季節はもうすっかり夏
立っているだけでじわじわと汗が頬を伝ってくる
それくらい暑い筈なのに、不思議と背筋は冷えていて
さっきからひや汗が止まらない
そんな状態で美奈子ちゃんたちと一緒に長い間
人が集まっている廊下で呆然と立ち尽くし
目の前の掲示板に釘付けになっていた
「ねえ、うさぎちゃん」
「･･･なあに？美奈子ちゃん」
「あたしも人の事言えないけどさ
･･･それにしてもひっどいわね」
「美奈子ちゃんだって
あたしとあんまり変わらないじゃん！」
「ちっちっち
うさぎちゃん甘いわね
昔の人も言ってたでしょ？
五十歩歩いた人より百歩歩いた人の方がえらいって」
「美奈子ちゃん、
五十歩百歩はそういう意味じゃないのよ；」
「それにしても･･･
二人とも一学期の期末もひどいもんだなあ」
「あーん；
またママに怒られるよーっ」
さっきからみんなと見ていたのは
一学期の期末試験の順位表
当然のように亜美ちゃんは満点トップ
まこちゃんは普通よりちょっと悪いほうだけど
そんな事よりも･･･問題はあたしと美奈子ちゃん
二人とも果てしなく離れた隅っこにちょこんと並んでいる
「ど、どうしよう；」
「うーん、
･･ちょーっと遊びすぎたのが悪かったのかもね？」
「学校のお勉強は
予習復習を心がけていればある程度は取れるはずなのよ？」
「えーでもさあ、ほらほらっ
最近戦いも増えてきて
家帰ってもへっとへとで何もできないし
お勉強する暇なんて全然なかったのよ！」
「たった今遊び過ぎのせいだって、言ったじゃないか；
･･･まあ、最近なんだかんだと勉強会もしてなかったよなあ」
「そうよう！前は結構やってたじゃない
ねえ、
またみんなでやらない？」
「はあー･･･
どうしたらいいんだろう」
重いため息が漏れてくる
いつもひどい点数ばかりだと大抵の事は気にしないあたしでも
さすがに言葉が何も出てこない
「ううっ･･･
こんなの、恥ずかしくって誰にも見せられないよ；
それにしたって･･･
どうして全員の順位を貼り出すんだろう
上位だけでいいじゃん！」
「･･･おまえのようなやつも居るのだと知らしめる為だろう」
「！？」
後ろから唐突にかけられた声にびっくりして
体が飛び上がった
「せっ･･･先輩っ」
「本当にひどい点数だな･･
後ろから数えた方が早いではないか」
眉を潜めた呆れ半分の瞳が
あたしをじっと見下ろしている
「別に先輩には関係ないでしょ！
･･･見ないで下さいよっ」
体を盾にして自分の名前を必死で隠した
「まあ、確かにわたしには関係のない事だが
･･･哀れだな」
「･･･何が？」
「このままだとおまえ、
夏休みは補習確定だぞ」
「･･･えええっっ
補習って、何！？」
「おまえのような馬鹿ばかり集めてやる特別授業だ
朝から夕方まで、一日中な」
「そっそんなーーっ
夏休みまで学校でお勉強だなんて･･･
そしたらそしたら
遊びに全然行けないじゃない！」
「わたしに言っても仕方ないだろう
･･自分の無能な頭を恨め」
「ひどい･･･みんなとのバカンスがっっ予定がっっ
どうしたらいいのよーっ」
「どうしても補習を避けたいのならば･･
追試までに何とかするしかないだろう」
「･･･追試？」
「それをパスさえすれば補習も免れる
追試まで死ぬ気で勉強を頑張る事だ」
「･･･今からどうやって何とかしろと；
それが出来るならこんな事になってないです」
「まあ、出来る者から教わるのが一番手っ取り早いだろうな
･･･教えてやろうか？」
「･･････はいい？」
その提案に、一瞬耳を疑った
「それ程時間は取れないが･･･
放課後や休憩時間の合間にでも
時間が空いた時くらい付き合ってやっても良いぞ」
「どうして、そんなことしてくれるんですか？
あたしがどうなったって先輩には関係ないのに」
「･･･夏休みまでおまえに学校に来られたら迷惑だ
休みの時くらい平穏に生徒会の業務をこなしたい」
「！？
べっ別にいいですよ
一人でどうにかしますからっ」
「･･･おまえ、
人の好意を無視している場合でないのではないか？
おまえの為に
わたしの貴重な時間を割いてやると言っているのだ
ありがたく思え」
「どうしてそんな押し付けられた好意を
ありがたく思わないといけないんですか！」
「あたし達の為に会長自らそんな事
･･･ありがとうございますっ」
「美奈子ちゃん！？」
あたしの後ろからいきなり顔が突き出てきた
「･･･っ･･いや、君には別に･･･」
「成績の悪いあたし達のお勉強まで見てくれるなんて
後輩思いな所はさすが生徒会長ですね
是非お願いします！
･･･会長の家で」
きらりんと
美奈子ちゃんの瞳の奥が光る
「なっ･･･わたしの家でだと？！」
「ええーっ！！」
突拍子も無い提案に
思わず3人で声を合わせて驚いてしまった
「ちょっ･･ちょっと！美奈子ちゃんっ」
無理矢理引っ張ってきてみんなで囲む
「何言ってるのよっ唐突に」
「そうさ、失礼だろ？」
「レイちゃんの家でもいいかなって思ってたけど
こんな丁度良いタイミングで
鴨が白菜抱えて目の前泳いでいるのよっ
見逃す手はないでしょ！」
「白菜･･･持ってたら沈みそうだね？」
「うさぎちゃん 突っ込み所がズレてるよ；」
「でも、向こうの都合も考えないで･･･」
「みんなさあ、そんなこと言っといて
･･･興味あるんでしょ？
会長のう・ち
色々と知るチャーンス！だと思わない？」
「色々と知るチャンスって；
でも･･･会長の家かあ
確かに少し気になったりして」
「･･まこちゃん？」
「あたしも実は
ずっと会長と全国模試のお話をしてみたかったのよね･･」
「亜美ちゃんまで･･･」
「じゃあ決まりね！！」
美奈子ちゃんが勝手に意見をまとめると
くるっと振り向いて先輩に手を振った
「と、言うわけで
ご好意ありがたく頂戴します！
今日の放課後お邪魔しますね
授業終わったら校門の前で待ち合わせですよー
じゃあまた後でっ」
「･･･っ！･･」
またこのパターンか
あの女･･･
いつも結論だけを提示して逃げるように去っていく
こちらの都合などお構いなしだ
「うさぎだけで良かったのだが･･･」
気がついたら
要らぬおまけがぞろぞろと付いて来る事になってしまった
しかも、わたしの自宅に来るだと？
他人を招き入れた事は一度も無いというのに･･･
勉強を見てやるという話から
なぜこんな方向へ話が進んでしまったのだろうか
本当に読めない奴らだ･･･
「はあー･･･
何でこんな事になっちゃったんだろ」
放課後、約束通り校門の前で
彼が来るのをみんなで待っていた
「会長の家に遊びに行けるなんて
なんだかラッキーしちゃったわね！」
「美奈子ちゃん、遊びに行くわけじゃないのよ？」
「男の人の家って･･ちょっと緊張するなあ」
「みんなして行く気満々なんだもんなあ･･･
でさあ、･･･
･･･どうしてレイちゃんもいるのよ」
「今日は掃除も代わって貰って全速力で来ちゃった！
こんなおいしい事
あたしだけのけ者にしようったって
そうは行かないんだからねっ」
「別においしくもないわよう･･･」
「あっ会長来た！
ここですよーっ」
「･･････」
そこに集まった面子を何気なく確認してみた
･･･なぜ一人増えている
こんな大勢で人の家に押しかけるつもりなのかこいつらは
結局どこへ行く時も全員が揃うということなのだろうが･･
･･･もう良い
彼女らのする事にいちいち反応しているとこちらが持たない
「案内するから、付いて来なさい」
「はーい！
よろしくお願いしますっ」
あたし達に一声かけるとすぐに前を向いて歩き出した
こっちの様子を気にする素振りも見せないで
自分のペースでどんどん先に進んでいく
みんな付いていくので精一杯なのに
この人･･･女の子に合わせて歩く事、できないの？
「あの･･会長のお家って、
ご家族は何人いらっしゃるんですか？」
小走りで追いついたレイちゃんが
にこにこしながら話し掛けた
「･･･一人暮らしだ」
「ええーっ高校生で一人暮らしなんですかっ
だからこんなにしっかりされているんですね
すごいですっ」
「･･･なあーにさっきから猫かぶってるのよ
レイちゃんたら」
「うふふ･･･うるさいわよ、
つ き の さん」
「いったーい！
ほーら、そうやってすぐいじめるんだからっ」
顔が笑ったまま
向こうには見えないように腕をつねられる
「ほほほっなーんの事かしら？」
「必死に本性隠したって見え見えなんだからねっ
乱暴レイちゃん！いじわるレイちゃん！
べべのべーーっ」
「黙って聞いていれば好き放題言ってくれちゃって････
そういうあんたはどうなのよっ
赤点まみれの能無しうさぎじゃないっ」
「何ですってーーーっ」
「はいはい、そろそろストップストップ！」
「まこちゃん、止めたって無駄よう
喧嘩の傘は泥よけにもならないってね」
「それを言うなら喧嘩に被る笠はなし、でしょ？
二人とも、ちゃんと前見て歩かなきゃ危ないわよ」
「止めないでよっ
大体いっつもレイちゃんは･･･」
「取り込み中失礼するが
･･･着いたぞ」
歩みがぴたっと止まった
その先を眺めたままみんな固まっている
「みんな？
･･･どしたの？？」
「ちょっと･･･」
「･･･あれ？」
「ええっ！」
「ここって･･･」
「･･･？？？」
みんなの目線を追ってゆっくりと振り返ってみた
･･･そのままあたしも硬直する
「う･･･そ･･
ここって、
まもちゃんの･･･マンション？！」
「えええー！！」
何、コレ
まさか先輩と同じマンションだったなんて･･･
これは偶然？それとも･･･
「どうした？」
「あの、
アメリカに留学しているうさぎちゃんの彼氏も
ここに住んでいるんです」
「だからびっくりしちゃいました！」
「不思議な巡り合わせですね」
「成る程･･･
では月野さんともすれ違っていたのかもしれないな」
「そう･･･なのかな？」
見慣れたエントランス
数え切れないくらい使用したエレベーターで違う階に降りたのに
辿り着いたその場所にはいつもと変わらない同じドア
「どうぞ、」
「お邪魔しまーす！」
「･･････」
間取りもほとんど一緒
洗面所の場所も部屋の位置も手に取るように分かる
初めて入ったのに
なんだかいつも来ているみたいに錯覚しそうだよ
「男の一人暮らしの割には掃除が行き届いてるな･･･」
「ほこり一つ落ちてないわよ！」
「シックな内装ねー」
「確かに･･･」
リビングを見る限り、彼がすごく几帳面なのはよく分かる
でも、･･･随分と殺風景
というより、極力物がない
部屋の中央にソファとテーブルが置いてあるだけで
それ以外目立つ家具は見当たらない
テレビはあるけど･･･
なんか生活する最低限の物しか置いてない感じ
こんなに生活感がない部屋も珍しい･･
趣味もなさそうだし
一人で住んでいて･･寂しくならないのかな？
「ふーん･･･」
「どうしたの？美奈子ちゃん」
「長い髪の毛が落ちている様子もないし･･･
パッと見、彼女はいなそうね
後でトイレ行った時にでも
洗面台の歯ブラシの数をチェックしておかないとっ」
「同棲しているわけでもないのにあるわけないよ；」
「リビングはお客さんを通すから
特に綺麗にしてるのかもしれないわね･･･」
「寝室とかさ
･･･あとでこっそり覗いてみちゃおっか！」
「みんな！
･･･だめよそんなことしちゃ」
「えーっいいじゃんバレなきゃ！」
「そんな事言っといて
本当は亜美ちゃんも気になるんでしょ？」
「べっ別にそんな事
･･･普通のお部屋だったわよ」
「亜美ちゃん･･･」
「ちょーっと姿が見えなくなったと思っていたら」
「もうっ行動が誰よりも素早いんだからっ」
「ちっ違うわっ！別に覗いたわけじゃなくて
さっきおトイレに行ったら奥のドアが開いていて･･･」
「･･･あーみーちゃーーんっっ！」
「なんか、不思議な感じ･･･」
窓の外が眺めたくなって
こっそりベランダに出てみた
少し下を見下ろすと
いつも通っていたまもちゃんの部屋がここからでも確認できる
同じベランダでも
少し高いだけで見える風景は全然違ってくるのね
「･･･あの部屋か？」
「先輩･･･
うん、･･そうです」
いつの間にか隣に寄り添っていた先輩の
少し寂しそうな横顔を見上げてみた
「ねえ、先輩･･」
「何だ？」
「どうして一人暮らししてるんですか？
家族は？」
「･･･遠くにいる」
一言だけぽつりと呟いて
また横を向く
「ふうん･･･」
その一言だけでは死んでしまったからなのか
それとも何か事情があって離れているのか
詳しい理由までは分からなかった
でも、一人暮らしだなんて･･･
小さい頃に交通事故で両親を亡くしてしまった
まもちゃんとちょっと重なる
しばらく眺めていたらその横顔がふっとこっちを向いた
「おまえは？」
「･･･え？」
「家族は何人いる？」
「えと、
パパとママと弟と、あと猫のルナがいるけど･･･」
「家に待っている者がいると、どんな感じだ？」
「どんなって･･･
もう、騒がしくって大変ですよ！
弟は生意気であたしのこと呼び捨てにするし
ママはテストで悪い点数取って帰るとすっごく怖いし
ルナはおせっかいだし･･･
でも、
パパはいつもあたしに優しいし
ママの作るホットケーキとレモンパイはすっごくおいしいの！
弟の進悟も、アレでかわいい所もちょっとはあるし
まあまあ、楽しいですよ？」
「･･･そうか」
何だかさっきより声の調子が下がった気がする
あたしったら･･･
一人で暮らしてる人を目の前に
賑やかで楽しいなんて言っちゃって
ちょっとはしゃぎすぎたかな
「･･････」
仲間にも恵まれ家族にも愛され
何不自由なく生きてきたから
そのような屈託の無い笑顔ができるのだろうか
世間知らずなそれを見ていると
わたしでも少々彼女を妬ましく思ってしまう
それでも
自分には無い物だからこそ
どこまでもおまえに焦がれて止まないのだ
溢れんばかりの愛情を受けて来たから
すべてを包み込む包容力が生まれた
享受したすべてを周囲に振り撒くように
これからもおまえは笑顔で居続けるのだろうな
「･･･そろそろ中に入るか
勉強を始めるぞ」
「はい･･･」
「あっうさぎちゃん達が戻ってきた！」
「待っていたのか？
別に先に始めていても･･」
「待っていたに決まってるじゃないですかっ
じゃあ、やっとみんな集まったことだし
･･･ここらでおやつターイム！！」
「･･･？」
鞄から教科書を出すと思って眺めていたら
何やら小さな包みが代わりに出てきた
聞きなれない言葉に反応が出来ず
そのまま彼女らの様子を伺う
･･･一体これから何が始まる？
「ねえねえまこちゃん
今日クッキー焼いてきたんでしょ？」
「ああ、」
「えークッキー！！
早く食べようよっ」
「あんた、ちょっとは待てないの？」
「お勉強前にはあんまり食べない方が
集中力は続くんだけど･･･」
「亜美ちゃん、そんなの気にしないの
糖分取らないと頭だって動かないわよ！
あ、会長
紅茶とかあります？」
「･･･おい」
「はい？？」
これは･･突っ込むべき場面なのだろうか
「何だ、
そのおやつタイムというのは」
「見ての通り
おやつを食べる時間です
会長も一緒に食べましょうよ！
まこちゃんのクッキーおいしいんですよ」
「･････」
確かこいつらは勉強をするという名目で
ここにあがりこんできたんだよな
だというのにいきなり菓子を広げて茶を要求してくるとは･･･
何を考えている？
当初の目的とはかけ離れた机の上の惨状を見て
何も言葉が出てこない
よく見たら既にうさぎは目の前のクッキーを一つ
口にほおばっていた
すぐに片付けさせて教科書を広げたい所だが
そのような状況ではもはやないようだ
さっさとこのくだらない時間を終わらせる方が
手っ取り早い気がする
「食べたら、勉強するのだな？」
「はーい！」
「もっちろんっ」
「･･･分かった
生憎紅茶の用意は無いが
コーヒーならある･･少し待っていなさい」
ここは大人しく要求を呑んでやろう
「全く･･･図々しいにも程があるぞ
何なのだ、あの態度は」
コーヒーを入れて部屋に戻って来たら
あまりの状況の変化に一瞬己の目を疑ってしまった
「レイちゃんっそれあたしのクッキー！」
「誰のでもないわよ！」
「うさぎちゃん
まだたくさんあるんだから落ち着きなよっ」
「あーっ美奈子ちゃん！！
あたしのジュースよっそれ
わざわざ買ってきたのにーっ」
「細かいことをいちいち気にしないの」
「みんなっ他所のお家で騒いじゃだめよ！」
何だ、この惨状は
ここは･･本当に出る前と同じ部屋か？
女がこれだけ揃うとこうなるのか･･
いや、性別がどうというより
こいつら･･･高校生だろう？
何だこの、子どものような騒ぎ様は
このような事態には慣れていない･･･
成す術無く立ち尽くしていたら
そのうち部屋中駆け回る追いかけっこが始まった
「待ちなさいよっ」
「やーいっ
のろまなレイちゃんこっこまでおーいで！！」
ドタバタとした足音
これでは下の階から苦情が来るのは時間の問題ではないか
なぜ人の家でここまで暴れられるのだ･･こいつらは
迷惑だと思わないのか？
手当たり次第物を投げつけては走り回り
仲間の制止の声も全く耳には届いていないようだ
呆気に取られてしまい
しばらくぼうっと眺めている事しかできなかった
･･･いや、悲観に暮れている場合ではない
はっと我に返り
一先ずコーヒーを横に置いて止めに入った
「おまえらやめないかっ
･･･った･･！？」
何か硬いものが飛んできて頭に直撃する
「何だ、これは･･･」
拾ったそれは弧を描いた取っ手が特徴的な
ピンク色の何かだった
球体の中央に戦士の印が刻んである
何やら異様なエナジーを感じるのだが･･･
これはもしや
戦士である為に必要な物ではないのか？
大事な物だろうに
くだらない喧嘩如きで投げ出すとは･･･
ほとほと呆れ果てた奴らだ
戯れに隠してやろうかとも思ったが
とりあえず見なかった事にして彼女らの傍に戻した
「いったーい！何すんのよっ」
「レイちゃんが先にしたんでしょっ」
ついには手を出した喧嘩に発展してくる
「付き合いきれん･･･頭痛がしてきそうだ」
現実から目を逸らして
このまま部屋を抜け出してしまおうか
いや、落ち着け･･･
目を背けても部屋がどんどん崩壊するだけだ
片付けるのも大変になる
ここは冷静に大人の対応をしよう
「あーんーたーはー･･･」
「･･･なーにーよー」
「･･････」
一呼吸置き、強めの声で叱りつけた
「こらっ君達！！」
「！？」
「･･･勉強しに来たのだろう
しないのなら帰りなさい！！」
「･･････」
「･･････」
急に辺りがシンとなる
喧嘩をしていた両者が
互いの頬をつねったままの体勢で固まった
「あ、やだつい･･
いつもの調子でけしかけちゃった」
「もっと早めに止めるべきでした･･」
「いや、あたしも止めなきゃいけなかったのに」
「ごっ･･･ごめんなさいっっ」
「･･･ぷっ」
皆が反省した態度を示す中
うさぎだけが下を向いて震えている
「･･･あ･･あは･･
あははははは！！！」
「･･･何が可笑しい」
「だって、こらー！って･･･
やだーなにそれっ先生みたい！
きゃははははっ････もがっ･･」
「うーさーぎー･･･」
「･･･誰のための勉強会だと思ってるんだい」
「大人しくしていないと追い出されるわよっ」
「すぐに片付けますから･･･」
「全く･･･」
「ねえ、･･･会長って意外と怖いわね」
部屋の片づけをしながら
美奈子ちゃんが小声で話し掛けてきた
「だから、前から言ってたじゃん！
あの人性格悪いのよっっ」
ちらっと後ろを振り向くと
部屋の隅で腕を組んだ監視役が
ずっと睨みを利かせている
「･･････」
その突き刺さるような鋭い目つきが
いつもあたしを縛って逃がしてくれない
何なの？この人
からかってきたり時には冷たく突き放したり
でも、ふっと触れてくる手は優しくて･･･
こうして親切に勉強見てくれようともしたりして
何だか･･気まぐれで変な人
片づけが終わると勉強会が始まった
「とりあえず何からする？」
「やっぱ数学でしょ」
「範囲はTが主に2次方程式でAが確立よ
中間の範囲でもあったけど
二項定理も少し入ってくるみたい」
「一先ず問題を解いてみて
分からない所が出てきたらわたしか水野さんに聞きなさい」
「はーい」
部屋の中に鉛筆の音だけが響く
ようやく静かになった･･･
「うーん･･･」
隣で問題集と睨みあいをしていたうさぎが
すぐに頭を抱えて唸り出した
「どうした？どこが分からない」
「･･･ここ」
「おまえ、
･･･一番上の問題から引っかかるとはどういう事だ」
「だってえ･･･全然わっかんないんだもん」
「これは、一度因数分解を使うのだ
共通因数を括り出して当てはまる公式を探せ」
「･･･どこをどうすれば解けるのかも
どの公式を使えばいいのかも分かんないよう･･」
「因数分解は中間の範囲だっただろう？
その時にしっっかりと学んだはずだ」
「･･･忘れちゃいました」
「おまえ･･･
2次方程式を解くには因数分解は必須だ
だから前もってやっておいたのだろうが」
「もういいじゃん！
その単元が終わったら終わりでさあ
なんで中間試験で終わった事を
もう一度勉強し直さなきゃいけないのよう」
「･･･身についていなければ意味が無いだろう」
「『解の公式』っていうのも意味不明だし･･･
これ、覚えないといけないんですか？」
「2次方程式を解く為に必要不可欠な公式だ
これに当てはめればどんな2次方程式も解ける
万能な公式なのだからしっかり覚えろ」
「で、･･･これ覚えるとどうなるの？」
「次の2次関数の単元で使うから
今のうちに覚えておくのではないか」
「えーなんでっっ
次で必要ならその時覚えればいいじゃん！
今覚えたってすぐ忘れちゃいますよっ」
「減らず口叩いていないでさっさと覚えろ」
「大体、
どうしてこんな複雑な式に当てはめると解けるって分かったのよ･･･」
「原理は授業で教わったはずだろう
･･･どうせ聞いてもすぐに忘れたか居眠りしていたのだろうが」
「なっ･･勝手に決め付けないで下さいよっ」
「うさぎちゃんずるい！！」
「･･･え？
何が？？」
美奈子ちゃんがいきなりテーブルを叩いた
「さっきからずーっと会長独り占めじゃない！」
「ホントに･･･
いつからそんなに仲良くなったんだい？」
「････っ！」
指摘されてはっとする
言い合いに気を取られていて気が付いてなかったけど
先輩のすぐ隣･･すごく近いところにいつの間にか座っていて
見上げたそこには、彼の顔
「やっ･･･やだなあっもう！
別にそんなんじゃないんだってば」
瞬時に彼から離れて笑って誤魔化した
「あーもう疲れちゃったよ；
休憩しよう！！」
うさぎがいきなり足を投げ出して床に倒れる
「月野さん･･もう集中力が切れたのか？
始めたばかりだろう」
「やっぱりあたしはだめなんです
お勉強が苦手なのっ
机に向かってるだけで頭が痛くなっちゃうよ･･･」
「こいつ･･･」
「すみません、
彼女もいつもはもう少し真面目にやるんですけど･･･」
「フォローしなくていいのよ亜美ちゃん
いっつもうさぎはこうじゃない」
「でもさ、中学生の頃
こうやってレイちゃんちに集まって
よくみんなで受験勉強してたよね」
「なつかしいなあ･･･」
「･･･受験勉強を見てやったのか？」
「ええ、あたしも一緒に勉強できましたし」
「それは、･･･とても大変だっただろう？」
「･･･はあ？」
「君達はまだともかく･･･
問題はおまえだ」
「あ、あたしが何っ」
「･･･どこから説明してやれば分かる？
小学生レベルからやり直したほうが良いかもしれないぞ
もはや数学ではなく算数から、か」
「失礼ねっ
そんなかわいそうな目で見ないで！」
「気の毒なのはおまえに付き合わされた水野さんだ」
「いえ、あたしは大丈夫です
うさぎちゃんには慣れてますので」
「亜美ちゃん；フォローになってないよう」
「本当に、よく高校に入れたものだな･･･」
「裏口入学なんじゃないのお？」
「公立にそんなのあるわけないでしょ！
レイちゃんの方こそ妖しいんじゃない？
私立のお嬢様学校にレイちゃんみたいのが入れた方が
学校の七不思議よ！」
「あんたは･･･」
「べべべのべーーーだ！」
「あーあ、こりゃもうだめだなあ･･･」
「今日は勉強会もおしまいね」
･･･おしまいだと？
まだ始めたばかりではないか
彼女らはこいつを甘やかしすぎだ
こんな事では本人の為にもならないぞ
「おい、･･･うさぎ」
「･･･ほえ？」
「追試の前までしばらく勉強を見てやるから
学校に居る間は時間が空いたらわたしの元へ訪ねて来い」
「えー！！休み時間まで勉強するのーっ！？」
「今のままだと確実に補習行きだぞ
おまえ本当にそれでいいのか？」
「･･･うっ；･･」
「乗りかかった船だ･･･
こうなったら徹底的に見てやる
覚悟しておけ」
「せっ先輩の鬼っ！！
みんな･･･助けてよう」
「いいなー！うさぎちゃんばっかり！！」
「たまにはしごかれるのも悪くないんじゃないかな？」
「あたしもできたら
ゆっくりと自分のお勉強したいかも･･･」
「これで少しは馬鹿も治るといいわね」
「な･･･何よう
みんなして先輩の肩持つわけ？」
「月野さん
･･･返事は？」
「･･･はい」
何だかんだと最初はごねていた彼女も
少しずつ打ち解けてくると積極的に質問してくるようになった
約束どおり短い休憩時間の合間にもわたしに会いに来る
その都度図書館やいつもの場所に赴き
時間の許す限り付き合ってやった
わたしを信頼し、無邪気に頼ってくる様子はとても可愛らしく
向けられる笑顔を独り占めも出来て
中々心地の良いひと時であった
思い返してみれば
あれが二人の束の間の蜜月だったのだろう
「せんぱーい！！」
いつもの場所で待機していたら
待ち人が階段の下から手を振ってこちらに向かってきた
「遅かったな
･･･どうだった？」
「追試、受かったよ！
ほら見てっっ」
誇らしげに答案をこちらに差し出してくる
「何とかギリギリか
･･･何だ
ここはしっかりと教えてやったはずだろう？」
「もう、いいじゃないですかっ
無事にパスしたんだから」
「わたしが時間を割いてやったんだ
受からなければ困る」
「･･･あのね
テスト返して貰ってすぐに飛んできたんですよ
先輩に一番に見て欲しかったの！
だって、先輩のおかげだもん」
ここ最近一番の輝く笑顔がわたしを労う
「まあ、おまえにしては頑張った方だろうな」
「えへへ！
本当に、ありがとう！！」
「良く･･やったな」
褒めてやろうとおだんご頭に手を伸ばす
その時
思わず絶句する一言が彼女の口から飛び出てきた
「あーホント良かった！
これでみんなとスリーライツのライブにも行けるよ」
触れる寸前で伸びた腕がぴたりと止まる
「･･･どこに行くと？」
「後ろの席でいっつもちょっかい出してくる星野ってヤツが
夏休みにミュージカルの主演をやるんだって
それを観に行く予定をみんなと立ててるんです」
「ライツの･･･ミュージカルに行くだと？」
「うん！
あとね、みんなとキャンプにも行くんだから！
なんか美奈子ちゃんが近くでライツのロケしてるからって
場所は強引に決まったんだけど･･･
3人に会えるかもって美奈子ちゃんが今からはりきってて」
「･･････」
「･･･よーしっ
高校生の夏休みを悔いの残らないよう
精一杯楽しむんだからねっ！！
本当に、先輩のおかげですよ？
･･･あれ？どうしたんですか？」
「おまえというやつは･･･」
恩を仇で返すような事を抜け抜けと言いおって･･･
横で頭を抱えているわたしを
あどけない瞳が不思議そうにじっと見つめてくる
「あたし、･･･何か変な事言いました？」
「･･･何でもない」
勉強など･･･教えてやるのではなかった
 
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