薄暗い空間にぼうっと浮かぶ光のホログラム
 その中で着飾り、穏やかな微笑をこちらに向ける女神の肖像

 クリスタルトーキョーの美しき支配者 ネオクインセレニティ
 神秘的なその姿

 久しぶりにゆっくりと眺めた
 これもしばらく見ていなかった気がする


「やはり美しい・・・」

 ずっと・・こうして眺めているだけの憧れの存在
 触れることは愚か近づくことすらできなかった

 だが今は違う
 この腕の中に抱き締めることも
 触れてぬくもりを感じることも容易い


 セレニティ

 やっと手に入れたわたしの希望
 わたしの安らぎ
 ・・・一生離すものか


 初めて出会ったあの時、わたしに向けてきた蔑む瞳
 それを我が物にできればと過去のおまえを連れ去ってきたが・・
 あどけなさがまだ残る
 若きそれを自分の好みに仕立て上げるのもまた一興だ

 静かにたたずむ彼女の前で一人ほくそ笑んだ







「・・・デマンド」

 光り輝くネオクインセレニティの肖像
 それを見つめる憧れに満ちたその瞳・・・

 その光景を見ているとなぜだか心が不安で満たされてゆく



「・・・!

セレニティ・・いたのか」

「・・・うん」

 柱の陰から金色のしっぽが揺れ動く
 そこから動かずに身を隠して顔だけを覗かせていた

 その様子はどことなくよそよそしい



「どうした?
・・・おいで」

「・・・・・・」

 少し間を置いておずおずと近づいてきた



「セレニティ」

「あっ・・・」

 一歩引いて止まった体を引き寄せる



「・・・・・・」

「・・・・・・」

 どこまでも透き通った深い青色
 その瞳の中にはわたしだけが映し出されている



「美しい瞳だ・・・」

 それに吸い込まれるように唇を重ねた


「ん・・・」




「・・・愛している」

「・・・っ・・」

 ・・まただ


 恋焦がれるようなあなたの瞳
 一途な想いがそこからひしひしと伝わってくる

 ・・・その眼差しを感じる度に胸の奥が痛む


 じっと向けられる熱い目線
 それはあたしを見ているようで・・・すごく遠い所を見ている
 そんな気がする


 毎日語られる愛の言葉
 その言葉が真実なのは痛いほど伝わってくる

 でも・・・




「デマンド」

「何だ?」

 何か物言いたげな眼差しが
 さっきからじっとこちらを見つめてくる



「・・・・・・」

 ずっと 心の奥にひっかかっていたことがある
 今まで怖くて聞けなかったこと・・・
 その出かかった言葉を何度も飲み込んできた

 自分だけでは解消できない悩みが
 胸につかえてもやもやしている
 そして不安だけが大きくなっていく
 それを・・もう誤魔化していられない


 このままにしてあなたの傍にはいれないよ





「・・・ねえ」

 目の前で光るそれに目線がいく


「それは・・・ネオクインセレニティの肖像でしょ?」

「そうだが」



「あのさ・・・」

 ・・いきなり緊張してきた
 まるで、告白する前の落ち着かない心みたい




「・・・あなたはずっと
ネオクインセレニティに焦がれていたと言っていたけど
あなたが今でも愛しているのは彼女なんじゃないの?


あたしは・・・」


 ・・・言葉に出すのも怖い
 本当は聞きたくないよこんなこと

 でも、この惑う心を落ち着かせたい
 あなたの本心が知りたい



 デマンドを見上げた
 その紫紺の瞳から目を逸らさずに言葉を続ける


「あたしはネオクインセレニティの

未来のあたしの身変わりなの?」


「・・・・・・」

 その言葉に、彼の目は動じていない様子だった

 それとは裏腹に
 あたしの心はすごくどきどきしていて・・・
 今すぐにこの場から立ち去りたいくらい

 それでもその心に立ち向かい
 逃げずにしっかりと彼の眼差しを見つめたまま目で訴えた



 お願い 違うって・・言って

 ネオクインセレニティではなく
 あたしを愛しているってこたえて
 その想いをあなたの言葉で返して欲しい

 怖がっているあたしの心を安心させて・・・



 返されるであろう言葉を期待して待った




「何を言っている?

・・・同じ者ではないか」




「・・・なによ それ」

 あたしの緊張を他所に軽率なこたえが返ってくる
 その瞬間 心が固まった


「おまえは未来の彼女
いずれネオクインセレニティになる者だ
まあ・・今はもうわたしの妻だがな

彼女はずっとわたしの憧れだった
だからおまえをここへ連れ去ったのだ」

「・・・っ!・・」

 平然とした態度で淡々と口が動く
 いつも愛を語ってくれていた唇から
 一番聞きたくない言葉がたくさん吐き出された



 なんてひどい
 そんな言い方って ないよ・・・


 その冷酷な目を見ていられなくて下を向いた



「今更何を聞いている?」

 何も考えていない あっけらかんとした声
 それが頭上から響いてきた

 きょとんとした瞳があたしを覗き込む
 それと目を合わせたくなくて横を向いた



「・・・・・・」

 絶望があたしの心を包み込む
 唇が震えて言葉が出てこない


「・・・セレニティ?」

 さっきから横を向いたまま
 一切こちらと目を合わせようとしない

 わたしの話を聞いているのか?


「どうした?」

 そっと髪に触れた



「触らないで!!」

「!!」

 その腕を勢いよく振り払われる



「・・・・っ・・」

 青の瞳がキッとこちらを睨んでいた
 ・・・怒っているのか?



「・・何を怒っている?」


 ・・・その問いかけに腹立たしい気持ちが募る
 あたしがどうして怒っているのか・・
 説明しろとでも言わんばかりの口調

 本当に・・・何も考えていないのね





「・・・違う」

 喉の奥から声を絞り出した



「・・・?」


「あたしは・・・彼女じゃない」

「・・・どういう意味だ?」

 言っている意味が分からない
 彼女とは・・ネオクインセレニティの事か?



「いつもそう・・・
あたしにかけるあなたの言葉すべて

女神だとか憧れだとか愛してるとか
それって・・全部ネオクインセレニティへの言葉じゃない」


「だから、それはすべておまえの事だと言っている
わたしはおまえが欲しかった

そしてやっと手に入れたのだ」

「だから違うって言ってるでしょ!」

「・・・っ・・」

 声を荒げてわたしに抗する
 その威圧感にこちらも一瞬怯んだ






「・・・違うのよ」

 その顔がすぐに落胆へと変化する



「あたしはネオクインセレニティじゃない

・・・月野うさぎよ
あなたはあたしなんてちっとも見ていない


愛していないのよ」




「・・・・」

「・・・・・・」

 深い沈黙が辺りを包み込んだ

 こうして怒っている彼女を前にしても
 なぜこのような状況になっているのか皆目見当が付かない

 なぜそんな怒りの瞳をわたしに向け続けるのだ



「わたしの言葉のどこが気に入らない?
呼び方がどうであろうと
おまえを愛しているのは事実だと言っているではないか

・・・分からない女だな」


 この人は・・・

 さっきからあたしに
 どれだけひどい言葉をぶつけているのか・・分かってない
 分かろうとする気すら感じられない



「なんで・・・
どうしていつもそういう言い方しかできないの?

あたしの気持ち・・・全然分かってくれてないよ!」

「・・・!!」

 侮蔑の眼差しで睨み続けてくる態度と
 その言葉にむっとした

 お互いの主張が平行線を辿るばかりで歯がゆさが募る
 こちらもついむきになって口調がきつくなった


「分かっていないとはどういう事だ?
わたしは元からこういう男だ
こちらの気持ちはもう数え切れないくらい伝えているだろう
おまえこそ、それをなぜ分かってくれない?

・・・女のヒステリーには慣れていない
もう黙れ」


「・・・っ!・・」

 いつも最後はそうやって上から押さえつけようとしてくる
 どこまでも傲慢で、自分勝手な人



「・・・少し落ち着け」

「・・・・・・」

 うつむいたまま沈黙を守っている


 震えているその肩を引き寄せようとした






バチン!!


「なっ・・・」

「・・・・・・」

 デマンドの頬が赤く腫れ上がる



 呆気に取られている顔を見ていたら
 もう何もかもどうでも良くなってきた


「・・・・・最低」


「セレニティ・・」

 目を見開いて睨んだまま
 大きな瞳がうっすらと潤んでいるように見えた



「いつも・・都合が悪くなるとそうやって誤魔化して
あたしはあなたの人形じゃない!

もう・・あたしに触れないで・・・


・・・ばかっっ」

 乱暴な言葉を投げつけてその場から走り去った







「・・・・・・」

 白いドレスの裾がひるがえって闇に消え去っていく
 ヒールの荒い靴音がすぐに遠くなって消えた



 嵐のような一瞬の出来事に
 しばらくその場で呆然と立ち尽くす




「何だ・・・あの態度は」

 あれ程までに激しい怒りに震えた彼女は初めて見た


 ・・・なぜ怒った?
 先ほどの状況を思い出してみる




 ・・・・・・・・・

 自分を愛していないと
 わたしが愛しているのはネオクインセレニティなのだと言っていた


 ・・・やきもちなのか?

 何にだ・・
 未来の自分にか?


 ・・・馬鹿らしい




「・・・っ!・・
何だというのだ」

 訳の分からないこの状況に
 感情の行き場がなくなり冷たい壁を叩いた



「・・・くっ・・」

 何度も伝えてきたわたしの想いは・・何も通じていなかった
 その事実に気が滅入る


 どれだけおまえを望んでいたか
 ・・・彼女のほうこそ分かっていない

 ずっと・・・おまえだけを見ていたというのに
 やっと手にしたと思っていたのに



 違うとはどういうことだ
 彼女は・・今は名前こそ『うさぎ』だが
 未来のネオクインセレニティであるのは事実だ

 呼び方など・・どうでも良いことだ
 どこが間違っている?



「・・・はあ」

 重いため息が漏れた


 理由は未だ曖昧だが・・・
 何にせよ彼女を怒らせてしまったようだ

 その笑顔を・・やっとわたしのものだけに出来たと思ったのに









 笑顔?

 ・・・心に何かがひっかかった



 ネオクインセレニティはわたしに笑顔をみせたか?


「確かに…何かが違う」

 心を落ち着かせてじっくりと考えてみた



 ネオクインセレニティ


 不可侵の 全能の女神

 その女神はクリスタルパレスの奥でいつも佇み
 近寄ることすらわたしには不可能だった

 地球を襲撃したあの日
 無敵の城から偶然外に出てきた彼女と初めて目が合った

 その時のあの瞳・・・
 わたしを蔑み、排除しようとする眼差し
 その瞳をなんとか我が物にしたかった

 しかし、クリスタルパレスの奥で眠っているそれに
 迂闊に手出しは出来ない
 それで過去の彼女を奪い取ってきたのも事実だ


 なんとか支配しようと力尽くで乱暴をした事もあった
 だが、それは間違いだった

 力では手に入れられないものもある
 それを彼女が教えてくれた


 ずっと 心の奥底に封印して忘れ去っていた
 人を愛するという大切な感情
 それに気づかせてくれた



「わたしは・・・思い違いをしていたのか?」

 あどけない笑顔などあの女神は向けなかった

 わたしの孤独を包み込んでくれたのは
 温かい心で接して癒してくれたのは 彼女だ


 わたしは・・・
 いつの間にか触れることも出来ず
 ただ焦がれるだけの存在だった女王ではなく
 彼女に恋をしていたのか

 ・・・もう
 かなり前からネオクインセレニティの事など見ていなかった



 愛しているのはすぐ近くにいるあの娘だ






「セレニティ!!」

 はっとして振り返った

 つい先ほどまでここに・・・
 わたしの隣にずっといてくれたはずなのに




 今はもうそこに彼女の姿はない


「・・・っ!・・」

 ・・・今やっと
 セレニティの心の中の叫びに気がついた



「わたしはなんて・・・
ひどい言葉を彼女にぶつけてしまったのだ」

 おまえはいつも
 どこまでも素直な気持ちで接してきてくれていたのに
 それを受け止められなかった
 受け止めようとしていなかった

 闇の力を自らに取り込んでまで
 わたしの傍に残ってくれたというのに・・・

 それを考えると胸の奥が痛む



「・・何ということをした」

 己の浅はかさにひどく腹が立った
 その場に体が崩れ落ちる




 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・!?


 ・・・そうだ
 頭を抱えて悩んでいる場合ではない








 この想いは・・今伝えないとだめだ

 この瞬間を逃したら
 二度とおまえに手が届かなくなる気がする




「伝えないと・・・」


 頭で考える前に体が勝手に動き出していた
 彼女の元へ一秒でも早く行ってやりたい

 はやる心を抑えられない・・・




 セレニティ


 何処だ・・・
 何処に行ってしまった



 ・・・おまえに触れたい


 分かる
 きっとおまえは泣いている



 その震える体をすぐに抱きしめてやりたい