「・・・デマンド?」

 目が覚めたら彼の姿がなかった
 いつも横にいるのに・・・


 玉座の所かしら

 体調も悪くないし ちょっと様子を見にいこうかな・・・


カツーン・・・カツーン・・

 静かな回廊をヒールの音だけが響く
 何度歩いても・・・ここは怖い
 暗黒が支配した 静寂の城
 このまままずっと歩いていったら闇に呑まれてしまいそう




 デマンドがいた
 玉座で またワイン飲んでいるの?

 ・・・そういえばデマンドって何歳?
 17?18歳くらいに見えるけど
 未成年だったら飲酒はだめだよね

 あれ・・・日本じゃないからいいのかな?


「セレニティか?
何してる」

「!!
あっ・・・あはは」

 ・・・変なこと考えちゃった


「体調は良いのか?
もう少し休んでいても良かったのだが」

「ううん、ぐっすり寝たから大丈夫」


「・・・おいで」

 何か前にもこんな状況があったような

「うん・・・」

 ゆっくり歩み寄って
 足元に腰を下ろした

「そこではないだろう?」


「・・・やっぱりそこですか?」

 指先が膝を指している

「いいから 来い」

「・・・・・・」

 言われるままに膝の上に座った



「・・・あの、やっぱり落ち着かない」

 デマンドの瞳が近くて動揺しちゃうよ


「特等席ではないか

おまえ専用の」

 ・・・その笑顔は卑怯だ
 何も言えなくなる


「・・・またワインなんて飲んでるの?」

「飲みたければ飲んでも良いぞ」

「・・・そういうこと言って
また酔わせるつもりね」

「別に酔わせて好きにする気はないが
おまえの酔ってる姿は傍から見ていてとてもおもしろい

ほんのり赤い顔も可愛らしいし
やたら機嫌が良くて楽しそうだったぞ」

「結構です!」

 ・・・馬鹿にされてるし

「くくく・・・
相変わらずからかい甲斐のある女だな」

「もう・・・」

 最近デマンドがよく笑うようになった
 触れてくる手も優しい



 触れても怯えない

 不思議だ
 彼女に触れているだけで心が温かくなる

「セレニティ・・・」


 ここに来てから何度も呼ばれる前世の名前
 ・・・自分の名前を忘れてしまいそう


「あたしは・・・今はうさぎって呼ばれているの」

「うさぎ?」

「うん 月野うさぎ
あたしの名前よ」

「つきの・・うさぎ

うさぎ と呼べばいいのか?」

 頬を撫でる優しい手
 あたしをじっと見つめる熱い瞳

「うさぎ・・・」


 ・・・変にどきどきする
 彼には呼ばれ慣れていないから?

「・・・やっぱりセレニティでいい」


「?・・・そうか

もっと地球の話をしてくれないか」

「話?」

「おまえの事をもっと知りたい

楽しそうに話する姿を見ていたい」

「あたしのこと?
・・・特におもしろい話なんてないけど

毎日学校に行ってお弁当食べて
帰り道にみんなとクレープ食べて
家でママの焼いたレモンパイを食べて」

「・・・食べてばかりだな」

「うっ・・・」

 ・・・また馬鹿にされた

「それで?」

「・・・いっつも寝坊しちゃって遅刻して
先生に怒られて廊下に立たせられるし」

「何か聞いているといい所ないな
プリンセスがそんな風で良いのか?」

「ううっ・・・

・・・もう話しないもん」

「くくく・・・
すまなかったな」

 表情がくるくる変わる
 わたしの前で見せる新しい一面だ


「それにあたしはプリンセスじゃないよ
・・・普通の女の子だよ

勉強だって苦手だし
いっつも赤点だし

テストの答案をママに見せるのが怖くて
丸めて投げ捨てたらまもちゃんにぶつけるし


・・・!」


 自然に出てきた懐かしい名前
 ・・・思い出さないようにしていたのに





「・・・・・・」


「・・・・・・」


 沈黙の時がどれくらい続いたか分からない



「思い出させてすまなかったな」

「ごめん・・・なさい」


「昔のことは気にしない
今ここにおまえがいる

その事実だけで充分だ」

「デマンド・・・」

 優しく頭を撫でられた



「おまえのぬくもりを感じているだけで
どれだけ幸せか」

 髪の先にそっと唇が触れた


「あっ・・・」

 その唇が愛おしそうにあたしの手にも触れる

 あたしだけに向けられる眼差しがひたむきすぎて
 胸が・・・苦しい

 あたし・・・どきどきしてる

「・・・セレニティ」

 指先が唇をなぞる


「目を 閉じろ」

「・・・デマンド」

 ゆっくり瞳を閉じた


 彼と何度キスをしただろう
 優しく触れたり、時には情熱的だったり
 いつも体を溶かされて何も考えられなくなる





 ・・・・・・


 ・・・・・・?

 キスがこない




 前髪に指が触れた

「髪にゴミがついてるぞ

ほら、取れた」


「・・・デマンド」

「何か他に期待していたのか?」

「・・・・・・」

 顔が真っ赤になる
 こんなにもったいつけて雰囲気作っておいて

 あ・・・遊ばれている


「・・・いじわる」

「くく・・・そう膨れるな」

「・・・もう知らない」

 そっぽを向いてしまった
 そんな可愛らしいしぐさも含め
 彼女のすべてが愛おしい



「セレニティ

わたしにキスをしてくれないか」

「デマンド・・・」

「いつもこちらからするばかりではないか

おまえのキスが欲しい」


「・・・もうからかわない?」

「ああ・・」



「・・・目を・・・閉じて」

「・・・・・・」

「・・・・・・」




 ためらいながらそっと重なる唇
 優しいぬくもりがわたしの心を温める




「・・・・・・はあ」

「ありがとう・・」


 どうしよう・・・今すごく彼を抱きしめてあげたい
 ・・・すごく緊張するけど



「・・・デマンドっ」

「!!」

 そのまま首に手を回して抱き付いた

「セレニティ・・・

愛している」

 華奢な体を強く抱き寄せた
 もう離したくない



 あたしは彼を愛しているのだろうか
 ・・・まだ分からない

 だけど
 あなたの腕の中がこんなに心地よく感じる日が来るなんて
 思わなかった


「ずっと 傍にいてくれるか?」


「うん・・・傍にいるよ」

 約束を確認するかのように唇を重ねた