今朝は寝覚めから最悪だった
夢見が悪く
体が重くて中々ベッドから起き上がれなかった
・・頭痛がひどい
こういう気分の悪い日は
大抵良くない事が続くものだ
これから起こるであろう嫌な予感を払拭しきれない
「おーい、おだんごー!」
「・・・っ!」
良く通る声が頭に響く
誰だ・・・朝っぱらから
腹立たしいほど元気な奴だ
声の主がわたしの横を通り越して
風のように走り去っていった
「おっはよー!おだんごっ」
少し前を歩く声をかけた対象に追いつくと
背中を強めに叩く
「・・・!!」
それはうさぎだった
「いったーい!何すんのよっっ」
「おはようって言ってるだろ?
かなり後ろからおだんごーって叫んでたのに
気づかなかった?」
「やめてよっ恥ずかしい人ね!」
「なあなあ
おまえ宿題やってきた?」
「えっええっっ!・・・宿題って、何!?
どの教科の??」
「オ・レ・の・宿題だよ」
「・・・はあ?」
「昨日テレビ見たか?
オレ達生放送の歌番組で歌ってたんだぜ」
「昨日?
・・・漫画読んでたからテレビ見てないや」
「おだんごさあ、少しはテレビ見てみろって
おまえの隣にいるの
結構すごいヤツなんだぞ?」
「知らないわよっそんなの」
「じゃあさ
今日の放課後の部活、おまえ見に来いよ
どうせ暇なんだろ?」
「勝手に暇人扱いしないでよっ
昨日あんなに振り回しておいて
また付きあわせるつもり?」
「かっこいいとこ見せてやるからさっ
絶対だぞ!」
「ちょっと!?待ちなさいよっ
行くってまだ決めてないんだからねっ」
・・・・・・
なんだ、今の光景は
じゃれあいを目の前で見せ付けられ
そのまま二人仲良く走り去っていった
・・・頭痛が増した
よりだるくなった体を引きずり歩みを進める
今日は厄日だ・・・
着く前から引き返したい程気が重くなった
やけに長く感じた午前の授業がなんとか終わり
昼休みくらい静かな所で少しでも休みたかった
いつもの場所に赴き、誰もいないことを確認すると
けだるい体を横たえる
・・・・・・
朝の光景をふと思い出した
「誰だ、あいつは」
着ている服もうちの制服ではなかった
そういえば昨日
どこぞのアイドル3人組が転校してくると聞いていたが
そのうちの一人か?
彼女をおだんごなどと呼びおって
馴れ馴れしいヤツめ
あいつと昨日の今日であれ程親しくなったというのか?
・・・誰にでも愛想を振りまく奴だな
昨日はヤツと一緒にいたからここに来なかったようだ
「わたしに会いに来る事より
そちらを優先するとはな・・・」
・・・まあ良い
いずれにせよもうわたしには関係ないことだ
昨日あれだけ突き放したのだから
いくら能天気な彼女でも二度とここへは来ないだろう
もうおまえはわたしの物ではない
今は他の男が好きだと言った
それについて恨み言など言う気もない
「・・これ以上会わないほうが互いの為なのだ」
このまま一緒にいたとしても何も変わらないだろう
ぶつかりあって傷つけあうことになるかもしれない
そんなことは元より望んでいない
わたしが傍にいない方が良いのならそれでも・・・
「おまえが笑っていれば・・それで良いさ」
結論を提示して自分を納得させた
そのまま静かな空間に身を委ね、目を閉じる
「・・・先輩」
「!!」
呼ばれる声にはっとして飛び起きた
・・目の前に立ち尽くしている人物に面食らう
「・・・うさぎ」
なぜ 来る?
あれ程きつい事を言ったというのに・・無頓着すぎるだろ
「何しに来た」
その意図を聞かずにはいられない
「・・・・・・」
それには何も答えず
いきなりわたしの腕にすがり付いて来た
「・・・っ!・・」
ぎゅっと
両手で挟み込んで離さない
その仕草に不覚にもドキリとさせられる
こいつは・・今更何を考えている?
「先輩・・・聞いて?」
弱々しい声が耳元でそっと囁いた
こちらに向けられる今にも泣き出しそうな表情
何かがあったのだと直感する
なるべく平静を装って尋ねた
「どうした?・・・月野さん」
「没収・・・されたの」
「没収?・・何をだ」
「・・・・・指輪」
その言葉に自然と目線が彼女の指先に落ちる
確かに・・・いつも嫌でも目に付いていた
いまいましい存在が今はどこにも見当たらない
何を言い出すのかと思えば、そんな事か
緊張の糸が一瞬で解れた
そんなくだらない事をわざわざ話しに来たのか、こいつは
少し投げやりに問いかける
「・・・誰にだ」
「生徒会の、女の先輩
眼鏡の・・・きつい目をした」
その容貌から思い浮かぶのは・・・
「ああ、副会長だな」
いつも黒縁眼鏡をして真面目な女を気取っているあいつか
「だから言っただろう
気をつけろと」
「だって・・・」
肩をがっくりと落としてうな垂れている
愚かなヤツだな
わざと目に付くように
その存在をアピールしているからこういうことになる
相変わらず浅はか過ぎる
その様子を平然と見下ろしてやった
「ねえ
・・・取り返して貰えない?」
「・・・・・・・・」
体が固まる
信じられない言葉が耳に入ってきた気がした
こいつ今、何と言った?
あの男から貰った指輪を
わたしに取り返して来いとか言わなかったか
・・・なるほど
やっとこうされる意図を理解した
「ははっ
そのために来たのか、ここへ」
呆れ半分に嘲笑う
「先輩にしか相談できなくて
だって、生徒会長・・・でしょ?」
「・・・・・・」
俯く彼女を冷静に眺めた
こういう時ばかりわたしを頼る
しかも、『生徒会長』としての立場のわたしをだ
成る程
さすが未来の支配者は言う事が下々の者とは違う
普通のヤツなら没収されたらそれで諦めるというのに
使える物は何でも利用して取り戻そうとする
このわたしまでその駒にしようというのか
その厚顔無恥な様子には
呆れを通り越して感服すらするわ
懇願を無視してふいと横を向いた
「心配しなくとも
卒業する頃には戻ってくるだろう」
「!!
それじゃあ遅いよっ
ねえ、何とかならない?
・・・お願い」
必死に腕にすがりつき、涙声で訴えてくる
ぎゅっと 掴んだままの両手から
服ごしに彼女のぬくもりを感じた
懐かしい甘美な誘惑
・・・だがそれはわたしを求めているわけではない
「・・・離れろっ」
その誘惑に打ち勝って腕を引き剥がした
「・・・会長の権限を
そんな個人的理由で使えるわけがないだろう
大体、おまえが悪いのではないか
人の忠告も聞かずに付け続けていたおまえが
奪われる覚悟もなく見せびらかしているな
それ程大事な物なら自分で取り返せ
人に頼るなっ」
少し口調を荒げて言い放つ
「・・・っ!!」
怒られたと思ったのか
ばつが悪そうに肩をすくめて口をつぐんだ
「・・・もういいです
すみませんでした」
すっと立ち上がると
いじけた顔をして小さく呟く
下を向いたまま
小走りに階段を駆け下りて行く様子を
ただ黙って眺めた
揺れる金色のしっぽがすぐに見えなくなる
「・・・全く、何を考えている」
無邪気なフリをして残酷な事をさらっと言う
本当に何も考えていないのか、したたかなのか
・・・読めない
「・・・卑怯なヤツめ」
彼女の存在が疎ましくてたまらない
なぜわたしをそんなに惑わす?
何気ない仕草やこちらに向けられる眼差しに
否が応でも心が掻き乱される
・・・それに打ち勝てない己が何とも不甲斐ない
昼休みがそろそろ終わる・・
結局あいつのせいでろくに休むことも出来なかった
放課後は早めに生徒会室に赴いて
少しでも体を休める事にしよう
ガラッ
「あら、・・・会長?
早いですね」
「・・・ああ」
放課後になり
誰よりも早く生徒会室に来たというのに
すぐに副会長が教室へ入ってきた
どいつもこいつも・・・わたしの休息を妨害するな
「会長が一番乗りだなんて、珍しいですね」
「・・そうか?」
答えるのも面倒くさかったが
とりあえず軽く相槌を打っておいた
「だって・・
最近あまりこちらにはゆっくりとされてないじゃないですか
特に放課後は来てもすぐにどこかへ行ってしまわれるし・・・
その都度私が探しに行くんですよ?
どこに行かれているんですか?」
「まあ、少し・・な」
・・・どこでも良いだろう
おまえには関係ない
「校内の見回りに行っているのだが」
「そうやって、何も相談せずに
一人で何でもこなしてしまおうとするし
もう少し私達を信頼して頂いていいんですよ?
せめて私にくらい・・・
一言、声をかけてください」
「そうだな、・・ありがとう」
こいつは、女房気取りな所がたまにある
会長の補佐ができるのは
自分だけだとでも思っているのか?
わたしは誰にも頼る気は無い
生徒会のやつらは所詮駒だ
わたしが全体を牛耳るためのな
それも分からないとは・・馬鹿なヤツだ
・・・そういえば
ふと ある疑問が思い浮かんだ
今、こいつは彼女から没収した指輪を持っているのか?
「・・・・・・」
まだ自分で管理しているのか
既に教師の手に渡ったか
探ってみないと分からないが・・・試す価値はある
ストレートに聞いても良いが
そうすると回収が困難になるな
・・・少し考えた
この女がわたしに気がある事は薄々気付いていた
少しつつけば何でも話すだろう
「・・・二人きりだな」
ぼそっと 独り言のように呟く
「どうしたんですか?・・・いきなり」
訝しげな顔がこちらをチラリと見た
「いや、別に」
それを逃がさぬよう遠目からじっと凝視する
「・・・っ!」
わたしの熱い視線に気付いたようだ
眼鏡の奥の瞳が急に忙しなく泳ぎ始めた
正視できないのか目を伏せているが
それでも時折こちらの様子を伺うように
チラチラと目線を送ってくる
その挙動不審な様子は
明らかにいつもの落ち着いた彼女ではない
静かに席を立ち窓辺に移動した
ゆっくりと振り返り
目の前の獲物が逃げぬよう
なるべく穏やかな調子で話しかける
「いつも誰かかしらいるから
こういうことも珍しいと思ってな」
「そう・・言われればそうですね
あまり、二人きりの時は今まで無かった気がします」
「皆がいると、言えないこともある」
「・・・え・・と?」
「君には、いつも迷惑かけている
すまないな」
「えっ・・・」
「わたしがいつも自由に動けるのも
影で君が支えてくれるおかげだからと
分かっているつもりだ」
「あのいえ、それが私の・・・
副会長の任務ですから」
本気で褒められていると思ったのか
照れながら眼鏡を掛けなおす仕草をする
その勘違いしている様子が何とも滑稽で
込み上げてくる笑いを必死で堪えた
「優秀な補佐がいると本当に助かる
これからも色々と力になって欲しい
君だけが頼りだ」
「え、あっ・・はい!」
「そんな遠くにいないで、こちらに来たらどうだ?」
すっかりと有頂天になっている彼女に
じりじりと魔の手を伸ばす
わたしの言葉に
ふらふらとしたおぼつかない足取りで近づいて来た
「きゃっ」
「っと・・・大丈夫か?」
目の前でけつまづいて転びそうになる
それを受け止めて腕の中に抱き寄せた
「す・・・すみませんっっ
あのっかか会長っ」
「・・・失礼」
「なっ何を」
たじろぐ様子を気にもせず眼鏡を奪い取る
「ああ、やはりそうだ
君はこちらの方がよく似合う」
「そう ですか?」
腕の中の獲物は既に抵抗すら出来ず
わたしに身を委ねていた
そのまま髪に触れていた指先を下へ移動させ
胸元を弄ってみる
胸ポケットの底に小さくて硬い感触
そこから取り出して中身を確認した
「これは、どうした?」
「あっそれは・・・
さっき一学年の生徒から没収したものです
後で職員室に届けようかと・・」
・・・見つけた
「そうか
・・・ではこれはわたしから先生に渡しておこう」
「そんな!
生徒会長自らそのような雑用しなくても・・・」
遠慮がちな声を塞ぐように耳元に唇を寄せて囁く
「この程度の事で、君の手を煩わせることもない」
「!!」
「・・・気にするな」
「は・・い」
触れていた手を彼女から離した
「実は、今日はあまり体調がすぐれなくてな
これを職員室に届けたらそのまま帰る
みんなにもそう伝えておいて欲しい
後の事・・君に任せて良いか?」
「え、ええっ
はいっもちろん!」
「では、頼む」
「あのっ・・・会長!」
使命感に燃えるその姿に背を向け
足早に生徒会室を出ようとしたら声をかけられた
目的は既に達した
それ自体にもはや興味はなくなっていたが
一応振り向いてやった
「どうした?」
「また、明日・・・」
「ああ・・・」
・・・それだけか?
くだらない会話に足を止めた事に少し後悔しつつ
今度こそ後ろを振り向くこともなく教室を後にする
「・・・何とも呆気ない」
何の苦労もせずに指輪を手中に収め
拍子抜けしてしまった
それにしてもつまらない女だ・・・
少し優しい言葉をかけたらすぐに落ちた
あれ程簡単になびかれると興ざめするわ
元よりどうでも良いが、あんな女
だが、いつも生真面目な様子で隣にいた女の
取り乱した様子は少々おもしろかった
しばしの退屈しのぎにはなったな
さて、こいつをどうしたものか
あいつと愛しの男を繋ぐ絆 とでもいうのだろうか
それが今やわたしの手の内にある
返すか?それとも・・・
いずれにせよ
何の見返りも無く返してやるのはしゃくだった
大切にしているものだと知っているから尚更だ
「・・・・・・・・」
少し悩む
一つ賭けでもしてみるか?
彼女が、今日中にわたしと会えたらこれを渡す
わたしに会いに来るのなら返してやろう
いつものあの場所へ
今日中にだ
わたしだって鬼ではない
頭の一つでも下げて感謝すれば快く引き渡そう
その光景を思い浮かべててみた
「・・・おもしろい趣向だな」
そうと決まれば・・
そのまま彼女との逢引の場へと急いだ
「さて・・・と」
いつもの場所 いつもの時間
あいつは来るだろうか
来なければ・・それまでだ
これも二度とおまえの手元には戻ってこないだろう
彼女が来るまでの暇つぶしに
戦利品を軽くつまんでまじまじと眺めてみた
中央のピンク色をしたハートを守るように
小さな石がぐるりと周囲を取り囲んでいる
よく見たらリングの裏にイニシャルまで刻んであった
青く輝く石を挟んで右にU左に・・M?
・・・二人の名前か?
「ふん・・・気障なヤツだ」
それにしてもこの指輪・・
子供っぽさをどうしても感じてしまうデザインだ
これを最愛の女に置いていくとは
変わらずそのままでいて欲しい
とでも言いたいのだろうか
どうやら、彼女はまだ大人として見られていないらしい
・・・哀れな女だ
好いている相手に女性として意識されていないとはな
確かに
あのあどけなさが彼女の魅力の一つではあるが
それとこれとは違う
年齢や見た目に惑わされて
彼女自身を見てやれないのは失礼だ
わたしだったら子ども扱いなどしない
おまえを一人の女性として見てやれる
望むのなら何でもしてやろう
少し考えれば分かるはずだ
どちらの傍にいるのが女として幸せになれるのか
それに、なぜ気が付かない?
・・・生ぬるい愛情にどっぷりと浸かりおって
「・・・・・・・」
先程からいらいらしていた
なぜわたしに会いに来ないのだ
・・・言い過ぎたか?
確かに昼間あれだけ突き放したのだから
来づらいのはあるだろうが
それくらいでへこたれるやつなら
わたしに指輪を取り返せなどと最初から言ってこれるものか
まさか
朝一緒にいたヤツの部活とやらに結局行くことにしたのか
おまえにとってその程度の思い入れしかないというのなら
・・・それでも良いぞ?
本当に返してやらないまでだ
「・・・どうしてくれようか」
手の中の指輪を固く握った
このまま屋上から投げ捨ててしまおうか
ふっと魔が囁いた
わたしの戦利品だ
どう扱おうが文句は言われまい
それに、おまえに運があったのなら
奇跡的に校庭で運命の再会が果たせるかもしれないぞ?
「・・はははっ」
我ながらなんと意地の悪い考えか
・・・だが あいつならそれでも見つけ出す気がした
運も奇跡もすべて引き込んで自分の力にするヤツだ
油断はできない
「・・・っ・・」
どうしたというのだ、わたしは・・
ゴミ箱にでも捨ててしまえば楽になるというのに
なぜそうしない?
実際後悔していた
手に入れた物の処分にまさかこれほど悩んでしまうとは・・・
わたしにとってはただのいまいましい存在でも
彼女には何ものにも代えがたい貴い物なのだ
相手に子ども扱いしかされていないと言えど
それだけ大切にされているのだという様子が
贈り物一つからも伝わってくる
必死に腕にすがり付いて取り返して欲しいと懇願してきた
あの涙目を思い出した
わたしだって・・・元より彼女が泣くことは望んでいない
頭の中を
色々な想いが巡っては消えていく
もう
彼女には関わらないようにしようと決めていたというのに
今もこうして惑う心が耐えず揺さぶりをかけてくる
混沌とした己の胸中を一つ一つ整理していくと
ごくシンプルな想いがいつも最後まで残るのだ
「・・・会いたい」
おまえに会いたい
ずっとただそれだけを考えて生きてきた
指輪を渡すほんの一瞬でも良い
こちらに向けられる彼女の笑顔が見たい
例えその笑顔の訳がわたしには無いとしても
愛しの男から貰った物が戻ってきた事が嬉しいのだとしても
わたしが取り返してやったのだと
手柄を見せ付けてやりたいとさえ思ってしまう
「わたしも・・・つくづく愚かなやつだ
・・ははっ」
自嘲の笑みが自然に浮かんだ
ほれた弱み とでも言うのか
結局彼女に甘いのだろうな・・わたしは
こんな・・・駒に成り下がるような事までしてしまうとは
「仕方がない・・・乗りかかった船だ
わたし自ら出向いてやるか」
心を決めるとその場から立ち上がり
急ぎ足で階段を駆け下りた
その数分後には彼女の教室に辿り着いたが
そこには誰も残っていなかった
もう夕方だ・・・
考えてみたらこんな時間まで居る訳が無かったか
「・・・当然だったな」
溜息が漏れる
勝手に会えると信じ込んでいた分
どうやら失望感も大きかったようだ
いや、会わなくて良かったのかもしれない
出会ってしまえば・・また想いが募るだけだ
教室の中を軽く見回すと
見覚えのある飾りのついた鞄が中央付近の机に掛かっていた
・・・まだ学校にはいるようだ
「ならば、すぐに気づくだろう」
取り返した指輪をその机の上に置いた
夕日に反射して輝くそれは
己の存在を誇示しているように見えた
「全く・・・あまり面倒をかけさせるな
もう没収されても手助けはしないぞ」
そのまま振り返らず教室を後にする
直接喜ぶ顔は見れなかったが
その姿は思い浮かぶ
それで良い
望むのは、おまえの幸せだ
「ああもうっこんな時間だよ;」
今日も結局星野に付き合わされて
放課後はずっと部活の見学で終わった
ついに部長さんに顔まで覚えられちゃったし
そのうちマネージャーにでもさせられそうだよ;
「今日のオレも大活躍だったろ?」
「星野さあ・・・次は他の子誘ってよ
あたしもう疲れたあ;」
「なんだよ、ノリが悪いぞ?
おだんごがあんまりテレビ見ないって言うから
わざわざこうして誘ってるんだろ
オレに構ってもらえるなんて
おまえすっごくラッキーな幸せ者なんだぞっ
分かってるのか?」
「別にラッキーでも幸せでもないわよっ
あーんもうっ、お腹空いたあ・・・」
「・・・なあ、おだんご」
先に教室に入った星野が
あたしの机の前で立ち止まって話しかけてきた
「何?どうかしたの?」
「これ、・・・おまえの?」
振り返ったその手元に、見覚えるのある輝き
・・・信じられなくて一瞬体が固まる
それ、まさか
今朝没収された・・指輪?!
「ちょっとっっ見せて!」
慌てて受け取った
本当に自分のものか隅々までチェックしてみる
・・・見た目も同じ
内側のイニシャルも・・・みんな
間違いなく、あの指輪だ
「嘘・・・どうして?」
こうして目の前で存在を確認しているのに
・・・まだ信じられない
でも、夢じゃない
確かにここにある
「・・・良かったあ;」
ほっとしたら少しずつ胸の奥から嬉しさが込み上げてきた
安堵の気持ちが自然に声になって広がっていく
「変なヤツ・・・
それってそんなに大事な物?」
「大事なんてもんじゃないわよ!
もう戻って来ないかもって心配していたから
本当に・・良かった
てか、星野がどうして持ってるの?」
「おだんごの机の上に置いてあったんだぜ?」
机の・・上?
じゃあ誰かがわざわざ置いていったの?
誰が?
どうして??
どうやって???
落ちてたのを拾ったとか?
って、あたしの物だって分かるわけないし
没収した生徒会の人が悪いと思って返してくれたのかな?
・・・すごく真面目そうな人だったからそんなこともなさそう
まさか、・・・彼?
「先輩・・が?」
思い当たる節はそこしかなかった
相談したのはあの人だけだったし
この事を知っているのも・・・
でも不思議
あんなに怒ってたのに?
自分で何とかしろとまで言われたのに??
やっぱりそんなはず、ないよね・・
「うーーーん・・・」
考えれば考えるほど不可解な事ばかりで
頭がごちゃごちゃしてきた・・・
でもまあ、いいや
よく分からないことは深く考えない
それがあたしの長所だし
面倒くさいことはこの際置いといて
今はこの感動の再会を噛み締めよう
「おかえり!
あたしの大事な指輪ちゃん!!」
自分から戻ってきたそれを最大限の歓迎で出迎えて
指定席の薬指に戻した
夕日にかざした手の隙間からきらりと反射するまばゆい光が
ただいま とあたしに答えている気がする
ぴったりなサイズがこれの持ち主だというなによりの証拠
「へへーっ!」
満面の笑みが内から溢れてくる
どこの誰だかわからないけど、ありがとう
きっとこれは運命なんだ
まもちゃんとあたしを繋ぐ絆は誰にも引き裂けない
例えどんなに離れていても心はいつも一つなんだ
いくら送っても中々届かない返事の手紙
遠距離恋愛に少し不安を感じていた心が一瞬で吹き飛んだ
大好き、まもちゃん!
「なあ、おだんご
途中まで一緒に帰ろうぜ」
呼ばれたその声で浮ついていた心が現実に引き戻された
「なーんであんたなんかとっ
・・・でもまあ
お腹空いたから何か奢ってくれるなら付き合うわよ」
「おまえ、食い意地がはってるからなあ・・・
財布の中身がついていくかなあ」
「あんたねっ
こんな時間まで付き合わせておいて
何もないなんて言わせないわよ
おいしいクレープのお店知ってるんだから!
早く行こうよっ」
教室を足早で出たら
もう頭の中はクレープでいっぱい
今日はどれを食べようかなっ
夕方の廊下にあたしと星野の軽やかな足音が響く
|