その瞬間
デマンドの目が見開かれた
「・・・・・・・・・」
驚いた表情のまま固まっている
「どうしたのよ
・・・聞こえなかった?」
「いや・・・・聞こえた」
確かに 聞いた
・・・意外だった
望んでいた事だが
まさか本当に受け入れてくれるとは・・・
「本当か?」
思わずその意思を確認せずにいられない
「だから うんって・・・言ってるじゃない
信じられないの?」
「いや・・・
だがおまえはてっきり断るものだとばかり思っていた」
「何よそれ・・・自分からお願いしておいて」
「それはそうだが・・・」
「・・・ねえ」
呆けている顔を覗き込む
「嬉しいの?嬉しくないの?」
嬉しい のか?
・・・いや、それよりは
「・・・ほっとしている」
それが今、率直に感じている気持ちだ
「セレニティ
おまえを失わずに済んだ
本当に・・・良かった」
心の声が言葉となって自然に口から発せられた
「あなたって・・結構かわいいのね」
わたしのそんな戸惑う姿を見てくすくす笑い出す
目の前で笑顔を向ける彼女を見て
やっとこの状況に心が落ち着いてきた
「笑うことはないだろう・・・」
「ごめん
だって・・・
デマンドのそんな顔見たことなかったんだもん」
そんな顔・・・
一体わたしは今どんな表情をしているのだ
そんなにおもしろいのか
「そんなに懸命な顔
できるなんて知らなかったよ」
「それは・・そうだろうな
おまえの前ではいつも冷静でいたかったが
・・・今回は無理だった
おまえを繋ぎ留めようとするのに必死だった」
彼女の胸にもたれた
そのぬくもりを感じてほっと胸を撫で下ろす
「初めてだ
・・・こんなに緊張したのは」
「デマンド・・・」
あたしの胸の中に顔を埋めて落ち着いている
その仕草がなんだか甘えてきているように見えて
また笑いが込み上げてきそう
銀色に輝く髪を優しく撫でてあげた
「うん・・
あなたの切実な想いがとても伝わってきた
それがすごく・・・嬉しかったの」
わたしの想いが通じたというのか・・・
髪に触れる柔らかな指先に陶酔していたら
受け入れられた嬉しさが徐々に胸の奥に浸透してきた
愛おしさが込み上げてくる
そっと体を抱き寄せた
「もう・・・離さない」
「・・・ん・・」
優しさに包み込まれて心の奥が温かくなっていく
抱き締めているのはわたしのはずなのに・・・
不思議だ
彼女に守られている気すらする
・・・この強さには一生敵わないだろう
「でも・・・
謝らなければいけないことがひとつあるわ」
少しの間
わたしの腕の中で落ち着いていたセレニティが
ためらいがちに話しかけてきた
「何だ?」
「・・・・・・」
一瞬 間があった
「まだ
あなただけを愛しているとはいってあげられない」
「・・・・・・」
その言葉はできれば聞きたくなかった
わたしの想いは通じても
まだおまえの心を動かすことはできないのか
落胆が隠せない・・・
だが、それよりも今は
今後もずっと一緒にいられる事実の方が大切だった
「・・・前に言ったはずだ
いつまでも待つ と
その言葉は・・そう心から思えたらその時に聞かせて欲しい
今は傍にいろ
それだけで良い
・・・おまえはわたしの光だ
ずっとわたしの心を優しく照らしていて欲しい」
「デマンド・・・」
無理しているのがありありと感じられる
何て言ってあげたらいいんだろう・・・
ごめんなさい?
ううん、言葉なんて何もいらない
その辛そうな瞳に
極上の笑顔でうなずいてあげた
「セレニティ・・・」
わたしのすべてを抱擁し
照らしてくれるようなその笑顔
それを見て不安が瞬時に緩んだ
この顔はもう わたしだけのものだ
彼女に身を寄せて囁く
「・・・ありがとう」
コツ・・・コツ・・・
衰弱しきって歩けないあたしの体を抱いたまま
デマンドが回廊を進んでいく
どこまで行くのだろう
なんて果てしない・・・
この回廊はこんなに長かったのね
どんどん進んでもその先は暗闇ばかり
もう・・・覚悟は決めたけれど
漆黒の闇を前にするとその心が揺さぶられる
大きな不安があたしを覆い尽くしてくる
「・・・っ・・」
それを振り切ろうと
ぎゅっとデマンドの服をつかんだ
「・・・・・・」
その揺らぎを彼が感じていないわけがない
なのに、一切の言葉もかけず
あたしに目線も落とさないで
ただ前だけを見て歩みを進めていく
その姿は少し非情にも見えるし
強い決意の表れにも受け取られた
もう どこまでもあなたに着いて行くしかない
そのうち回廊の果てに行き着いた
ぽつん と扉が闇に浮かんでいる
それは言葉では言い表せない
独特な存在感をあたしに向けてきた
ここだけ他とは違う・・・
初めて連れて来られたけど特別な場所なのだと分かる
・・・こんな場所もあったのね
浮いていた体をそっと降ろされた
デマンドがその重々しい扉をゆっくりと開いていく
「・・・綺麗」
それがぱっと見で受けた率直な感想だった
闇に閉ざされた場所とはとても思えない
とてもきらきらしていて・・・幻想的
ここだけ世界が違うみたい
煌びやかに祭られた祭壇のようなものに一際目を惹かれた
辺りに厳かな雰囲気が漂っている
なんだか既視感を感じた
ううん 違う
これは・・・
「まるでムーンキャッスルの・・・祈りの間みたい」
「似ているか
ここはそういう場所だからな」
シルバーミレニアムの神殿 ムーンキャッスル
その聖域の祈りの間
凛としたこの雰囲気は・・・
正に記憶の奥底に残っているあの場所だ
懐かしいほどに覚えがある
「なんて神秘的なの・・・」
神々しさを前に膝が落ちた
だけど・・・なんて恐ろしい場所
厳粛な空間を重々しい空気が包み込んでいる
今までとは比較にならない程の暗黒パワーのエナジーを肌で感じる
・・・ビリビリとしてくる
圧倒的な力を前に鳥肌が立ってきた
威圧してくる力に対して体が震えているのが分かる
残り少ないあたしのエナジーが根こそぎ吸い取られていきそう
怖い・・・
「セレニティ」
「!!」
その呼ぶ声にはっと我に返った
「あ・・あたし・・・」
「・・おいで」
デマンドに肩を支えられ立ち上がる
そのまま抱き寄せられた
「・・・・・・」
目を閉じて
彼のぬくもりを感じていたら次第に心が落ち着いてきた
同時に覚悟の意思が湧き上がってくる
胸が・・高鳴る
「・・・・・・」
その澄んだ瞳をじっと見つめた
なんと静かな時だろう
この一瞬が永遠のようにさえ感じる
神聖な場に二人きり
もはやこの間を邪魔するものなど誰も居ない
白い月の王国の血を引く唯一人の王女
彼女を闇に取り込み
今度こそ二度と手放さない
「デマンド・・・」
「おまえを・・永遠に愛すると
ここに誓おう」
誓いを形にするかのように唇を重ねた
「・・・ん・・」
いつもの愛を伝えてくれるそれとは違う
少し固くて ひんやりとした感触
それはさながら儀式の一環のよう
しばらく触れ合い、そっと離れた
「セレニティ、これを」
「邪黒水晶の・・ピアス」
どくん と一回
自分の中から大きな鼓動が聞こえた
これを身に付けろと・・・
デマンドがあたしの様子をじっと見つめている
「・・・・・・」
一呼吸つき、心を落ち着かせて
自分の耳についているピアスを外した
「付けてくれる?」
「・・・・・・」
無言であたしの耳元に手が動く
・・・なんだか指輪交換の代わりみたい
金属の硬くて冷たい感触
すぐ後にずっしりとした石の重みを感じた
その瞬間
一気に闇の力が体の中へ流れ込んできた
「!?」
耳元が・・急激に熱くなっていく
「くっ・・・・・ああっ!」
あまりの衝撃に立っていられない
その場に倒れこみ
手をついてそれに必死に耐えた
「あ・・・熱い・・・」
左右の耳に揺れる漆黒の石
そこから熱が伝わり、全身を駆け巡る
身が・・引きちぎられそう
焼かれるような痛みが体中を突き刺してくる
「んんっ・・・あああっっ!」
全身の力が抜けて冷たい床に突っ伏した
痛いのか熱いのか・・もはやそれすら分からない
あまりの苦痛に気絶すらできない
・・・感じる
邪黒水晶のパワーに体がゆっくりと侵食されていくのを・・・
わずかに残されていた白月のエナジーが消え去ってゆく
「あ・・・」
そのまま全身を痺れが包み込んでいった
頭の中がどろどろに溶けて・・焦点がぼやける
力が全く入らない
もう・・指一本も動かせられない
不思議・・・
今の今まであんなに熱くて苦しかったのに
それが緩やかに快感へと変わっていく
迎え入れてくる闇がとろけそうなほど心地よい
指の先まで浸透してくる闇の力
それに身を委ねてしばらくまどろんでしまっていた
「・・・んんっ!」
全身が暗黒の力に呑み込まれると
今度は熱が額に集中していく
額が 熱い
割れるように痛い
逃げ場のない痛みが体に篭る
「・・・っ!・・」
あまりの激痛に悲鳴すらあげられない
行き場のない指先が空を彷徨うばかり
「はあ・・・はあ・・・」
「・・・・・・」
あたしが闇に包まれていく様子を
デマンドはただ無言で見下ろしているだけだ
その下で荒い呼吸を吐き出し続けた
彼女がわたしの足元で苦悶の眼差しをこちらに向けている
その姿が、不謹慎だがなんとも妖艶で美しい
恍惚とした表情にすら見える
手を差し伸べてあげればよいのだろうが
あまりの美しさにそれすら無粋な気がした
その手をとるのは
おまえがこちら側にきてからで充分だ
「・・・・・ん・・・」
彼女の動きが 止まった
静かに蒼い瞳が開く
「・・・あたし」
体が動く・・・
そのままゆっくりと上体を起こした
不思議な感覚だわ
頭が妙に覚醒している
ずっと・・ひどかった頭痛が嘘みたいに消え去っている
今まであんなに重かった体が信じられないくらい軽い
汗ばんだ額に触れてみた
・・印が逆さに変わっている
実際見てはいないから分からないけど
多分 目の前のあなたと同じ黒い刻印
・・・溢れてくる
体の隅々まで暗黒の力がみなぎっている
ずっと拒絶していた星が、あたしを受け入れたのが分かる
こんなに感じ方が変わるなんて・・・
「デマンド・・・」
その鋭い瞳を見上げ
忠誠を誓うかのようにその前にひざまずき頭を下げた
「・・・セレニティ」
彼があたしに手を差し伸べる
それを取り、立ち上がった
「・・・・・・」
「・・・・・・」
もはや言葉なんて必要なかった
ただ、お互いじっと見つめ合うだけで
何もかも伝わってくる
ここからがあたしたち二人の始まりなのかもしれない・・・
それを確かめるようにそのまま抱き締めあった
ついに手に入れた
わたしの温かい安らぎを
はるか昔
我々の祖先は罪を犯した
そして我が一族は反逆者という烙印を押され
地球からこの星に流刑されてきた
そして今 わたしも重罪を犯した
己の欲望のままに未来の地球のクインを奪い取り
消し去り我が物にした
その罪は言葉では言い尽くせないほど重いのだろう
だが、それくらい何という事ではない
彼女を闇に引きずり込んだ
その代償はどんなに大きくとも
所詮わたしにとって取るに足りない事
いくらでも十字架を背負ってやろう
セレニティ
・・・もうおまえはわたしから逃れられない
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