今まで何度逃げようと思ったか分からない
 その都度 力尽きて倒れてはデマンドに部屋へ連れ戻される

 彼はなぜあたしをここに留めておこうとするんだろう




「・・・・・・」

 ぼんやりとした意識の中で
 温かい手がそっと触れる

 優しく頭をなでる感覚が伝わってきた
 あたしはこの手を知ってる

 ・・・彼だ




「・・・デマンド?」

 心配そうな瞳があたしを見つめていた
 ・・・そんな顔もできるのね


「!

・・・気が付いたか」

 頭に触れていた手がそっと離れる


「・・・あたしは」

 うっすらと彼の腕の中に倒れた記憶が残っている

「あまり無茶をするな
体が持たないぞ」

 少しは心配してくれたと思ったのに
 すぐにいつもの顔に戻る


「・・・いつも
優しく頭をなでてくれていたのは あなたでしょ?」

「!?」

 そんな一面もあるのに
 なんでいつも何も言ってはくれないのだろう


「・・・デマンド」

 よろめく体を起こした


「なんであたしをここに連れて来たの?」

「いきなり何だ?」

「・・・答えて」

「その瞳を我がものにしたかったからだ

いくら泣きついても帰す気はないぞ」


「なんであたしの気持ちを無視するの?」

「くくく・・・
おまえの気持ちなど知った事か
わたしはわたしの好きにするだけだ」


「なんでいつもそんなに一方的に強引なの?」

「・・・・・・」

 さっきから何だこの女は
 一方的に質問ばかりなげかけてくる


「今日はやけによくしゃべるではないか

・・・そのうるさい口を黙らせてやろうか?」

 その唇をキスで封じ込める





 ・・・反応がない


「・・・・・・」

 唇を離した


「・・・・・・」

 いつもわたしの視線から逃げるように
 伏せてばかりだった瞳がまっすぐこちらを見つめている


「どうしていつもキスするの?」

「・・・何のつもりだ」


「あなたの考えている事があたしには分からないの」

「どういうことだ

何が言いたい?」

 分からない
 彼女がさっきから何を聞きたがっているのか


 あたしはいつもこの捕らわれた状況から目を逸らし
 逃げてばかりいた
 でも ずっとそうではいけない気がする


「あたしは・・・あなたの真意が知りたい」

「真意だと?」

「どうしてあたしをここに連れて来たの?
あなたはいつも何も言わずにただ強引なだけ・・・
それだとあたしはどうしていいか分からない

気紛れでここに留めているだけなら
地球に帰して欲しい

でも

・・・・・・
・・・・・・・・・・・」



 言葉が止まった
 あたしは一体何を言おうとしているのだろうか

 言ってしまったらもう後戻りはできないのに
 あたしにその覚悟はあるの?

 一時の感情で動いてはいけない



「・・・・・・」

 彼女の言葉が途切れた
 でも・・・何だというのだ

 続きを期待している自分がいる



「・・・・・・」

 彼の瞳を見つめてみた
 寂しさが溢れた 孤独な瞳

 彼の心を救えるのはあたしだけのような気がする





 だから決めた


「あなたにとってあたしが必要な存在で
傍にいて欲しいと言ってくれるのなら

・・・ここにいてあげる」



 ・・・何のつもりだ
 言っている意味が分かっているのか?

 おまえはいずれ邪黒水晶の暗黒パワーにエナジーを吸われ尽くされ
 ここで朽ち果てる
 それを待つだけの運命だ

 無理やり奪い取ってきた
 帰す気も元から全くない
 いてあげるとはどういうことだ

 自分の立場も分かっていない小娘が・・・




 ・・・なのに不思議だ
 その言葉をずっと待っていた気すらする

 わたしが望めば自分の意志で留まると言った
 無理に留め置くのと自分の意志で居続けるのは全く違う気がする



 ・・・分からない
 彼女に何と言えば良いのか




「・・・・・・」


「・・・ねえ、デマンド


想いは言葉に出してくれないと伝わらないよ」


「!」


 想い・・・
 わたしの彼女に対する想いとは何だ
 なぜこんなにこの瞳に惹かれるのか自分でも分からない



 ・・・本当にわからないのか?
 体をいくら奪っても満足できなかったが
 彼女と接しているだけで
 触れているだけで不思議と心が和んだ

 力尽きるまで弄べばそれで良いと思っていたが
 いつも彼女を失いたくないという矛盾と葛藤に悩まされ続けてきた



 今気がついた
 ・・・本当に欲しかったのはおまえの心だ




「セレニティ

わたしはおまえを愛している」


 愛している

 わたしがこんな言葉を口にするとは・・・
 だが言葉にした瞬間ふっと心が軽くなった
 不思議な感覚だ


「・・・やっと言ってくれた」

「セレニティ?」

 優しい笑顔がわたしを見つめた
 こんな表情は 見たことがない


「ずっと あなたの心が知りたかったの
いつも何も言ってくれなかったから
分からなかった

ありがとう」

「・・・なぜ礼を言う?」


「あなたは
わたしを特別な人だと認めてくれたんでしょ?」


 誰かを特別に想う事
 ・・・これが愛情か

 初めて触れた不思議な感情に
 戸惑いが隠せない


「・・・おまえと触れ合うと心が温かくなっていく
これが人を愛するということなのか」

「そうだよ

人を愛するという感情は誰でも持っている大切なものだよ」


 今までどんなに伝えようとしても届かなかった想いが
 たった一言で彼女に伝わってしまった
 なぜもっと早く気が付かなかったのだ
 こんなに簡単なことだったのに

 一番大事なものをやっと手に入れたような気がする



「セレニティ・・・

触れてもいいか?」

 あたしを気遣う言葉
 それがこんなに嬉しいなんて

「うん・・・いいよ」

 優しく抱き寄せられた
 デマンドの胸の中に顔をうずめる

 すごく温かい


「・・・・・・」

 抱きしめても逃げない
 わたしの腕の中で落ち着いている

「しばらくこうしていたい」

「・・・あたしも」




 静かな時が過ぎる
 こんな穏やかな時間が過せる日が来るなんて



「・・・愛している」

 言葉に出すと愛しさがこみ上げてくる


「愛している セレニティ」

 その唇にそっとわたしの唇を重ねた

「・・・・・・ん」

 甘い愛の言葉が心に染み渡っていく
 すごく心地よい



「セレニティ

・・・おまえは?」

「あたし・・・?」

「おまえの心も知りたい」


「あたしの・・・心」


 空気が一変した
 困ったような表情をする



「あたしは・・・・・・

デマンドを」


 言葉が続かない
 彼はあたしの一言を待っている

 言ってあげたい



 ・・・言えない

 あたしの心の中にはまだまもちゃんがいる
 それはどうしようもない事実



 何て言ったら良いの?

 こんなにまっすぐな心で接してきてくれたあなたに
 嘘なんてつけないよ


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 分かっていた
 セレニティはまだわたしを見ていない

 それでも
 嘘でも良いからその口から愛してるの一言が聞きたかった


 ・・・いや それでは意味がない
 彼女もそれを理解している

 だから答えが出てこないのだ




 ・・・誠実さは時にひどく残酷だ


「・・・無理矢理奪い取っておいて

少し虫が良過ぎたな」

「・・・ごめんなさい」

 デマンドを傷つけてしまった
 せっかく心を開いてくれたのに


「謝らなくていい」

 目線を逸らして
 今にも泣き出しそうな顔をしている


「そんな顔をするな

・・・わたしの目を見ろ」


 優しく頭を撫でられる
 顔を上げたら寂しそうな笑顔が目の前にあった


「おまえの心がまだ他にある事は分かっている

それでも・・・わたしの傍にいてほしい
おまえが必要だ」


 こんなあたしを必要だと言ってくれるの?
 まっすぐな気持ちが・・・痛い

 でも
 自分が望まれている事は素直に嬉しかった


「わたしはずっと暗い闇の中を彷徨っていた
おまえはやっと見つけた安らぎだ

・・・もう離したくない」

「それで・・・いいの?

あたしまだ・・・」

「わたしを愛していると
いつか心の底からそう思える時がきたら
その一言を聞かせて欲しい

待っても良いか?」

 なんでこんなに優しく接してくれるのだろう
 彼の期待に応えられるかなんて今の時点では分からない


 でも、あたしが傍にいるだけで
 あなたを癒してあげられるのなら
 傍にいてあげたい

 それは本心だ


「・・・・・・」


 少しためらった後
 小さく頷いたのが見えた

「おまえの心からの言葉を
ずっと待っている」

 そう彼女に伝え
 その温かい頬にそっと唇を寄せた