わたしは中途半端な男だ・・・
 すべてにおいて覚悟が足りない

 セレニティを失う覚悟も
 地球に帰す覚悟も
 暗黒に染める覚悟も


 ここ数日間
 ずっと彼女は生死の堺を彷徨っていた
 わたしの呼び声に引き戻され、こちらに意識が戻ってきては
 うなされて苦悶の表情を浮かべる

 その間、彼女の傍らに寄り添い
 冷える体をひたすら温めていた
 それ以外わたしは何もしてあげられない・・・

 苦しそうに眉を潜めるセレニティの姿
 それを眺めていると胸が痛む


 ・・・どうしたら良いのだ
 このままでは何も決断できず時間切れだ


 ・・・・・・



「セレニティ・・」

「・・・なあに?」

「少しの間傍を離れるが・・大丈夫か?」


「ん・・・大丈夫だよ」

「すぐ戻る・・・」

 汗ばんでいる額に軽く唇を寄せ
 頭をそっと撫でて立ち上がる


「いってらっしゃい」

 こちらに向けられる弱々しい笑みに見送られて部屋を出た









 冷たい玉座に腰を下ろす
 ・・・ここに来るのも久しぶりだ

 ここでの彼女との思い出も多い
 ぼんやりとしていると心に浮かんできた

 その時の彼女の元気な明るい顔が思い出される


「・・・っ・・」

 揺れる心を落ち着かせるために一呼吸置いた


 考える時間はそれほど多くない
 どうする・・・
 頭を抱えて悩み込む



 セレニティが倒れてからずっと
 己の中に潜む魔と必死に戦い続けてきた

 だが、このまま何もせず
 ただ衰弱していくのを眺めているだけなのは
 もう耐えられない


 彼女を暗黒パワーで飲み込み
 白い月の力を消し去ってしまう

 ・・・いっそ有無言わさずそうしてしまおうか
 悩むことはない

 おまえを助けたいのだ
 ただそれだけだ
 おまえのためなのだ


 ・・・そうだと口では言っていても
 結局はそれすら己のためなのだ

 彼女は死を受け入れようとしている
 その意志を尊重すれば
 このまま何もせず眠らせた方が良いのかもしれない

 わたしがそれを受け入れられずうろたえているだけで
 彼女自身からは何のためらいも感じられない
 わたしに助けて欲しいとすがってすらこない

 なぜだ・・・
 死ぬのがどうして怖くないのだ
 彼女には怖いものがないのだろうか


 わたしは怖い
 孤独な闇へと再び戻るのが・・・

 怖いからと彼女を道連れにしようとしている
 それはわたしの身勝手な考えだ
 そのようなものに付き合わせてはいけないのだ




 ・・・違う
 孤独になるのが怖いのではない


 セレニティを失う事が怖い

 その安らぎがなくなってしまった瞬間
 わたしがどうなってしまうのか検討も付かない

 それから逃れようと
 いつ己の感情に任せて
 彼女を闇に引きずり込んでしまうか分からない

 ・・・いや 少し前ならためらわずそうした
 彼女の気持ちなど構わずに自分の好きにした
 今までどんなものも力尽くで奪ってきたというのに
 わたしはどうしたのだろう

 力だけでは奪えないものもある
 ・・・それに気づかされた
 初めて手に入らなかったもの



 セレニティの心だ

 どんなに望んでも
 それだけはついに手に入れることができなかった

 なぜわたしを受け入れてくれないのだ・・・
 おまえの命を救えるのはわたしだけだというのに


 遠くの存在だった彼女が、今はこんなに近い所にいるのに
 まだおまえとの距離は果てしなく遠い
 全力で追いかけても届かない


「何と言う事だ・・・」

 わたしはいつの間にか
 彼女をこれほどまでに愛してしまっていたのか・・・
 想い焦がれ、狂おしい感情に押し潰されそうだ


 彼女に出会って人を愛することを知り
 同時に失うものの怖さも覚えた

 大切なもの
 かけがえのない者を失う恐怖が
 これほどまでに恐ろしいことだったとは・・・


 わたしはどうしたらいい

 どうしたい?


「・・・ははっ」

 悩んでいる自分を嘲笑った


「どうしたい・・・か」

 彼女の道筋を第三者のわたしが選ぼうとしている
 この期に及んでどこまで勝手な男なのだわたしは


 ・・・・・・

 先ほどから妙な違和感に捕らわれていた
 彼女の運命なのになぜわたしが一人で悩んでいる?


「おかしい・・・」

 じっくりと考えてみる

 セレニティのことは彼女自身が決めるべきだ
 そして 彼女はこのまま安らかに眠ることを選んでいる
 わたしはそれを認めるべきなのだ


 ・・・だが、わたしは彼女には死んで欲しくない
 だからこんなに悩んでいる
 どうしたら失わずに済むのかと

 セレニティが一言
 助けて欲しい、と言ってさえくれれば・・・


 言って欲しい
 わたしならその望みを叶えてやれる
 例えどんな形になろうと・・・

 だが言ってはくれない
 それのなんともどかしい事だろう

 どうすれば伝わるのだろうか



 ・・・・

 ・・・・・・・・!


 はっとした

 心が動揺していて思考が混乱し
 大切なことをすっかりと忘れてしまっていた


「まだ・・・わたしは何もしていなかった」

 自分の気持ちをセレニティに何一つ伝えていない
 一人思い悩んでいても何も変えることなどできない


 わたしには彼女に教えられたことがあったではないか
 想いを言葉にしてまっすぐにおまえに伝えるということ

 わたしの想い・・・



 セレニティ
 おまえを愛している

 だからおまえには死んで欲しくない
 ずっと傍にいて欲しいのだ
 そのためにわたしを受け入れて欲しい

 ・・・そう伝える事を忘れていた



 心のつかえがみるみる引いていく
 同時に決意の心が胸を熱くしていった



 そうしよう・・・

 わたしの想いのすべてをおまえに伝えよう
 精一杯 心を込めて


 そして決めてもらおう

 おまえの硬い決心を
 崩すことができるかどうかは分からない
 だが彼女自身のことだ
 その決断に従う

 どんな結果になろうと
 今度こそそれを受け入れよう


 自分の言葉で相手の意志を変えさせる
 それは初めての試みだった

 不安と焦りから
 はやる心を必死に落ち着かせる


「・・・・・・」

 呼吸を整えてゆっくりと立ち上がった










「はあ・・・はあ」

 意識が闇と現実の境をずっとうろうろしている
 一瞬でも気を抜くとそのまま引きずり込まれていきそう・・・

 必死に迫り来る闇を振り払い続けた


「まだ・・・負けないわよ」

 少しでも長くデマンドの傍にいてあげたい
 あたしにしてあげられる事はもうほとんどないけれど
 最後の瞬間まで笑っていてあげたい

 あたしの笑顔だけ覚えていられるように・・・



「聞こえる・・・」

 体が動かせない分
 感覚がいつもより研ぎ澄まされている気がする

コツ・・・コツ


 聞こえてくる あなたの靴音

 あたしの所に戻ってくるその音がどんどん大きくなってゆく


「ん・・・」

 明るい顔で迎える為
 重い息に歪む眉をほぐし口元をあげた


 響く音がぴたりと止まり
 静かに扉が開く



「・・・おかえりなさい」

 精一杯の笑顔を彼に向けた


「具合はどうだ?」

「ん・・・変わりはないよ」

 その言葉は嘘じゃない
 これ以上悪くなりようがないし・・・良くなるはずがない


「・・・・・・」

 デマンドがゆっくりとした足取りで近づいてくる
 心なしか靴の音がいつもより響いて耳に聞こえる

 枕元にたどり着くと
 じっとあたしの顔を覗きこんだ


「・・・どうかしたの?」

 あたしの気のせい?
 部屋を出て行く時とは雰囲気が変わった気がする

 不安ばかりで満たされていた瞳に
 いつもの強さが戻っている


「セレニティ」

 血の気のない冷えたあたしの手を
 きゅっと握りしめてきた

 温かい指先から力強さが感じられる


「わたしの話を聞いて欲しい」

 なんて真剣な眼差し・・・
 その雰囲気にこっちも少しかしこまる


「うん・・・何?」


「もう・・おまえの体はエナジーが尽きた
このままここに居続ければどうなるかも分かっている
間もなく意識も途絶えるだろう

だがわたしは
こうなった今でもおまえを帰す気は全くない」

 残酷な一言を最初に放った



「・・・うん
知っているよそれくらい

あなたの傍にずっといたもの
あなたの事はあたしが一番知ってるのよ」

「・・・・・・」

 少しは恨まれるかとも思っていたが
 泣き言一つ洩らさない

 ・・・その強さには心底恐れ入る



「少しの間 体を起こせるか?」


「ん・・・大丈夫」

 華奢な体を抱きあげ、椅子まで連れて行った

 そっと彼女を座らせる





「セレニティ」

「!!」

 紺色のマントが床にばさっと広がった
 膝をついてあたしの手を取る

 そのまま見上げて
 じっと熱い瞳でこっちを凝視してきた


「あ・・・あの・・」

 今まで見せた事のないその行動に
 一瞬体が後ろにひるむ

 プリンスという高貴な立場の人が
 自分にかしずいている・・・

 その光景に驚くばかりで言葉も出てこない
 彼のこの行動に対してあたしはどうしたらいいの?



「・・・・・・」

 しばらく沈黙が続いた

 男の人にこういうことをされること自体慣れていなくて
 少し気恥ずかしくなってくる
 手を自分の体へ引こうとしても
 しっかりと握られていて動かせない


「え・・・何?

どうしたの?」

 たじろぐあたしを気にもせず
 ずっと鋭い視線があたしを捕らえて離さない


「セレニティ」

 一呼吸置いて静かに口が開いた



「わたしと 一生寄り添う覚悟はないか?」