ピンポーン


 インターホンを一回押してドアの前でじっと待つ



 ・・・・反応がない

 痺れを切らしてしつこく押してみた



ピンポンピンポンピンポーン



 ・・・・・・・・・


「何よっ自分から家に来いって言ったくせに
留守だっての?!
最っっ低!
もう帰っちゃうんだからねっ

べーだ!!」




カチャ・・・


 見事なタイミングを見計らってドアが開く

 その奥で呆れた顔があたしを出迎えた



「・・・・・」


「・・・随分とご挨拶だな」

「来いって言うから来てあげたのよ
悪い?」

 あかんべを止めるタイミングを失ってそのまま答える



「まあ良い
入れ」

「・・・はいはい」


バタン


 外界との繋がりがドア一枚を隔てて断たれた
 ここから先は二人だけの空間

 学校で会ってる時はすぐ下の廊下を誰かが歩いていたりして
 絶えず人の気配を感じていられるけど・・
 ここに来ると他は誰もいないんだって実感させられる


 なんだか急に緊張してきちゃうよ




「早かったな」

「用事が早く終わったもんだから・・
デマンドは、お風呂でも入ってたの?」

 髪の先から滴る雫を首に掛けたタオルで受け止めている様子から
 直前までお風呂にでも入っていたんだと気がついた


「帰り道雨に降られてな
遅くなると聞いていたからシャワーを浴びていた」

「ふーん・・」

 適当に相槌を打って気にしないようにはしていたけど
 さっきから目の前の視線がこっちのある一点に集中している




「・・うさぎ」

「・・・っ・・」

 あたしの左手を握ると
 指を絡ませてその先に唇を寄せてきた



「ようこそ
我が愛しの姫君」


「お邪魔・・します」





 誘導されるままリビングへ入って
 ソファに腰を下ろす

 そのすぐ隣にデマンドも座ってきた



「・・・・・」

「・・・・・・・」

 特に話す事もなくて無言のまま
 静かな時が流れていく


 あたしったら、どうしたんだろう
 さっきからずっと挙動不審な勢いで辺りをきょろきょろしっぱなし
 いつにも増して目が泳ぐ
 隣の人の
 まだ乾いていない髪から頬に伝う雫が妙に色っぽくて
 そわそわして落ち着いていられない


 自分の部屋でくつろいでいる誰かさんとは裏腹に
 こっちはどんどん固くなっていく



「・・・今日は大人しいな
どうした?」

「えっ」

 横目でずっと彼の様子を眺めていたら
 それがあまりに不審だったのか訝しげな顔を向けてきた

 瞬時に視線を別へ逸らす


 突然目が合うもんだから
 びっくりしちゃったよ・・・



「べべ別に、どうもしてないけど

それよりっちゃんと髪拭きなさいよ
頭から雫が落ちてるわよ」


「そうか?」

「もうっ
ほら、こことか・・・」

 無頓着な様子を見かねてタオルを奪うと
 ゴシゴシと擦ってあげた



「・・・あまり乱暴にするな」

「何言ってんのっ
ちゃんと拭かないと風邪引くわよ
全く、子どもみたいなんだから」

 動揺を隠そうとそのままひたすら頭を拭き続ける


 その間から伸びてきた手が
 いきなりあたしの腕を捕らえた



「・・・っ!・・

なっ・・何?」


「・・・うさぎ」


 熱い眼差しがこっちを見つめたまま
 時が止まったかのように空間が静まり返る




「・・・え・・と・・・」

 どういうつもり?
 何を考えてこんな事・・・


 でも不思議
 ずっと眺めていると
 その深い瞳の奥にどんどん吸い込まれていくみたい





 無防備のまま自然に目が閉じた
 じっと、される事を待つ



「・・・ん・・デマンド・・」


 ふわっと
 予想とは違う感触が頭を柔らかく覆ってきた



「おまえも、少し濡れてるぞ」


「え、あ・・タオル?

・・・ありがと
まだ雨が止んでなくてさ」

 やだ・・あたしったら
 向こうは別に何をする気でもなかったんじゃん


 ・・・恥ずかしい
 必死に平常心を装っているつもりだけど
 多分顔は真っ赤なんだろうな



「おまえを待たせるのも気か引けるから
着替えてすぐに玄関へ向かったのだが」

「それはどうも・・
気を遣わせてしまって

って、すべてあたしのせいですかそうですか
ふーんだっ」

 怒った風に見せて動揺を誤魔化してみる


 ・・・なんだあ
 せっかく心の準備してたのに、拍子抜けしちゃった





「・・・何をされると思っていた?」

「・・・!!
べっ別に何もっっ」

 図星を付かれて顔が引きつった




「キスでもされると思っていたか」

「そんな事無いもん!
自惚れないでっ」



「そうかな?」

「・・・あ・・っ・・」

 デマンドの両手があたしの頬を包み込む
 その動作に予想以上に動揺した体が
 ビクッと反応した

 じっと、
 こっちを覗き込んでくる視線に耐え切れなくて目を逸らす



「・・これでもまだそう言うか」

「は、離してよ・・」



「なぜわたしにキスをしない?
いつもして欲しそうな顔をして待っていないで
したければすれば良い

人の好意に甘えているな」

「はあ?
勘違いしないでよ
そんな顔してないもん!
大体、デマンドがそういう変な雰囲気にするのが悪いのよ
いつも期待なんか持たせてさ・・・

っていや別に・・・
期待なんて最初からしてないんだからねっ」


「何をそんなにうろたえる」

「そそそんな・・・うろたえてなんか」

 言葉が否定すればする程
 態度が露骨に変わってしまうもんだから
 嘘にしか聞こえないと思われてるかも・・・




「・・・欲求が溜まっているのではないか、おまえ」

「違うもんっっ違うんだったら!

・・・っ・・あーもうっっ
知らない!
気安く話しかけないでよっ」

 触れてくる手を強引に振りほどいて後ろを向いた



「・・変な奴だな」

「・・・・・・」

 どうしよう
 さっきからずっと胸がドキドキして落ち着かない

 このまま、少しじっとしていよう・・・
 早くあたしの心臓、治まって




 しばらく静かにしていたら
 隣の人が不意に立ち上がってキッチンに向かっていく

 気にしない素振りをしつつちらっと眺めていたら
 冷蔵庫から何かを取り出してすぐに戻ってきた



 何よ、さっきから
 話しかけないでって言ったのは確かだけど
 本当に我関せずって風に見えるんだけど

 人を家に呼んでおいて、・・・勝手過ぎない?



 あまりの自由さにムカムカしてその場に勢いよく立ち上がる


「ちょっと!あなたねっ

・・・!?
な、何飲んでるの」


「・・・・・・」

 冷蔵庫から出して来たから飲み物だとは思っていたけど
 それって・・・


「もしかして、お酒じゃない?

ビール?」


「だからどうした」

「どうしたって
デマンドまだ未成年でしょ?!

だめなのよっ
お酒は二十歳からってね!」

 手の中にあるその缶を奪い取ってテーブルの隅に置いた

 この人はもうっ
 本当に何考えてるんだか・・



「・・・わたしの勝手だ
返せ」

「だからあなたの勝手じゃなくて
日本の法律で決められているんだってば」

「・・・細かい奴め
数年の違いしかないだろうに」

「それが大事なのっ

それに
・・・酔った勢いで何かされたらたまんないわよ」



「おまえも、一度飲んで見れば良い」

「!?・・・やだっ
酔わせてどうするつもりよ!
その手にはひっかからないんだからね

大体、一人分だけ持ってきて
好きに飲んでるってどういう事?
お客さんに対しての気遣いは一切無いわけ?」


「何か飲むか?」

 しれっと
 取って付けたように聞かれる


 何か・・・
 そう言われるとすぐには思い浮かばない
 そんなに喉が渇いているわけでもないし

 えーと・・・・・




「・・・ココア?」

 何の気なしに言葉が出た



「ははっ」

「うっ・・・」

 馬鹿にしたように笑われる


 ・・・子どもだって思われたかなあ
 確かに、いきなりココアは無かったかも

 ちょっと反省・・



「生憎今はないが
次来るまでには用意しておこう」

「それはどうも・・」

 って、また来ること決定してるし


「でもさあ、一人で好き勝手にしてないでよ
せっかく遊びに来てあげたのにさ!」


「おまえは・・・わたしにどうして欲しい?

構おうとすればほうっておけと怒る
そっとしておけば文句を言う

ひねくれた奴だ」

「・・あなた程じゃあないわよ

もう、今日はすっごく疲れてるんだから
これ以上疲労を蓄積させないで;」


「疲れるくらい勉強もしていないだろう」

「女子高生はそれだけじゃあないのよっ

最近戦いも増えてきたしさ
そっちは体力勝負だし、暇も無くて大変なんだから」

「学業を侮っていると本当に留年するぞ?」

「だから、戦いで忙しいんだってば!」


「おまえの頭の悪さはここ最近の事では無い
その前からだめだっただろう
言い訳をするな」

「ふーんだっ

・・・あたしの暇が無いのは
他にも原因がありそうだけど?」



「何だろうな」

「あーのーねー

・・デマンドのせいでしょっ
昼休みもこうして放課後も
ずっと会っているから勉強する時間が全然無いのよ」

「わたしは別に
おまえといる時間が増えたからと成績は落ちていない
人のせいにするな」

「あーそうですかい
じゃあここに来る回数減らして
図書館に勉強でもしに行かせて頂きますわよ」




「・・・勉強位いつでも見てやる
持って来い」


「何よ、それ
来てあげないって言われたのがショックだったの?」

「そういう事ではない

そろそろ2学期の中間時期だろう
また追試になって泣きつかれるのはごめんだ」

「いちいち優等生面しないでっ
どうしてここでまで勉強しないといけないのよ」


「ここでまでだと?
後はどこで勉強していると言うのだ
ここでくらいの間違いだろう」

「・・・んむむむっ」

 この人は・・
 いつも上から目線で人を馬鹿にしてばっかり!



「これから毎日
放課後ここへ寄れ」

「それって、口実なんじゃないの?

毎日は無理よ
うちのクラス、球技大会でソフトボールする事になったんだけど
今、星野とそれに向けて特訓してるの」



「・・・星野とだと?」


「実は今日もそれの予定で遅くなるはずだったんだけど
雨で中止になってさ
だから早く来れたってわけ

もう、最近星野に付き合わされっぱなしで
おかげでこっちはへっとへとよ;」




「・・・・・」


「・・どしたの?」

 いきなり険しい目つきになってじっとこっちを睨んできた



「最近、星野と仲が良いな」

「そう?
まあ、席近いし話す機会は多いかも
あいつもあたし以外話す人いないのかどうだか分かんないけど
よくちょっかい出してくるし

アイドルだからって
みんな近寄りがたく思ってるのかなあ
全然そんなやつじゃないのにさ
あはははっ」


「おまえは
ヤツの何を知っていると言うのだ」

「んー?
あたしもそんなには知らないけどさ

でも、見ていると分かるのよね」

「・・・?」



「友達が、欲しいんだろうなって
急に転校して来たでしょ?
やっぱり色々大変だと思うのよね
実際あんまり周りに親しい人っていないみたいだし
だから、デマンドも気がついたら声掛けてあげてよ

ねっ?」


「・・・うさぎ」

「ん?」


「おまえと言う奴は・・・

すべての者をほうっておけない
おまえの長所であり、短所な部分だな」

「それのどこが短所なの?」



「そのうち分かる

いや、
自分で気がつかないようでは困る」


「・・・そう?
まあ、いいや

でもほんっとにさ
あいつったらすぐにあたしをからかうのよ?
何のつもりなんだか分かんないけど

あたしの事全然名前で呼んでくれないし」


「そういえば
星野は『おだんご』と呼んでいたようだな

由来は、これか?」


 そう言うと頭のおだんごに触ってきた



「うんまあ、そうだけど」

「単純な・・・」


「昔から結構そう呼ばれたりするよ
何だかんだ言っても
やっぱあたしのチャームポイントだし?
でも
あいつったら初対面の時からそう呼ぶんだもん!
馴れ馴れしくてびっくりしちゃった」

 ・・・そう言えば
 星野から『おだんご』って呼ばれるのにも慣れて来たのかな

 最初のうちはやめてって言ってたけど
 いつの間にか言わなくなった気がする

 気にならなくなったのは、いつだったっけ?




「うさぎ、ならば・・・

わたしにもそう呼んで欲しいか?」


「そう呼んで・・って
え、あの

デマンドが『おだんご』って呼ぶって事?」

「・・・・・」


 意外な提案にちょっとびっくりかも・・・


 この人が
 『おだんご』って?

 ・・・想像もつかないよ


 ていうか何て答えればいいの?
 いいよって言うのも変だし
 駄目って言うのも何だか・・・


「うーーーん・・・」





「・・・おい」

「!?」

 独り唸っていたらその不意をつくように
 デマンドがあたしの目の前に顔を近づけて覗きこんで来た



「どうした?

おだんご」



「・・・・・・・・・」


 何、・・その妙な色っぽさ
 どこをどう突っ込めばいいんだろう;



「何か変か?

・・・おだんご」


「・・うっ;」

 よく分かんないけど呼ばれる度に背中がぞわぞわしてくる
 色々と耐え切れない

 これは・・
 毎回こんな風に呼ばれてもこっちが困るわ



「あの、
デマンドには今までどおり普通に名前で呼んで欲しいな;」


「なぜだ」

「なぜって言われても・・・

何か、すっっごく変なんだもん」



「・・・ヤツには呼ばせるのにオレはだめなのか」

「だ・・・だってさあ」


 この人はもう・・・
 何て言ってあげれば気が済むの?
 真顔で詰め寄る様子を見ていると
 フォローしようとしてもそんなの通用しない気がしてくる


 堪えていた何かがたまらず内から込み上げてきた



「ぷっ・・・あはっ
あははははっっ」



「何が可笑しい」

「だってさあ
それ、本気で言ってるんでしょ?」


「冗談に聞こえるのか?」


「あはははっ
そんなのおっかしいってば

あのね、
人には向き不向きっていうのが・・・」

「呼び方に向きも不向きもあるか」


「ふふっ
確かにそうだけど

やだもうっ
きゃははははっっ」

「・・・何だと言うのだ」


 その真剣な様子にしばらく込み上げる爆笑を止められなかった
 こうなったら気が済むまで笑い転げるしかない





「はーもう・・・

面白かった!
あなたって、たまにすっごくお茶目よね」


「貴様・・
人を何だと思っている」

「だって、変に呼び方なんかでつっかかっちゃってさ

あれ?やだ、もしかして
・・・焼いちゃってるの?」

「・・・っ・・

・・もう良い」

 あたしの楽しそうな様子を見ているのが我慢出来なくなったのか
 ついには後ろを向いて黙ってしまった





「デマンド?
こっち向いてよ」


「・・・・・・」

「ねーねー・・いじけないで?」

 つんつんと背中をつついてみる





「・・・おまえの能天気さには付き合っていられん」

「もう、仕方ない人なんだから」

 何よ何よ
 強がっちゃってさ

 後姿から構って欲しいオーラが丸分かりなんだからねっ



 ・・・どんな顔してるんだろ?
 いつもあまり感情を表に出さない人だけど

 気になってひょいっと前を覗き込んでみた




「じーーー・・」


「・・・どうした」

「いやー
どんな顔してるのかなって思って

ふふふっ
結構かーわいい所あるんだから」



「・・・・・・」

「褒めてるのに
どうしてむくれてるの?」



「褒め言葉には聞こえんわ」


「もうっ素直じゃないんだからさ
ねえ、機嫌直して?


・・・いいコトしてあげるから」


 そっと
 向けられた横顔の頬に軽く唇を寄せてみたら
 少し驚いたような表情でデマンドがこっちを振り返る



「・・・っ・・」

「機嫌、直った?」



「何の・・つもりだ」

「したいからしたのよ
文句ある?

あたしだってね
いっつもあなたの好き勝手にされてるだけじゃあないんだからね
へへーんだ!」

 悔しそうに睨む視線が何だか嬉しくて
 にっこりと得意げな顔で笑ってやった



「それで勝ったつもりか?」

「うん!」





「浅はかな行動をした事を
後悔させてやろうか」


「・・・はい?」


 いきなり周りの空気がシンとなる




 ・・・・あれ?

 ふざけ過ぎて
 もしかして変なスイッチ入れちゃった?



「えーと・・・」

 向かいの人の目が据わっている


 どうしよう、
 ・・・間が持たない

 静まり返った部屋に時計の音だけがやけに響いてきて
 それがより緊張感を煽らせる



「・・・・・・」

「あはははっ;

・・・怒った?」


 無言の威圧感に耐えられなくて
 少しずつ、ずりずりと後ろに下がって距離を開けてみた



「こちらへ、おいで」

「・・・嫌です」



「いい加減にしないと本当に怒るぞ」

「やだってば!
こっちに来ないでっ」

 一瞬の隙を見計らって
 ダッシュでソファの後ろに隠れる




「・・・手間をかけさせるな」

「何よっ
これ以上近づいたら酷いんだからねっ」


「おまえ・・・人を散々からかっておいて
このまま逃げられると思っているのか?」

「あーんもうっ
謝るからっごめんってば

許してよっね?」

 異様な迫力に脂汗が滲んでくる
 捕まったら何をされるか
 想像しただけで怖い;


 しばらくはソファを挟んで
 なんとか一定の距離を保ってみたけど・・・
 いつまでもその状態が続く訳も無く

 あっという間に腕をつかまれて引き寄せられた




「この、じゃじゃ馬娘が」

「はっ離してよっ
痛いでしょ」



「・・・どの口が生意気な事を言う?」

「あいたたっ」

 頬を思いっきり引っ張ると
 指を押し込んで口をこじ開けてくる



「・・・ひゃにふんのよっ」





「二度と軽い口が叩けないようにしてやるわ」


「!?
はっ離し・・・」

 殺気を感じた直感が神経に警笛を送ってきた
 少しでも離れようと体が反射的にのけ反る


 この距離を何とか保とうと後ろに体重を掛け続けたのに
 そんな努力も空しく

 すかさず元の位置に引き戻されると
 接近してきた顔がそのまま被さってきた





「・・・っ・・」

「・・・ん・・っ」

 唇をぴったりと覆われ、呼吸を封じ込められる

 不意を突かれて一瞬心に波が立ったけど
 すぐに落ち着いてそれを受け入れた


 いつもと変わらない唇の感触
 今まで何回もこうされてきたけど
 毎回夢中にさせられてしまう彼とのキス

 それに引き込まれて少しの間、時が止まったような気がした






「・・・!?
んんっ・・・んーー・・・っ・・・」

 無防備だった心の奥が一気に掻き乱される


 夢うつつな状態が続くのだと思っていたら
 開いた口に舌をねじ込んで
 あたしのそれを絡みとる勢いで中を攻め立ててきた




「・・・っ・・う・・んん・・・っ
や・・っめ・・」

 無駄だと分かってはいたけど
 ジタバタして逃げようともがいてみる

 そんな暴れる様子を気にも掛けず
 もっと強い力がねじ伏せてきた



 息が・・できない

 必死に空気を求めて唇を動かそうとする
 でも、互いを繋ぐ生温かな愛撫に邪魔をされて
 口を閉じようにも閉じられない

 怯む様子を見透かして
 嘲笑うように先の動きが激しさを増してきた


 暴れるほど押さえ込む力が強くなってきて
 もう・・・






「・・・・ん・・」

 手元のシャツをぎゅっと掴んだ


 優しく、愛おしそうに
 あたしを食べ尽くす勢いでデマンドが迫り来る

 抵抗を止めてそれを受け入れたら
 唇にかかる圧が少し緩くなった



「・・・はあ・・っ・・・ん・・」

「・・・はあ・・」

 唇の隙間から相手の息遣いが漏れる



 ・・・懐かしい

 心の奥深くまでゆっくりと染み渡ってくるこの切なさ
 感覚のすべてが触れている部分に集中していて
 他にまで意識が回らないこの感じ


 ずっと、強く抱きしめられているから
 鼓動が速くなった心臓の音が向こうに伝わっていそうだよ



 ぼうっとしてきた意識が現実から離れそうになってきた頃
 そっとぬくもりが遠ざかった

 同時に強く押さえられていた体も開放される





「・・・っはあ・・

もうちょっと・・優しくしてよね」

 一先ず文句を言ってやった


「素直に従っていればそうしてやろう
わたしをからかおうとするとこういう事になる

痛い目を見たくなければもう挑発はしない事だ」

「・・・すぐムキになるんだから」

「おまえには言われたくないな」


「・・・っ」

 しなやかな手つきで髪の毛に触れられる
 まだ敏感な神経がそれにびくっと反応した




「うさぎ・・」

「あ・・・っ
やっ・・ちょっと・・


あたたたっ
って何すんのよ!!」

 いきなりおだんごに手をかけると
 力を入れて引っ張ってくる




「ほどけ
その方が濡れた髪も乾きやすいだろう」

「別にいいよ
もうそろそろ乾きそうだし」

「いいから、言われたとおりにしろ

でないと無理にほどくぞ」


「痛っっ
痛いってば!!
乱暴にしないでよっもうっっ」

 そのまま力ずくにほどかれた


 肩にしっとりとした髪が垂れて
 ふわっとした甘いシャンプーの匂いが辺りを包み込む



「・・いきなり何よ」


「『おだんご』などと、
こうすればもう呼べなくなるな」

「まだこだわってたの?それ・・
そこまで根にもたなくてもいいでしょっ
しつこいわよ

あなた、酔ってるんじゃない?」

「そうかもしれない
たまには良いだろう?

こんな面を見せるのも、おまえだからだ」


「ふーん、あっそ・・・」

 あたしだから
 と言う言葉に反応して心臓がドキっとする

 その動揺を必死に隠そうと
 髪の毛をいじりつつ目を逸らした




「うさぎ
・・・愛している」

「やっぱり
デマンドはそっちの方がいいって

『うさぎ』って呼ばれると
何だかすごく落ち着くな」



「おまえには、まだ名前があるだろう?」

「え・・・?」




 穏やかな笑みがふっとあたしを眺める


「セレニティ・・・

そう呼べるのはわたしだけだ」

「あ・・・」


「そうだろう?」

「・・・うん」

 その名を呼ばれると色々な事を思い出す

 辛かった事もたくさんあった
 けど愛されていたと言う記憶がそれを一瞬で消し去ってくれる


 心が、切ない

 目を閉じて静かにその胸に寄り添った




 とくん、とくん、と心臓の音が響いてくる

 さっきまでの速い鼓動とは違って
 ゆっくりで、そして穏やかで
 それを感じているとなんだか安心する



 そっと、下ろした髪の一筋を撫でられた
 さっき触れられた時は心の奥がぞくっとしたけど
 今はなんだかほっとしてくる

 あたたかいぬくもりに包まれて
 ・・・もう少しこのままでいいかもしれない



「たまには
ほどいて登校してみたらどうだ」

「前は、校則違反だとか言ってたのに?」

「一日くらい見逃してやろう

こうしていって
その時も星野は果たして『おだんご』と呼べるかな」



「・・・やっぱり今日は少し酔ってるでしょ」

「当然だろう?
おまえの瞳をずっと見つめていて
素面でいられるはずがない

特に今日のおまえは・・・
雨に濡れて輝く金色の髪が妙に艶かしくて
ドアを開けた一瞬動揺した」


「あたしも・・・

あなたがシャワー浴びてたなんていうから
何だか変にドキドキさせられたじゃない」

「ははっ
何だ、同じ事を考えていたのか
あからさまにいつもと態度が違うから変だとは思っていたが」

「・・・あなたはちっとも顔に出さないんだから
動揺しているんなら態度で表現してよね」


「こう見えて内心は穏やかではないのだぞ
おまえといる時はいつでもな」

「そう?」

「ああ
特に寄り添っているとより一層に・・・」

 ゆっくりと、静かに
 紫紺の瞳が近づいてきて
 それに覆われると目の前が暗くなった



「ん・・・」
「・・・・・・」

 誰にも邪魔をされない
 ここは二人だけの秘密の空間

 だから目の前のあなただけを見ていられる
 他の事は何も考えなくていい
 ただ、あなただけを

 でも、そうなってしまうのは少し怖い


 こうしていると
 どこまでも状況に流されていってしまいそうで
 こんな事じゃだめだって
 いつも自分の心にブレーキを掛け続けている


 この穏やかな時間は一体いつまで持つのだろう

 分かっている
 こうしていられる時間は限られていると


 だけど、今少しだけでもこのままで




 そっと離れた唇が頬を伝い
 耳筋に寄せられた


「はう・・っ」

 浅いため息が口から漏れる
 それが愛撫に応える声に聞こえてそうで
 思わずぐっと空気を呑み込んだ



「うさぎ、」

「・・・んっ・・」

 すぐ傍で囁かれる声が脳の奥まで響いてくる

 つつっと
 背筋を伝う指先が腰元まで下りて止まった



「・・・なあに?」


「服もまだ濡れているだろう?

このまま脱いで・・・」



バチン!




「・・・・・・」


「少し調子に乗りすぎですよ?会長」

 あからさまな下心に
 まどろんでいた意識が一瞬で現実に戻ってきた



「・・・後一歩だと思ったのだが
詰めが甘かったか」

 少し赤くなった頬を撫でつつ愚痴を零す
 反省どころか悔しがっている態度に呆れてしまった


「はあ?何が後一歩よ!
露骨に言わないでっ
サイッテー!

・・・雨もまだ止んでいないし
服が濡れているうちにそろそろおいとましますわよ

それじゃさいならっ」

 床に置いた鞄を持つと
 髪も直さず急いで玄関に向かう



「待て
傘くらい貸す」

「結構です!
見送りもいらないんだからねっ

べべのべーっ」



バタン!!




「もうっ
・・すぐ調子に乗るんだから」

 ぶつぶつと独り言を言いつつ歩調を速めた
 少し乱暴な足音がマンションの廊下に響き渡る



「あーなんかすっごく疲れた;」

 外に出たらどっと疲れが出てきた気がする
 なぜだか体中がギシギシと軋む


 ・・・結構緊張していたんだなあ
 それがいきなり緩んでギャップに体がついてきていない



「まだ結構降ってるなあ・・」

 エントランスまで辿り着き
 外の様子を見てため息をついた


 意地張らないで傘を借りれば良かった
 戻って借りてこようかなあ・・・

 でもなんだかそれはそれで癪だ


 ・・・しばらくここで雨宿りがてら休憩していこう




「すっかり暗くなっちゃった」

 静かな雨音を聞いていると色々考え込んでしまう


 どうしてあたしはここに来るんだろう

 二人で居ればキスとかされるし
 ・・・それ以上の事はされないとしても
 そういう雰囲気になるんだって分かってるのに
 それでも会いに来てしまう

 あたし自身もそれをちょっと期待して行っているのかも・・・?


「そっ
そんなことないないない!」

 頭に浮かんできた仮定を必死に打ち消した


 違うのよ
 だって、あたしには・・・



 はっと
 大事なことを思い出す


「そうだっ

・・・指輪!!」

 慌てて鞄にしまっていたそれを取り出すと
 湿って少しきつい薬指にはめた

 指定席に戻った輝きが
 天井の明かりに照らされてキラキラと自分の存在を主張してくる



 デマンドはいつもあたしが来ると
 まず指輪をはめていないのを確認して
 その指先にキスをする

 自分に会いに来る時は外せって
 約束だからそうしてるけど
 ・・その行為が後ろめたかった


 彼と会う時だけ
 まもちゃんを忘れさせられているような・・

 本当はそんな事したくないよ
 でも、



「・・・取られたくないもん」

 次付けて来たら奪い取って返さないと言われた
 多分、あの人は本当にそうするだろう


 あたしにとって何よりも大事な物だから
 奪われないように守る
 そのために外す


 だから・・・


「あたしはまだ、まもちゃんが好きなのよ」

 自分に言い聞かせるように呟いた



 最近のあたしは・・・変だよ



「行かなければいいのに」

 彼の元へ・・・
 大事な物を外してまで会いに行ってしまうなんて

 どうしちゃったの?


 あの人に再会してから何かが変わった

 自分の中で彼の存在が少しずつ大きくなってきている
 それに薄々気がついているのに
 違うんだ、そうじゃないって
 片隅でひたすら叫んでいる自分も確かに存在している

 心が、何かに怯えてここから進めない


 怖い・・・

 何が怖いのか分からないけど
 背筋を戦慄が走り
 重々しい不安が体を包み込んでくる




「月が、・・見えない」

 いつでもあたしを暖かく包み込んでくれる優しい光が
 重厚な雨雲で隠されてしまった
 だからこんなに心細く感じてしまうの?

 心の奥を何度振り返っても分からない事だらけだけど
 一つ、分かっていることがある



 あたし、最低だ

 心に決めた人がいるのに
 引き付けられるままに違う人の元へ向かってしまうなんて

 デマンドと会っている時はそれしか見えなくて
 ほんの一時とは言え
 まもちゃんの事を忘れてしまう
 なのにこうして一人になれば
 申し訳ない気持ちで心が一杯になる


 冷えた体がぬくもりを求めるように
 この心も誰かを捜し求めている


 でも、
 あたしの心は誰を望んでいるんだろう



 瞳を閉じてその人を思い浮かべようとしても
 靄がかかったようにおぼろげで
 胸の奥がズキズキと痛むばかり


 自分で、自分が分からない