ここは、どこ?

 気がついたら何も無い世界にたった独り
 ぽつんと立ち尽くしていた
 すごく静かな音の無い空間
 本当に自分以外誰もいないみたいだよ

 その時、ふわっと
 大きな胸があたしを包み込んだ


 あなたは・・・もしかして

 靄に包まれていてその姿はよく見えないけど
 あたしには分かる

 懐かしいこの温もり
 優しいお日様の匂い

 あなた、なんでしょ?



 会いたかった・・・

 やっぱりずっとあたしの傍にいてくれたんだね
 いつも見守っていてくれたんだね

 このままあなたの暖かさを胸いっぱいに感じて
 目を閉じたままでいたい
 こんなにもあなたを傍に感じていれるのなら
 もう他には何もいらない

 もっと、抱きしめて
 髪をクシャクシャにして


 好き・・・
 大好きだよ

 あたしの名前を呼んで
 いつもと変わらないその声で

 『うさ』って・・・

 優しい瞳に見つめられたくて顔を見上げた
 頭上を照らす強烈な光がすごく眩しくて
 長い間は眺めていられない

 なんとかしてその笑顔を見ようと目を凝らして・・・







 そして、目が覚めた



「・・・あ・・」

 枕元の時計を見たら時間は朝の6時50分



「目覚ましが、鳴る前に起きちゃった
あたしらしくないなあ・・・」

 横になったまま
 ついさっきの記憶を思い起こす


 なんて、暖かい夢だったんだろう
 この胸の中にまだあの人の温もりが残っているみたい
 すごく懐かしくて忘れかけていたあの匂い

 やっと、会えた・・・

 それは嬉しかったけど
 どうして、
 夢の中でまであなたは何も言ってくれないの?


 静かにベッドから降り
 タンスの上の写真立てを手に取った



「・・・まもちゃん」

 もうずっと
 一方通行のやりとりが続くばかり

 忙しいから当分連絡も出来ないって
 そう聞いていたから
 今までぐっと寂しさを堪えて我慢していた

 声が聞きたい時はマンションの留守電に電話してみたり
 でも、いつも変わらない口調とその台詞
 分かっているのに・・・
 それでもあなたの声が聞きたくて何度も掛けて・・

 その回数が、最近減ってきている


 ほとんど毎日
 まもちゃんの住んでいるマンションへ行っているのに
 向かうその先は違う場所
 いくつかの些細な変化に自分でも薄々気付いていた・・・
 だけどそんなあたしを、止める事が出来なかった


「最低だよ・・・」

 まもちゃんの事、
 忘れてなんかいないよ?

 忘れるわけ・・ないじゃない
 あたしの大事なあなたなんだから

 そんな自分の気持ちを確認するかのように手紙も書き続けた
 ほとんど毎日、
 くだらない日常の話しか書いていなかったけど
 あたしがどんな風に過ごしているか知って欲しくって・・
 アメリカまでの遠い距離が少しでも縮むように


「どうして、お返事一回もくれないの?」

 きっと忙しいんだ・・・
 まもちゃんだって頑張っているんだって
 ずっと必死に考えようとしていたけど・・


 もう、・・・疲れたよ

 どうかお願い、まもちゃん
 お返事をちょうだい・・・
 電話でもいいから話したいよ

 この心の中を
 ずっとあなたでいっぱいにしておきたい





「ちびちび?」

 写真立ての前でぼうっと立ち尽くしていたら
 ちびちびが横から顔を出してきた


「どうしたの?おトイレ?」



「・・・ちびー」

「もしかして、
あたしを心配してるの?

・・・ごめんね、」

 不安そうにこっちを見つめるちっちゃな体を
 きゅっと抱き寄せる

 その時、
 ふわっと柔らかい花の香りが
 どこからか匂ってきたような気がした












キンコーン


 午前の授業が終わって
 昼休みの始まるチャイムが鳴り響く



「どうしよう・・・」

 待ちに待ったお昼ご飯の時間なのに
 どうして今日はこんなに気が重いんだろ

 いつもだったらお弁当を抱えて
 すぐにあの場所へ向かうけど
 さすがに今日は・・・
 彼と、顔を合わせるのは気まずいよ

 それにこれ以上近づいたら
 もう戻れなくなりそう・・

 これまで何だかんだと
 引き返せる心の余裕が残されていた気がするのに
 急にそれが無くなってしまった

 どうしてだろう



「デマンドが・・あんな事言うからだよ」

 ほんのひと時だけすべて忘れて
 身を任せてみろだなんて

 そんな事あたしに出来るわけが無いって
 分かっててあんな・・・


 でも、ほんの一瞬だったけど
 その誘いに乗ってしまいそうになった自分がいた
 もしまたあの人が本気で迫ってきたら
 あたしはもう一度はね付ける事が出来るのだろうか

 それって
 今まで二人で居てもどうにもならなかったのは
 あたしが身構えていたからじゃなくて
 デマンドが手加減していたからってだけなの?
 だとしたらそれが無くなってしまった今

 あたしは・・・



「やだ・・っ」

 駄目・・
 もう、会いに行っちゃダメだよ

 一切振り返らずに全力で逃げないと
 あっという間に捕まってしまう



「今日は教室で
美奈子ちゃんたちとお弁当食べようかな・・」


 ふらふらと
 あても無く進めていた足を止めて辺りを見回してみた


 横を向くと見覚えのある階段
 ここって・・・



「・・・っ・・!

あたしったら
どうしてこんな所に」

 来ては駄目だって
 自分に言い聞かせていたのに
 考え込んでいてどこをどう歩いていたのか
 いつの間にか分からなくなっていた

 日課って怖い・・・


 ここを上がったら、きっと彼は居るんだよね
 あたしはやっぱり行ってしまうの?


「・・・・駄目!

このまま気付かれる前に戻ろうっ」






「どこへ行く?」

「!?」

 後ろから届いた声に心臓が飛び上がる



「・・・気付いてたの?」

「おまえの気配はさっきから感じていた
いつ上がってくるかと待機していたが

通り過ぎる気か?」

「べっ別に
廊下をぶらぶらしてただけで
目的があって来たわけじゃ・・・」
「おいで、

わたしに
会いに来たのだろう?」

「・・・・・・」

 見透かされた微笑に見下ろされ
 それに従うしかなかった


 重い足取りでゆっくりとその空間に上がっていく
 一番上に腰を下ろす相手から
 少し距離を置いて数段下の階段に座った




「今日は来ないかと思っていた」


「どうして、・・そう思ったの?」

「昨日は
少々いじめ過ぎたと思ってな」

 その言葉にちょっとだけほっとする

 何だ、
 やり過ぎたって一応反省はしてるんだ
 これはもしかして
 話せば分かってくれるかも?


「本当だよもうっ
いきなり変な事言ってくるんだから
びっくりしちゃったじゃない
まあー反省してるなら許してあげてもいいけど?

あんな事二度としないって約束するんなら
また遊びに行ってあげるわよ」

 茶化すようにたしなめてみる



「それは、約束出来ないな」

「な・・・何でよっ」

「おまえ

・・何か勘違いしていないか?」



「え?」

「昨日の一件は
悪い事をしたなどと思っていない
あれがわたしの本意だからな

だから謝るつもりは無いし
好機があればまたするつもりだ」

「でもっ
あたしの気持ちが決まるまでは・・


キっ・・キスまでにしておくって
・・・言ったでしょ?」

「しばらくは、と言っておいた筈だ
もう時間は充分に与えたと思うが」

「そんな・・っ
じゃあ、

・・・もう待ってくれないって言うの?」



「待てば、
わたしの物になってくれるのか?」

「それは・・・」


 ・・言わないと

 そんな事出来ないって
 はっきり拒絶の意志を示さないといけないのに
 どうして・・・

 詰まったままいつも何も言えなくなるの?



「・・・・・・
煮え切らないおまえの態度に気を遣うのはいい加減飽きた
気が乗るまで待って欲しいなどと
戯れに時間稼ぎでもするつもりか?
姑息な手段に出おって・・・

こちらを向かせる為に
多少強引な手を使いたくもなるわ」

「ごめん・・なさい」

「その言葉も聞き飽きた」

「・・・・・・」


「・・まあ良い
どうしても譲れないと言うのなら
お互い譲歩をしようではないか」

「譲歩・・?」


「今まで通りキスならしても良いのだろう
ならば、おいで

今この場で
とろけるようなそれをしよう」

「!?」

「どうした
いつもしている事だ
今更何を怯む?」


「でも・・・」

 今まで何度も求められるがままに触れ合ってきたけど
 この人とのキスはいつも夢中にさせられて
 頭の芯まで溶かされると体に力が入らなくなってしまう
 そうなったら何をされても抵抗できないよ・・

 それって
 よく考えてみたら一番危ないのかもしれない
 どうして今まで気が付かなかったんだろう


 身の危険を自覚した瞬間
 ゾクッと全身に鳥肌が立った





「やめて・・・」

「・・・これもだめか?
我侭な姫君だな」



「キスなんかで・・終わらせるつもりないくせに

そうやって言葉巧みに誘い込んで
逃がさない気でしょっ
そんな手に乗らないんだから」


「ほう・・・
少しは頭を遣うようになったようだな」

「・・・あなたの気持ちにはまだ応えられないって
そう言ったはず

もう、誘惑の言葉には惑わされない」


「ははっ

まだ、か
強がりを言っている風に見えて中々に素直だな」

「・・・っ・・」

 腕を組んで壁にもたれあたしを悠然と見下ろす
 その自信に満ちた様子は
 かつての彼と雰囲気が被って見えた


「自分の胸に聞いてみろ
おまえのそこにはもうわたしが住み着いている
強く否定できないのがその証拠だろう

昨日も理性が邪魔をしていなければ
あのままどうにかなってしまいたいと
多少は思っていた筈だ」

「違うっ
あたしはそんな事・・・」
「どうかな
身体はそうは思っていなかったようだが?」

 ジリジリと詰め寄る殺気に似た空気が
 あたしの気迫を少しずつ後退させていく

 負けちゃ駄目・・・
 すくむ気持ちを奮い立たせようと必死に頭を横へ振った




「あたしの・・・気持ちは・・
あなたの物じゃない」

「あの瞬間
おまえは確かにわたしを受け入れようとしていた

快楽と言う物は無邪気だろう?
時に感情を差し置いてでも満たされたいと望んでしまう
心が折れている時は尚更そうだ

ほんの一時だけでも慰められたらと
他人の温もりを求め必死にすがり付く
おまえも、もう少し大人になれば分かる」


「なら、デマンドは
もしあたしを手に入れたとしても

他の人と・・そういうことするの?」



「・・・・・はははっ」

「・・っ!!」

 馬鹿にするような高笑いが辺りにこだまする


「どうだと思う?」

「信じられないよ!
誰かを好きだって言っといて
他の人と・・そんな事するなんて」


「・・・・・・」

「・・・あたしはそんな事されたら嫌

だから、自分も絶対にしない
愛すると言う気持ちを大事にして何が悪いの?

それが子どもだから出来るんだって言うんなら
あたしは今のままでいい!」

 黙ったままこっちを見下ろす瞳をしっかり見据えて
 自分の意志を断言した



「その瞳、懐かしいな
初めて出会った時も同じ眼差しでわたしを見つめてくれた」

「はぐらかさないでっ
あたしは本気で・・」
「うさぎ、

・・・おまえには
わたしの想いがまだ伝わっていないようだな」


「な・・何よ・・・」

「確かに快楽と言うものは厄介だ
感情が伴わなくともいつでも溺れることが出来る
それで周りが見えなくなってしまう事も
時としてあるだろう

だがそれは
互いに弱い部分の傷を舐め合っているだけに過ぎない

わたしは、おまえが居れば
他の者とそんな事をする気にもならないだろう」

 あたしが居れば・・・って
 それは

 ・・・そういう事をあたしとするって事?


「・・・っ・・」

 想像したら顔が熱くなってきた・・



「どこまでも、おまえに溺れて癒されたい
30世紀の未来で出会ったあの瞬間から
その瞳に釘付けになってしまった

再び巡り会う為にこうして転生までしたというのに
まだこの気持ちを疑うか?」


「疑ってなんか・・いないよ・・・」

 その気持ちは真実だって分かってるから
 だからこんなに辛いのに・・・


「あのまま記憶が戻っていなくとも
わたしはもう一度おまえを好きになっていただろう
いや、覚醒する前から既にもう意識していたのだ

ずっと、夢の中でおまえがわたしを呼んでいた」

「夢・・の中・・・?」


「そうだ、
わたしはそれに引き寄せられ、導かれた
例え何度始めからやり直したとしても
必ずおまえを見つけ出す

気持ちがまだすべて向いてなくとも
体だけ、・・というのは
少々焦ってしまったが
それだけおまえを欲している

それは分かって欲しい」

 じっと
 こっちを正視する眼差しが体を縛りつける


 どうしたんだろう、あたし
 胸の奥がすごく痛くて・・熱い

 少しずつ
 心臓の鼓動が速くなっていくのが分かる
 内に響く脈の音がうるさくて外の音が聞こえない



 駄目・・・駄目だよ

 あたしはまだこの想いに応えられないんだから
 こんな事思っちゃいけない
 そう何度言い聞かせても
 溢れ出る気持ちを抑えていられない


 ・・・嬉しい

 込み上げるその感情が全身にゆっくりと染み渡っていく
 心がふわふわと浮遊しそうだよ



「・・・ありがとう、
その気持ちは嬉しいの
・・・・でも・・」




「・・・海の向こうの男が気がかりか?」

 それを察した答えが返ってきた


「・・・・・」

「彼への後ろめたさが
おまえを躊躇わせているのだな」

「違う、
後ろめたいから躊躇っているんじゃない

あたしは、彼を送り出すときに決めたの
どんなに寂しくても、それくらい我慢するんだって
大事な人の夢が叶うんだもん
あたしのちっちゃな我侭なんて
ぶつけちゃいけないのよ

だから笑顔で見送って
戻ってくるまでいつまでも待ってるって、決めてたのに
なのにこんな・・・」


「・・・なぜ、我侭もぶつけず寂しさを我慢する?
そいつは愛しい存在の
その程度の想いすら受け止められない男なのか」

「違うよっそんなんじゃ!

・・・あたしが、困らせたくなかっただけなの」


「成程

誰よりも彼を信じていないのは、
おまえ自身だな」


「何それ・・・
酷いよ、そんな言い方・・っ」
「おまえは、
我侭と寂しさをぶつければ彼が困ると思ったのだろう?
心のどこかで自分の想いを受け止めてくれないと
諦めているではないか」


「諦めて・・・いる?

・・・・違うもんっっ
我侭だって寂しいのだって
あたしはいくらでも我慢できるのよ!

それは、それだけまもちゃんを好きだから・・っ」

「そう、思い込もうとしているだけだろう?
なぜ自分の心と向き合わない?

・・・気付くのが怖いのか」

「もう、止めて・・・っ」

 どうしてこの人はこんなに
 あたしの心を揺らして壊そうとするの?


「勘違いだろうと思い込みだろうと
そいつのせいでおまえが
寂しい想いをしているのは間違いでは無い

やはり
こんな状態の彼女を置いて行くべきではなかったのだ
愛しているのならな

己の身勝手で放っておくのならば
その間に悪い虫がついても仕方がない事だ」

 あたしを惑わす低い声が淡々と言葉を続ける


「うさぎ、寂しさを堪える事は無い
なぜ必死に一人で立っていようとする?
辛いのなら誰かに寄りかかれば良いだろう
わたしならずっと傍にいる
例えどんな我侭でも
おまえが望むのなら必ず叶えよう

だから
何も気にせずこのままここにずっといろ
気持ちが伴わなければ受け入れられないと言うのならば

早くおいで、わたしの元へ」


 静かに
 導く腕がこっちへ伸びてきた



「おいで・・って・・・」

「おまえの我侭も、寂しさも
すべて受け止めてやる

わたしなら、出来る
だからこの手を取るのだ」


「・・・・・・」


 ふらっと立ち上がり
 呼ばれるまま階段を一段上がる

 体の自由が・・・効かない

 これは本当にあたしの意志なの?
 まるで見えない糸にあやつられているみたいだよ



「そうだ、良い子だ
そのままこちらへ来い」


「あたし・・は・・・」

 気が付いた時には
 それが目の前まで接近していた

 手が、・・・勝手に引き寄せられる


「大事にするから、何よりも
こんな風に寂しい想いもさせない
悲しませもしない

愛でて慈しみ
決して傷は付けないよ」

「デマンド・・・」


 だめ・・・っ
 この手を取ったら、逃げられない






「うさぎちゃーん!」

「!?」

 唐突に呼ばれた声で
 意識が現実に戻って来た




「変ねえ・・
本当にどこ行っちゃったのかな」


「・・・あ・・」

 あたしを探すその声が少しずつ遠ざかっていく

 このまま行ってしまったら、もう・・・
 逃げ出すなら、今しかない

 頭より先に体が反射的に動いた



「は・・・・

はーいっ!!」

 魔の手に背を向け慌てて階段を駆け下りる


 振り返っちゃ・・いけない

 一分でも、一秒でも
 少しでも早くこの場から立ち去らないと

 体の自由が効くうちに・・・









「・・・・・・」

 バタバタと
 逃げ出す足音がすぐに遠くなり聞こえなくなった

 行き場を失った自身の右手を引き寄せ硬く握る



「・・・ふん」

 足を組み直し
 先程までの彼女の様子を振り返った


 ・・・まだ駄目か

 快楽への誘いも振り切り
 甘い言葉にもなびかない

 惜しい所まで来てはいたが・・・



「・・しぶといな」

 仕方がない
 また違う手段を考えるか


 うさぎめ・・・

 これ程までにわたしの手を煩わすとは
 その身を手に入れたらどうしてくれようか


「二度と這い上がれないように
縛り上げたまま深い闇の底へ突き落としてくれるわ・・・」


 さて、
 ・・次はどうやって攻める?


 壁にもたれたまま
 しばし次なる戦略を考え込んだ


 あいつの攻略はなかなか思い通りに行かない
 途中まで上手くいったとしても
 最後の最後でいつも振り切られる

 一筋縄ではいかぬ相手だと知ってはいたが
 小娘にしては中々に誘惑を退ける意志が強い
 どんな甘い呼びかけにも断固として乗って来ないとは
 その強情な心構えには感服する

 だが、それでも彼女は
 完全に拒絶して撥ね付ける事をしない
 未知の領域へ一歩
 踏み出す事を躊躇っているだけだ

 それをどう打ち崩してやろうか・・・



「あの
葛藤する顔がまた良い」

 なぜだろうか
 わたしとあの男の間で揺れている様子が
 たまらなく艶かしく見えてしまうのは
 少しこちらへ引き寄せたからと軽々しくなびかない


 これだからあの女は面白い

 焦らされる程にこちらは一層燃え上がってしまうのだ
 それを手に入れた時の満足感もひとしおだろう


「その時が、楽しみだな
はははっ」

 我知らず顔が綻ぶ


 いま少し自由に泳がせてやろう

 捕まったら最後
 もう二度とわたしからは逃げられないのだから



「せいぜい足掻け

・・・最後までな」









「・・・はあっ・・・待って・・
みっ美奈子ちゃーん!」

「あーっいた!
もうっっどこ行ってたのよ」


「ごめんごめん;」

「最近昼休みも放課後も
うさぎちゃんたらすぐにいなくなるから
捕まえるのが大変なのよねー

・・・こっそり何してるのよ?」


「えっ・・・
べっ別に?」

「ほんとー?
もしかしてどこかの誰かさんと
秘密のデートとかしてなあい?」

「だっ・・・
だだだ誰とそんな事っ」

「そうねえ、例えば


・・・星野君とか?」




「星野?

・・・どして??」


「いい?うさぎちゃんっ

アイドルの恋人なんて
週刊誌にスクープされたりして大変なのよ?
止めといた方がいいわよー」

「あはははっ
やだなあ、美奈子ちゃんたらもうっ
冗談ばっかり!」

「そうよねー!うさぎちゃんに限ってそんな


・・・抜け駆けみたいな事、
し な い わ よ ね?」

「う、うん・・;」


「あたしもさあ
うさぎちゃんを信じてないわけじゃあないのよ?
でもほら、前科があるじゃない?」

「前科?」

「星野君がボディガードするって
うさぎちゃんのお家に行った時に
ちゃっかり会長まで来てたみたいだけど」

「ちっ違うよっ
あれはそんなんじゃ・・・」
「うさぎちゃん、

『後悔たらこ食べず』って言う気持ちも分かるけど
『欲張ると熊と鷹が股を裂きに来る』
って昔から言い伝えられてるんだからね

気をつけないと大変な事になるわよ?」

「そんなの、聞いた事無いよ;」


「あ、ほらほら噂をすれば
向こうから来るの、会長じゃない?」

「ぎくっ」

 その言葉に恐る恐る前を向いた

 本当だ・・・
 つい今しがたまであたしに魔の手を差し伸べていた張本人が
 涼しい顔でこっちに向かって来る


 美奈子ちゃんも一緒だから大丈夫だと思うけど
 一応警戒はしておこう

 何を言ってきたって
 絶対耳を貸さないんだから!




「こーんにちはー!会長っ」


「こ・・・こんにち・・・」
「やあ、愛野君」

 スッと
 目の前を冷たい風が通り過ぎる



「今日もいい天気ですねー!
絶好のお洗濯日和じゃないですか」

「ははっ
君は家では洗濯係なのかな?」

「お洗濯だけじゃあないですよっ
炊事にお掃除何でもお任せ下さい!
花嫁修業は今から大事ですから
家でもお手伝いはばーっちりです!」


「美奈子ちゃんたら、・・・嘘ばっかり」


「それだけ出来れば
きっと良いお嫁さんになるのだろうな」

「やだーお嫁さんだなんてっ
高校生同士の学生結婚はさすがに早すぎますよ
もうっ会長ったら!」


「愛野君は、いつも元気だな
その笑顔を眺めていると
こちらまでエネルギーを分けて貰えそうだ」

「えへへっ
愛野美奈子、明るいのが取り柄でーす」

「それに、このリボンも
いつも付けているが君のチャームポイントだな」

「あ、気付いてました?」


「その、輝く笑顔を引き立てる赤いリボン
よく似合っている」




「・・・会長・・」

「おや、どうした?
急に大人しくなって」

「だって・・・

そんなにじっと見つめられたら
あたし・・っ」

「明るい君が魅力的だと言っただろう?
素敵な笑顔をもっと見せて欲しいな」

「は・・・はいっ」



「っと・・・もうそろそろ午後の授業の時間か
足を止めさせてすまなかった」

「いーえいえいえ!
いくらでも止めちゃってくださいっ」

「では、また会おう

美奈子君」

「はあーい!さよーならーーっ





・・・もーうっっ会長ったら
やっとあたしの魅力に気付いたみたいね!

アイドルの彼女って魅力的だと思ってたけど
生徒会長の新妻っていうのも素敵かも?!

どうしたらいいのっ
美奈子、困っちゃう〜!!」




「・・・何ですか、あれ」

 あまりの素っ気無い態度に
 ぽかーんと開いた口が塞がらない

 ううん、素っ気無いなんてもんじゃないよ
 まるであたしなんて居なかった勢いで無視されてた・・・


「何よ何よっあの徹底した知らん顔はっ!」

「まあまあ、
うさぎちゃんはちっちゃいから
会長の視界に入って無かったんじゃなあい?

それとも愛の女神が隣にいて
眩しくて見えなかったのかも・・・
なーんてねっ」

「んむむむっ」


 一体どういうつもり?
 これ見よがしに美奈子ちゃんだけ構って・・・

 わざと?当てつけ??
 ・・・もしかしてすねてるの?

 だからってあんな露骨なやり方するなんて
 信じられないっ


 もういいよ!!



「べーだ!」

 誰もいない廊下に向かって
 思い切り舌を出す



 ・・・・・・

 おかしいなあ
 さっきから何だろう

 胸の辺りがムカムカして居ても立ってもいられない


 変な気分・・・
 お昼食べ過ぎて胸焼けしたのかな?





ぐうううう・・・


「やだ、うさぎちゃんたら
すっごい音!
もうお腹空いたの?」

「まだ、

・・・食べてなかった;」


「食べてないって・・・
何してたのよっ、今まで」

「分かんないよう;あたしにも

さっきまで何していたんだろう・・・」

「もうっ
早く食べないと時間無くなっちゃうじゃない
急いで戻るわよっ」

「ううっ
お腹が空いて力が出ない・・・」

 もやもやした何かが心の全体を包み込んで
 何だか体までだるい気がする

 この淀んだ気持ちは
 お腹がいっぱいになればすっきりするのかな



「早くお弁当食べたいよう・・・」

 美奈子ちゃんに引っ張られ
 重い足を引きずって教室へ戻った