「立て!おだんごっ
そんなんで勝てると思っているのか!!」

「あーん;
もう立てないよう・・・勘弁してーっ」

 星野がバットを向けて怒鳴る
 こっちのへばった様子なんて気にもしてくれない


 明日はいよいよ学校の球技大会
 あたしと星野はソフトボールのチーム

 ボールもろくに取れないとバレてから
 ほとんど毎日星野からの特訓を受けさせられて
 体はもう生傷だらけだよ;

 今日は遅くまで残って最後の練習をしていた


「女の子の体にこんなに傷つけてさっ
いいと思ってんの!」


「おまえ、悔しくないのかっ
オレに相応しくない馬鹿女って言われたんだぞっ」

「失礼ねっ
あの人は馬鹿とまでは言ってなかったわよっ」

「その元気があれば充分だ!
どんどん行くぜっ」

「やーめーてー;」

 どうしてこんな事になっちゃったんだろ・・・
 園子先輩があんな事言わなければ平和だった気がするよ


 きっかけは星野と練習をしている時の
 こんなやりとりからだった







『おーほほほっ
その程度の実力で
星野様と優勝を目指そうなんて、
ちゃんちゃら可笑しいですわ!』

『・・・誰?あの人』


『スリーライツ親衛隊長の伊集院園子か

おい、
おまえ達今はプライベートだぞ』

『出すぎた真似とは重々承知しております
ですがわたくし達には許せないのです
ちょろちょろうるさい、その女が
わたくし達も星野様に素敵な恋人が出来るのなら
喜んで見守りましょう
しかし、よりによってそんなサル女をっ』

『サル女・・・

ってあたしですかいっ
うっきーー!!』


『・・・どうすれば気が済むんだ?』

『正々堂々と
試合で決めるというのはいかがですか?

今後の球技大会
わたくし達が優勝したらその女とは縁を切ってください』

『・・・オレ達が優勝したら?』

『その時は、
お二人の交際を認めましょう』


『いいだろう、
その勝負・・・買った!!』

『勝手に決めるなーっ』











「あー
やっと練習終わった・・・
もう動けないよ;」

 ベンチに倒れこんでいたら
 星野が自販機でジュースを買ってきてくれた


「ほら、お疲れさん」

「ありがと

いよいよ明日かあ・・・
なんかあっという間だったね」

「楽しかったな、二人で練習できてさ」

「好きでやってた訳じゃないわよっ
もう当分ボールとバットは見たくないよ;

でもさ、
どうしてあんな事言ったの?」

「あんな事って?」

「・・・交際を認めるとか認めないとか?
そんな勝負に簡単に乗っちゃってさあ」


「おまえ、
あのまま二人は引き裂かれて良かったって言うのかよ
オレ達の仲はその程度だったのか?」

「どんな仲だって言うのよっ」

「おだんご、まさかオレと別れたいのか?」

「別に付き合ってないっしょ!!」



「オレは、・・・嫌だぞ、
おまえと縁を切るなんて」

「星野・・・

でも相手が悪いよ
園子さん、十番高校ソフトボール部主将なんでしょ?」

「だからってやる前から観念するのか?
・・・それでいいのかよ」

「それはそうだけど・・」



「言っとくけど
オレ相当負けず嫌いだぞ」

「負けず嫌いかあ
あたしだって結構そうなのよ?

まあ
この際あんたとどうこうというのは置いといて」

「置いとくなよっ」

「こんなに一生懸命特訓したんだもん!
勝ちたいよね
明日は頑張ろう!!」

「その意気だ!
やってやろうぜっ」












 球技大会当日
 少し雲のある空の下試合が始まる


「球技大会も盛り上がって参りました
いよいよ大詰め!
ソフトボール大会の決勝戦です」

「ここまでコマを進めたのは
我らが1年1組と伊集院さん率いる3年2組であります!
果たして勝利の女神はどちらに微笑むのでしょうか」



「ねえ
どうして美奈子ちゃんとレイちゃんが実況をしているの?」

「さっき放送委員を蹴散らして
横取りしたみたいだよ;」


「星野選手絶好調です!
後続のバッターをピシャリと抑えます
スコアボードは0
対する伊集院選手
見事なピッチングで相手打線を寄せ付けませんっ」

「正に投手戦ですね」

「両者一歩も譲らず
0対0のままついに最終回っ!


・・・っと?
あれれ?雨です
雨が降って来ました」

「これは一時中断ですね」














「ごめんね、星野」

 グラウンドの様子を見ながら
 軒下で雨宿りをしていた


「何、謝ってるんだよ?」

「あんなに練習付き合ってもらったのに
あたしったらエラーばっかりして・・・」

「気にするなって
元気の無いおだんごなんてらしくないぞ!」


「そうよ、元気出しなさいよ」

「レイちゃん・・・」

「負けたくないんだろ?
精一杯やればいいじゃないか」

「何でも一生懸命なのが
うさぎちゃんのいい所じゃない」

「大事なのはどれだけ頑張ったかって事よ」


「みんな、・・・ありがとうっ
あたし頑張るよ!」



「ちびちびー」

「なあに?
あんたも応援してくれるの」


「しーしー」

「あーはいはい、トイレね;

ちょっと行ってくるわ」



「・・・・・・」

 こっちに軽く手を振って
 ちびちびを連れて校舎へ向かう
 その後姿を見えなくなるまで見送った


 おだんごがいなくなった途端
 急に辺りの気温が下がった気がする

 雨で体が冷えたのか?



「ねえ、星野君」

「ん?何」


「この勝負、勝ったらどうするの?」

「どうっ・・・て?」

「うさぎちゃんと付き合うとか付き合わないとか
そういう話になってるんでしょ?」


「それは・・・」

 どうなんだろうな
 こっちがどう思っていたって
 おだんごには本当に付き合う気なんて無いだろう

 だったら、オレはなんであんな約束をしたんだ・・・
 こんなに真剣になって何がしたい?

 いや、実際約束を守るかどうかなんて
 この際どうでもいい
 オレ自身何を望んでいるのかが分からない・・・


 おだんごと付き合いたいと思っているのか?
 それであんな事を・・・
 まさかそんな、

 でも・・・



「どうか、
気にしないであげてね」

「え?」

「うさぎちゃんも別に
わざと思わせぶりな態度を取っているわけじゃないんだよ」

「そうそう、
何も考えてないだけなんだからっ」

「ああ見えて悪気は全然ないの」

「あれで悪気があったら
一体どんな極悪人だかっ」

「まあまあ;
それがうさぎちゃんの良さなんだしさ」

「でも、
星野君を大切な友達だって思っているのは事実だから」




「あいつの良さって・・・何だ?」


「・・・・・・」

 オレの問いにほんの一瞬間が空くと
 4人が意志を疎通するように顔を見合わせて笑い合った


「何だろう、しいて言うなら
すぐに誰とも仲良くなれる所?」

「人を、どこまでも信じれる力かな」

「一人でいる子をほっておけない優しい所かしら」

「いっつもへらへらしてて能天気な所でしょっ
あれ見てると怒る気が失せてくるのよ!」


 それぞれ提示した点は違うのに
 みんな同じ事を言っている

 ここにいる全員
 知らぬ内にあいつに支えられているのか

 これが、彼女の魅力・・・



「おだんごって、すごいよな

どうしてあんなに
何事にも全力で立ち向かっていけるんだ?」

「それが、うさぎちゃんだから」

「どこまでも素直でピュアなのよね」

「なんだか見ているとこっちも頑張らなくちゃって
思わされちゃうんだ」

「基本単細胞なだけよ、うさぎはっ」


「初めて・・・だったんだ」

 あんなに輝く光と出会ったのは

 みんな彼女の輝きに惹かれているのか?
 オレもただ単にそれに惹かれているだけなのだろうか


 なら、何であの時
 ・・・廊下で会長と言い合いをした時
 オレはあんなにムキになってしまったんだ
 胸の奥から込み上げてくる熱い衝動を抑えきれなかった

 今回の事だってそうだ
 どうしてあんな勝負に乗ってしまったんだろう



 今のオレは、明らかに『星野光』だ
 戦士じゃないオレは何を望んでいる?

 おだんご・・・
 おまえはオレが隣にいる事を
 どう思っているんだ・・・













「ちびちびー
一人で出来る?」

「できるー」

 ちびちびがトイレの間
 外で雨の具合を確認する


「あーあ、止むかなあ、雨」





「止むわ」


「園子さん・・・」

 凛としたその声にハッとして振り返った


「最終回、わたくしに打順が回ってきている
星野様の球筋は見切りました

わたくし、貴方を狙い撃ちします
負けませんわよ」



「・・・取れないかも、しれない」

「・・・?」

 俯くあたしに園子さんがじっと視線を注ぎ続けている
 その圧迫感に耐えて言葉を続けた


「あたし、
せっかく練習付き合って貰っても全然だめなんです
どうしようもなくドジでおっちょこちょいで
今日だってみんなの足を引っ張ってばっかり・・・

でも、あたしも負けたくないんです、この試合
練習に付き合ってくれた星野の為にも
そして、自分自身の為にも

だから、負けません!!」


「その
勝ちたいという想いは何に対してですの?」

「え?」

「試合に勝ちたいと言う事?
それとも

星野様と別れたくないから
勝負に負けたくないと言う事かしら?」

「そっそれは・・・

もちろん、試合に勝ちたいって事ですよ!
あたし、ちゃんと彼氏いるのでっ」

「彼氏、ですって?」

 険しい顔つきがあたしを見下ろす
 弁解したつもりだったのに却って怒らせちゃったみたい


「前から聞きたかったのですが
貴方、
星野様の事をどう思っているんですの?」

「どうって?
クラスメイトで、お友達ですけど」


「お友達?」

「あ、ただの友達じゃありません
大事な友達・・・です
だから付き合うとかそういうのは全然・・」

「なら
どうしてこの勝負乗ったんですか」

「どうしてって・・・?」

「その気は無いのに
流されてやっているんですの?

そんな軽々しい想いで
星野様を惑わさないで頂きたいですわ!」

「そんなつもりじゃっ


・・・でも
そう、なんですかね・・・」

「月野・・さん?」


「あたし、
スリーライツのファンでもないごく普通の子なのに
星野と同じクラスだからよく一緒にいるし
それって確かに
親衛隊の皆さんから見たら面白くないかもしれません

あたし実は
彼の事、まだそんなに知らないんです
血液型とか、誕生日とか、好きな事とか
そういうのは何も・・・
最近までアイドルとしての星野を
ほとんど知らなかったくらいだもん
だからきっと
園子さんの方が何倍も星野の事知ってるし
考えてると思います」

「アイドルとしての彼を知らなかった?

・・では貴方は
どんな星野様を知っていたと言うのです」

「学校で毎日会う
クラスメイトとしての星野なら知っています
星野はいっつも
突然色んな事に誘って来て巻き込んで
あたしはそれで毎回散々な目に合わされてるのに
不思議と迷惑だと感じた事は無いんですよね
なんか憎めないって言うか
あいつの楽しそうな様子を見ていると
こんなのもいいかなってつい思っちゃったり

だから、今回のソフトボールの事だって
最初は星野が勝手にあたしをチームに引き込んで来て
ちょっと怒ってたのに・・・
熱心に特訓に付き合ってくれたりとか
今日の試合でも
あたしのエラーを必死でカバーしてくれたりとか
そんな姿を見ていたら
わたしだって頑張らなくちゃ!って
そんな気持ちにさせられたんです
だから、あたし負けたくないんです

・・・いえ、負けません!!」

 園子さんの瞳をじっと見据えてそう伝えた



「・・・あなたの決意は分かりました
月野さん

お互い、悔いの無い試合をしましょう
すべてはそれからよ」

「はい!」

 硬い握手をし合って笑顔で見つめ合う


「あたしそろそろ戻りますね
それじゃ、また後で」




「最後に一つ、いいですか?」

 後ろを向いて校舎に戻ろうとしたあたしの足を
 その言葉が止めた


「はい?・・・何ですか」

「もし
星野様が貴方を好きで告白されてきたら、

その時はどう答えるつもりですの?」


「・・・・・・
そんな日は来ないと思うけど
もし来たら・・・

その時はあたしの気持ちをしっかりと伝えます
何も誤魔化さず、ただ正直に自分の心を」



「そう、なのね
星野様がどうして貴方をこんなに構うのか
少し理解した気がします」

「はあ、そうですか?」

「では、
また後でお会いしましょう」

 よく分からない答えを残してそのまま去って行った

 立ち去る最後の
 ふふっと笑う彼女の顔が胸に残る











「ちびちびー?
おトイレ終わった?」

「おわった!」

「よし、
じゃあみんなの所、戻ろうか


・・・あれれ?」



「おや?・・・うさぎか」

「デマンドじゃないの
どしたのよ」

 廊下を曲がったすぐ先で
 向こうから歩いてきたデマンドと鉢合わせした


「おまえこそ
そんな所で何をしている
もう少し雨が落ち着いたら試合再開だぞ」

「ちょっとちびちびのトイレに付き合っててね
あなたこそ何してるのよ」

「校内の見回りだ
おまえのようなサボる者を見つけて注意する為にな」

「別にサボってなんかいないわよっ
それに、あなた体操着を着てないけど
もう出番は終わった?
デマンドはどれに出てたの?」


「球技大会は主に生徒会の方で運営しているものでな
忙しくて特には何も」

「ふーん、そっか・・」

 いつの間にか気付いたら
 壁にもたれ掛かって二人で話し込んでいた


「おまえはソフトボールだっただろう
1年1組は決勝まで勝ち進んだようだが
中々頑張っていたな」

「えーそう?
それほどでもあるけどさあ

えへへっ」

「勘違いするな、
頑張っていたのは他の連中だ
おまえはエラーの連続で
足を引っ張るばかりだったように見えたが
あれでよく決勝まで残れたな」

「すいませんねっドジで!
それにしても、・・・よく見てるじゃない
デマンド本当に忙しかったの?

見回りとか言っちゃって
実はこっそりサボってただけなんじゃない?」


「・・・さあな」

「なーによとぼけちゃってさ
ほらほらっ吐いちゃいなさいよっ」

「・・・サボっていたつもりは無い

おまえを、見に行っただけだ」


「え・・と

やっやーだもう!
そんな事言われたら
恥ずかしいじゃないのっ」

 照れる態度を誤魔化そうと
 デマンドの背中を強く叩く


「・・・っ・・ガサツにするな・・
おまえを見に行ったのは
色々と楽しむ為だ」

「・・・はい?」

「どんな面白い事を見せてくれるのか気になってな
おまえは本当に期待を裏切らない

ボールを顔面で受け止めたり
何も無い場所で盛大に転んだり
あまりに見事ですべての試合を魅入ってしまったではないか

わざと笑いを取ろうとしているのか?」

「それはどうも!
楽しんで貰えた様で何よりですよっ
ふーんだ!!」


「ろくに球も取れずにオロオロばかりしていたが
・・・本当に特訓したのか?」

「したんだから!」

「あれだけ身につかないヤツも珍しいな
おまえに勉強を教えるのは厄介な事だと分かってはいたが
スポーツの方も中々手強そうだ」

「デマンドにスポーツなんて
絶っっっ対習わないから安心してくださいよっ
いいのよ!チーム戦なんだから
みんなでカバーし合えばそれで

とにかく、あたしはもう決めたの
絶対優勝するんだって!!」


「・・・・・・」

 あたしの燃える瞳を
 冷ややかな視線がじっと見下ろしていた


「何よ、その目は
随分とそっけないのね」


「・・・なぜそんなにムキになっている?
たかが高校の球技大会だろう
賞品が出る訳でもないというのに」

「あー・・
・・・実はね、事情があってさ」

「事情?」

 そのまま彼にもいきさつを語る




「成程・・・
それは良い機会だ

全力で負けて来い
これで星野に付きまとわれる事も無くなるだろう」

「ひっどい応援の仕方ね!
別に付きまとわれてなんかないわよ」


「おまえ、・・・勝ちたいのか?」

「そりゃ頑張って特訓したんだから・・・
勝ちたいよ」

「勝ってどうする?
あいつと本当に付き合う気か」

「そんなわけないわよ
でも、
試合に負ける気で挑む人がどこにいるわけ?」


「・・・・・・」

 勝負になった経緯を聞き
 心の中で半ば呆れ果てていた


 やはりおまえは思慮が足りない

 全力で勝とうと試合に挑むおまえの姿
 それはヤツにどう映ると思っているのだろうか



「全く・・・
わたしはせいぜいおまえ達が負ける事を祈っているさ」

「あーはいはい
精一杯期待に応えないよう頑張りますよっ」




「ちびちびっ」

「・・・っ・・」

 うさぎの傍にずっとくっついていたあの少女が
 不意にこちらへ近寄って来る

 そのまま足に飛びついた


「・・・おにーちゃん?」


「何だ、こいつ・・・」

「あれー?なんか懐かれてるわね
ちびちびったら
お兄ちゃんがそんなに好き?」

「・・・すき?」


「何を言う・・・
そんなはずがないだろう」


「だっこ!だっこ!」

「すごく懐いてるじゃない
抱っこしてあげてよ?」

「・・・・・・」

 渋々寸足らずの体を抱き上げる
 小さな掌がわたしの頬を軽く叩いてきた


「ちーびっちーびっ」

「おいっ、やめろ・・・
このまま手を離すぞ」

「ちょっと!
子ども相手にムキにならないでよ
いいじゃないそれくらい」





「キャーーーッ!!」


「!?」

「何だあの悲鳴は・・・」


「あの声は・・・園子さん!!

・・・デマンド、
あたし、行って来るから」

 突然戦士の瞳に変わった彼女が
 声のした方へ駆け出す



「おいっ
・・・こいつをどうする」

「後でまた来るからっ
しばらくちびちびをお願い!」

「・・・っ・・」

 反論の暇も一切与えてくれず
 こちらは見送る事しか出来なかった

 あっという間にそれが見えなくなる



「相変わらず忙しい女だな・・・」

 四六時中どこにいても
 戦いが始まれば背中の翼で飛んで行ってしまう
 彼女に平穏な時は果たして訪れるのだろうか

 だが、戦いに向かっていく使命に燃えた後姿は
 どんな時のおまえより輝いていて魅力的だ



「ああなった彼女を抑える事など
誰にも不可能だな
力の限り戦って

そして再び、
わたしの元へ戻って来い」


「・・・ちびちび?」

 にこりと笑う無垢な笑顔に
 ついこちらも微笑を向けた


「君のお姉さんは、相変わらず強いな?」



「だいじょうぶ・・・」

「・・おまえ・・・?


・・・・おい!
待てっっ」

 一瞬の隙をつき
 わたしの腕をすり抜けて下へ降りると
 うさぎの後を追って外に走り去って行く

 止める余裕など無かった



「全く・・・知らんぞ」

 なぜだろうか
 こちらに向けられた満面の笑み

 その瞳にほんの一瞬懐かしさを感じた
 あの感覚は何だ?

 わたしは、彼女に昔会った事が・・・?


「ははっまさかな・・・
気のせいだろう」














「さあっ!雨も止み試合再開です
ついについにつーいにっっ
0対0の拮抗が破れました!!
我が1年1組星野選手のホームランで先制点が入ります」

「ですがっ
その裏ツーアウト!
逆転のピンチです」

「しかも迎えるバッターはこの人
伊集院選手!!

星野投手は抑える事が出来るのでしょうかっ」


「星野ーーっ
頑張って!!」

 その声にちらっと後ろを向く
 金色のしっぽが視界の端を一瞬横切るのを確認し
 そのまますぐ前を向きなおした



「・・・・・・」

 どうした、オレは・・・

 目の前の戦いに集中しないといけないのに
 さっきの二人の会話が頭の中を駆け巡って
 思考がまとまってくれない



 あれは、偶然だったんだ

 帰りの遅いおだんごを迎えに行こうとして
 彼女達の会話を聞いてしまったのは

 立ち聞きするつもりは全く無かった
 だけど、二人に釘付けになって
 その場から離れることが出来なかった



 大事な友達・・・か
 今まで何度もその言葉は彼女の口から聞かされてきた

 おだんご
 おまえはオレの事、どう思っているんだよ
 本当に友達って言葉で片付けられる程度の存在なのか?

 だったらどうしておまえはこんな必死に戦っているんだ
 オレと、離れたくないと思ってくれているんだろ?


 オレは、・・・嫌だぞ
 おまえと離れるなんて


「・・・くそっ

諦めるな、星野光!」

 おだんごにとって
 あの会話はどうと言う事はないんだと分かっているさ


 でも、
 それでも嬉しかったんだ

 まっすぐな瞳で『負けない』と親衛隊長に挑んでくれた
 あの姿がオレの心を奮い立たせる


 離れてたまるかっ
 だから、必ず勝つ!!



「てやあああああっっ」

 願いをこの一球に込めて思い切り投げた!!


「・・・!」

「星野ーーーーっ」




カーーーン!!



「あっ」

「!?」

 放物線を描いてボールが頭上を通り過ぎる
 その動きが段々とスローモーションになっていく




 ゆっくりと
 コマ送りのように過ぎていく時間が
 どれだけ歯がゆかった事だろう



 永遠より長い一瞬の中
 振り返ったその先には・・・






「おだんご!!」


「打ったーーー!
打球はぐんぐんライト方向へっ」

「うさぎーーっ」




「受け取れ!!」

 とっさに声が出た
 それはオレ自身の心の叫びだった

 頼む・・・
 オレの想いを、受け止めてくれ!!



「・・・っ・・!!」

 それに反応しておだんごが瞬時に走り出す





「届けーーっ!!」


 オレは
 いつからこんな風になってしまったんだろう


 最初からだ

 あいつに、
 おだんごに出会ってしまってからずっと・・・



 初めて空港ですれ違った瞬間
 わずかに目が合っただけなのに
 なぜか気になって忘れることが出来なかった

 それから偶然ロケ地で再会して
 転校したココで少しずつおまえの事を知っていって

 気がついた時にはその存在がオレのすぐ近くにいた


 最初は使命を果たす為に
 その輝きを利用できるのならばと
 そう思って近づいたはずだった
 だけどそれはただの言い訳だったのかもしれない


 この腕を精一杯伸ばしてもおまえには届かなくて
 声の限り叫んでも伝わらない

 それでも、何度でも何度でも
 あいつに何かを伝えようと必死になっているオレがいる



 おまえは、大事な友達だから

 そう思い込もうとしていたのは他の誰でもない
 オレだったんだ





「えーーーーい!」

 風に翻ってなびくしっぽが
 そのままボールに向かってジャンプした



「!?」

 派手な音を立てて体が地面に叩きつけられる





「・・・いたた;・・


・・・あっ!!」


「おだんご・・・」





「・・・った・・・

取ったよ!!」


 止まっていた時が動き出し
 周囲の雑音が一気に耳へ流れ込んできた

 大歓声がグラウンドを包み込む


「月野選手のファインプレーで
1年1組の優勝です!」

「やったー!!」



「見て!星野っっ
やったよ!!」

 得意げに
 キャッチしたボールをこっちへ見せ付けた

 嬉しそうに飛び跳ねる姿が
 まるで本当のうさぎのように可愛らしくて
 眺めていると顔が自然にほころんでくる



「全く
大したヤツだよ、おまえは」

 こっちに向けられた輝く笑顔
 それを捕まえたくて
 気がついたら彼女の元へ駆け出していた




 おだんご

 どこまでもオレを惹きつけて止まないその輝き

 慣れし故郷から使命を果たす為、
 銀河の果てにまで行き着いて
 そこで巡りあってしまったんだ

 おまえという光に


 会長に、自分の命を掛けてまで彼女を守れるかと
 そう投げかけられた時
 オレは頷く事ができなかった

 やっと分かった

 ・・・逃げていたんだ、オレは
 向き合わなければいけない事のすべてから


 オレ達には、使命があるからと
 そう決め込んでおだんごからも逃げようとしていた


 じゃあ、それが無かったら?
 オレはおだんごにすべてを掛けられるのか

 使命が無かったら・・・




 彼女に
 一生会うことも無かったじゃないか



 戦士だから巡り合えたんだ

 そうならば
 戦士としての使命は必ず全うしてみせる
 おまえの笑顔だって守ってみせる

 何事も諦めたらそこでおしまいだ
 それを彼女が教えてくれた


 だから、オレはもう逃げない!





「どうっ星野!
あたしだってやる時はやるんだからねっ」

「ああ!おまえよくやったよ

やっぱり、コーチが良かったんだろうな?
オレに感謝したければしていいぞ?」

「あたしの努力の成果でしょっ

でも、ありがとう!
星野のおかげでここまで頑張れたんだよ」


「おだんご、オレも・・・ありがとな
あんな勝負に巻き込んじゃったのに
よくここまでやってくれたよ」

「なーによ畏まっちゃって!
星野は大事な友達だもん
あたし、約束はちゃーんと守るんだからね?」


「友達友達って
・・・おまえの口癖だな、それ」

「何か、変?」

「まあいいや

まだ、
友達でもさ」

「??」

 不思議そうにオレを見上げる瞳

 本当に分かってないのか?
 全く、・・・困ったやつだな



 でも
 そんなおまえが、好きだ
 大好きだ!


 気づかされたんだ

 戦士としてのオレは
 一際強烈に目立つおまえの星の輝きに惹かれている
 それは事実だ

 でも、それだけじゃなかった


 オレは、星野光として
 一人の男としておだんごが好きなんだ

 ちょっとからかうと見せる怒った顔も、拗ねた所も
 色々な表情を持っているおまえのすべてが



 ・・・振り向いてくれなくてもいい
 例え、この気持ちがおまえに一生伝わらなくても
 オレはその笑顔を守れるだけでいいんだ

 おだんごが、自分らしくある事
 その為なら何でも出来る

 おまえから元気を分けて貰えれば
 オレはどこまでも強くなれる




「なあ、おだんご」

「なあに?どしたの」


「オレの、血液型はA型
誕生日は7月30日だ

好きな事は・・・人を驚かす事かな?」

「は?何よいきなり」

「オレの公式プロフィール
しっかり覚えておけよ?

ここからが、オレ達の始まりなんだから」

「んんん?どういう事?
全然意味分かんないよっ」


 そう、星野光とおだんごのスタートはこれからなんだ

 他の誰もオレ達の間には関係ない
 オレとおまえ、二人でどこまでも走って行こう!




「おだんご!!」

「はっはい!」


「・・・走るぞっ
ついて来い!!」

「ええーっっ!
ちょっ・・ちょっと待ってよ
いきなりどうしたのっ」

「勝利の全力疾走だ!

ほらっ行くぞ」

「もうへとへとなのにまだ走るわけ?
あーん;」

 文句を言いつつもオレの後について走り出した


 グラウンドの端はすぐに辿り着くけれど
 二人のゴールはまだまだ見えそうにない




 だから、おだんご

 その時が来たらいつかきっと
 おまえの本当の気持ちをオレに聞かせてくれよ
 いつまでも、ここで待っててやるから



「早く来いよっ
のんびりしてると日が暮れちまうぞ!」