今日はいつもより時間がゆっくりと進んでいた気がする
 長く感じる授業の間も変にそわそわしてしまって
 後ろの席の星野に突っつかれたり

 昼休みもワザとみんなと一緒にいて
 いつもの場所には行かなかった
 そうやって気を紛らわして
 時が経つのを必死に忘れようとしていたけど
 それでも放課後はやってくる




「あー・・・逃げ出したい;」

 まもちゃんのマンションへ近づく度に
 どんどん心が重くなっていく

 彼と向き合って話をしようと覚悟はしたけれど
 いざとなると気後れしちゃって足が止まってしまう
 引き返そうとする心を必死に抑えて前に進んだ

 緊張して何だかお腹痛い・・・
 心臓が今にも飛び出しそうだよ


 そういえば・・帰ってるのかな?
 誰かに声を掛けられる前に帰ってしまおうと
 ホームルームが終わったらすぐに学校を出たから
 ちょっと早過ぎたかも
 生徒会もあるだろうし、まだ帰ってなかったりして


「そうだ、
いなかったらそのまま帰ろうっと!」

 いきなり軽くなった足取りで目的地へ急いだ





ピンポーン
・・ガチャ


 インターホンを押した瞬間ドアが開く

 早っ!
 ていうかもしかして玄関で待ってた?



「遅かったな」

 よく見たら私服にまで着替えてるし・・


「あ・・あなたが早すぎるのよっ

生徒会は?」


「・・・さぼった」

「そんなんでいいの?会長が」

「今日は特別だろう

・・おいで」


「うん・・」

 引き返す理由がなくなって、中に入るしかなかった
 ぱたん と後ろでドアが閉まる

 玄関の中は少しひんやりしていて薄暗く
 まるで外の世界がドアを隔てて遮断されているかのよう・・・



「・・・・・・」

「そんな所に突っ立ってないで
中に入って待っていろ

今何か飲み物を持ってくる」

「あ、はい・・」

 促されてリビングに入る

 クーラーの効いた涼しい空間
 ここに来るのは二度目だけど
 相変らず殺風景な部屋・・


 テーブルの前に座って
 しばらく辺りをきょろきょろしていたら
 そのうち彼がアイスコーヒーを二人分持って戻ってきた

 テーブルを挟んで向かいに座ると
 それを目の前に差し出される



「どうも、いただきます」

 コップに口を付けたまま
 ちらっと前に目をやった



「・・・・・・」

「・・・っ・・」

 じっとこっちを見つめる視線とぶつかってすぐに伏せる

 雰囲気が硬い・・
 何を話せばいいんだろ




「えと・・・
・・・先・・輩?」

「二人の時は前のように呼べば良い」


「前って・・

・・・デマンド?」

「ああ」


「・・・・・」

 今の今まで先輩って呼んでたのに
 いきなり呼び方が変わるのは少し抵抗があるよ・・



「元気にしていたようだな」

「え、うん

そういうあなたも元気そうで・・」

 話が続かない
 さっきからぎこちない空気が流れっぱなし



「えと、
記憶が戻るまでどうしてたの?」

「特に何も
ごく普通に毎日過していた」

「普通に、学生生活とか満喫していたの?」

「まあな
今もさほど変わっていないが・・」


「そういえば・・
海外にいた時もあったらしいって
前にちょっと聞いたことがあるかも」

「あのおしゃべりな友人から聞いたのか?」


「おしゃべりなって・・・美奈子ちゃんのこと?

うんまあ、そうだけど・・」

「何と聞いた?」

「え、
・・・帰国子女、だって?」


「あたらずといえども遠からずだな
わたしは元々ハーフでな
アメリカに暮らしていた時期もあったのだ」

「それってお父さんかお母さんが向こうの人って事?」

「母がな、」


「へえー・・・
あ、そういえばあなたの今の名前って・・?」

「知らないのか?」

「だって、いつも紫藤先輩って呼んでたし
そういえば特に気にしたこと無かったかも」


「・・・和名は紫藤白斗
わたしのフルネームは

Akito・D・Shidou」


「・・・D?」

「ミドルネームだ」

「Dって・・・
もしかして」

「そう、『デマンド』だ」



「はあー・・・なるほど」

「フルネームを聞いていたらピンときたか?

・・・そんなに頭が回る女ではなかったな」

「何よそれっ
そうやってまた人を馬鹿にして

あなた、相変らずねその言い方」


「おまえも、変わらず脳みそが足りないようだな」

「んむむむ・・・

すみませんねっ成長してなくて!」

「くくっ」

 最初はきごちなかった彼女も
 緊張が解けたのか少しずつ雰囲気が柔らかくなってきた
 時折こちらに笑顔も見せてくる



「学校は楽しいか?」

「何、その先生みたいな質問・・

まあ楽しいよ?」

「そうか、
・・・良かったな」

「もう、
いちいち意味ありげな言い方するんだから」

「別に深い意味など無い
だが、やっと普通の生活に戻れたのだろう?
ずっとおまえが望んでいた
戦いの無い平和な世界に」


「・・・・・・」

 その言葉に一瞬彼女から戸惑いが伝わってきた
 俯いたままぽつりと呟く



「そう、でもないんだ」

「・・・?」


「実は今ね
新しい敵との戦いがまた始まったの」



「そうか・・・」


「今度は敵もセーラー戦士でさ
詳しい理由はまだよく分かんないけど

・・・何でセーラー戦士同士で戦わないといけないんだろう」

「うさぎ・・・」

 余計な事を聞いてしまったか
 それにしても
 こんな小さな体でまだ過酷な戦いを続けていたとは・・


 暗い雰囲気を察したのか
 いきなり明るい顔がこちらを向いた


「あははっ
まあー、今までも何とかなってきたし
どうにかなるっしょ!
力を合わせて立ち向かっていける仲間もいるし

いちいち気にしててもしょうがないよ」

 その笑みが強がっている風にしか見えない


「おまえも

・・彼女達も大変だな」



「彼女達って・・・
みんなを知ってるの?」

「いつもおまえとつるんでいる4人組だろう?
仲間のセーラー戦士と言うのは」

「!?」

 わたしの答えに図星という顔が目を見開いて反応する



「デマンドって・・・

すっごーーーい!!」

「・・っ・・
いきなり大きな声を出すな・・」


「すっごく鋭いよ!
ねえ、何で分かったの?」

「分かって当然だろう
少し観察していれば」

「嘘っ」

「嘘などついてどうする?
全く・・・
我が同胞はなぜ正体にずっと気が付かなかったのだ

過去のおまえ等の寝首でもかいて早々に叩いておけば
未来も大分侵略が楽になったと言うのに
無能な部下をもつと本当に苦労する・・・」

 我知らずため息が漏れた



「あのー・・・ それ、冗談よね?」

「・・・さあな」


「もう・・
デマンドは本気なんだか冗談なんだか
分からない事たまに言うんだから

・・あ、
そういえば、今でも彼女達に会うのよ?」

「誰にだ?」


「あやかしの四姉妹のみんなに
仲良く暮らしているみたい」



「・・・・・?」

「・・どしたの?」


「生きていたのか?

転生したのではなく?」

「あれ?・・聞いてないの?」


「・・・初耳だ」

 ルベウスからはそのような報告は受けていない
 彼女達はセーラー戦士との戦いに敗れて倒されたと聞いていた

 ・・嘘だったのか?


「銀水晶のエナジーで浄化されて
そのままこの過去の地球に住んでいるの
化粧品のセールスレディとかしているみたいよ?」


「そうだったのか・・」

 あいつめ・・・
 まあ、今となってはどうでも良い事か

 ルベウスは自尊心の強い男だった
 おそらくおめおめと裏切り者を逃したとは言えなかったのだろう
 もしくは後々に始末する予定だったのかもしれない

 しかし、まさかこんな所で一族の者の話が聞けるとは
 彼女達も元は人間だ
 邪黒水晶の力が無ければただの人と変わらない

 一族の移民もごくわずかだが叶っていたのだな
 その事実を聞いて少し安心した


「ねえ、今度会いに行く?」


「・・・止めておく」

「なんで?
みんな顔出せば喜ぶと思うのに」


「平和に暮らしているのが分かればそれで良い
この時代には
ブラックムーン一族はまだ存在していないのだからな

彼女達とわたしとの間には何の繋がりも無い」


「そう?」

 別に何も気にしないで会えばいいのに・・・
 この人って変な所細かいわよね



「そういえば
・・弟さんもいなかった?」

「サフィールか?いるぞ

あいつはまだ何も思い出してはいない
そのままで良いだろう」

「どこに?」

「アメリカの母の元にだ」

「あなただけ
どうしてこっちに来ているの?」




「・・・色々とあるのだ」

 話はそこで途切れた
 家族の話はいつもこう・・
 触れて欲しくない何かがあるみたい

 彼は、前から自分の事はあまり語らない
 自分を隠しているのかな?



「戦いは続いている・・か
わたしに力が残っていれば何か助けにもなれたのだが」

「そんなの、別にいいけど
今は何も?」

「・・・あの時のような力は無いようだ
邪黒水晶もまだ存在していないしな」


 それって
 今はそうでも、もしかしてそのうちいつか・・・?



「それで、いいと思うよ?
だって

デマンドと敵同士で戦うなんて・・もう嫌だもん」


「うさぎ・・・」


 そうよ
 もう、あんな辛い戦いは二度としたくない
 みんなと対立したり、何かを選ばなければいけなかったり
 ・・誰かを守ろうとして悲しい別れをしてしまったり
 あんな想いはもう・・・


 なんだろう、すごく不思議
 とても色々な事があったのに
 こうしているとそんな過去まるで無かったかのよう・・

 今またあなたと会えて
 とりとめのない会話ができる
 特別楽しい事を話している訳でもないけど
 それがすごく嬉しい


 あなたに また会えて良かった



「どうした?」

「んー・・何か話してたら色々と思い出しちゃった
ブラックムーンと戦った事とかさ

もうっ
すっごく大変だったんだよ?」

「そんなに大変だったか?」

「そりゃそうよ!
いやーあの時はホントどうなるかと思っちゃったもん
気が付いたら未来にまで行っちゃってたし

まあ、そこであなたにも会ったわけだけど?」





「・・・ネメシスに居た時の事も覚えているか?」

「え?」

 その一言がいきなり場の雰囲気を変えた


 周りの空気が急に重くなる



「いた頃って・・・
う・・ん・・・まあ、忘れてないよ

ていうか、あなたが強引に連れさったんでしょ
もうっ何を今更
忘れたなんて言わせないわよっ」



「では、
おまえがわたしに何と言ってくれたかも覚えているか?」

「!?」

 茶化して誤魔化そうとしているのに
 真面目に返答された






「・・・・・・」

「・・・・・・・・」


 真剣な瞳があたしを凝視する

 重苦しい空気に耐えようと
 意味もなく水滴で濡れたコップを手に取り
 中身を喉に注いだ
 それだけじゃ時間が持たない・・
 後はただ
 そこからつたって落ちる雫をずっと眺めて沈黙を守るだけ

 唐突に二人きりなんだと意識してしまったら
 何だかすごく緊張してきた



 ・・・確かに前はそういう関係だった
 そんな頃もあった
 でも、今はどういう風に接したらいいんだろう

 あの時は無理矢理連れ去られて
 そのまま従うしかなかったけど
 今は状況が違う
 あたしには選ぶ余裕がある

 そしてあたしにはもうまもちゃんがいて
 まもちゃんを裏切ることはどうしても出来ない
 その時点で答えは決まっている
 だからそう言わないと・・・


 でも、彼を目の前にすると言葉が出てこない
 どうしたらいいんだろう・・
 デマンドは一体どう思ってるの?

 ・・・ううん
 あたしは彼の事、どう思っているんだろう

 まだ好きなの?


 忘れてはいなかった
 忘れられるわけがないよ、あんな別れ方して・・・
 ずっと 心の片隅にあなたの存在が残っていたのは確かだ





「・・・うさぎ」

 沈黙を破る低い声


「おまえは前わたしを愛していると言ってくれた

今も、変わらずそう伝えてくれるか?」


「・・っ!・・」

 コップの水滴で濡れた手を強く握られる
 ひんやりとした指先が彼の体温ですぐに温められた



「わたしの気持ちは

・・・言わなくても分かるだろう?」



「今の・・あたしにはまもちゃんが・・・」

 言い訳にしか聞こえない返答しか出来ない・・


「それは曲げられない事実だろうが
わたしはおまえの今の気持ちが聞きたいのだ」


「・・・・・・」

 こっちに熱く注がれる視線に耐え切れなくて
 俯いたまま再び沈黙を守る


 ふっと
 いきなり周りが暗くなった




「セレニティ」

「!?」

 頭上でその名を呼ばれ、反射的に見上げた
 そこには、真剣にこっちを見つめる紫紺の瞳


 今の状況を瞬時に把握する
 デマンドが
 体を起こしてテーブルごしにあたしを覗き込んできていた



「・・・・・・」

「・・・・・・」

 窓から降り注ぐ外の光が彼の陰で遮られる
 今、あたしの瞳には彼しか映っていない

 まるで
 自分以外映してはいけないとでも言ってくるようなその眼差し
 異様な威圧感がひしひしと伝わってくる

 それから目線を外すことなんて・・出来ない
 心までも一緒に縛られてしまった気がする


 あたしの揺らぐ気持ちを見透かし
 自分の方に引き寄せるかのように言葉を掛けられた




「もう一度
わたしのものになれ」


 それがすべてと言わんばかりに
 そのまま静かに顔が近づいてくる







「・・・待って」

 思わず自分の中から発せられた言葉が
 寸前で彼の動きを止めた


 かすれた細い声がそのまま続く



「・・・ごめん、なさい」


「それは、拒絶の意志か?」

「違うっ、違うのよ

・・・分からないの」

「分からない?何がだ」


「自分の・・心が」

「心だと?」


「あなたの事、忘れた日はなかったよ?
別れてからずっと

だけど、今までそんなあたしの傍にいてくれて
ずっと支えてくれた人がいる
その人の事を、無下には出来ない」

「それは
おまえがわたしを好きか
そうでないかという判断の理由にはならない
他の者は関係ない

誰かに気を遣って自分の気持ちを誤魔化さず
わたしとおまえ
二人の間の事だけを考えてみろ」





「だから、答えが出ないのよ」


「・・・うさぎ?」

「あたしにとってデマンドも、まもちゃんも大事な存在なの
今はそうとしか答えられない

こんな曖昧な気持ちのまま
あなたを好きというのも失礼でしょ?」


 まっすぐこちらを見上げる瞳
 それは前と変わらぬ強いそれだった




「お願い
少し、考える時間が欲しいの」


「・・・・・・」

 明確な拒絶は無いが、受け入れてもくれないか
 その臆病にも見える態度に少々落胆もしたが
 わたしの事を真剣に考えての事だろうとも理解は出来た

 彼女は力で手に入れられる女ではない
 それはもう分かっている
 そして、こうと決めたらその意志を絶対に曲げない女だ

 強情で扱いかねる奴だが
 結局そんな彼女の決定にわたしはいつも従うしかない



「・・・分かった
ここは光の届かない世界ではないからな
無理強いはしない

おまえの中で結論が出るまでしばらくは待とう」


「デマンド・・・」

 仕方ない、とでも言いたそうにため息をつかれた

 曖昧な返答しかできないのに
 それを受け入れてくれてほっとしている自分がいる



「ありがと
・・・ごめん」

「だが、覚えておけ」

 強気な瞳があたしを見下ろす


「わたしは、それ程気は長くない
そんなに長い間は待たないぞ」



「分かった・・わよ」


「じきに気付くだろう
少し一緒にいればどちらが良いかはな

早く、気付け」

「・・・っ・・」

 自信に溢れる態度にこっちもいつもの調子が戻る


「もうっ
あなたは毎度毎度言う事がいきなり過ぎるのよ
それで早く決めろっていうの?

いつも自分のペースであたしを振り回してばっかりなんだから」


「その言葉・・
そっくりおまえに返そう」

「何よそれっどういう事・・」
「うさぎ・・・」

「・・・っ!?」

 くっと 顔を指先で押し上げられた




「・・・・・・」

「・・・・・・」

 会話で一時中断された
 その続きをするとでも言うように
 瞳が再びゆっくりと近づいてくる


 はね付けることなんて、出来ない
 体が動かないまま自然に瞳が閉じた





ピリリリッピリリリッ


「!?」

「・・・っ!」

 けたたましい機械音がその間に割って入る

 その音に、はっと我に返った


「何だ、これは・・」

「あっ・・・通信機!」

 慌ててその場から離れて鞄に向かう
 音には驚かされたけど
 このタイミングで連絡が入って少しほっとした


 まだ心臓がドキドキしてるよ・・

 雰囲気に流されて
 ちょっと危なかったかも



「はいはーい
何ですかー?」

「あんたっ
どこで何やってるのよ!!」

 割れんばかりの怒声がいきなり飛んできた


「ちょっと・・
うるさいよレイちゃん」

「今日は火川神社で作戦会議するって言っといたでしょうがっ」

「あーもう
今から行くから
そんな怒らないでよ」

「全くっ
すぐ来なさいよ!10分以内よ!!」

「はいはい、分かりましたってば
じゃあねっ


・・早速だよ」


「行くのだな」

「うん・・・」


「・・そこまで送ろう」







 玄関で靴を履いて振り返る
 目の前の彼に、にっこりと笑いかけた


「ここでいいよ」

「・・・・・」


「じゃあまた・・

・・・・っ!・・」

 いきなり腕を掴まれたかと思ったら
 そのまま引かれて胸の中に収められた


 ぎゅっと
 抱き締めたまま中々離してくれない



「あの・・そろそろ行かないと」



「うさぎ」

 頭の上からそっと囁く声が響いてくる



「・・何?」

「わたしが、なぜ過去に転生できたのか
おまえの傍にまたこうしていられるのか
それは今でも全く分からない
ただ、一つ心当たりがあるとすれば


・・・覚えているか?」

「え?」

「もしもまた出会えたら
その時は最初から始めようと伝えたことを 

その約束を叶えにきただけなのかもしれない」


「デマンド・・・」

「ずっとおまえに会いたかった
記憶の戻っていない時でさえ
心の奥に眠っていたそれが夢の中で耐えずわたしに訴えてきていた
おまえの存在をいつもどこかで感じていた

やっと見つけた
たった一人のおまえを」


 少し強引だけど
 でもその腕の中はすごく温かい
 そこから彼の想いが切に伝わってきた

 絶えず、息苦しいと感じるくらい強くあたしを求めてくる
 それとも
 これはあたしの心の奥の感じている気持ちなのかな



「あたしも
もう一度あなたに会えて良かった」

 しばらくそのまま
 心ごと包み込むように抱き締めてあげた






「・・・もう夏休みになるな」

「うん・・」


「休みに入っても
たまにはここに顔を出せ」

「ここに・・って・・・?」

 顔を見上げて彼の様子を伺う


「外で会うわけにもいかないだろう?」

「それはそう・・だけど」

 ここに顔を出せって
 今日みたいに二人きりで過ごす
 ・・って事だよね

 それって・・・



「・・・・・・」

 返答に困って言葉が出てこない・・

 そんなあたしを見て
 何かを察した顔がふっと笑った


「何もしないから

・・・今はまだな」

「!?
何もって・・・な、何よっ」

 ・・・良からぬ妄想をしてしまった
 ていうか今はまだってどういう事っ



「・・・・・・」

 おもむろにあたしの手を取ると
 自分の頬へ持っていってそのままあてがった

 絡ませた指の先に唇がそっと触れる



 同じ唇がまたあたしを求めて近づいてきた


「・・・!」

 体が緊張してどうしても強張ってしまうけれど
 覚悟だけはしてきゅっと強く目を閉じる




「・・・っ・・」
「あ・・・」

 唇に触れてくると思ったのに
 それは横に反れて軽く頬をかすっただけ・・

 少し期待外れの様な、ほっとした様な
 ・・・変な気分


 その唇があたしの耳に寄せて囁いた



「・・キスくらいさせろ」

「!!」

 その言葉に反応して
 顔が瞬時に火照って湯気を出す


「えっ・・あの・・・・・」



「・・くくっ」

「何笑ってるのよ・・」


「おまえは
露骨に態度に出るから見ていて面白い」

「!?
はっ離してよ!
いつもそうやってからかうんだからっ

・・・ばかっ」

「はははっ」

 あたしの挙動不審な態度がよほどおかしかったのか
 声を出して笑われた


「もう知らないっ


・・・でも、また来るよ
あなたに会いに」


「ああ、いつでもおいで

・・・他の仲間達に知られると色々と面倒だろう
こっそり来ると良い」

 その返答に
 言葉では答えず笑顔で返す



「またね?」

 軽く手を振る彼の姿を
 閉まるドアの間から垣間見た


パタン・・



 外に出ると
 いきなり騒がしい蝉の声とむわっとした暑さが
 体全体を包み込む

 現実の世界に急に戻ってきた気分


「早くみんなのとこ行かないと・・」

 少し早めに歩きながら
 さっきまでのやり取りを思い返した


 あたしは、卑怯だ

 答えが出るまで待つと言われて安心してしまった

 まもちゃんをしっかり選ぶことも出来ないで
 あの人の気持ちをすぐに受け入れる事もできないのに・・
 また会えて良かったって言われてすごく嬉しかった



「また遊びに行くって言っちゃった・・・」

 こんな事・・
 みんなに言ったら絶対止められる

 だから言えない


 あなたに・・もっと会いたい



 二人の秘密の約束が また増えた