「おっはよー!」
おだんごの元気な挨拶と共にまた今日が始まる
「よっ・・おだんご」
「あっ星野
おはようっ」
清々しい笑顔だ
複雑なオレの心境なんて分かりもしないんだろうな
「・・はは」
「どしたの?元気ないじゃん」
「おまえはいいな、平和で」
「何よう
平和じゃないみたいに言っちゃってさ
変なヤツ
あ、
そうそうっ昨日見たよ」
「見たって何を?」
「テレビだってば!
付けたら丁度スリーライツが歌っていた所でさー」
「何だよやっとかよっ
おまえ
そんなに流行に乗り遅れてて大丈夫なのか?」
「はあ?
あんたに興味ないだけでどうして流行遅れなのよ
失礼しちゃうわ!」
「で、・・・どうだった?
オレ達の歌は」
「うーん、そうねえ
かっこつけていて中々アイドルぽかったかも」
「だから、
アイドルぽいじゃなくてアイドルなんだって!
おだんご、遅すぎるぞ?
今頃オレの魅力に気づいたなんてさ」
「あのねっ
何気なく見ただけなのに
気安くファン扱いしないでよっ
ふーんだ!」
怒った顔をして
自分の机に鞄をドン、と置いた
「あれ?
おい、おだんご」
「どしたのよ?」
「アレがないぞ」
「アレ・・・って?」
「アレだよ!
デートの最後にあげただろ
ゲーセンで取ったピンクのくまのぬいぐるみのブローチ
おだんご、いつも鞄につけてたじゃん」
「えっ嘘
・・・ホントだっ
あっちゃー・・取れちゃったんだあ」
鞄の脇に
キーホルダーの金具だけが寂しそうに揺れている
「あーあ、一体どこに落としたんだよ
せっかく取ってやったのにさ」
「まあー仕方ないわね
くまちゃんたら、家出しちゃったのかな?」
「何だよそれ
おまえがいじめるから
嫌になって逃げ出したんだな」
「そんな事無いもんっ」
「全く、
・・ちゃんと大事にしろよ」
「そんなにむくれないでよ
探しておけばいいんでしょっ
いちいち細かい所につっこんで
結構目ざといのね、星野って」
「それは、・・・大事な物だろ」
オレとおまえにとってすごく大事な・・
それをしっかりと握って
はぐれたオレを心配そうに公園のベンチに座って待っていた
おまえのあの顔が忘れられない
ただのブローチがその瞬間
オレの中で特別な何かに変わったんだ
おだんごはそんな風に思ってくれてなかったのだろうか
「薄情なヤツ・・・」
「は?何か言った??」
「別に?
なあ、おだんご」
「ん?何?」
「前から聞きたかったんだけどさ
おまえと、
・・会長ってどういう関係?」
思い切って聞いたオレの疑問に
戸惑いの表情がふっと垣間見える
「・・・いきなり何?
どうしてここで会長の名前が出てくるわけ」
「いや、深い意味は無いけどさ
なんか最近よく二人でいるみたいじゃん?」
「そっ・・そんな事無いわよっ
やーね、星野ったら
変な事言わないでっ」
「何慌ててるんだよ、却って怪しいぞ
もしかして
高校に入る前から知っている仲だったり?」
「ちっ違う違う!
そんなんじゃ全然ないってばっ」
「・・・そっか」
完全否定をする態度に
それ以上は突っ込んで聞けなかった
だけど、本当にそうなのか?
おだんごの言う事が本当だとしたら
あいつの昔からおだんごをよく知っているような口ぶりは
何だったんだろう
ただの見栄には聞こえなかった
キンコーン
「うさぎちゃーん!!
昼ご飯
・・・ってあれ?」
「どうしたんだい?美奈子ちゃん」
「うさぎちゃんたら、
またいなくなっちゃったみたい」
「本当だ、
最近昼休みになるとすぐに消えちゃうな」
「どこ行っちゃったんだろ・・・」
「図書館でも行ったのかな?」
「うさぎちゃんがご飯も食べないで図書館で勉強?
一人で??
なーんかイメージ湧かな過ぎるわねそれって」
「試験前だからなのか
近頃よく勉強しているみたいだけどさ」
「でも、
亜美ちゃんの所にはさっぱり行ってないみたいよ?」
「うーん、どうしちゃったんだろ・・・」
「放課後も
この頃誘っても全然付き合ってくれないし
何だかちょっと変よね」
「・・・・・」
どこに行ったかって?
・・・決まってるだろ
やっぱり、あいつの所へ行くのか
弄ばれているだけだってどうして分からないんだよ
それで本当にいいのか?
・・・やっぱり、ほっておけない
見つけ出して何とかしないと
決意を固めて教室を出る
どこにいるんだ、おだんご
頼むから出てきてくれよ・・・
「うーん、よく分かんないよ
もう一回教えて?」
軽く昼食を済ませた後
いつもの二人の空間でうさぎに勉強を教えてやっていた
「そこは昨日教えただろう
何度同じ事を説明すれば覚える?」
「だって・・・忘れちゃうんだもん
デマンドみたいに一回じゃ覚えられないのっ」
「ここも、そこも、
教えたばかりなのにか?
昨日の今日ですべて忘れていたら何も進まんだろうが
おまえは鶏か」
「そこまで言わなくてもいいじゃん・・・
やだもう!
そんなため息ついて呆れないでっ
なんでデマンドがへこむのよ」
「労力を無にされれば誰でも落ち込むわ・・・」
「だってさあ
午前もずーっと授業で疲れちゃったんだもん!
昼休みくらい頭を休めたいよ
続きは今日の放課後さ
またデマンドのマンションで
ココア、飲みながらやろう?」
「・・・そしてまた1時間で飽きてやめる気か
もう知らん」
「そんなあっ見捨てないでよ!
・・・いいもん、
どうせ教科書ほとんどそっちに置いて来たんだからさ
行っちゃうんだもんね」
「そういえば、うさぎ」
「ん?何?」
「今日うちに寄った時に渡せば良いとも思ったのだが・・・
これは、
おまえの忘れ物だろう?」
家から持ってきたそれを
彼女の手の上に乗せてやる
「あっ
・・・くまのブローチ!!
これ、どこに?」
「ソファの下に落ちていた」
「これ探してたのよっ
ありがとう!!デマンド」
「そうか・・・」
気まぐれで返した物に
予想以上の反応をされてしまった
「もうっ
どこに家出したのかと思ったら
そこにお邪魔してたのね」
「・・・家出だと?」
「あー、家出じゃなくて、
・・・無断外泊?
あははっ」
「何が無断外泊だ
たかがぬいぐるみごときに・・・」
「だって、大事な物なんだもん
ふふっ
おかえりー!くまちゃん」
「・・・・・・」
ぬいぐるみへ無邪気に話かける様子が
あまりにくだらなくて少しの間無言で眺めていた
「あー
良かった!見つかって」
「相変わらず子どもぽいのを大事にしているな」
「何か文句あるわけ?」
「それは
そんなに大事な物なのか?」
「え、まあうん
そうかも・・・
友達から貰った物だから
無くしちゃうとちょっと、ね」
・・・友達だと?
その一言で誰の事かピンと来る
「ほう、・・・成程」
「どしたの?」
「いや
その友達とは、星野の事だろう?」
「・・・デマンドって、すごい!
どうして分かるのっ」
隠す様子も見せず即答した
「おまえの事など何でもお見通しだ」
「相変わらず鋭い人ね
この前さ
一緒に遊びに行った時ゲーセンで取ってもらったんだ」
「友達、か
ははっ
うさぎ、その言葉
彼に聞かせてやれば良い」
「ん?
友達だって・・・星野に言うって事?」
「そうだ
きっと彼はアイドル生活に追われ続けて
今までろくに友達もいなかったのだろう?
そう言ってやれば喜ぶぞ」
「えーでも
星野と友達なのは分かりきってる事なのに
今更言う事かなあ・・」
「伝わっているだろうと自分では思っていても
意外と相手は分かっていない場合がある
人は時に
きちんと言葉に出してやらないと
気がつかない事もあるのだよ」
「はあ、そうですか」
「だから言ってやれ
大切な『友達』だと」
作為的な笑みをうさぎに見せ付ける
それに屈託のない笑顔が返ってきた
「そっかあ、・・・そうだよね!
口に出して言わないと伝わらないって
本当にそうだね
デマンドもたまにはいい事言うじゃん?」
「たまにはとは何だ、失礼な」
そして、良い事だと?
果たして彼にとって本当にそうかな
「えへへっ
なんか改めて言うのって照れくさいけど
星野に言ってあげるよ!
大事な友達だよ、って」
「そうか、頑張れよ」
「うん!」
人の好意の裏側を全く疑わない
この素直さには感心する
楽しみだな
その言葉をかけられた時の
あいつの顔を直に見られないのが残念な位だ
彼女の残酷な無邪気さに
せいぜい打ちひしがれるが良いわ
「くくっ」
「どうしたのよ
何か面白い事でもあった?」
「いや、
おまえの前向きな思考にはいつも頭が下がる
人の事を疑わず信じきって
よく今まで騙されなかったな
いや、騙されても気がつかないだけなのか」
「何それ・・
呆れてるのか褒めてるのか分かんない言い方してさっ」
「そう膨れるな
褒めているのだから
おまえはいとも簡単に成し遂げてしまうが
人を信じる事は簡単なようで難しい」
「えーそれって
そんなに難しい事?」
「裏切られれば己が傷つかないように心も閉ざす
そうやって人は少しずつ懲りて行くものだ」
「それってさ
デマンドは、誰かに裏切られた事があるって事?」
何だ、その返しは
愚問過ぎて答える気も失せる
「・・・おまえは、
誰かに裏切られた事は無いのか?」
「あるよ・・・けどさ、
それでも、あたしは人を信じたい
こっちが信じていなければ向こうだって心は開いてくれないよ」
「世の中の者全員が
おまえのようなお人好しだと平和だろうな」
「でも、心の奥まで悪い人っていないと思うの
今まで色んな敵と戦ってきたけど
本当に悪い人なんて誰もいなかったよ
デマンド、貴方も・・・」
「・・・ならば、
なぜ我々は戦ったのだろうな」
「きっと、少しの行き違いがあっただけだよ
話し合えばきっと分かり合えたはず
あたしはそう信じてる
だから今こうして
デマンドと色々な話が出来てすごく嬉しいんだよ?」
「本当に、どこまでも強い女だ
人を信じる心
それがおまえの力となり糧となっているのか」
諸刃の剣だな・・・
この強い信念の支えがなくなってしまった時
彼女は果たしてまだ立ち向かって行く事ができるのだろうか
「何度傷ついてもへこたれない
恐るべき回復力だな」
「あのねえ
能天気そうに見えて
あたしだっていっぱい悩んだりするんだから!
逃げ出したいって思う時だっていっぱいあったのよ
心が張り裂けそうな位辛い戦いをして
それで
一時期セーラー戦士に変身出来なくなった事だって・・・
でも、逃げてばかりじゃ先には進めない
だから悩むの
どうしたらみんなが幸せに、
笑い合えようになるのかなって
そうするとね
自然と足が前に出るんだ」
「・・・・・」
彼女の意見は非現実的過ぎて理解し難い
夢物語ばかり並べられても共感出来ないと
なぜ分からないのだろうか
「・・・すべての者が笑い合える世界など、無い
理想と現実は埋められない溝がある
おかしな事を言うな」
「そんなにおかしい事言ってる?あたし・・・」
「少なくともわたしの価値観とは合わない
すべての者がおまえと同じ考えだとは思わない事だな
わたしは万人の笑顔など欲しくは無い
おまえが笑っていればそれで良い
その為ならば例え何百人が悲しもうが
胸など痛まないな」
「デマンド、
・・・何がそんなに怖いの?」
怖い・・・だと?
唐突に掛けられた言葉に
少し驚いた
「わたしが
何かに恐れていると言うのか?」
「うん
傷つくのが怖くて
わざと人との接触を避けて
孤立しようとしてる風に見えるよ」
「・・・・・」
「どうしてそんなに人を怖がるの?
寂しい事ばっか考えて立ち止まっていたって
何も変わんないし辛いだけなのに」
「わたしは、何も恐れてなどいない
人と馴れ合うのが嫌いなだけだ
だから、おまえの仲間達と触れ合わせようとか
星野と仲良くさせようとか
そういうありがた迷惑な押し付け好意はやめて貰おうか」
「押し付けだなんて・・・
あたしは、あなたに色々な世界を見せてあげたいの
光の溢れる、希望に満ちた世界を
あなたがみんなに心を開きさえすれば
きっと世界は広がると思うよ?」
その考えが価値観の押し付けだと
どう言ったら分かるのだ・・・
「すべての者が笑い合える世界が本当にあるのだとしたら
例えば、恋の戦いはどうなのだ
勝者と敗者が必ず出るだろう
敗北者の笑顔はどうすれば引き出せると思う」
「・・・新しい恋をすればいいと思うよ?」
「どこまでもポジティブな発想をするのだな・・
その者にとって届かぬ人が唯一の存在だったらどうする」
「まだ気づいてないだけだよ
その人にもきっと運命の人がいるはず」
「運命など・・・己の力でいくらでも変えられる
所詮負けた方が弱かったというだけの話だ
わたしは、敗者になる気は毛頭無い
だからうさぎ
すべての者が笑い合えれば良いと
本当に望んでいるのならば
まずは目の前のわたしの願いを叶えてみろ」
「・・・っ・・
ごめん、今はまだあたし・・・」
言い辛そうに言葉を濁して下を向く
予想通りの反応だな
「そうだろう?
これで分かったか
おまえは、すぐ傍のわたしだけですら満足させられない
何事にも限界というものがある
出来もしない事を軽々しくほざくな
おこがましい」
「・・・・・」
反論していた口がやっと止まった
ここまで攻められればさすがに何も言えなくなるだろうな
彼女は挫折という言葉を覚えた方が良い
すべてが思い通りに動く世の中である筈が無いと
誰かが気づかせるべきだろう
「分かってるよ・・・」
しばしの沈黙の後
小さな声がこちらに届く
「今のあたしの力では
まだまだ届かない事だってたくさんあるって
だから、あたしはもっと強くなりたいの
もう誰も、独りにしない力が欲しい
それって欲張りなの?」
「うさぎ・・・」
何て奴だ
おまえは、これ以上強くなりたいと願うのか
諦めの悪い女だと言うのは知っていたが
まさかここまでとは・・・
どこまでも己の可能性を信じているから言えるのだろうが
その強靭な信念には恐れ入る
「デマンド、
今のあたしには
あなたに・・出来る事は何も無いの?」
「・・・・・」
こちらを見上げる眼差しには
いつもと変わらぬ真っ直ぐな意志が戻っていた
「あたしは、やっと再会できたあなたに
もっと温かい光を感じて欲しいの
あたしが傍にいるだけじゃ、役不足かもしれないけど・・・」
「ならば、
・・キスをしてくれないか
おまえに今出来る事はその位しか無いわ」
「えっ・・・あの」
こちらの唐突な要望に面食らった顔をする
「どんな温かい光よりも
わたしはおまえが欲しいのだ
その瞳も、体も
おまえのすべてをすぐにでも手に入れたい
それが叶わないのならこの唇だけでも欲しい」
「・・・っ・・」
「うさぎ
おまえの願いも信念も理解はする
だが、わたしはそれでも容易く他人に心を開くことは出来ない
それこそ、今まで散々見せられてきたのでな
人間の心の闇も、裏側も」
彼女の手を引き寄せて自分の胸に当てがった
「いくらおまえが努力しようと
ここには何人たりとも侵入はさせない
おまえと再び巡り合う為だけに転生してきたと
前に言っただろう
わたしの世界にはおまえしかいらないのだ
他の事は何をしても無駄だと、早く気付け」
「・・・デマンドが今までどういう世界を見てきたのか
どうしてそんなに頑なに他人を拒むのか
理解はするわ
それでも、あたしは諦めないよ」
勝気の瞳がこちらに微笑を向ける
「馬鹿な奴だな・・・
わたしを闇から引きずり出すより
おまえ一人が捕らえられる方がずっと楽だと言うのに」
「あーら?
あたしが懲りない性格だって
まだ分かんないの?
絶対にあなたを
光でいっぱいの世界に引き込んであげるんだからねっ」
「全く・・・呆れた根性だ
その粘り強さには脱帽する」
「ふふーんだ
今に見てなさいよ?」
「好きにしろ・・・
気が済むまで頑張れば良い
まあ、わたしも相当しぶといがな」
相手からの挑戦状を受け取ると
その勝負に堂々と挑む意思を伝えた
「あーそうそう、
今度みんなでみちるさんのコンサート行くんだけど
デマンドも・・・」
「そんなものに興味は無い」
「ねえねえ、
試験が終わったらどこか遊びに行かない?」
「おまえと愉快な仲間達の子守ならば遠慮する」
「・・・もうっ」
「フッ・・魂胆が見え見え過ぎるわ」
あからさまなやり口に
口元が緩む
「ねえ、・・・デマンド」
「まだ何かあるのか?」
「目、閉じてよ
キス・・・
して欲しいんでしょ?」
「・・・・・」
「なっ何よ!
別にあたしはいいのよ、しなくたって
あたしに出来るのはそれくらいだって
あなたが言うから・・・」
「うさぎ、
・・・これで良いか?」
その言葉に従い視界を閉ざした
「・・・うん」
少し躊躇いがちに華奢な両腕が首元へ絡みつく
そのまま柔らかい温もりがわたしを包み込んだ
「・・・ん・・」
「・・・・・・」
わたしを惑わす甘美な誘惑が
心の中にゆっくりと侵食してくる
不思議だ
彼女と触れ合っているこの瞬間だけ
深い闇から抜け出したような気にさせられてしまう
なぜこれ程までに惹かれてしまうのだろうか
こうしていると温かい何かが絶えず内から溢れ出てくる
生温い空気に浸りきって
そこから抜け出せなくなってしまいそうだ・・・
「はあ・・・」
離れた唇から漏れるため息が頬にかかる
「・・・おい、うさぎ」
「なあに?」
「おまえの気持ちの整理がつくまで
しばらくの間待つとは言ってあるが
あまりじらすとまたどこかへ連れ去るぞ?」
「・・ふーんだ
出来るもんならやってみなさいよっ
あたしを閉じ込めておくことなんて
誰にも出来ないんだからね?」
「そうか?
ならば試しにこのまま監禁してやろうか」
「ちょっと、・・・止めてよね
デマンドが言うと冗談に聞こえないんだからっ」
「・・・ははっ」
「もうっ
・・ふふふっ」
向けられる笑顔につられ
顔を見合わせて互いに笑い合った
「それにしても
おまえのキスはまだまだ幼いな」
「して欲しいとか言っといてそういう文句言うわけ?
失礼しちゃうわねっ
もうしてあげないわよ!」
「大丈夫だ、何事も実践と反復でどうにかなる
顔を貸せ
今度はわたしがしてやろう」
「あんまり調子に乗らないのっ」
「遠慮するな」
「してないってば!
やだっ
変な所触るんじゃないわよっ
そういう事するなら離れて!」
必死に剥がれようとする態度に
渋々両腕を開放してやる
「冗談も通じないとは
つまらん奴だ」
「デマンドがする事は冗談に見えないんだってば
・・・もうっ」
そう言い放つと
こちらに背中を向けて座り込んでしまった
「おい、こちらを向け
もう何もしないから」
「・・・何も聞こえません」
「ふっ・・・」
こういう拗ねた風がたまらなく可愛らしく見えてしまうと
分かっているのか、こいつは
しばらくじっと
ふて腐れた背中を眺めていた
何気なくその視線を指先に落とす
左手の薬指に
キラリと輝く例の存在を確認してしまった
こいつめ・・・
あれほどわたしといる時は外せと言っておいたのに
油断していると本当に奪い取るぞ?
・・・まあ良い
今だけは見ぬ振りをしておいてやろう
「・・・・・・」
この存在を目にする度
彼女が想っているのはまだあの男なのだと思い知らされる
それでも、
わたしのマンションに来る時は必ず外して来る
そうわたしと約束をしたからとは言え
それに従ってまで会いに来るのだ
星野は、・・・哀れな男だな
焦がれる相手から友達だと言い放たれ
わたしと同じ土俵の上にすら乗せて貰えない
彼女の鈍感さは
時にどんな計画的な策略よりもむごたらしい
何も考えていないからこそ素直な本音が漏れる
うさぎ、
そうしておまえも知らずに人を傷つけているのだぞ?
それに気づいた時
彼女は一体どう動くだろうか
誰もが笑い合える世界を信じきっている無垢な瞳が
如何に変わるかは多少興味がある
いや
おそらくそうなったとしても
彼女は自分の信念を曲げないだろう
そうであろうと信じたい
その、どこまでも真っ直ぐでひたむきな眼差しが
わたしの切望する物なのだから
欲しいものはこの手で必ず掴み取る
運命などと言う不確かな物を信じている小娘に
力で奪い取る愛もあるのだと教えてやろう
目の前の、
無防備な背中を晒す獲物に
音を立てずジリジリとにじり寄った
すぐ背後まで近づいても気付きもしない
そうして知らぬ間におまえはこの手に堕ちる
自由に飛びまわれるのも今のうちだ
せいぜいほんのひと時の開放感に羽を伸ばしているが良い
「うさぎ、」
「わっ
・・・びっくりした!
いつの間に後ろへ近づいてたのよ」
「いつの間だろうな?
おまえは隙だらけで困る
そんな調子ではいつ誰にさらわれるか
気が気ではなくなるだろうが」
「安心してください
本当に連れ去ろうなんて事
どこかの誰かさん一人しか企みませんから」
「ふっ・・・
己の魅力に気付いていないのは本人だけだ
鈍感過ぎると痛い目を見るぞ」
「もう少し注意深くなれって言うんでしょ?
分かってるわよっ」
「いや、
鈍感な所はおまえの問題点だが
一生気がつかなくて良い事もある
だから、おまえはそのままでいれば良い」
「はい?
何それ、どういうこと?
このままでいていいの?悪いの?」
「さあ、どちらかな?」
「もうっ意味分かんないよ!」
「ははっ」
あどけなく膨れる様子を見ていると
こちらも自然と笑みが漏れて来る
彼女の前ではわたしですら油断してしまいそうだ
本当に侮れない奴だな
「もうすぐ予鈴が鳴るね
そろそろ教室に戻ろっか」
「もうそんな時間か・・・つまらんな
いっそ午後の授業をさぼって
ずっとここで愛し合っていようか?」
「・・・生徒会長がそんなこと言っていいの?」
「おまえが望むのなら
校則でも何でも変えてやる
言ってみろ、何が望みだ?」
「結構です!何もしなくていいからっ
そんなに攻めてこないでよ!!」
「何だ、こうして欲しいのか
意地を張るな」
「ちーがーうってばあっ
あんもうっ
誰か助けてーっ」
「おだんごーっ
どこだー?おだんごーー
・・・あいつ、本当にどこ行ったんだよ」
いや、『あいつら』か
二人して毎日どこで密会しているんだ
その場所を突き止めて彼女を止めてやらないと
おだんご・・・分かっているのか?
このままだと傷つくのはおまえなんだぞ
当ても無くうろうろと廊下を探していたら
曲がり角から標的が姿を現した
「!!」
あいつめ・・・やっと見つけたぞ
だけど、予想と違う
てっきりおだんごと二人で来るとばかり思っていたのに
目の前のヤツは一人で歩いて来た
一緒じゃなかったのか
もしかして、オレの取り越し苦労だった?
そのままゆっくりとした足取りで
そいつがこっちへ向かって来る
「・・・・・・」
オレに気付いたのか
その口元が軽く緩んだような気がした
悠然と見下ろす眼差しをキッと睨む
警戒するこっちの様子になんか目もくれず
ぶつかるスレスレの肩がスッと横切った
また無視して通り過ぎる気かよ・・・
そう思っていたら足音が真後ろでピタッと止まる
「家出したくまは無事に帰してやったぞ」
「・・・っ!?」
声を掛けてきた事に驚き
肝心の内容が一瞬頭に入ってこなかった
・・・落ち着け、
今、
あいつ何か気になる単語を言わなかったか?
止まった思考を瞬時にフル回転させて思い出す
「くまって・・・まさか、
おだんごが無くしたブローチの?
どうしてあんたがっっ」
「昨日の来客の忘れ物だ
それを持ち主に返した
ただそれだけの話だが・・どうかしたか?」
こいつ、すべて分かってて言ってやがる
余裕の態度でオレをからかっているのか
「そうですか、それはどうも
もう迷惑掛けないようにあいつに言っときますよ
危険な場所には近寄るな、ってね」
「そうだな、わたしも伝えておこう
羊の皮を被った狼には気をつけろ、とな」
「なっ!
おい待てよっ」
「・・・次はもう少し気の利いた贈り物をするのだな
あんな子どもじみた物を渡しているようでは
ライバルにすらならんわ」
「くっ・・・」
心の底から悔しさが込み上げてくるのに言い返せない
せせら笑いを残しそいつは去っていった
「何なんだよ、あいつ・・・
くそっ」
「せ・い・や!」
「・・・!?
おだんごっっ」
いきなり声を掛けられて心臓がドキッとなる
「どしたのよ、
こんな所に突っ立ってさ」
「おまえこそっ
・・・どこに行ってたんだよ」
「ちょーっとね
・・・図書館?」
何がちょっとだ
今まで誰と会っていたのか
知ってるんだぞ?
「ふっふーん!
ちょっと星野、見てよっ」
自慢げに
左の胸につけた例の物を見せ付けられた
「ちゃーんと見つけたわよ?
これで文句ないでしょ!」
・・・知ってるさ
つい今しがたまで
拾い主に散々嫌味を言われていたんだからな
「良かったな、・・・見つかって」
どこで落とした?
なんて聞いてやろうと思ったけど
あまりにいじわるな気がしたからやめておいた
「もう授業始まるね
早く教室行こうよ」
そう言うと
黄色いしっぽが翻り目の前を通り過ぎる
「待てよ」
腕を掴んでその動きを止めた
「どしたの?」
「おまえに
・・・言いたいことがあるんだ」
「あたしに?」
「ああ」
「今すぐ?」
「そうだ」
「・・・・・?」
きょとんとした眼差しが
オレの言葉を待っている
「あの、さ・・・」
・・・やめろ
あいつと、会長ともう会うな
ずっとオレの傍を離れるなよ
その言葉が喉まで出掛かっているのに
どうして言えないんだ
「おだんご・・・
オレっ」
「・・・あたしもだよ」
「えっ?」
「あたしも、
星野に言いたいことがあるの」
「オレに言いたい事・・・?
な、何だよ」
「うふふっ」
にこっと満面の笑みが向けられる
その笑顔を目の前にしたら
言いたい事が言えないもどかしさも何もかも
一瞬で吹き飛んでしまった
期待に胸が膨らんで
知らぬ間に顔がほころんでくる
「なんだか、
こうして改めて言うのって恥ずかしいな・・・」
頬を少し赤らめて下を向いた
「早く言えよ
・・・こっちが照れるだろ?」
「あのさ、」
「うん」
「星野っ
今までも、そしてこれからも
あたし達、ずっと良い友達だからね!」
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