「デマンド・・・」

「・・・・・・」


 鋭く光る紫紺の瞳
 それから目線を逸らせない

 体が固まって・・・額から冷や汗が滲み出てくる



 今しがた言われた言葉の意味を必死で考えようとした
 でも頭の中が真っ白で 思い浮かばない
 覚悟って・・・何の?

 あたし・・・何をされるの??



「ちょっとっ・・・待って・・」

「待てない」

 真剣な顔で即答された



「おまえの・・・すべてが欲しい
もう手加減はしたくない」

「あっ・・・や・・デマンドっ

・・・っ!」

 ためらう心を塞ぐようにデマンドが唇を重ねてきた
 ぴったりと 隙間なく密閉して強い力で押しつけてくる

 その唇はあたしに心の準備の時間すら与えてくれない



「・・・・・・」

「・・・・・・」

 その時はどれだけ長かったか分からない
 まるでそのまま時間が止まってしまったかのような・・・





 過ぎ去ってしまえばほんの一瞬だった気もする

 ゆっくりと 名残惜しそうに唇が離れた



 あたしの首にそれが落ちていく刹那 鉢合わせた瞳の奥には
 変わらず強い熱情があふれていた



「・・・んっ・・!・・」

 首筋に唇が喰らい付く
 その感触に背筋が凍りついた


 ・・・違う

 いつもなら耳にかかる柔らかい吐息の心地よさに
 酔いしれてしまうのに・・・
 今のそれからは優しさが感じ取れない

 本当に同じ唇なの?



「・・・っ・・

・・・・足りない」

 この肌も今まで随分と味わってきたが・・まだ足りない
 彼女のすべてが欲しい


 すべて貪り尽くしてやりたい



「・・んんっ・・あっ・・!・・」

 喰らい付いた唇が吸い付いてきた
 何度も何度も角度を変えて首筋を強く吸い上げる


 体が・・・動かせない
 上からのしかかられて逃げる事もできそうにない
 強い腕の中でひ弱な抵抗をしても無視される

 これが彼の本気なんだ・・・
 今までどれだけ優しく扱われてきていたか
 こうされて初めて分かった


 さっきからずっとあたしの手首を強く掴む
 その腕の力が一切加減をしてくれない
 ぎりぎりと食い込んでくる



「やっ・・・お願いっ 優しくして

痛いよ・・・」

 感情が高ぶって少し声がかすれた


「・・・・・・」

 もはや返答すらない
 あたしの声が聞こえないの?



「・・・っ・・!・・・あ・・」

 すべてが今までと違う

 いつもより激しい
 いつもの優しさがない






 怖い!!


「や・・・

やめて!!いやっっっ」

「!?」


 明確な拒絶の言葉が出るのは久しぶりだった
 デマンドの動きがふと止まる

 きつくつかまれていた腕が緩められた




 体をゆっくりと起こして
 少し沈んだ瞳があたしをじっと覗きこんでくる


「・・はあ・・・はあ・・・」

「・・・・・・」

 体が震えている


 ・・・怖がらせた

 その怯えている顔を見て我に返る


 今までこの顔をさせないように優しく触れてきたというのに
 これでは元のもくあみだ



 結局何も伝わってはいなかった

 ・・・やはりだめなのか
 わたしのこの情熱はおまえには受け止められないか



「・・・セレニティ」

 失意に溢れた心を隠し
 なるべく穏やかな口調で語りかけた


「わたしと・・向き合って欲しい」

「デマンド・・」

 訴えかけてくる彼の瞳はさっきとは違う・・・
 深い憂いの色をしている



「おまえが思っている程わたしは紳士ではない
心も体も・・・どこまでもおまえを欲しているというのに

今までどれだけその怯える瞳に怖じ気づいて
己を抑えてきたか・・・分かるか?」

「・・・っ・・」

 実際それには気づいていた
 だけど知らない振りをしていた

 ・・・一度はその想いから逃げたから
 その時はすべてを受け入れる覚悟もなかったし
 強い想いをぶつけてきたデマンドがただひたすら怖かった
 それでもあなたはそんなあたしを分かってくれて・・・

 その優しさにずっと甘えきっていた




 さっきまでただ乱暴なだけだった手のひらが
 そっとあたしの髪を撫でてくる


「おまえのすべてが知りたい
わたしのすべてを知ってほしい
・・・そんなに怖がるな
わたしから逃げるな

ここに・・わたしの傍にずっといろ」


 切ない感情が心に迫ってきた

 こんなにまっすぐな想い
 今度こそ受け止めてあげたい

 怖がってばかりでは
 ・・・逃げてばかりでは何も始まらない




 ぷつっ と
 心の中で何かが切れる音がした







「・・・いいよ
あたしを好きにして

もう・・逃げないから」


 もう逃げない

 自分に言い聞かせるように言い放った




「・・・・・・」

 デマンドが少し驚いた風を見せた気がする
 それはすぐに疑いの眼差しに変わった



「・・本当か?」

 けげんな顔があたしの決意を確かめるように覗き込んでくる



「・・・ん」

 視線を逸らさずしっかりと見据えて頷いた



「・・・・・」

 あたしの覚悟が伝わったのか
 向けられるその瞳にはもう強さが戻っていた



 唇を指でなぞられる


「その言葉・・・撤回はもう許さない」







 もうずっと前から
 ううん、多分初めて目が合ったその瞬間から
 その瞳に捕らえられてしまっていた

 逃げる事なんて最初から無理だった



 その強い視線がゆっくりと近づいてきて・・・
 耳元で囁いた


「脱げ・・・自分で

わたしの目の前で」

「・・・っ」

 その覚悟を試すかのように言い放つ


「どうした?聞こえなかったのか」

 俯くあたしの顔をくっと指先で持ち上げた


 今なら何でも従うと気付かれている・・・
 悔しいけど・・その言葉には歯向かえない



「分かったから・・離して

・・・脱ぐ・・わよ」

 デマンドに背を向けてドレスに手をかけた

 視線が・・・痛い
 背後から無言の重圧を感じる



「・・・・・・」

 はだけたドレスの合間から白い肌があらわになっていく

 わたしの言葉に服従し、自ら素肌を曝け出していくセレニティ
 その姿は形容し難い程艶やかだった


 向けられた背中に触れてみる



「・・・っ!!」

 その指の動きに思わず体がびくっと反応した



「美しい・・・

この肌に触れて良いのはわたしだけだ」

 つつっと
 背筋を指先が伝う


「あっ・・・や・・やだっ・・・」

 触れられた所がぞくぞくっとして・・・
 感覚が神経に直接刺激してくる


「どうした・・・
何をよがっている?」

「・・・っ」

 その耳元で囁かれる低い声が
 あたしに何を言わせようとしているのか・・分かっている


 本当に
 一体あたしはどうしちゃったの?

 いつからこんな・・・
 心も体もあなたに支配されてしまっていたのだろう


 思考すら奪われて何も考えられない
 ・・逆らえない



 俯いたままデマンドの方を向き
 胸の中にもたれた



「・・・・・して」

 ぎゅっと
 紫のマントを握り締める



「・・・・・・」

 無言のまま
 後ろへどさっと押し倒された
 欲情に溢れた眼差しがあたしを見下ろす

 こうなってしまうともう・・・後はなし崩されていくだけだ





「・・・デマンド・・」

「今日のおまえは・・・素直で可愛い

そそられる」

 デマンドの口元がにやりと笑み
 そのまま 首筋に落ちた