えようと
 唇をしっかり噛んだ



「んっ・・・んんっ・・・っっ」


「良い声だ・・・
そんなに、ココが気持ち良いか?」

 ずっと
 無表情だった口元が少し上がる



「・・あうっ・・・

ソレだめっ・・・強すぎ・・っっ!」

 敏感な部分をきゅっとつねると
 ソコを挟み込んで擦るように指先を動かしてきた



「こう・・か?」

 こっちの様子を伺いながら
 より力を加えて先を転がす


「・・・っ!?
いやっ・・・・っ・・・ああっ・・・」





「コレは、

・・・どうだ?」


「はにゅっっ・・・!」

 されるがままに淫らな声が漏れた

 親指の腹が両方の先端をグっと肌に押し付け
 拳が外側から膨らみを包み込んで大きくもみしだく


 上着の中で両手が暴れ出した



「あうっ・・・んんっ・・・そんな・・っ

いやっ・・・
だめなのっっ・・・やあっっ・・んん!!」

 身をよじって激しい愛撫に悶えると
 その振動がベッドにまで伝わり
 ギシギシと軋む音が下から響いてくる



「こんなに、感じてくれると弄り甲斐がある・・」

「・・・あっ・・・あうっ・・っ」

 死んでしまいそうなくらい恥ずかしいのに
 どうして・・こんなに反応してしまうの



「おまえ
ずっと、こうして欲しかったのだろう?」

「・・っ・・・ちがっ・・・
ああんっ・・!」

 必死に首を横に振った


「漏れる声は正直だというのに
まだ堕ちたくは無いか・・・」





「あ・・・っ・・・ううっっ・・・」

 静かな空間に
 お互いの熱い息遣いと自分の喘ぐ声が響く・・


 さっきからずっと
 明かりの遮られた天井をずっと虚ろに眺め続けていた

 目の前で快楽をもたらす人の肌から滴る汗が
 首筋をゆっくりと伝って
 肌けた胸元に吸い込まれていく


 息が・・苦しすぎて
 もう、いつ心臓が止まってもおかしくない




「・・はあっ

・・あっ・・・あんっ・・・」


「うさぎ、
もう・・・良いだろう?

ここまで身を溶かされていて
まだ強情を張るのか?」

 耳筋を舐め回し
 そこに吐息を吹きかけて全身に麻酔を注入された



「・・ひゃ・・っっ」


「・・・じっとしていろ
このまま、
最後までイかせてやるから」

 有無言わさず手篭めにしようとする残酷な誘惑が
 あたしを休み無く攻め立てる

 陥落寸前の心が悲鳴を上げているのが分かる・・・


 いつの間にか
 涙が滲んで視界がぼやけていた


「やめて・・・
あたしこんなの・・・いやだ・・っ」










「・・・愛しているよ」

「・・・っ・・」

 惑わす言葉がとびきり甘く耳元で囁く


「おまえだけを愛している・・・

好きだ」


「・・ふ・・ええ・・っ」

 どんな愛撫よりも動揺を誘う、その言葉


 卑怯だよ・・・こんな時に

 乱暴している最中に
 そんなに優しく囁かないで




「愛しいおまえの、すべてが欲しい」

「・・・う・・んんっ・・・

はうっっ・・・・・・」

 致命傷の傷を負わされて
 すべての抗う力が呑み込まれた


「可愛いよ

その声も、表情も
可愛らしくてたまらない」

「・・・デマンド・・っ」



「このまま
身も、心も、

何もかもすべてオレのものに・・・」


「ああっ・・・!!」

 汗で濡れた肌が覆い被さり
 そこへ一気に体重がのしかかってくる
 視界が暗く閉ざされ
 外界の刺激が全て遮断された

 もう
 この温もりは絶対にあたしを離してくれない


 ・・・今度こそ、駄目だ
 本気のこの人を前に逃げられるわけが無かった




 ごめん・・・
 まも・・ちゃん








「・・・んっ・・・・」

 ・・・息が苦しい



「・・・ねえ、
もうちょっと体重緩めて?

潰されちゃいそうだよ・・っ」



「・・・・・・・・・」

 反応が無い・・・?
 圧し掛かったままびくともしない




「デマンド・・?」

 様子が、変だ


 そっと
 腕の隙間から顔を出して覗いてみた





「・・・っ・・はあ・・」

 荒い息を吐く熱い体が
 ふらっとバランスを崩して真横に倒れ込む


「ちょ・・・
・・・ちょっと!!大丈夫っっっ?」




「だめだ・・

眩暈が・・・酷い」

「すごい熱・・・
だから寝てなきゃって言ったでしょ!!

きゅ・・・救急車っ」

 慌ててベッドから降りる
 その腕をギュッと握ってきた



「そんなもの・・・呼ぶな」

「でもっ」


「いいから・・・

休めば、大丈夫だ」



「・・・本当に?」

「ああ・・
少し、無理をし過ぎた」


「・・・っ・・
その通りねっっ!」

 弱りきった病人を横たえて
 優しく布団をかけ直す



「今度こそ、ちゃんと休んでいてよ?」




「・・・惜しいな」

「何がよ」


「わたしの体が本調子ならば
このまま続きができるというのに・・・」

「ばっ・・馬鹿言ってんじゃないわよ!
第一、風邪引いてなかったら
お見舞いなんて最初から来なかったんだからねっ」


「・・・・そう・・か・・」

「ねえ、本当に大丈夫なの?
目がうつろじゃない・・」



「おまえ・・・

今、何人居る?」

「あたしはいつも一人です!

そんな様子じゃ心配だけど
何だか、あたしがいると却って熱が上がりそうだから
・・もう帰るね」


「薄情な奴め・・・」

「自分が悪いんでしょっ
最初からいい子に寝ていれば良かったのよ!」


「そうして・・いよう」

「もう・・・
風邪、早く治してよ?

じゃあね」



「うさぎ・・・」

 後ろから
 か細い声が足を止めた

 さすがにあの様子だともう何も出来ないだろうと
 傍によって耳を近づける



「・・・何?」


「・・・治ったら」

「ん?」



「今日の、続きを・・・」

「・・・病人で良かったわね
健康体だったら思いっきり殴っていたわよ?

話はそれだけね・・・」


「・・待て」

「まだ、何かあるの?」



「後ろの・・・
ホックくらい留めてやる」

「ありがた迷惑どうもっっ
自分でやりますからご心配なく!
もうっっ


・・・玄関の鍵、閉めて行くから
ちゃんと寝るのよ?」


「ああ」

「じゃあね・・・」



パタン・・・





「・・・・・・」

 騒がしかった空間がいきなり静かになった・・・
 いつもの様子に戻っただけなのに
 なぜだかこの風景に違和感を感じる

 ここは、こんなに広い部屋だったか・・?



 つまらない時間が再び戻ってきた
 それでも、彼女が尋ねてくるまでのそれとは違う

 瞳を閉じると
 とろけるような記憶が蘇る



「うさぎ・・・」

 柔らかな彼女の温もりが、忘れられない・・

 過ぎてしまえば一瞬だった気もするが
 夢中になっていたあのひと時は
 空間ごと時の狭間に誘われているように錯覚していた

 すべての時間が止まり、開放された心の扉の奥で
 ただひたすらそれを貪っていた


 目の前の、愛しい存在しか見えない




 夢のような時間だった
 まさか、本当にすべて夢だったのか?

 わたしの願望が見せた、ほんのひと時の・・・


 ならば、それでも良い



 余韻に浸りつつ
 このままあの白い夢の中へ戻ろう・・・