『まもちゃん、元気してますか?
あたしはもちろん元気です

部活もそろそろ決まりだしたりして慌しい毎日を送っています
まこちゃんは陸上部と料理研究会に
亜美ちゃんはパソコン部
美奈子ちゃんはバレー部に入ったんだよ
あたしは、まだ何にするか決めてないんだけどさ

レイちゃんとは相変わらず喧嘩ばっかりしちゃうけど
すぐに仲直りしたりして

少し寂しい時もあるけど
みんなと一緒だから大丈夫だよ
だから、まもちゃんも頑張ってね

愛するまもちゃんへ

あなたのうさこより』



「遠距離恋愛・・か」

「!!」

 気が付いたらまこちゃん達が後ろから覗いていた


「会いたい時には閉まってるってやつよね!」

「何だそれ;」


「うさぎちゃん
入試の時お勉強した漢字忘れちゃったの?」

「・・・うっ;」



「でもいいなあ・・・彼氏かあ」

「まこちゃんっ
あたし達だって作るのよ!

健全な高校生活の第一歩よっっ」


「・・少しはお勉強もしないとね;」

「亜美ちゃん!そんなこといってられないわよっ
恋する乙女の命は短いのよ

恋とラーメンは熱い内にってね!」

「・・・は・・はは;」


「ほらっあの先輩!
結構良い線いってたと思わない?」

「あっ 紫藤先輩だろ?
あのクールなところが・・先輩にそっくりなんだ」

「まーたまこちゃんの病気が始まった・・」




「ふーん・・・」


「・・・ってうさぎちゃん」

「ほえ?」

「さっきから何傍観してるのさ」


「いやあのさ

その人、誰?」

「・・・ちょっと!知らないの?

生徒会長よ
さっきの全校集会で話してたでしょっ」

「・・・寝てたあ」

「ああもう;」

「紫藤 白斗生徒会長よっ」


「しどう・・・あきと?」

「生徒会の革命児って言われてる
新しい発想で数々の古い伝統を打ち破ってきた伝説の会長よ

成績も優秀 スポーツも万能
先生も一目置いているのよ」



「ほーーー・・・」

「・・・亜美ちゃん、よく知ってるな」

「べっ、別に調べたわけじゃないのよ;
そんなに詳しいわけじゃ・・」
「そうっそれでねっっ」

 はにかむ亜美ちゃんを押しのけて
 美奈子ちゃんが顔を至近距離まで近づけてきた


「なんとっっ
アメリカに留学していたんですって!
帰国子男よっっ」

「美奈子ちゃん、別に男の人でも帰国子女でいいのよ・・・」


「へー;
そんな完璧な人がいるのかねえ」

「実際いるからすごいのよっ」

「うんうん」


「ふっふーん
生徒会長の彼女っていうのも悪くないわね」

 美奈子ちゃんのきらりと光る瞳が
 まるで獲物を探す野生のライオンみたい;


「まあ、うさぎちゃんには彼氏いるし?
興味ないかな」

「えっ?
そーれとこれとは別よ??
いい男はみんなで分け合わないとね!」


「今日の放課後さあ
生徒会の集まりがあるんだって

みんなで見に行こうよ!」

「うんっ行く行くーーっ

・・・あーっっ
だめだあ」

「どうしたの?」

「あたし・・・
放課後は先生に呼ばれてたんだ;」

「遅刻ばっかりしているから怒られるのかな?」

「初めてのテストも赤点ばっかりだったし」

「うう・・・そんなにいじめないでよ」


「あーあ、せっかくのチャンスなのにさっ」

「残念だったな」

「えーみんなひどいよー
置いて行く気?」


「いいじゃないっ
どうせうさぎちゃん彼氏いるんだしさ」

「そんなあ・・・」

「大丈夫よ、うさぎちゃん」

「亜美ちゃんっ」

「うさぎちゃんの分も見ておいてあげるから」

「もうー薄情者っっ」

 悔しがるあたしを横目に
 みんななんだかすごく楽しそう・・・

 ・・・いいもんっ
 先生の話が終わったらあたしもすぐに飛んで行くんだからっっ












「・・・月野くん

高校に入りたてでこれだと困るんだよなあ」

 放課後の職員室
 目を伏せてただ先生の言葉を聞いていた

 目の前の机の上にはこの前のテストの答案
 見事に赤点ばっかり・・


「うう・・・すみません
今回はちょーっと調子が出なくて」

「ここまで見事な点数を取られると
こちらもフォローの仕様が無いんだよね

・・・君は遅刻も多いし」

「ぎくっ」

「追試も補習もあるけど

高校は留年もあるんだぞ」

「先生っどうかそれだけはご勘弁を〜っ;」


「まったく・・・
もう少し色々と頑張るように」

「・・・はあい」

 真っ赤な答案用紙をつき返されて
 職員室を後にした




 引き戸を閉めるや否や
 猛ダッシュで廊下を駆け出す

 バタバタと慌しい足音が響き渡る
 先生とすれ違ったら絶対怒られるよ


「あーあ、すっかり遅くなっちゃった;

みんなまだいるかなあ・・・」




 それはあたしの不注意の結果だった
 全速力で走り、そのままの勢いで角を曲がったら
 運悪く目の前にこっちへ向かって歩いてくる人がいて・・・


「・・・!?」

「どどどいてーーーーっっ!!」

 避け切れなくてその人影にダイブしてしまった












「・・・った・・」

「ごっっごめんなさいっ

急いでてつい・・・・・・」

 瞬時に体を起こして顔を見上げた


 そのまま 覗き込んだ体勢で体が固まる



「・・・・・・」

「・・・・・・・・・」


 空間の時が 止まった





 あれ、何だろう・・
 この不思議な感覚

 どうして・・こんなに懐かしく感じてしまうの?

 あたしをじっと見つめる
 その深い紫の瞳から目が逸らせない
 どんどん引き込まれていく

 言葉も出ず
 しばらくその既視感に浸ってしまっていた






「・・・どいて欲しいのだが」

「!!」

 迷惑そうな声に
 はっと 我に返る

 あたしったら・・・初対面の人なのに
 何してるんだろ


「すすすみませんっっ」

 馬乗りになっていた状態から後ずさって降りた

 埃を払いながら立ち上がる様子を
 あたしはへたり込んだまま
 ぼうっと眺めていた

「いくら急いでいても
そんな乱暴な走りは感心しないな」

 少し厳しい顔つきで見下ろされ
 たしなめるように言われた


「はい、ごめんなさい・・」

 反省の態度を示しながら、こっそりと見上げた
 どうしてこんなに気になっちゃうのか、分かった気がする



 似てるんだ・・・

 銀に輝くさらさらの髪
 少し冷めた瞳 耳の奥まで響く低い声

 ・・・あの人に


 でも、額に黒い月の刻印もない
 ピアスもしていない

 他人の空似・・なの?




「・・・わたしの顔に何か付いているか?」

 無言のままひたすら凝視していたら
 訝しげな眼差しを向けられた


「えっあの・・・いえ別に・・

何も付いてません」


「・・・・・・」

「・・・・・・」

 気まずい静けさが辺りを漂う
 なんだか緊張して動けない・・・どうしよう





「・・・うさぎ」

 沈黙を打ち破る一言
 あたしを呼ぶその声に心臓が震えた



 どうしてあたしの名前を知ってるの!?
 もしかしてあなたは本当に・・・

 ううん、そんなはず ない


 ・・・でも もしそうだったら



「・・・・・デ・・」

 その時、あたしに向けて手が伸びてきた
 そのまま紫紺の瞳がどんどん近づいて・・・

 その威圧してくる雰囲気に怖気づいて
 すぐそこまで出かかった言葉が詰まった


 ちょっと体がびくっとして
 思わず目を瞑る



 あたしに向けられたその指先が
 すっと横に反れて
 脇に落ちている紙を拾った

 それを眺めてぼそっと一言呟く



「月野うさぎ

英語 ・・・30点」


「げげっ!!」

 そそそそれはっっ

 辺りを見回したら
 転んだときに盛大に散らばした
 赤点のテストが廊下に見事に散乱していた


 はっ・・・恥ずかし過ぎる;



「・・・もう少し頑張らないとな」

 口元が俄かに緩んで
 くっと笑われた


「!!」

 失態を見ず知らずの人に笑われると
 妙に決まりが悪い

 しかもその笑い方が
 なんだかものすごく人を馬鹿にしている感じで
 顔がかっと火照ってくる




 むっとして立ち上がり
 その手の中にある紙を少し乱暴に奪い取った
 廊下に散らばった答案も急いでかき集める


「拾って頂いてありがとうございました!」

 一連の様子をぽかんと眺めていた瞳を
 きっと睨んでお礼の言葉を言い放ってやった



「・・・失礼しますっ!!」

 一刻も早くここから立ち去りたい

 逸る気持ちを抑えつつ
 なるべく早足でその場を後にした


「・・・・・・」



「もう何よっ失礼しちゃうんだからっっ

今日は最悪な事ばっかり!!」

 怒っている態度をあからさまに出したまま
 ずんずんと廊下を進む


「会長っっ

紫藤会長!」

 向こうで誰かの名前を呼ぶ人の声がここまで届いてきた


「今、行く」

 それに応える声が真後ろから響く

 さっきの人が呼ばれたのね
 ・・・あたしには関係ないわ


 ふと、足が止まった



 紫藤・・・会長?
 どこかで聞いたような名前・・・


「あっ!!もしかして・・・」

 美奈子ちゃんたちが言っていた・・・生徒会長??
 気になってつい後ろを振り向く

 遠ざかっていく後姿
 廊下の角を曲がって行く瞬間
 光に透ける銀色の髪の合間から端整な横顔が一瞬垣間見えた



「何よ・・・
ただの底意地の悪い先輩じゃない」


 最悪の出会い、最悪の印象
 ・・・相性も悪そうだし

 なのに、あたしどうかしている

 初めて会った人なのになぜだか妙に心が惹かれて・・・
 その姿から目が離せなかった



 なんだか・・・胸の奥がもやもやする




「あ・・あたしにはまもちゃんがいるんだからっ」


 惑う心に落ち着くよう言い聞かせ
 急ぎ足で教室に向かった