「セレニティ・・・」

 部屋に戻り、ベッドに彼女の体を横たえた

 そのまま様子を伺う


「・・・・・・」

 弱々しいが息はしているようだ


「・・・っ・・」

 これほどまでに衰弱していたとは・・・
 こんなになるまでわたしはなぜ気がつかなかった

 ・・・つい先ほどまであんなに元気で
 溢れる笑顔を向けてくれていたというのに



 ・・・違う
 わたしの前では明るく振舞っていただけだ

 心配をかけさせまいとして無理をしていただけで
 実際はもう・・・
 それに気づいてあげられなかった

 彼女の優しさが胸に深く突き刺さる


「・・・くっ・・」

 己の認識の甘さに腹が立った
 もしかしたら無理をさせた事で
 彼女の命を縮めていたのかもしれない



 ・・・まさか

 このまま目を覚まさないなどという事になったら・・・


 恐ろしい想像が頭をよぎる



「そのようなこと・・・許さんぞ
・・・わたしを一人にするな

目を・・・開けろ」

 そのまま彼女の胸の中にうなだれた







「・・・・・・ん・・・」

 どろどろの闇の中から意識が少しずつ浮き上がってきた


 あたし・・・・・・何を

 ・・・そうだった
 また力尽きて倒れてしまったんだ



 ここはベッドの上?
 ・・・またデマンドが運んでくれたのね


 手を動かしたいのに
 指先まで力が行き渡らない
 エナジーが・・もうからっぽ

 視界の隅に銀色の髪が揺れていた
 あたしの胸の上に・・彼が頭を突っ伏している



「デマンド・・・」

 頭上から響く かすかな声


「!!」

 体を勢いよく起こしたら
 細く開いた青い瞳と目が合った

 意識が戻った・・・



 ほっと胸を撫で下ろす


「・・・あたし」

「あまり話すな・・
エナジーの消耗が激しい
もうすこし休め

・・・良かった
もう 戻ってこないのかと思った」


「・・・ん・・」

 エナジーの消耗具合がいつもの感じと違う
 頭痛もひどい
 いくら休んでもこれは・・・




 ずっとデマンドが心配そうにあたしを見ている


「また・・・心配かけちゃったみたいね」

「なぜこんなになるまで無茶をしたのだ
・・・どうして言ってくれなかった」

 彼の肩が震えている・・・


「あたしは・・大丈夫だよ」

「・・・っ!
大丈夫なわけがないだろう

もう・・・何も言わず無理をするのはやめてくれ」

 今にも泣き出しそうな瞳
 そんな顔・・・見たことないよ



「・・・あなたは大丈夫なの?」

「!?」

 自分の事ではなくわたしの事を心配している


「・・・おまえは馬鹿か
今は自分の体だけを心配していろ
わたしのことなど・・・どうでも良い事だ」


「ううん、あたしは・・・あなたが心配

こんな時だからこそすごく心配だよ」

 自分の体のことは自分が一番分かってる

 ・・・ついにこの時がきたのね
 あたしにもう時間は残されていない
 不思議とそれに対しては怖くない


 それより・・・



 デマンドの不安そうな瞳を眺めた

「・・・・・・」

 そんな寂しそうな瞳で見つめられると心が痛い


 あたしがいなくなったら彼はどうなるのだろう・・・
 また暗闇に戻って孤独と戦い続けていくのかな





「ごめんね・・・」

「!?」

 彼女の言葉に背筋が凍りついた


 ・・・胸の奥が締め付けられる

「何に対しての謝罪だ
・・・やめろ
そんな言葉は聞きたくない

おまえはずっとわたしの傍にいないとだめだ
わたしには・・・おまえが必要だ」

「・・・・・・」

 打ち震える体
 そこにいるのはいつもの冷静な彼じゃない

 どうしたらいいんだろう
 あなたに何て言ってあげたら・・・


「デマンド・・・」

 力を振り絞って手を動かした


「・・・セレニティ」

 震える手がこちらに伸びてくる
 その手を強く握って自分の頬に当てた
 冷たい指先をひたすら温める

 彼女の手を握る自分の指先が震えている
 ・・・心の動揺が隠せない



「近くに来て
・・・耳を貸して」

 言われるまま彼女の耳元に顔を寄せた




 消えそうなか弱い声で囁いてくる

「ねえ、あたしがいなくなっても
・・・どうか闇を怖がらないで

あなたは前とは違う
人を愛する心に気づくことが出来た

きっと・・大丈夫だよ」

 すべてを理解して
 包み込もうとする笑顔がわたしに向けられた


「・・・っ!・・」

 なぜだ・・・
 なぜこんな時にまでそのような顔ができるのだこの女は

 一体どこまで強いのだ





「・・・んっ・・・はあ・・・はあ・・・」

「!?」

 急に彼女の息が乱れ始めた
 額が汗ばんでいる


「しゃべり過ぎだ・・・
少し休め」

 デマンドの温かい手のひらが優しく頭に触れた
 いつもと変わらない心地よい感触に意識がまどろんでいく


「ん・・・
あたしが寝るまで傍にいてね」

「ずっと・・・ここにいる」

「デマンド・・・」

 あたしは・・・少しは役に立ったのかな
 あなたの心を温めてあげられたかな・・・

 彼の強い手に握られたままゆっくりと瞼が下りた





 すぐに弱い寝息が聞こえてきた
 冷えた頬に手を寄せる


「・・・どうしたら良いのだ」

 ここに留めておけばこうなると覚悟はしていた
 その日はいずれ必ず来る

 だが、いざ近づいてくるとそれが怖くてたまらない
 またわたしは一人になってしまうのか
 ようやく暗闇の中に一筋の希望を見つけたというのに・・・

 この運命に抗うことは本当に出来ないのか




 しばらくそのまま彼女の寝顔を眺めていた


 プリンセスセレニティ・・・
 銀水晶に体を支配された白い月の王女

 暗黒の世界で生きるわたしとは
 一生顔を合わせる事すらないと思っていた


 ・・・だが出会ってしまった

 あの瞬間
 おまえはわたしのすべてを一瞬で持ち去っていった
 心までも根こそぎ彼女に奪われた

 分不相応な望みだと分かっていても
 ・・・それでもどうしても連れ去らずにはいられなかった


 彼女は・・光だったのだ
 暗闇の中で生き続けていくわたしが
 求めて止まない光そのものだった

 その光がわたしの目の前で今にも消えそうになっている



 ・・・そんなことはさせない

 その笑顔も 柔らかい肌もすべてわたしのものだ
 手放してなるものか



「・・・・・・」

 彼女の白い寝顔を見つめていたら
 心の隙間に魔が降りてきた

 セレニティを・・・一生わたしのものにするには



 方法は ある

 白い月のエナジーを彼女から奪ってしまえば良い
 邪黒水晶の力を与え暗黒パワーで染めてしまえば・・・
 そうすれば留めおくことが出来る

 それも一生 わたしの傍に
 この星に縛り付けて逃げられなくするのだ

 ふっと沸いた希望に一瞬すがろうとした




「・・・!!

だめだっ」

 頭を横にふる

 それでは・・・彼女は彼女ではなくなってしまう
 光の満ち溢れた世界で育ってきた彼女を闇の世界に閉じ込め
 更に白い月のエナジーを奪うと言うのは
 あまりに酷な気がする


「くっ・・・」

 心が激しく葛藤している


 ・・・だからといってこうなった今でも
 それでも彼女を帰すという選択肢は出てこない

 あの男の元には絶対に返さない
 わたしのものにならないのなら・・・

 このまま光を消し去り
 永遠に傍へ留め置いてやる


 今にも力尽きそうな彼女を目の当たりにして
 こんな考えしかできないとは・・・

 己の冷酷さにぞっとさせられる



「・・・はあ」

 重いため息が漏れた

 セレニティのことをこんなに想っているのに
 いつも自分の感情ばかりが優先される
 つくづく傲慢な男だと自分でも思う

 だが結局
 その傲慢な意志を最後まで貫くことさえもできない


 ・・・情けない男だ



「セレニティ・・・」

 彼女の前髪を優しく撫でる

 お互いの額にある印
 決して交わらないという運命を誇示しているかのような
 真逆の証・・・


 結局どんなに切望しても絶対に手に入らない
 ・・・一生手が届かない存在なのだ

 これも運命なのか
 もどかしさが募るばかりだ



 せめて・・・彼女がわたしを愛してくれているのなら

 わたしの意志ではなく
 彼女の意志でこの力を受け入れてくれるのなら



 そのような事・・・虫が良すぎる話だ

 それでも僅かな希望にすがりたくなる
 ・・・わたしはどうしたら良いのだ








 どれだけの時間が過ぎただろう

 短かったのか長かったのか・・時間の感覚すら分からない
 そのうちセレニティの目が覚めた


「デマンド・・・
ずっと 傍にいてくれたのね」

 変わらず彼が心配そうな瞳でじっとあたしを見つめている


「・・・・・・」

 本当にまだ一言を言うことはできないのだろうか

 あれからずっと一緒にいて
 気持ちが動いてくれてはいないだろうか

 言ってくれれば・・・
 わたしを受け入れてくれるのなら

 わたしにも彼女を黒に染める覚悟が出てくる気がする







「セレニティ」

 彼女の手を強く握る
 決死の眼差しでその瞳を見つめた


「・・・なあに?」



「愛している」


「・・・・・・・」

 一瞬間が空いた
 返答に悩んでいるのか?


 ・・・悩んでくれているのか?

 わたしのことを少しでも想っているのなら
 その言葉を返して欲しい


 頼む・・・






「ありがとう

・・・嬉しいよ」

 力なく微笑むだけだった


「・・・っ!!」

 ・・・なぜこの期に及んでもその一言が出ないのだ

 わたしが求めているものは
 おまえからのたった一言の想いだ


 それ以外の言葉は何もいらない

 もう 自分の命は残り少ないと分かっているのに
 それでも最後までわたしの望みは叶えてくれないのか

 自分の運命を受け入れて尚、それに立ち向かっていく


 なんと気丈で残酷な女だ・・・

 最期まで意志を貫くその強い姿
 不可侵の 全能の女神

 それは若き彼女も同じだった

 わたし如きでは到底敵わない
 彼女を前にすると自分の小ささに気づかされる

 ・・・打ちのめされる





 デマンド・・・
 そんなに辛そうな顔をしないで
 心配でたまらなくなるよ


 これまで何度も伝えられてきたあなたの想い
 その言葉にどれだけ胸を熱くさせられたか分からない

 なのにあたしは・・・
 結局最後までそれに応えてあげられなかった


 ごめんなさい



「キス・・して」

 彼女の頬が柔らかく笑む


「セレニティ・・・」

 冷えきった唇に優しく触れた
 それに微弱な反応が返ってくる


「すごく・・・温かい」

「・・・っ」

 弱々しい体をきつく抱き締めた
 自分の体温で必死に温める
 それ以外のことは何も出来ない・・・

 悔しさと己の無力さにうなだれるだけだ
 はがゆさで胸が掻き乱される



 セレニティお願いだ

 どうかわたしを愛していると言ってくれ