ガラッ


 会議が終わったのか
 教室の中から人が次々と出ては散っていった

 少し間が空いて
 最後であろう二人が廊下に出ると扉に鍵をかける



「今日は少し急ぐのでな
鍵を頼む」

「はい、分かりました」

 女生徒と反対方向に足を向けたその男が
 こっちの方に少しずつ近づいて来た

 瞬間、オレの存在を認識し
 意識したような表情を見せたが
 すぐに前を向いて目の前を通り過ぎようとする

 相変わらず無視する気満々だな・・



 それを強気の声で呼び止めた



「こんにちは、生徒会長」

 ピタ、と
 その足が止まる




「おや、
誰かと思えばアイドルの星野光君か

こんな所でどうした」

「別に、・・ちょっと野暮用がありましてね」

 場の空気が
 ピンと張り詰めているのを肌で感じ取る

 相手を確認するとやけに涼しそうな顔で
 こっちを見下ろしているように見えた

 こいつ・・・
 オレの様子を察しろよ



「・・・昼休みの校内放送ジャックは
中々面白い余興だったな」

 どう話を切り出そうか考えていたら
 先に向こうが話題をふってきた


「それはどうも

一体、誰と聞いていたんだか」

「さてな」




「・・・あいつとですか?」

 名前は出さなくても分かるはずだ
 オレが言いたい事は・・・


 少しは動揺したっていいはずなのに
 そんな雰囲気を一切見せてこない

 眉一つ動かさず
 視線だけこっちを向いてオレの問いに答えた


「あいつとは、誰の事だ?」

「・・・っ!

白々しい
とぼけないで下さいよ」

「おまえは何が言いたい
言いがかりをつけたいだけなら失礼する
急いでいるのでな」






「おだんごに・・・

ちょっかいを出すな!!」

 後姿に声を張り上げる


 立ち去ろうとする足を留めるには
 それだけで充分だった




「・・・・・・」

 振り返った鋭い視線をキッと睨み返す


 前置きなんてこいつには必要なかった
 端的に用件だけで充分だ


「あいつと・・・
隠れて会っているのを知っているんですよ」




「・・・うさぎと会って何が悪い

そして、
それをなぜおまえに忠告されなければいけない?」

 カマをかけたつもりだったのに
 彼女と会っているとあっさり白状しやがった

 最初から隠す気もさらさら無いってか


「あのなあっ

あいつにはアメリカに・・・」
「彼女に、

本命がいる事は知っているが?」

「はあ?!」

 分かっていてあの態度かよ!
 何てヤツ・・・



「あんた、
そこまで知っていて何で・・・」

「彼女を置き去りにしていった奴の事など、とうでも良い
そんな薄情な男に気遣いなど無用だ」

「おだんごの彼氏に気を遣ってるんじゃない!

あいつを・・・惑わせるなっ」




「・・・そういうおまえはどうなのだ?」

「え?」

「なぜあいつを構う
こうしてご丁寧に
彼女に近づく男に警告までするとは」


「オレにとってあいつは・・・

大事な、友達だから」

「ははっ


・・・違うだろう?
友人にそこまでするものか」

 見下すような笑いをこっちに向けやがって・・・

 オレのすべてを把握して
 代弁でもしているつもりか?



「昼休みの校内放送
あれは、誰に向けたメッセージだ?」

「何?」

「うさぎから聞いた
彼女が
おまえの歌を聞いた事がないと言ったらあのような事をしたと

友人に捧げるにしては情熱的過ぎる内容だったようだが?」

「・・・っ・・」


「おまえ、人の事を言える立場か
アイドルに恋人発覚とは
スキャンダルだな」

「そっ
そんな関係じゃ・・!」
「知っている

おまえなど、
元より彼女の眼中に無いことはな」

「なっ・・!
何でそんな事あんたが分かるんだよっ」

「分かるさ
うさぎをよく見ていればその程度の事

彼氏のいる彼女を
奪おうとするわたしが罪人だと言うのならば

おまえも同罪だ
隙あらばと狙っているのだろう?うさぎを・・」

「違う・・・オレは・・っ」

「最も、わたしはおまえとは違う
こんな裏工作などせずに
欲しい物は己の実力で正面から堂々と奪い取る」

 絶えず強く迫ってくるその姿勢に
 引いたら負けと思いつつも気がつくと怯んでしまっている

 こんなんじゃだめだ!



 だけど、そうなのか?
 友人としてあいつの為に
 会長に忠告しているんだと思い込もうとしていたが
 もしかしてこいつと同じようにオレはおだんごを・・・



 いや、違う!


 彼女の気持ちを無視して
 自分の好き勝手に振舞うこいつとは違うんだ

 おだんご、オレは・・・



「オレはただ

あいつが悲しむ所を見たくないだけだ」

 そうだ、おまえは自分の事だけを考えて行動しているようだが
 オレはおだんごの事を第一に想って動いている

 同罪などと言わせるものか



「戯言を・・・
お姫様を守る王子様気取りか?

あいつはそういう女ではない」

「分かった風に言うな!
あんたに彼女の何が・・・」
「少なくとも、おまえよりは知っている
彼女は守られているだけの女ではない、昔からな
ああ見えて意外にしたたかで

そして、残酷な女だ」

 こいつ・・・
 この余裕と自信は一体どこから湧いて来るんだよ
 根拠なんて一切無いのにやたらと説得力がある

 だけどその堂々とした口ぶりを見ていると
 自分より彼女を知っているように感じてしまう

 悔しいが、こっちは迫力負けしている・・・



 そんな心中を見透かしたように嘲笑うと
 いきなり至近距離まで近づいてきて
 オレの顔を覗き込んだ


「・・・っ!」

「わたしと彼女との間には
誰にも侵す事の出来ない深い絆がある 
始めから
おまえには入り込む隙間など無い

諦めろ」

「おまえの忠告なんか誰がっ」

「わたしが、

・・・どれだけ長い間
あの女に巡り合うのを焦がれていたか
おまえには分かるまい」


 長い間だと?
 ・・・どういうことだ

 ただの、学校の先輩と後輩の関係じゃないのか
 もっとずっと前からあいつを知っていたと?



「おまえに
己の命を掛けてまで彼女を守り抜く
強い想いがあるというのか?」

「いきなり何だよっ
その問いは・・・」
「どうなのだ?」


 答えられない・・
 ここで簡単に頷いたらそれこそ軽く受け取られるだろう

 第一、オレには使命があるんだ
 例えそんな状況になったとしても
 勝手に命を投げ出す事はオレには許されていない




「・・・・・っ」

「ははっ所詮この程度か・・
上辺だけの誓いはすぐに崩れ去る

その程度の想いの輩に
軽々しく横から奪われてたまるか」


「おまえこそ・・・
こっちの事情を何も知らずによくもまあ好き放題言えるよな

言いたくても言えない事情があるんだよ!」

「貴様の事情などわたしにはどうでも良い話だ
そうやって、口先だけでは何とでも言える

重要なことは
彼女への想いを如何に具象化できるかだ」

「おまえはどうなんだよ!
口先だけでは何とでも言えるのは
そっちも同じじゃないか」




「わたしは

うさぎを、命を掛けて守りぬいた」

「はあ?」


「だからおまえなどわたしにとって何の脅威でも無い
足元にも及ばないのだからな」


 何言ってんだよこいつ・・・
 命を掛けたってどういう事だ
 もはや理解不能だ


 さっきからオレばかり熱くなってしまっている
 相手は冷静に淡々と語るばかりなのに

 落ち着け・・・
 これじゃあ向こうのペースにどんどん巻き込まれていくだけだ
 カッとした方の負けだぞ



 一呼吸置いて
 心を静めてから応戦した


「オレは、誰に何と言われようと
あいつが苦しむと分かっている事を見過ごすことは出来ない

そこに友達としての心配か
・・・そうでないかの違いは無い」



「まあ、良いだろう
百歩譲って
仮に彼女がわたしとおまえとの間で揺れているとしようか?」

「何だよ、それ・・・っ」

「例えそれでも
最終的に彼女の事は彼女自身が決めることだ

おまえを選ぼうと、わたしを選ぼうと
はたまた海の向こうの男を信じ続けようと
うさぎがそれで良いと言うのならわたしは構わないさ」

 相手の挑戦的な瞳は少しも変わらない
 その奥には自分は負けるはずがないと言う
 揺ぎ無い自信がみなぎっている

 どうしてこんなに強気でいられるんだ・・こいつは
 こっちが何を言っても
 負け惜しみを吐いてるようにしか伝わっていない



「・・・悪いが
今日は来客の相手をするのでな
くだらない事に時間をかけている暇はない

これ以上の会話は無意味だ
失礼する」

 スッと冷たい風がオレの横を通り過ぎる

 こっちが振り向いた時には
 ヤツはもう角を曲がろうとしていた


「・・・っ・・

おいっ!待てよっっ」

 オレの制止する声に一瞬向こうの動きが止まる


 そのまま捨て台詞を吐かれた



「おまえが誰よりも先に彼女と出会っていたとして

果たしてうさぎはおまえを選んでいたかな?」

「!?」

 不適な笑い声を残して
 その姿が廊下の端に消えて行く






「ちくしょう!!」

 ドン!と壁を強く叩いた
 骨に振動が伝わり、空気が一瞬震えて止まる


 最初から最後までヤツのペースに乗せられて
 何も出来なかった



「オレは・・・どこまでも役立たずだ

どうしようもないな、ははっ」

 自嘲の笑みが知らずに漏れる

 あんな事をしてしまって
 もしかしておせっかいだったか?
 彼女に知られたらどう思うだろう

 だけど、
 オレはおまえの助けになりたかっただけなんだ


 ・・おだんご
 おまえにしてやれる事は
 本当にオレには何も無いのか?

 誰か、教えてくれ・・・









「・・愚かなヤツだ」

 つい先程までの
 星野の必死な様相を思い出し
 独り失笑が漏れた


 余裕が無いヤツ程ああいう事をする

 うさぎ本人ではなく横恋慕の対象に警告するとは
 正面から行けば玉砕すると
 自分から負けを認めているような物だ



「もっと出会いが早ければ

・・だと?」

 あの歌があいつの真実の言葉なのだとしたら
 何と生温い

 想いに先着順などあるものか
 理由を付けて勝手に諦めているだけだ



「腑抜けめ」

 歌を通じて己の想いを伝えたつもりか?
 そんな程度ではあの鈍感な娘には何も伝わるものか

 現に、その時彼女は何をしていたと思う?
 わたしのぬくもりを受け入れて
 この腕の中で大人しく抱かれていた

 あの時のうさぎの
 とろけるようなまどろんだ顔を見せてやりたい



 彼女の悲しむ所を見たくないなどと
 言い訳ばかりほざきおって・・
 その為なら笑顔の隣にいるのは
 自分ではなくとも構わないと言うのか

 本気でああ考えているのならば呆れ返るわ
 相手を想うあまりに
 己の気持ちを蔑ろにしているヤツなどに
 このわたしが負けるわけが無いだろう
 ライバルにすらならん



 欲しいものは自分の力で手に入れる
 どんな事をしても
 わたしはそうやって生きて来た

 だが、うさぎは力尽くで
 手に入れられる女ではないという事に気づかされた

 ならば、わたしが無理にそうせずとも
 彼女自身の意志でこちらへ向かせれば良いだけの話だ


 策を変え業を変え
 ゆっくりと少しずつ追い詰めてやろう



 幸い時間はたっぷりとある

 海の向こうの男も、当分は帰ってこない
 心ゆくまで比べて迷うが良い


 そしていつか
 おまえを必ず再びわたしの手中に・・・