あたしはこの暗黒の星 ネメシスに捕らわれた
 もう・・ここから離れられない
 こうしている今この瞬間も
 体中を暗黒のエナジーが駆け巡っているのが分かる

 でも、それ以外何も変わらない
 穏やかで平穏な日々
 静かに時間だけが過ぎてゆく


 そんな昼下がり
 部屋の中央に置いてあるテーブルをはさんで
 デマンドと二人 向かい合って座っていた
 何をするわけでもなく
 お互いただ時間を持て余してぼうっとしているだけ・・・


「・・・・・・」
「・・・・・・」

 さっきからずっと
 彼が頬杖をついたままこっちを凝視してくる

 何のつもりだろ・・・
 一体どれくらいあたしの顔を眺めれば飽きるのかしら
 気まずさからずっと気にしないように顔を伏せていたけれど
 ひたむきに注がれるそれとふと目が合ってしまった

 その端整な顔だちについどきっとさせられる



「ねえ・・・」

 沈黙と視線に耐えられなくて声を掛けた


「何だ?」

「さっきからこっち見過ぎよ
・・・少し恥ずかしい」


「ずっと見ていたい

だめか?」

 平然と言われると拒絶もできない
 逆にこっちが言葉に詰まってしまう・・・


「別に・・いいけどさ」

「・・・・・・」

 揺れて金に輝く前髪の狭間から同族の証が垣間見られる
 それを見ていると
 セレニティを手に入れた充実感と同時に
 自分の犯した罪が思い返される

 わたしの想いは通じたが
 おまえの心を動かすことはできなかった

 求婚を受け入れてくれたその時ですら
 愛しているとは応えてくれなかった・・・

 その瞳はどうしたらわたしだけを見ていてくれるのだろうか





 あたしを見つめる熱心な瞳
 それはどことなく寂しそう・・・


 中途半端な気持ちのまま
 デマンドの元に残ってしまった

 ・・・彼を愛する努力をするべきなのかな

 ううん 努力なんていったら失礼な気がする
 それに、こういうことは努力してどうにかなるものじゃない


 ここに残るために闇の力を受け入れた
 それによって捨ててしまったものもたくさんあるけれど・・・
 でも 自分の決断に後悔はしていない


「・・・・・・」

 ふっと目線をデマンドから逸らし、物思いにふける


 光の溢れる世界で過ごしていたあの頃
 それは、思い返してみればもうすごく遠い事の様に感じた
 みんなとの思い出が
 少しずつ闇に溶かされ記憶の片隅に埋まってゆく・・・

 地球はどうなったのかな
 ・・・きっと平和な日々が戻ってきているよね
 みんな 普通の女の子に戻って笑っているといいな

 ・・・あの人も
 早くあたしの事を忘れて幸せになると・・いいな


「・・・・っ・・」

 それを望む心と裏腹に
 胸の奥がずきっと痛む



「・・・・・・」

 時折 遠い目をしているセレニティを見る
 それには気づかないふりをする事にしていた
 それが・・彼女に対しての配慮だった


 まだおまえの瞳の先にわたしはいないのか・・
 その思い悩む瞳を眺めていると言い様のない不安が襲ってくる




「セレニティ」

「・・・!」

 ぼーっとしている頭にデマンドの声が響いてきた


「なあに?」

「こちらに来ないか?」


「・・・う・・ん・・」

「おいで・・・」

 言われるがままに椅子を立ち
 彼の膝の上に座った




「・・・っ!・・」

 ぎゅっと
 強く抱き締められる



「・・・愛している」

「デマンド・・

・・・っ・・ちょっと・・・腕緩めてよ
苦しいよ・・・」


「・・・だめだ」

 今 ここにおまえはいる
 何も心配することはない
 そう思いたくても心の奥底にくすぶりが残る

 それをかき消そうと
 必死に彼女の体を抱き締め、ぬくもりを感じ取った



「・・んっ・・もう・・・

・・・・苦しいってばっ」

 離すまいとしている強い腕をなんとか引き剥がした


「・・・っ・・」

 片時も離れていたくないとでも言わんばかりの眼差し
 どうしてそんなに不安そうな瞳をしているのだろう

 ・・・あたしはここにいるのに


「何か心配な事でもあるの?」

「・・・そんな顔をしているか?」

「しているよ・・・
いつでも強気だったくせに

なんだかちょっと元気ない」

「・・・・・・」



「もうっ
元気出してよ!
せっかくあたしがいてあげるって言ってるのに」

 明るい声で背中を叩いた


「おまえはいつも元気だな」

「まあーそれだけが取り得だし?

・・・ねえ、
あたしだけじゃ役不足?」

 不安そうな顔を覗きこむ



「・・・わたしにだって不安も悩みもある」

 少し寂しそうに笑んだ


「デマンド・・・
あたしにそれを教えて?
あなたの不安も悩みも、全部」

 あなたを癒してあげたくて
 あたしはここに残ったのだから


「セレニティ・・・」

 わたしのすべてを包み込もうとする
 その包容力にはいつも驚かされる


「おまえは・・本当に強い女だな」

「何よっ話を逸らさないでよ」

「何にでも立ち向かっていくその姿には感服する
闇の力ですら自らに取り込み、もうこの星に適合している
脅威の順応力だ

・・・それともただのバカなのか」

「ちょっと!バカにすると怒るわよ」

 むっとした顔でこちらを睨んだ


「おまえには怖いものも不安なこともないのか?」

「そんなに単細胞じゃないわよっ

・・・あるわよ
あたしにだって悩みくらい」

「何だ?」

「何だ と言われても・・・」

 すぐには思い浮かばない


「・・・・・・」

「・・えっと・・・

・・・そうよっ
ここだといつもドレスばっかり着てるけどまだ慣れてなくて
裾踏んづけてよく転んじゃうのよ

おかげで見て!
この耐えない生傷をっ」


「・・・単細胞」

「むっ」

「おまえの悩みはその程度か」

 ふっと笑われた




「・・・他にも あるわよ」

「まだあるのか」

「・・・・・・」

 真面目な面持ちに変わった
 透き通った瞳がじっとこちらを凝視してくる




「・・・っ・・」

 ずっと、心に留めている悩みは確かにあった
 でも・・・それだけは彼に言いたくない



「・・・・・・教えてあげないっ」

「何だそれは・・」

「どうせバカだもん
べーだ!」

 深刻な顔が一変し、膨れた表情を見せた
 そのままそっぽを向く



「・・・ははっ」

「何よっその余裕な笑いは
怒ってるのよ!」

 怒っている彼女には悪いが、そのあどけない顔にわたしは弱い
 ころころと変わる表情を見ているとつい笑みがこぼれてくる

 ふいに見せる無邪気な仕草にはいつも癒され和まされてきた


「くくっ・・・すまない」

「んむむむっっ」





「おまえにだってあるだろうな

・・・わたしに言えないことくらい」


「・・・デマンド?」

 ふっと
 少し寂しそうなまなざしで笑みを浮かべた
 あたしの頭にそっと手が触れる


「言いたくなければ別に言わなくて良い」

 その おまえが胸に秘めている悩み・・・想い
 それがわたしを不安にさせているのだ
 ・・・分からないだろうな


 わたしはずっと安らぎを求め、探していた
 そしてやっとおまえを捕まえた
 だが手に入れたことで感じる不安もある
 それに気がついた

 ・・・今度は奪われる側になってしまったということだ
 かつての恋人や仲間達がもしおまえを助けにきたら
 一体どちらを選ぶのだろうか



 頭を撫でながら
 じっとこちらを見つめてくる瞳に無言で語りかけた
 この不安だけは一生伝えることはないだろう

 いや 元より伝えるつもりは全くない
 ・・・気づかせてなるものか


「・・・・・・」

 デマンドは気づいていない
 ・・・あたしの真の不安

 その・・熱く見つめるあなたの眼差しは
 本当に『あたし』を見ているの?



「ねえ・・・あたしはここにいるよ?」

「セレニティ?」

「どうして・・・
いつまでもそんな遠い顔をしているの?」

 遠い顔をしているように見えるのか・・・
 わたしにはおまえがそのように見えているというのに


 お互い相手を考え過ぎてすれ違っていたというのか?
 ・・・わたしのことを少しは考えてくれていたのだな

 そう思ったら
 このすれ違いさえも愛おしく感じた



「確かに・・・
最近わたしは少々弱気だったのかもしれない」

 すぐ目の前にいる彼女をしっかりと見つめた

 青い瞳が心配そうにこちらを覗き込む
 そんな顔を見ていると悩んでいる自分がくだらなくみえてきた


「おまえはもう・・・わたしの妻だったな」

「・・・デマンド?」

 セレニティはこちら側の人間になったのだ
 もはや眺めているだけの遠い存在ではない


 ・・・奴等は彼女を必ず取り返しに来るだろう
 だが、そのような事に不安を感じる必要はなかった
 どんな事をしても渡さなければ良いだけの話だ

 その自信はある
 自分の大切なものは自分で守りきる
 それくらい出来なくてどうする


 ようやく手にしたわたしの安らぎ
 それを奪おうとする者には容赦しない

 例えおまえの目の前で、かつての仲間や恋人を
 この手にかけることになったとしても
 ・・・それでおまえがどれだけ傷つこうと構わない


 おまえはわたしのものだ



「・・ククッ」

「!!」

 思わず体が後ろに引いた
 その不気味な笑みに戦慄が走る



「・・・どうした?」

「え・・・あの」

 ・・・瞳に強さが戻っている
 それはさながら少し前の彼のよう

 すごく鋭くて 冷たい瞳


「セレニティ」

 耳元で低い声が妖しく囁いた



「一生逃がさない

何があろうとな」

「・・・っ!」

 ぞくっと 鳥肌がたつ



「・・・おまえが欲しい」

「ちょっと・・・待っ・・

・・・っ!・・」

 少しためらう声を強い唇で塞がれた



「・・・・ん・・」

 いつもと変わらない 熱い唇
 強引だけどすごく温かくて力強い腕

 ・・・体の奥が火照ってくる



 気が付いたらデマンドの背中に手が回っていた


「デマ・・ンド・・・

・・・・んんっ」

「・・・っ・・」

 情熱的に求めてくる唇に酔わされて
 体から力が抜けていく
 お互いのもつれる舌先に感覚が集中して・・・
 何も考えられない




「・・・ん・・はあ・・・」

「この唇も・・・肌も・・すべてわたしのもの

誰にも渡さない」

 首筋に熱い唇が落ちてくる


「・・・っ・・・あ・・・」

 その動きに反応して小さく声が漏れた


 彼の愛撫にまどろみ 体の芯が溶かされていく
 どんどん夢中になっていく自分が・・・怖い



 柔らかくて温かい彼女の体
 吐息の間から漏れる
 その可愛らしい声にいつも心が惑わされる


「セレニティ」

「はう・・・
・・ん・・・・何?」




「続きは・・ベッドの中でしようか?」