「いったーい!
全身傷だらけでヒリヒリするよう;」
生傷だらけの両膝を抱えたまま
ソファに体を埋める
今日もいつもと同じように学校が終わった後
デマンドのマンションにお邪魔してだらだらとくつろいでいた
「あんなに本気でやるからだ
適当に手を抜けば良いものを」
「だって、
全力をかけないで勝てる試合なんて無いじゃない?」
「そんなに勝ちたかったのか
己の身をボロボロにしてまで
理解不能だな・・・」
「負けず嫌いで悪かったわね
あーんやだもうっ;
こんな所まで擦り剥いてるじゃん・・」
腕をまくって二の腕辺りに傷を発見する
とりあえず舐めておこうと舌を伸ばしたけど
ギリギリで届かない・・・
「うー・・・むむむっ」
「自分では届かないだろう
・・わたしが舐めてやろうか?」
「・・・っ!
いいですっ絆創膏貼っておきますからっ
お気遣い無く!」
「そうか・・・」
必死に首を横へ振ったら
少し残念そうな反応を返された
この人はもうっ
何かに付けてすぐに触ってこようとするんだから
「はあー・・・
昨日はもう大変な一日だったわ
いっぱい転んで傷だらけになるしさ
雨は降るし
敵まで出て来ちゃったりして・・」
「・・・そう言えば」
「ん?なあに?」
「ちびちびが・・
おまえが走り去ってから
すぐに後を追って外へ出て行ったのだが
大丈夫だったか?」
「あー・・・
うん、大丈夫・・だったよ?」
「・・・?」
こっちの曖昧な返事に
少し不思議そうな顔をされる
ちびちび・・・
あれは、何だったんだろう
戦っている最中にいきなり飛び込んできて
ロッドに触れたと思った瞬間
強い光があの子を包み込んで・・・
気がついたらセーラー戦士に変身していた
夢、だったの?
現実だったのだとしたら
秘められた力が覚醒したって事なのかな
だとしたら、ちびちびって一体・・・
「ほら、」
「あっありがと」
黙ったままぼうっと考え込んでいたら
デマンドが温かいココアを持って来てくれた
それを受け取ると
ソファに並んで座って一息つく
「はあー・・・生き返るわあ
やっぱ寒い冬はあったかいココアよねー」
「で、どうなった?」
「え?
・・・何が?」
「向こうのチームとしていた勝負とやらだ
勝ったのだから
星野と付き合う、と言う事になったのだろう?」
「あーあれね
別に、どうもなってないけど
終わった後もそんな話特には出なかったし」
「何だ、
・・案外呆気ない結末だな」
「だからただの冗談だったんだってば
星野も売り言葉に買い言葉で受けただけなのよ
まあ色々と振り回されて散々だったけど
でも
今回の事のおかげで
園子さんとしっかりお話できたのは良かったかな」
「・・・・・・」
雨が止むまでのほんのひと時
彼女と色々な意見を交わし合った
その時の記憶がふっと蘇る
『そんな軽々しい想いで
星野様を惑わさないで頂きたいですわ』
そんなつもりは全然なかったんだけど
注意されたって事は
そう見えてたって事、なんだよね
こっちが感じている事と
それに対する相手の受け止め方は
決していつも一致するわけじゃないって
改めて考えさせられた
こうしてデマンドと一緒にいるのだって
軽い気持ちでいるわけじゃないって
思ってるつもりだけど
でも・・・
じっと横の人を眺めてみる
「・・・・・」
「どうした?」
「ううん
何でも、ない」
彼の顔を見たら何も言えなくなって
口を閉ざし下を向いた
「うさぎ、」
「・・・なあに?」
「手を見せろ」
「・・・・・!?
やだっ
・・何するのよ!」
あたしのそれを取ると
いきなり手の甲の擦り傷を舐められる
「傷を癒しているだけだ
大人しくしていろ」
「・・・っ・・」
「ほら、ここにも・・・」
「きゃっ?!」
そのまま頬もペロッと舐められた
「そんな事しなくていいって言ってるでしょっ
離して・・・」
「逃げ腰になるな、うさぎ」
「あっ」
腕が背後に回り
引いた体を強く抱き寄せられる
「ま・・・待って・・っ」
「そんなに硬くなる事は無いだろう」
「あなたの距離は、いつも近いのっ」
「そうか?
この澄んだ青い瞳を少しでも近くで眺めていたいと
そう思ってはいけないのか?」
「だって、その・・
・・・こういう事は慣れてないんだってば」
「ならば、慣れろ
もう何度もわたしとこうして触れ合って来ただろう」
「無理ですっ
ていうか慣れちゃったら
・・・そのままなし崩しにしていく気でしょ!」
「なし崩しに、どうすると?」
「うっ・・・;
だ・・だから・・っ」
「だから?」
オロオロするあたしの様子を
楽しそうに覗き込んできた
「今、
・・・何を想像した?」
「別に、何もっ!」
「そんなに頬を赤らめて
本当に何も?」
「やめてよ・・・
そんな色っぽい目で見つめられてると
勘違い・・しそうになるでしょ」
「ほう、
おまえは面白い事を言うな」
「な・・何がよ」
「勘違いとは、独りよがりという事だろう?
安心しろ
おまえは何も思い違いなどしていない
わたしも、
ずっとこうしていたいと思っているからな」
「・・・っ・・」
そっと指先があたしの頬に触れる
それに誘導されるまま見上げたら
紫紺の瞳が静かに下りてきた
「愛している、うさぎ」
「デマンド・・・」
成す術無く、視界がゆっくりと閉ざされていく
まどろんでいく意識の中
ふっと心の奥を風が横切る
押し潰されそうなくらい重々しくて冷たい風が・・・
「・・・!?
待って、・・デマンドっ」
ハッと
覚めた心が急激に動き出す
気がついたらその言葉が彼の行動を止めていた
「どうした?」
「・・・離して」
金縛りを必死にといて
その呪縛からなんとか抜け出した
まだドキドキしている胸を押さえ
何回か深呼吸をして心を落ち着かせる
あたし、最近どうしちゃってたんだろう
悲しい別れをしてからやっと再会できたあなたと
一緒にいれるのが嬉しくて、楽しくて
大事な事を忘れてた
ううん、思い出さないようにしていたんだ
今のあたしにはまもちゃんがいるのに・・・
他の人とこうしている事は決して良い事じゃない
園子さんの言っていた
軽い気持ちで相手を惑わすなって・・・こういう事なの?
あたしは、自分の身勝手で
まもちゃんも、デマンドも振り回しているのかもしれない
「・・・うさぎ?」
「・・・・・・」
少し心配そうにあたしを見つめるあなたの瞳
それに耐え切れなくなって視線を逸らし、背を向けた
デマンドの気持ちは分かってるから
こうされるのも頷ける
だけどあたしは
こんな曖昧な気持ちのまま
あなたの、すべてを受け入れる事はまだできない
それなのに・・・
いつもあなたのしてくる色々な事
ほとんど抵抗無く許していた気がする
それって、
気持ちごと受け入れていたと言われても
仕方がないかもしれない
だめだよ、こんな事いつまでもズルズルと・・・
不意に湧いた後ろ暗さという感情が
あたしに躊躇いを生じさせた
最近、こんな風に甘い言葉と雰囲気に流されて
色々と聞き入れ過ぎていた気がする
この空間は二人きりなんだからもう少し気をつけないと・・・
そのうち本当に何されるか分からないよ
油断、しちゃだめ
「おい、
・・・こちらを向け」
「・・・・・・・・・
・・・もう、何よっ
やーね、デマンドったら!
そうやって
すぐ変な雰囲気にしようとするんだから」
パッと
膨れた様子を見せつつ振り返る
空気を変えようとわざと明るめの声で茶化してみた
「いっつも自分のペースに巻き込もうとしてさ
あたしだって
いつまでも大人しくしているわけじゃないんだからねっ」
「・・・どういうつもりだ」
いきなりトーンが下がって不機嫌そうな様子に変わる
「ちょっと、喧嘩する気?
もうやめよやめっ
気分変えてさ、違う事しよう!」
「おまえは、何が不満だと言う?」
「不満・・・なんて別に?」
「甘い雰囲気がお望みだと
前にそう言っていたではないか
だからわたしは
おまえの望んでいる事をしたまでだ」
「・・・そんな事言ったっけ?あたし」
「とぼける気か、貴様」
「だって・・っ!
・・・愛してるとか、そういう事を
面と向かって言われると恥ずかしくて
こっちだって戸惑っちゃうのよ」
「明確に
こちらの気持ちを伝えているだけだが
何が悪い?」
「とっても分かりやすい愛の言葉ね
ありがとうございますっ」
「分かりやすいほうが良いだろう
特におまえのような鈍い女には
単刀直入に言わなければ通じない
曖昧な言葉や方法で表現して
伝わったつもりでいると痛い目を見る
・・・ヤツのようにな」
「はい??
誰よ、ヤツって」
「・・・こちらの話だ、気にするな
うさぎ、いきなりどうした?
いつもならこの唇を
すんなりと受け入れてくれるだろう」
「だって・・・
これ以上ふざけて何かすると
デマンドは本気にして迫ってくるでしょ」
「おまえは
今までおふざけでわたしと接していたと言うのか?」
「だからっ
冗談が通じないって言ってるのよ」
「冗談でこんな事が出来るとしたら中々の悪女だろうが
おまえはそうではないだろう?
それが通じる相手ならば
もうとうにわたしはおまえの体を奪っている」
「やめてよっ
変な事・・言わないで」
「ただの戯れで
こんな事を受け入れられる女ではないとも知っている
だから
わたしがこうするのはおまえの意志なのだ」
「ちが・・っ」
「強がるな
・・こうして欲しいのだろう?」
「・・・っ!」
その魔の手が後ろから静かに伸びてきて
全身を包み込むように絡みついた
嫌なら何とかして振りほどけばいいのに
あたしは・・どうしてそうしないの?
何だか妙にきまり悪くて
図星をつかれたようなもやもやした感情が
拒絶する意志を呑み込んでいく
「あなたと、こうしている事自体
あまり良くないのよ
だってあたしには・・・」
「何だ、急に臆病風に吹かれたのか?
あの男とは
単に出会いがこちらより先だったというだけだろう
巡り合いが遅いほうが不利だと言うのならば
なんと不公平な世の中だろうな」
「・・・・・」
「想いに先着順など、無い
わたしは例え
誰よりも最後におまえと出会ったとしても
再びその心を捕まえてみせる
・・必ずな」
「だめっ・・・デマンド・・っ・・」
何、この殺気
本能が危険を察知して凍りついた体を動かした
束縛してくる両腕を全力で振りほどいて
少しでも開いた距離を保とうと
ソファの端まで後退する
「・・・このまま無理に押し倒して
わたしの物にしても良いのだぞ?
前のようにな
それをしないのはなぜか
分からないとは言わせない」
「充分分かってます、はい!
あたしの気持ちを考えて頂いて
ありがとうございますっ」
引きつった笑いでそれに答えた
「そっそれにさ
高校生は高校生らしくっていうの?
そう・・言う展開はまだ早いよ
あははっ;」
「おまえ、
・・・本当に分かっているのか」
「え?」
いきなり険しくなった視線がこっちを睨む
あたし、・・・何か変な事言った??
「おまえに手を出さないのは
子ども扱いしているからだなどと
今更言うなよ
して欲しい、
と言われるのを待っているだけだ」
「でっでも・・・
年相応のお付き合いって大事、だよ?」
「その言葉で今までどう扱われてきたのか
容易に推測できるわ
そうやっていつまでも
生温い愛情に浸っていれば楽だろうな」
「・・・だって・・」
「悪いが
わたしはそんな甘やかしはしない
・・うさぎ
わたしを、求めてみろ」
「・・・・・・
・・・なっ!?
なな何をいきなりっっ」
突然の提案に
隠せない動揺が言葉へ顕著に表れた
求めてみろって・・
さすがに『何を?』
・・なんてとぼけた返しは出来ない
混乱する頭の中で
掛けられた言葉の意味を考えてみたけど
どう考えてもこれは・・・
「されたい事を言ってご覧
お前が望めばいつでも何でもしてやる
昔のように優しくも、激しくでも」
「・・・あっ・・」
デマンドの陰で天井の明かりが遮られ
気がついたら体がソファに沈んでいた
「さて・・・
これからどうして欲しい?」
「!?
・・・待ってよっ
まだ、あたしは・・っ」
「まだ?
ならいつなら良いのだ」
「いつ・・って・・・
そんな事・・言われても」
「これでも今までおまえの意思を大切に
尊重して来てやったつもりだ
だが、
いつまでもそれを許して貰えるとは思うな
こちらにも我慢の限界がある
これ以上じらすと・・どうなっても知らんぞ」
「・・・っ・・」
こっちに伸びてきた指先が
つつっと顎のラインを伝って首筋に下りて行く
「この腕の中には既に
狙った獲物が捕らえられていると言うのに
わたしはいつまでお預けをくらえば良い?」
「やめ・・・っ」
「うさぎ
おまえ、早く堕ちてしまえ」
「どこ・・・へ?」
「どこまでも深い、漆黒の闇の中へ
おまえの世界は
溢れんばかりの光が支配していて眩し過ぎる
とろけるような甘美な闇に包まれてみろ
・・・もう二度と
そこから這い上がろうなんて気持ちにはならないだろう」
「そんな怖い事言わないでっ」
「何を怖がる?
闇に捕らわれる事は決して恐れる事ではないぞ」
「だめ・・なんだって
あたし自身
こんな曖昧な気持ちのままあなたの所には・・
だからっ」
「だめ、というのは本音には聞こえない
嫌ではない、そう聞こえる
よく考えてみろ
本当はどう思っている?
曖昧などと言う言葉で誤魔化しているな」
「あたし・・は・・・」
もう、何も分からなくなってきた
しっかり考えないとってどんなに頭を巡らせても
この人の巧みな言葉に翻弄されて
浮かんだ思考が一瞬で掻き消えて行く
どうしたらいいの?
「うさぎ、
何なら今このひと時だけ
しがらみも何もかも忘れて
わたしに身を任せてみたらどうだ?」
「・・えっ・・・?」
こっちを見下ろす妖しい笑みが言葉を続けた
「一度限りだ
深く考えず欲望の赴くまま肉欲に溺れてみろ
わたしはそれでも構わないぞ」
「でっできないよっそんな事!」
「そうかな?
人は時にすべて忘れて
目の前の快楽に呑まれてみたいと思ってしまうものだ」
「だってそんな事したら・・・」
一度そうなってしまったら
それだけで終われるなんて到底思えない
あたしだってそれくらいは分かっている
この人は、
言葉巧みにあたしを誘い込んで逃がさない気なんだ
これ以上耳を傾けちゃ駄目だよ・・・
「おまえが恋人を裏切ったなど
誰にも言わない
知られなければ責められることも無いだろう?」
「もう、やめてっ
・・・これ以上何も聞きたくない
あっ・・!?」
首元を撫でさする右手が
そのまま胸リボンの下に潜り込んできた
服越しにあたしの心臓の鼓動が彼へ伝わっていく
「素直になってみろ
今、目の前の気持ちとだけ向き合って」
「い・・や・・・っ
はうっ!!」
心臓への愛撫に意識が集中していて
左手の動きに気付くのが遅れた
セーラー服の間から露出している腹部を撫でられる
素肌に触れる強い刺激
それに過敏に反応して声があがった
「ほうら、身体は正直だろう?
この胸の鼓動も、火照ってきた肌も
すべてがわたしを欲しいとせがんでいる
思い出せ
前に、わたしにされた事を」
「やめてっ・・・あれは」
「気持ち良くして欲しいとか、もっとして欲しいとか
ねだってくれただろう?
また聞かせて欲しいな」
「・・・っ・・デマンド・・・」
甘い誘惑が考える隙を一切与えてくれない
じわじわと心の奥に攻め寄って来る
「どうした?言ってみろ
一言そうされたいと告げるだけで良い
あとは目を閉じているだけで
わたしがすべて叶えてやる・・・」
「あたしは・・・」
どうしよう・・
悪魔の囁きに縛られて逃げられる気が全くしない
あたしの弱い部分をすべて知っている指先が
そこを狙って這いずり回る
心まで惑わそうとしてくる愛撫に
負けちゃダメだって必死に耐えているのに
この体が・・・
少しずつそれを受け入れる準備をしているのが
手に取るように分かる
まるで、
触れてくる指先に媚薬が含まれているよう・・・
撫でられた皮膚が急激に熱くなって
反抗する力はどんどん吸い取られていく
あたしの落ちる寸前の様子を面白そうに眺める
その瞳がこの心を鷲づかみにして離してくれない
理性まで麻痺させる猛毒が
全身にゆっくりと染み込んでくる
もう、
・・・だめ・・
ぱたり、と
痺れて動かなくなった両腕が力なく落ちた
「・・・・・・・」
「・・それで良い
視界を閉ざして
される事だけを感じていろ」
最後の助言を掛けられるや否や
広い背中があたしに覆い被さる
「・・ん・・っ・・」
いつもより少し荒く重なってくる唇
何度も離れては
すぐにこの温もりを求めてまた触れる
激しく、時にはゆっくりと
あたしを食べ尽くす勢いで迫り来る
その合間に息をするのが精一杯で・・・
目先の行為にただひたすら集中する事しか出来なかった
「うさぎ・・っ」
「・・・はあ・っ・・デマンド
・・んんっ・・」
熱い唇の隙間から自分の艶かしい吐息が漏れた
「相変わらず可愛い声で鳴いてくれる
それをもっと聞かせろ」
「・・・やっ・・あ・・!」
唇の愛撫が首筋を伝って肩にまで落ちる
与えられる快感に酔いしれている様子を
もう一人のあたしがまるで他人を眺めるように傍観していた
このまま、あたしはどうなってしまうの?
頭の芯まで溶かされて
もう何も考えられないのに
どうしてだろう
・・・痛い
胸の奥がすごく痛くて苦しくて
息ができないくらいだよ
こんな裏切り・・・許される事じゃない
今すぐにでもはね付けて逃げるのよ
でも、
目の前の誘いに飛びついたままどこまでも溶かされてみたい
何も考えず
このまま身を委ねられたらどんなに楽だろう
そう思っているのもあたしの心
嫌だ・・・
こうされる事をどこかで望んでいる自分がすごく嫌い
さっきからずっと
相反する二人の自分がせめぎ合って葛藤している
もう、いいんだよ
最近のあたしは色々と大変な事ばかりだった
疲れたんでしょ?
今だけ難しい事は考えないで
じっと、目を閉じていたい
ううん、
本当にそれでいいの?
まもちゃんに会えない寂しさと
後ろめたさを埋める為にこんな事・・・
デマンドに対してだって
彼のすべてを受け入れる覚悟もまだしていないのに
言い寄られるまま体だけなんて
だめだよ・・・
こんなの、ただ逃げているだけ
どっちの人に対しても失礼だ
でも・・・っ
・・今のあたしの
心に思い浮かんでくるのは一体誰なの?
デマンド?
それとも・・・
闇に捕らわれた心の片隅に
キラッと一粒
光の欠片が落ちてきた
それは、最後まで残されていた
ほんの小さな理性の欠片
「!!
・・・嫌っっ」
出せる限りの声を振り絞って
拒絶の意思を示す
全力で、重なる身体を突き放した
向かいの人の面食らった顔をしっかりと見据える
「・・・うさぎ?」
「やめて・・・っ
・・ごめん
あたし、やっぱりできないよ
こんな・・ひどい事っ」
「・・・っ・・
待て!」
床に落ちている鞄を拾うと
制止しようとする言葉を無視して玄関に向かった
バタン!!
エレベーターを待つ余裕も無く
階段を慌てて駆け下りる
外に出た後も後ろを一切振りかえらず
ただひたすら前だけを見て走り続けた
あたし・・何をしようとしていたの?
もしあのまま状況に流されて
行為が最後まで続いていたら・・・
「・・・くっ・・」
心臓が激しい運動に耐えかねて痛くなってきた
急ぐ足を止めて少しの間その場で息を整える
「はあっ・・はあっ・・
・・・ばかっっ
もう、
・・まもちゃんに会えなくなる所だったんだよ?」
ある程度休んだら体は落ち着いたのに
胸の痛みは一向に消えてくれない
深くまで突き刺さった欠片がズキっと痛む
それがずっと奥の方まで潜り込んで
どんどんえぐれた傷口を広げていく
「あたしの、・・・バカ」
まもちゃんの夢が叶う為なら
この寂しさくらい我慢してみせる
そう決心して
笑顔でアメリカへ送り出したはずなのに
どうしてこんな事に・・・
揺れ動くこの心が、
それに負けそうになる弱い自分が憎い
「もう、こんな時間・・・」
不意に近くの外灯の明かりが点いた
少しずつ夜が光を侵食していく様子を肌で感じていると
言いようの無い不安と寂しさが
心を覆い尽くしていくのが分かる
知らぬ間にどんどん心が衰弱していく・・・
会いたいよ・・・
傍にいて欲しい時にそこに貴方がいないだけで
こんなに心が不安になるなんて
「・・・書かないと」
ぽつりと呟いた言葉にハッとする
そうだ、とても大事な事を忘れていた
「そうよ
手紙をまもちゃんに、書かないと」
今、彼とあたしを繋げる唯一の方法
いくら送っても返事は一向に届かないけど
会いたい、って言った所で
それが叶うなんて思っていない
それでも、
この気持ちが届いてくれるだけでいい
お願い、まもちゃん
あたしの揺らぐ心を繋ぎ止めて
「早く、帰ろう」
冷えた体をぎゅっと抱きしめて
足早に家路へと向かった
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