「あー疲れた;
まさかこんな所でまで変身して戦うことになるなんて・・・
正義の美少女戦士も大変ね」

 バス停のベンチに腰掛けて
 戦いで疲れきった体を休めながら
 ぽつんと一人、帰りのバスを待っていた


 セーラー・・・スターライツ
 やっぱり彼女達は敵じゃなかった
 だって、あたしを助けてくれたんだもの

 一緒に戦おうって言ったら頷いてくれて
 これからすべてが始まると思ったのに・・・
 もう少しで打ち解けられるはずだったのに



「・・・はあ・・」

 落ち込んだ気持ちを吐き出そうと
 さっきからため息ばっかり漏れてくる

 協力し合おうと思った矢先
 ウラヌスとネプチューンがいきなり
 彼女達に攻撃を仕掛けてきて・・・

 あの時の二人の言葉が脳裏に浮かんできた





「正体のわからないやつらに心を許すな!
あいつらは太陽系の外から来た侵入者だ

そんなやつら・・信用できない」


「そんなことない!!
あの人達、あたしを助けてくれたのよ
どうして彼女達と一緒に戦っちゃだめなの?」


「外部の侵入者からあなたを守る事があたし達の使命なの
分かって、セーラームーン」

「・・・っ・・」





 ・・・分からないよ

 ウラヌスもネプチューンも
 どうしてあんなに警戒するの?
 あたしの為に言ってくれているのは理解できるけど・・・

 それでも
 どうしてもあたしには彼女達が悪い人には見えない


「信じあえないのかな、本当に・・・」


 ううん、そんなことない
 どんな人とだって話し合えばきっと分かり合える
 お互い心を一つにすれば
 どんな敵にだって立ち向かっていけるはず



「・・・負けないもん、あたし」

 絶対に二人を説得してみせる

 満天の星空に自分の決意を誓った
 そのままベンチにもたれかかると
 疲労感でいっぱいの体はどんどん重くなっていって・・・

 星空が ゆっくりと真っ暗な闇に溶かされていく










「あれがスリーライツか・・・」

 友人に会いに行くと言った彼女らと別れて
 こちらは一足先に帰る事にした
 バス停への道のりを一人歩きながら
 先程の彼らの演奏を思い出す


 アイドルの演奏など所詮安っぽい物なのだろうと
 期待は全くしていなかったが・・・
 はからずもそれに圧倒され魅入ってしまった



「戯れにアイドルをしているわけではないようだな」

 己の直感が何かを察知する

 彼らの演奏から感じたあの強い想いは何だ?
 憧れ、切なさそして情熱が音楽に寄せて伝わってきた

 どうやら彼らにとって音楽は想いを飛ばす為の手段のようだ
 あいつらは誰かのために歌っている
 それもたった一人の・・・おそらく、女性

 すべてを掛けてまで必死に想いを伝えようとするその相手は
 一体どんな者なのだろう



 そうこうしているうちに目的地に辿り着いた



 ・・・?
 バス停のベンチに・・人影か?


 その馴染みのあるおだんご頭に目が行く



「うさぎ・・・」

 こいつ、来ていたのか・・・いつの間に?

 後姿が先程から微動だにしない
 少し警戒しつつベンチの前に回り込んだ


「・・・・・・」

 ・・・どうやら寝入っているようだ


「またか・・・
相変わらずどこでも寝れるやつだな」

 その姿に少々呆れつつも
 起きている彼女と鉢合わせせずに済み
 ほっとしている自分がいた

 そのまま少し距離をおきベンチに座る



「・・・・・・」

 すぐ横から静かな寝息が聞こえてきた
 誘惑に負け、ちらりとそれに視線を送る

 安心しきっている能天気な寝顔・・・
 かつて数え切れないほど眺めてきたそれと同じだ
 おまえはあの頃と何も変わっていないな


 変わったのは・・・周りの状況か


 今やわたしは無力であり
 彼女には海の向こうに愛して止まない男が居る

 ・・・もはやわたしには何もしてやれない
 ふとした時に彼女の寂しさを感じたとしても
 どうする事もできない
 彼女が求める差し伸べられた手の先には
 わたしなどとうにいないのだから

 これ程近くにいるというのに
 なんと歯がゆい事か・・・


 だが彼女は元より一人ではない

 支えて強くしてくれる仲間がいつも傍にいる
 互いに信頼し合い、励ましてくれるくれる仲間が
 わたしの出番など・・最初から無いのだな

 今日一日彼女の仲間達と過ごしみて
 おまがどれだけ大切にされているか分かった

 それが分かっただけで、もう充分だ



 ライトの光が近づいてきて目の前で止まった
 到着したバスが扉を開けてこちらの様子を伺っている

 うたた寝をしている彼女を起こさぬよう
 静かに立ち上がりそれに向かう




「・・・・待っ・・て・・・」


「・・・?」

 気のせいだろうか
 呼び止められた気がした

 まさか・・・目が覚めたのか?
 ちらりと視線を送ってみたが後ろの彼女はまだ目を閉じている


 わたしの・・未練から来る幻聴か?




「・・・・・ど・・こ?」

 再び前を向いた瞬間
 その声がまたもやわたしの足を止めた


 ・・・どうしたというのだ、わたしは
 そのような幻聴など気にせず
 さっさと行ってしまえば良いではないか

 そう思っても、足が前に進まない
 まるで見えない力に引き戻されているようだ


 しばらくはその場で待機していたバスも
 こちらに乗り込む意思が無いと判断したのか
 扉を閉めて何事もなかったように去って行ってしまった



「馬鹿な・・・何をしている」

 己の行動に半ば呆れつつ再び彼女の隣に戻った




「うさぎ・・・?」

 念の為と小声で確認してみたが
 ・・・やはり寝ているようだ

 寝言だったか?



「全く・・・人騒がせな寝言だ」

 次のバスが来るまで、またこの状態が続くのか
 それまで目を覚まさないと良いのだが・・・

 こちらの気も知らず
 隣は気持ちよさそうに舟をこいでいる




 そのまま
 ゆっくりと重心が傾き
 こちらにもたれかかってきた


「・・っ・・!」

「・・・ん・・」

 首を預けるのに都合の良い場所を見つけられ
 寄り掛かられたまま落ち着かれる


 ・・・動けなくなってしまった




「何だこいつ・・・無防備にも程がある」

 動揺しているこちらの心中など
 知る由もないのだろう
 その無邪気な元凶が
 穏やかな寝息を一定の間隔で耳元に吹きかけてくる

 甘美な誘惑に惑わされぬよう
 他所を向いてそれに耐えた




「・・・・・い・・・で・・・」


「・・・?」

 うわ言のように何か呟いている
 好奇心に負けて躊躇いつつもそっと様子を伺ってみた


 眉が少し歪み唇が物言いたげに空を食む
 ・・・うなされているのか?
 それを聞き取ろうと少し顔を近づけた

 微かな寝言がわたしの耳元で囁かれる





「行かない・・で・・」


「・・・・・・」


 それは、わたしに言っているのか?
 ・・・まさかな
 おまえは誰を呼んでいる?

 掛けられた言葉に惑わされ
 またしても彼女に心をかき乱される



 ・・・覚えているのか?わたしのぬくもりを

 それとも、他の者と間違えているか
 海の向こうの愛しい男を求めているだけなのか
 だとしたら・・・


 いや、だとしても
 ・・・それでも良い

 わたしが代わりになる事で
 ほんのひと時でもおまえの寂しさが紛れるのなら
 癒してやれると言うのなら・・・

 このぬくもりに身を預けて、休め




「ここに いる
ずっとおまえの傍に」

 起こさぬように柔らかく肩を抱き寄せた
 彼女の懐かしい臭いがふわりと周りを包み込む
 ・・・愛おしさが込み上げてくる


 うとうとしている彼女の頭を撫でていたら
 うなされていた表情がふっと安らかなそれに変化した

 その様子を眺めているとこちらも心が和まされる



「このまま
この一瞬が永遠になれば良いのにな」

 おまえを再び連れ去れるものならいっそそうしてしまいたい
 閉じ込めたまま誰の目にも触れさせず
 ずっと独り占めしていられたら・・・

 だがそうしてしまえば
 また前と同じ事を繰り返すだけだ
 身勝手な愛情が彼女を苦しめる結果になる
 もう、おまえの涙は見たくない


 これで良いのだ

 願わくばその夢の中に
 少しでもわたしが出ていてくれれば・・・

 ささやかな願いが届くよう耳元に囁いた



「愛している・・・セレニティ」





「・・・ん・・」

 その声に反応したかのように俄かに彼女が動き出した


 止まっていた時間が再び動き出す

 名残惜しさを堪え
 気付かれぬようそっとその場に体を寝かせた


 腕が何かを探すような仕草で空に伸びてくる
 それを受け止めようとも思ったが、なんとか思い留まった


「すべて、忘れろ」

 このひと時は夢だったのだ
 夢は必ず覚める

 戻れ おまえの帰る場所へ










「・・あれ?・・・」

 気がついたらベンチに横たわっていた

 いつの間にか寝ていたの?
 一体どのくらいこのままだったんだろう



「あいたた・・・体がギシギシするよ;」

 ほんの束の間のうたた寝だったけど
 ・・・なんだか長い夢を見ていた気がする
 なんだろう、この不思議な余韻
 懐かしさと安心感が胸にいっぱい満たされている


 夢を見ている間
 ずっと記憶の片隅を揺すぶられていたような・・・
 誰かがずっとあたしを呼んでいた?

 あなたは、誰?
 夢の中のその人は・・・何ていってたっけ


 ・・・思い出せない
 でもずっと
 温かいぬくもりに守られていた気がする


 もしかして誰か隣に・・いた?

 すぐに辺りを見回してみたけど
 周りは人気もなくシンと静まり返っている


 ・・・気のせいなのかな
 でも、それにしては妙にリアルなぬくもりが
 目が覚めた今もまだ体に残っている気がするのよね


「うーん・・・」

 腑に落ちない心がもやもやといつまでもあたしを悩ませる


 さっきまで傍に誰かいたとしたら
 それは、誰?










「ちょっとだけだったけど
みちるさん達と話せて良かったわね」

「そうね
まあ、スリーライツに会えなかったのは残念だったけど


・・・あれっ会長?どうしたんですか?」

「・・・!」

 バス停から離れて辺りをうろうろしていたら
 先ほど別れたばかりの彼女らと鉢合わせしてしまった


「先に帰ったんじゃ・・・」


「・・ああ、少しな」

「バス停、反対方向ですよ?」


「あっもしかして
あたし達の事待っててくれたんですか!」


「いや、そういうわけでは・・・」

「もうっそうならそうと言ってくださいよっ
せっかくなんだから一緒に帰りましょ!」

 否定の言葉を遮られ、わたしの腕に飛びついてくる
 こいつは・・・どこまで馴れ馴れしい女なのだ

 そのまま引きずられるようにバス停に戻った



「あーっうさぎ!!
何やってたのよ」

 きょとんとした顔がこちらの声で振り向いた
 あいつ・・・まだいたのか?


「あ、みんな
・・・どうしたの?」

「どうしたの?・・・じゃないわよっ」

「みんな、待っていたのよ?」

「ごめーん
ちょっとバス乗り間違えちゃって」

「ああ、やっぱり;」


「どうせそんな事だろうと思ってたわよ!
・・・で、今まで何してたの?」

「はるかさんと一緒にみちるさんの楽屋に行ってから
・・・星野と会ってた」

「やっぱり抜け駆けしてたわねっ」

「まあまあ
・・・こっちも大変だったんだから、許してよう!」


 いつもと変わらないであろう仲間とのやり取りを
 足を止めて遠くから眺めた

 ああしているといつも通りに見えるが・・・
 先程まであんなに寂しそうな様子で
 わたしに寄り添ってきた者と同一人物とは、到底思えない



「会長どうしたんですか?
みんな行っちゃいますよ」

「ああ・・・


月野・・さんの彼氏は
確かアメリカにいるのだったな」

「ええ、そうですけど・・?」



「彼女を一人置いてなぜ遠くに行けるのだ
・・・なぜ傍にいてやらない?」

「会長・・・?」

 半ば独り言ではあったが
 このような事・・・彼女のような者の前で語るべきではない

 だが心の声が知らずに言葉となって口から出てきてしまう
 それを止められなかった


「恋人ならば
誰よりも近くにいて守ってあげるべきだろう
・・・それをしてやれないやつは恋人である資格はない」

 彼女に何もしてあげていないというのに
 あいつからの愛情を一心に受けているであろうその男に対して
 腹立たしい想いばかりが募る

 遠くに行くとしても、連れて行くべきだ
 片時も離さずに
 わたしならそうする

 なぜそうしない?

 彼女はあんなに寂しさを我慢しているというのに
 それが分からないのか




「・・・うさぎちゃんは
ただ守られているだけの女の子じゃない」


「・・・?」

 真面目な声に彼女の方を振り返ると
 勝気な少女の顔がこちらへ笑みを浮かべていた


「ああ見えて結構強い子なんですよ
確かに泣き虫でちょっとお間抜けで
あたし達はいつも振り回されてばっかりだけど・・・

うさぎちゃんがいるからあたし達は笑顔でいられる
あの子とならなんでも一緒に乗り越えてゆける
そんな、不思議なパワーを秘めた子なんです」

「不思議な・・パワーだと?」

「そう、本当に不思議なんですよ?
でもいつも一緒にいるとひしひしと感じるんです
出会った時から
あたし達はずっとうさぎちゃんに守られているの

誰よりも優しい温かな光で包み込んでくれた
孤独だったあたし達の心を、あの子が照らしてくれたんです」

 少女の横顔がふっと大人びる



「・・・だから決めたの
彼女の事は命を懸けてもあたしたちが助けるって

そう、みんなと誓ったの」

 最後の方はもはや彼女の独り言だった
 その凛とした横顔に戦士の顔が重なっている

 彼女は守られているだけの姫ではない・・か

 ずっと不思議だった
 なぜプリンセス自ら戦闘服に身を包み
 仲間と共に戦っているのかが
 それをやっと理解した


 彼女自身が守りたかったのだ・・・
 自分の仲間を自身の手で

 互いに互いを必要としている
 その中心でおまえは輝いているのか
 おまえは、みんなの希望なのだな


 思い返してみればわたしもそうだった

 彼女は
 暗闇を彷徨うわたしが求めて止まない光そのものだった
 そのすべてを包み込む笑顔に何度癒されたか分からない
 誰もが惹きつけられる
 底知れぬパワーを秘めた白い月のプリンセス

 おまえは・・・どこまで恐い奴なのだ



「まあ、少しでも大人しくしていてくれると
正直あたし達も楽なんですけどね?」

 真剣な顔がいきなり無邪気なそれに戻った


「だが、
・・・そんな彼女では物足りないと思わないか?」

「・・・っ!
ふふっ・・・会長も意外と鋭いですね」

「淑やかにしている姿など・・・想像もつかないではないか」

「きゃははは!
そこまで言われちゃうなんて・・・
うさぎちゃんってどこまでも暴走キャラなんですね」

「くくっ」

 顔を見合わせて笑い合う
 彼女らの方がうさぎとの付き合いが長いとは言え
 まさか、こんな小娘に諭されるとはな




「彼女を、・・・頼む」

 当人には聞こえないように小声で呟いた

 彼女らが傍にいればあいつはずっと幸せで居られるのだろう
 わたしはそれをずっと影から見守っていれば良い



「あ・・・ほらほらっ
バス行っちゃいますよ!急ぎましょう」












「ねえねえ、今度はさ
みんなでライツ主演のミュージカル観に行こうよっ」

「この前練習を見学しにいったあれね?」

「でも、チケット取れるかしら」

「大丈夫よ!あたしに任せてっ
ミュージカルのチケットくらい

・・・あたしの色仕掛けで
直接彼らから貰ってくればいいんでしょ?」

「美奈子ちゃんてば・・・そればっかだもんな;」



「・・・・・・」

 みんなでわいわいとしている間中ずっと気になって
 何度も後ろを振り返った

 一番後ろの席に一人
 ぽつんと座って窓の外を眺めている彼の姿

 みんなの輪の中に入れようとしたのに
 一人がいいって奥に行っちゃった
 せっかく一緒に帰ってるのに・・・


 ・・・よし!!

 意を決して彼の元へ向かった






「あの、・・先輩」


「・・・・何か用か?」

 少しこっちに目線を向けたけどすぐに視線が外に戻った
 やっぱりちょっと避けられているような・・・

 ううん、ここで怖気づいちゃダメ



「隣、座っていですか?」

「・・・・・・」

 返答はなかったけど来るなとも言われなかったので
 そのまま静かに横に座った

 少し緊張しつつ話しかけてみる


「あたし、実は道に迷っちゃって
結局コンサート聞けなかったんですよ
どうでしたか?」


「・・・まあまあだ」

「あっ!ライツとジョイントしてたバイオリンの女の人
あたし達のお友達なんですよ!
みちるさんっていうの」


「・・・そうか」



「ねえ先輩・・・
どうして一人でいるの?
皆のとこ行きません?」

「・・・っ・・」

 なぜわざわざ話しかけてくる?
 それも他愛ない話ばかりだ
 孤立しているように見えるわたしを
 みんなの輪の中に引き込もうとでもしているのか

 相変わらずこちらの気も知らずに
 何も考えず行動を起こす奴だ


 ・・・油断してなるものか
 先程の決意が揺らぎそうな己に釘を刺した



「特に用もないなら一人にしてくれないか?
少し疲れているので休みたいのだが」


「そう・・・ですか」

 やっぱりそっけない・・

 でも疲れてるからと言われたら
 これ以上話しかけるのも迷惑だよね

 諦めて席を立とうとした
 ・・・その前に、
 ふと思い出したことを最後に何気なく尋ねてみる



「ねえ、もしかしてさっき・・・
バス停のベンチに座っていませんでした?
うとうとしてた時、誰かが傍にいた気がするんですけど」

「・・・!?」

 ほんのわずかな心の隙間を狙って
 そこを突き刺すような質問が飛んできた

 ゆっくりと彼女に目を向ける



「・・・誰か、隣にいたと?」

「うん」

「その誰かが、わたしだと?」

「ええまあ
・・・違いましたか?」


「なぜ、そう思った」

「なぜっ て?そんなの分からないけど

・・・なんとなく?
そんな気がしただけです」


「・・・っ・・」

 わずかな可能性に気付いてしまい
 戸惑いから思わず目を逸らした

 こいつは・・・
 この期に及んでまだわたしを混乱させようとする

 どういうことだ?
 まさか本当に
 無意識にわたしだと気が付いていたと言うのか?
 誰かと間違えていたわけではなく
 あれはわたしだと、はっきりと

 わたしのぬくもりを・・・覚えていた?
 おまえの心の中にはまだわたしが残っている
 それが心の片隅に置き去りにした記憶だとしても
 今こうして引き戻して思い出してくれたのか



「・・・あの?」

「・・・・・・」

 一呼吸置いて静かに振り返り
 じっとその目を見据えた



「うさぎ・・・」

「・・・!!」

 その呼び声に心臓がどきっとさせられる
 久々に彼の口から自分の名前を聞いた・・


「何 ですか?」

 向けられた真剣な眼差しに
 少し畏まって返答する


「・・・例えばの話だが」

「???」


「自分の事を何とも思っていない相手がいたとして
おまえなら、その相手とどう接する?」


「あたしだったら って・・・?」

 いきなりよく分からない例え話をふられた


「それって・・・
その相手の事好きなの?」

「なぜそう思う」

「だって、
好きじゃなければどうやって接しようなんて
始めから思わないでしょ?」

 ・・・いつもは鈍いくせにたまに鋭いなこいつは


「そうだとしたら、おまえならどうする

諦めるか?」

「えっ・・どうして??」

 きょとんとした眼差しが
 じっとこちらを不思議そうに見つめてきた


「どうしてだと?
・・・おまえには怖いという感情がないのか
拒絶されて傷つく可能性もあるのだぞ」


「始めから、何もしないうちに諦めるの?」

「・・・っ・・」


「怖いって
・・・あたしだったら好きな人に気付いて貰えない方が怖い
どうして自分の心から逃げちゃうの?
まだ何も始まっていないのに・・・
あたしなら、絶対にあきらめない

せっかく生まれた誰かを好きだっていう大切な感情から
目を背けちゃうなんて
それって、すっごくもったいないと思いませんか?」

「・・・・・・」

 彼女には愚問だったようだ

 元より諦めるなどという言葉は
 おまえの頭の中にはないのだな

 今回の事もそうだ
 わたしにいくら冷たくされようが
 何度でも打ち解けようとめげずに接してくる
 その根性はかつての戦う姿からも見出せていた

 何事にも決して屈せず
 自分の意思を最後まで貫き通すその姿

 それに惹かれたのだ、わたしは
 何て事を思い出させる・・・この女



「おまえは、本当に強いな」

 ・・・あれ??
 彼の周りの空気がいきなり柔らかくなった

 気のせい?・・・じゃない
 ずっと険しかった表情がいつもの笑みに戻ってる


「強いって・・何が?」



「・・・神経が図太いということだ」

「はいい??」

 雰囲気が優しくなった途端に
 言葉に嫌味が混ざってきた


「得意の厚かましさで
昔から色々としでかしてきたそうだな
・・・さっきお友達からおもしろい逸話をたくさん聞いたぞ」

「ななっ!?
一体何を聞いたんですかっ」

「・・・さあな」


「やだもうっ 教えて下さいよ!」

「・・・ただの世間話だ
気にするな」

「そういうこと言うと余計気になるでしょ!」


「色々と言ったら色々だ
・・・いつものろまで迷惑かけられているとか言っていたかな?」

「・・・それ言ったの、レイちゃんですね
もうっ
あとで見てなさいよ・・」


「彼女は、おまえの天敵のようだな」

「そりゃそうですよっ
レイちゃんたらいっつもあたしばっかりいじめるんだから!」

「ははっ」

 彼の口から笑い声が漏れる
 なんだか、場が和みだしてきた



「・・・確かに
先程おまえの横に座っていたのはわたしだ」

「やっぱり・・・」

「よく気付いたな」


「だってなんか・・・」

 似ていると思ってしまったから
 ふとした時にそっと触れてくるあなたのぬくもり
 それと同じ余韻を目が覚めた後にも確かに感じていた


 ・・・!?
 自分の言葉を振り返り、ある可能性に気がつく
 それを考えたら急激に顔が火照ってきた


「って、あのっ
あっ・・あたしに何かしたんですかっ」



「・・・何をしたと思う?」

「・・・っ・・!!」

 含み笑いがあたしの反応をおもしろそうに眺めてくる
 そのまま静かに顔へ手が伸びてきて 頬に触れた


「・・・あ、・・・えっ?・・ちょっとっ

ふにゃっ!?

・・・いったーい!!
何するんですかっっ」


「・・・どこでも寝られるその分厚い面の皮をつねってみただけだ
こんな風にな」

「えっなっ・・・何よそれっっ
もうっ!」

 される事にいちいち反応し、
 真っ赤になってこちらを睨んでくる
 その様を見ているとつい安らぎを感じてしまう

 結局わたしはどこまでも彼女に弱い
 少しつつくとすぐに怒って膨れたり
 その可愛らしさにずっと触れていたいと思ってしまうのだ


 それにしても
 心の奥底にまだわたしの居場所が残っていたとは・・・
 ずっと忘れないでいてくれたのか?
 だがそれならば・・・
 わたしはまだおまえの傍にいても良いのだろうか

 彼女にしてやれる事が、まだあるのかもしれない



「バス停のベンチを我が物顔で占領しているな
どこまでも図々しいやつめ」

「!!
さっ最近ちょっとからかわなくなったと思ってたのに
結局そうやって先輩もあたしのこといじめるのねっ」


「構って貰えなくなって
寂しそうにしていたのは、どこのどいつだ?」

「してないです!!
大体先輩は自信家過ぎなのよっ
ちょーっと頭が良くて生徒会長やってるからってさ
あたしの事いっつも馬鹿にしてっ」

「ちょっと頭が良いせいで
おまえのような頭の悪いやつの劣等感が理解してやれない

悪かったな」

「んむむむむっ」

 少し前の二人に、戻った

 ・・・良かった

 やっぱりこっちの方がいい
 冷たくされるより
 からかわれたり構われてる方がずっと嬉しいよ

 久しぶりの弾む会話に、うきうきとしている自分がいる




「・・・うーさーぎー」

「・・・!!」


「なーに一人抜け駆けしてるのよっ」

「全く・・・目を放すとすぐこうなんだから」

「うさぎちゃんにはホント敵わないなあ・・」

「ちょっとみんなっっ
あのねっあたしはこの人にからかわれてたのよっ
別にいちゃついてたわけじゃ・・・」


「大丈夫よ、
まもるさんには黙っておいてあげるから」

「亜美ちゃんてば;だから違うのよう」

「何が違うのよっ
ちょっと待ちなさいよっ」

「あーん、みんなのいじわるーっ」


 何だ・・・この有様は
 あっという間にうさぎを取り囲み、全員で騒ぎ出した

 ・・・結局気がつけば彼女の周りに皆集まってくるのだな


「くくっ・・おもしろい奴等だな」

 慣れない状況に戸惑いつつ
 騒がしい様を傍観するように眺めた

 笑顔の耐えない彼女達
 その中心で一際輝くおまえの存在


 支配者の片鱗を見せつつも
 まだ無邪気さを残した未来の女王は
 その輝きですべての者を魅了する


 悔しいことにわたしもそれからは逃れられないようだ