「･･･暑いな」

　真夏のジリジリと照りつけてくる日差しには
　もはや嫌気が差していた
　季節によってここまで気候がはっきりと分かれていると
　体調も崩れやすくなってくるわけだ

　早い所科学技術が進んで
　空調設備の整った世界になってしまえば良いのだが･･･



「もうすぐ夏休みか･･･」

　授業は休みと言えど
　生徒会の業務でほぼ毎日学校には出向くわけだから
　生活のリズム自体はおそらくそう変わりはない

　違う事といったら･･･うさぎがいない事か
　しばらくはつまらない日々が続きそうだ




「･･･うさぎ？」

　彼女の顔をふと思い浮かべていたら
　タイミング良く前を歩く姿が目に入ってきた



「うふふふっ
もーういーくつ寝ーるーとーなーつーやーすーみーい
きゃっほーい！」

　一人なのに大声で歌いながら左右にふらふらと歩いている
　･･･いつでもどこでもめでたい奴だ
　あいつの能天気な顔もしばらく見納めか


　･･･からかってやるか？

　戯れに声を掛けようとしたその時だった



「･･･よう」

　木の影から声だけがこちらに届く


「･･･ん？あれれ？
今誰かに声を掛けられたような気が

･････星野っ」

「･･･っ！･･」


「お　だ　ん　ご？
もうすぐ夏休みだからって、何浮かれてるんだよ
休みになるとオレにも会えなくなるんだぜ？」

「何よっ
あんたに毎日ちょっかい出されないと思うとせいせいするわ！」
「おまえさ
明日の日曜、ちょっと付き合えよ」


「･･･はあ？
何それ、どこに？？」

「どこでもいいだろ
どうせ暇じゃん？」

「なっ･･失礼ね！
あたしだってたまの休みはやる事いっぱいで忙しいのよ

朝起きたらご飯食べてテレビ見て漫画読んで
お菓子だって食べちゃうし昼寝だって！･･･」
「暇なんだな？」

「･･･んむむっ」


「･･･11時」

「は？」

「11時丁度に一の橋公園で待ち合わせだ
じゃな」

「え？ちょっ･･ちょっと待ちなさいよ！
行くって言ってないわよっあたし
知らないからねーーっ

･･･なーによあいつったら！」


　またヤツか
　頻繁に彼女を冷やかしているようだが
　･･･何のつもりだ？



「あ、先輩」

　不意に後ろを向いた彼女と目が合った


「こんにちは･･」

「･･･ああ」


「え･･と」

　いきなり鉢合わせしちゃって
　微妙にぎこちない空気が流れている気がする
　とりあえず話を振ってみた


「明日･･･やっとお休みですね」

「まあ、世間一般はそのようだな」

「先輩は日曜も生徒会ですか？」

「そうでもないが

おまえは･･忙しそうだな」

「見てたの？！
べっ･･･別に彼とは何もっ」

「なぜうろたえる？
わたしに弁解する必要もないだろう」

「え･･まあ、そうでした」

　確かに･･･
　別に先輩に慌てて言い訳する事ないんだよね
　星野とのやり取りを見られていたと思ったら
　なんだか誤解されたくなくてつい･･･


「もう困ったやつですよ！
いつも勝手なんだから、あいつ」

「気にする必要はないだろう
無視を決め込むまでだ」

「でもなあ･･･

11時に一の橋公園かあ」


「･･･まさか、行く気か？」

「行ったら変ですか？」

「約束したわけでもないだろう
なぜ出向く必要がある？」

「しっかりとした約束はしてないけど･･･
まあ、どうせ暇だし？
あんな風に押し切られたら断りづらいし」

「強引に押し切られたから仕方ないと？
暇なら誰とでも二人きりで出かけるというのか
･･･呆れ果てた奴だな」

「そういうわけじゃないです！
別に誰とでも遊びに行くわけじゃ･･･」

「なら星野とだから行くということか」

「そういうわけでもないですってば！
あ、あたしが友達と休みにどこ行ったっていいじゃないっ
どうして先輩が怒るのよ？」

　あたしの突っ込みに
　少し口ごもった様子でじっと鋭い眼差しを向けてくる


　二人の間にしばらく沈黙が流れて･･･
　ぼそっと呟かれた


「ならばおまえ･･･

わたしが誘ったら、出掛けるのか？」



「･･･はいい？？」

　予想もしなかった返しに頭の中が？？？でいっぱいになる

　今何て言ったのこの人
　自分が誘ったら行くのか･･って

　んんん？？

　いくら考えても
　一緒にどこかに行く理由が全く思い当たらない
　それは彼だって同じはずなのに･･･
　･･･どういうつもり？



　あ、成る程
　魂胆が読めちゃった

　この人、またあたしの反応を見て楽しむ気なんだ
　本気で悩む様子を鑑賞して笑う気ね？

　･･･そうはいかないんだから


「先輩･･･」

「･･･どうする？」



「･･･ぷっ････あはははは」

「･･･！？」

「なーにそれ、冗談言っちゃって
そうやっていっつもあたしの事からかってくるけど
あたしだって毎度は引っかかりませんからね？

全く、先輩も人が悪いんだから！」

　笑いながら背中を思い切り叩いてやった



「･･･もう良い」

「･････はい？」

　俯いたまま
　低い声が周りの空気を凍らせる

　･･･あれ？

　なんか怒ってるみたい
　どうして？？


　下を向いたまま、きつい眼差しだけがこっちを向いた


「おまえのような馬鹿女にいつまでも付き合ってられん」

「なっ･･馬鹿って何よっ
あたしがあなたに何したって言うの？！」

「何だかんだと御託を並べていても
結局おまえ自身が星野と遊びに行きたいだけなのだろう

良かったな、誘われて
好きにしてくれば良いではないか」

「はあっ？！
あなたに言われなくても
別に最初から自分の好きにするわよっ」



「･･･そのアホ面を見ているとひどく不愉快になる
もう、帰る」

「ちょっ･･ちょっと！
好き勝手言い放題やっといて
いきなり帰るって何なのよっ」

「･･････」

「なんて失礼な人･･･

べーだ！！」

　こっちの声に振り返りもせず早足で去って行く
　その後姿をあかんべして見送った


「もう、意味わっかんない！
あたしが何したって言うのよ･･･」

　最初のうちは普通に話していたのに
　いきなり態度が豹変するんだもん
　不機嫌になったというよりは、なんだか落ち込んでいたような

　もしかして傷つけた？
　でも、あたし何か悪いこと言ったっけ･･･



「･･･うーん･････ああもうっっ！！
知らないもんねっあんな人
星野とどこにでも行っちゃうんだから！
ふーんだっ」










「おっそーい！！
星野ったら何してんのよっ」

　自分の方から指定しておいたくせに
　約束の時間になってもちっとも現れる気配がない


「全く･･･女の子を待たせるなんて最低な奴ね
はあ、待ち疲れたよ」

　近くのベンチに腰を掛けて
　定期的に水が噴き出す噴水の様子をぼうっと眺める

　ここはあたしにとって一番馴染みのある公園

　まもちゃんとデートの待ち合わせをしたり
　仲間で集まって作戦会議を開いたり
　何かあるとみんなここへ集合する
　こんな所でアイドルと待ち合わせなんかしていていいのかなあ

　･･･誰かに声掛けられたりして



「よう、おだんご」

「ぎくっ･･･」

「ごきげんよう、」

　この落ち着いた大人っぽい雰囲気の声は･･･
　振り返らなくても誰だか分かる


「はるかさん、みちるさん

･････････」

「･･どうしたの？」

「･････えと、あの･･･」

　振り返った目線の先には
　予想していた二人が立っていたわけだけど
　その格好に度肝を抜かされた

　色違いだけど物の見事なペアルックの上着
　対になったギザギザラインがやけに映えるデザインで
　周りからかなり浮いてるからはぐれても簡単に見つけられそう･･


「そんな服、どこで売ってるんですか？」

「まあ、あなたも着たいの？･･誰と？」

「おいおい
無粋な質問だな、みちる」

「いえいえいえっ
･･･あたしにはとても着こなせませんっ」

　こんなペアルック堂々と着れるなんて
　この二人、さすがだわ･･･


「おだんごは
こんな所で何してるんだい？」

「何かって、
休日の公園にいるのはデートのカップルか鳩だけよ、はるか」

「はあ、鳩ですかね･･アタシ」

「デート、なんでしょ？」

「いや、そんな大層な事じゃ
友達･･星野が今日付き合えって言うもんで」


「･･･！？」

「･･････」

　･･･あれれ？
　二人の空気が、変わった？


「星野･･･あいつ女ときたら見境い無しだな」

「えと･･･そう、なのかな？
そんな悪い奴でもないけど」

「あまり気を許さないほうがいい
狼に喰われてからじゃ遅いぜ、子猫ちゃん」

「狼って･･･あははっ；」


「はるかはモテる男が嫌いなのよ」

「･･･なるほど」

「おい、みちる」


「ふふっ
そろそろ行くわよ、はるか
若いカップルのお邪魔でしょう？

じゃあね」

「あ、はい」

　優雅に去っていく二人の後姿を
　ただ呆然と見守ってみた



「痛いよみちる
そんなに引っ張るなって

もっと、優しくして貰いたいな」

「あなたが他所を向かないでいてくれるのなら
優しくしてあげても良くってよ？」

「おいおい、
いつも君しか見えてないの･･分かるだろ？」

「そうかしら？なら、
･･･二人っきりになったらしてあげるわ」



「ははあ･･･
ああいうのを大人のムードって言うのですな」

　なんか、向かうところ敵なしって感じだわ




「お　だ　ん　ご」

「！！」

　掛けられた声と同時に視界が真っ暗になる


「だーれだ？」

「･･･あんたねー
遅刻しといてふざけるわけ？」

　目の前を遮るその手を強く振りほどいた


「ごめんごめん、待った？」

「あったり前でしょ！
人を呼び出しといて一体どういう･･･

なななっなんなのよ！それっ」

　振り返った瞬間
　その私服に突っ込まずにはいられなかった

　黄色と茶色のストライプがひと際目立つデザインのＴシャツで
　それだけでも十分インパクトはあるのに
　その下の方に大きく描かれた文字が更に強烈な衝撃をぶつけてくる

　何その･･･Ｓ　Ｏ　Ｓ　って？！
　･･･誰に助けを求めてるんだか


「ねえ、星野って

･･･タイガースファンなの？」

「何だそれ？？
そんな事よりさ、どうだよおれの私服
ハイセンスだろ？」

　･･･確かにある意味ハイセンスだわね
　アイドルってどんな服も着こなさないといけないわけ？

　ていうか、星野もみちるさん達もそうだけど
　最近ハイセンスって流行ってるの？


「星野さあ･･･
サングラスで顔隠す前にその格好をどうにかしなさいよ
目立ちすぎだって」

「はあ？別にいいじゃん
アイドルなんだからある程度目立つのは仕方ないんだぜ？
おまえもオレの隣にいる時はそれくらいの覚悟しろよ」

「やめてよっ彼女みたいに言うの
今日だって仕方なく来たんだからねっ」


「へー･･･仕方なく、ねえ
仕方なく約束の時間通りに来てくれたわけだ」

「時間を守って何が悪いのよ」

　ニヤニヤと笑って頭をぽんと叩かれた



「で、･･･どこいく？」

「はあっ？無計画なのっ
てっきり何か予定があるもんだと思ってたのに」

「別に遊びに行く場所なんてどこでもいいぜ
行きたい所言ってみろよ
動物園とか、遊園地とか」


　遊園地･･･動物園
　･･･どっちもすごく楽しそう


「うーーん･･･選べないよ」

「じゃあ
どっちも行くか？」


「･･･どっちも？」

「いいから
オレについて来いよ！」