「はあ・・はあ・・」

 どこまでも暗く 長い回廊を小走りに進んでいく

 部屋から抜け出したのはこれで何度目だろう
 どうしても地球に戻ることをあきらめきれない
 今日だって出口は見つけられるかなんて分からないけど
 それでもわずかな希望を胸に必死でそれを探し回っている


 もう半分意地だった

 ここで、逃げだすという心までなくしてしまったら
 あたしはもぬけの殻になってしまう

 あたしは・・・籠の中に捕まっているばかりの鳥じゃない
 デマンドの思い通りの女になんて絶対ならないんだから!




「・・・っ!・・」

 ふいに眩暈が襲ってきた
 頭から血の気がどんどん引いていく

 そのままその場に膝から倒れこんだ


「はあ・・・はあ」

 また・・ここで倒れるの?
 痺れにも似た感覚が全身をゆっくりと取り込んでいくのが分かる

 もう、最近では力尽きる場所が大体決まっていた
 ここから先にはいつもどうしても進めない


「・・・くっ・・」

 手を空に伸ばす
 その先にはどこまでも漆黒の闇が広がっているだけだ
 光が・・・恋しい

 心が絶望に呑み込まれていく


 ・・・・・・

 全身に侵食していく痺れがすぐに手の先まで伝わり
 指先が力なく冷たい床に落ちた


「・・・はあ・・・・・・」

 何倍もの重力が一気にのし掛かってくるみたいだ
 もはや指一本動かすことも出来そうにない
 思い通りにならないこの体が憎らしい・・・



コツ・・・コツ

 冷たい床に響く硬い音
 床に伝わる振動がどんどん大きくなってくる
 逃げ出したのに気が付いたデマンドが
 あたしを探しに来たのだろう

 ・・・こうしてまた振り出しに戻るのね


「・・・・・・」

 ゆっくりと瞼がおりた





「・・・またここか」

 予想していた通りとでも言うような
 ため息交じりの声が耳に入ってきた


「・・う・・・」

 意識はまだはっきりしているけれど
 体が痺れていて動くことが出来ない

 段々と靴音がこちらに近づいてくる

 目が・・開けられない



 来ないで・・・
 心の中で必死に叫んだ



コツ・・

 靴音がすぐ横で止まる

 そのまま軽々と抱き上げられた
 ふわっと体が浮く


 ・・・すぐに部屋に連れ戻されるのかと思った
 なのに、いつまでたってもその場から動かない
 あたしの体は宙に浮いたまま
 ゆらゆらと髪の先が揺れている感覚が伝わってくる


「・・・・・・」

 さっきからずっと無言のままだ

 何かしようとしているの?
 状況が読めなくて困惑する・・・


 おもむろにデマンドが動き出した
 手すりにもたれかかってその場に腰を下ろす
 浮いていた体を膝の上に乗せられた


「・・・ん・・」

 体が力なく彼の腕の中に収まっている
 拒絶したいのに動けないよ・・・



 何かをされることもなく
 ただそのまま時だけが過ぎていく

 どうして部屋に戻らないの?
 何をしているの?
 視界は暗いままだから
 何をしているのかはっきりとは分からないけど
 なんだか視線を感じる

 ・・・あたしをじっと見ている?


「・・・・・・」

 ふと その手の先が動いた
 あたしの肩に触れている指先に力がこもっていく

 まさか・・また乱暴するの?
 こんな所で・・・あたしの体の自由が効かないのをいい事に



「・・・・う・・・・ん・・」

 うなされて冷や汗が出てきた

 いや・・・やめて
 拒絶の意志が声にならない

 体が恐怖で震え上がる



「・・・・っ・・」

 いきなり体を引き寄せられた


「・・・!?」

 ふわっと
 温かいぬくもりが体を包み込む

 その両腕に力が入っていく


 ・・・なに?・・・え??

 予期せぬ行動に戸惑いが隠せない
 あたし・・抱きしめられてるの?
 不覚にも心が動揺している
 抵抗・・・しないと

 でも、乱暴なことをされているわけではない
 ・・・もう少し様子をみても良いかもしれない


「・・・・・・」

「・・・・・・」

 しばらくその強い腕の中に抱かれていた
 どのくらいの時間そのままだったかは分からない
 でもその間 ずっと腕の力が緩められることはなかった

 きつく抱きしめたまま
 手がゆっくりと移動してあたしの頭を撫でる

 まただ・・・

 いつも感じるそのぬくもり
 優しく触れてくる指先をあたしは知っていた

 どうしてだろう
 なんだか・・・すごく落ち着く
 いけないと思いつつ、ついまどろんでしまいそう


 撫でる手を静かに下ろし
 力なく落ちているあたしの手を取った

 そのまま頬にあてがわれる
 手のひらからデマンドの頬の温かさが伝わってきた



 その手に唇が触れる

「・・・っ・・・」

 どきっとした
 何度も唇を押し付け
 指を絡ませて強く握ってくる

 さっきから・・・何しているのよ
 彼の行動が読めない
 混乱するばかりだ・・


「・・・・・・」

 そっと額に唇が触れてきた


「!?」

 軽く、柔らかく唇が動く
 それが瞼にまで落ちて頬まで触れてくる

 ・・・そのままあたしの唇に重なった



 ・・・温かい
 いつもの冷酷なそれとは全然違う

 どうして・・こんな



 ・・・・・・・・・


 ・・・・・うっ・・



 ・・・長い・・・

 ずっと唇が離れてくれない
 ど・・・どうしよう


「・・・ん・・」

 ちょっと・・・
 ・・・息が続かないよ


「・・・・・」

 名残惜しそうにゆっくりと離れた


「はあ・・・」

 静かに息を整える



 ・・・!!
 また唇が触れてきた


「・・・っ・・」

 もう体にはとうに力が戻っていて自由に動かすことができる
 ・・・けどこんなことされてるとばつが悪くて目が開けられないよ

 狸寝入りするかのように目を閉じ続けた


「・・・・・・」

 唇が離れる
 優しく頬を撫で、きつく抱きしめられた




 長い間そのまま時が過ぎ
 そしてまた思い出したかのように唇を重ねてくる


 さっきから何度も繰り返される熱い抱擁とキス
 こんなことずっと許しているなんて・・・
 あたしどうかしてる

 拒絶しないといけないのに・・・
 力が戻った手で彼をひっぱたく事だってできるのに
 体がされる事を拒んでいない


 髪に触れる指先が心地良い
 抱きしめられていると・・どきどきしてくる

 ・・・胸の奥が熱い


「ん・・・・あ・・」

 塞がれた唇から小さく声が漏れた


「・・・・・・」

 唇が離れていく

 沈黙がしばらく辺りを包み込んだ
 ・・・起きてるって気づかれた?



 ・・・・・

 ・・・・・・・・;


 心拍数が上がっていく



 ずっと髪に触れていた手が離れる

 デマンドがおもむろに立ち上がった
 体がまた宙に浮く

 そのまま歩き出した


コツ・・コツ・・


 静かな回廊に彼の靴音だけが響き渡る

 胸にもたれて揺れる体
 ふわふわとした浮遊感とぬくもりがすごく気持ちいい


 しばらく・・・このままでもいいかも
 そう思っていたら部屋に着いたらしく足が止まった


 扉がゆっくりと開けられる
 いつもの部屋の匂いが体を包み込んだ



 そのままベッドにそっと降ろされた
 浮いていた体が沈んでいく

 ・・・温かいぬくもりが遠ざかる


「・・・・・・」

 頭に軽く指先が触れた気がした
 それはすぐにあたしから離れていく


 靴音が遠ざかり 扉が閉まる音がした


バタン




「・・・・・・

・・・なっっなななにっ」

 わけが分からない状況に一人パニックに陥る


「あれは なんなのっっ
何のつもり?

・・・さっきのひと時は一体何だったの」


 ・・・・・・

 夢だったのだろうか
 ・・・そんなはずはない

 まだこの体が覚えている
 腕のぬくもりも・・・唇の温かさも

 そっと唇に触れてみた


 ・・・まだ胸がどきどきしている



「さっきのデマンド・・・
いつもと全然違った」

 まるで恋人にするかのような愛撫や仕草
 それを何度もされた

 一言の言葉もかけられなかったけど
 あたしを抱きしめる腕がすごく力強くて優しかった


 ・・・からかっていたのだろうか
 あたしはまたまんまと彼の思惑にのってしまったの?

 だとしたら悔しいけど・・・でも・・・




 ・・・!!

 はっと気が付いた


「まさか・・・」

 頬を手で覆う

 今まで何度逃げ出そうとしては途中で倒れ
 気が付いたらここまで運ばれていたか分からない

 もしかしてあたしが気づかなかっただけで
 彼は毎回いつもあんなことしていたの?


「なっ・・・えっ・・
・・・うそ」

 顔が・・・真っ赤
 体が火照ってくる


「・・・え?

・・・ええっ??」

 頭が混乱してきた


「もうっ意味わかんないよ!」

 ・・・彼の考えていることが全く読めない
 もやもやした感情があたしを包み込む


「うー・・・
あんもうっっっえいえいっ」

 感情のやり場に困って枕にあたる


「・・・はあ・・」

 枕に頭を突っ伏してため息をついた

 あんな一面、今まで絶対に見せてくれなかった
 なんでいつもは強引で傲慢なところしか見せてくれないのに
 あたしが分からないところでこっそりとあんなことするの?

 ・・・どうして何もあたしには直接伝えてくれないの?



「って・・・直接されても困るわよっ;」

 頭に浮かんだ仮定に自分でつっこむ

 あたしったら・・・さっきから何考えてるの?
 でも・・・もしかしてあれが彼の本当の姿なのだろうか


「・・・・・・」

 さっきのひと時
 あたしはなぜ抵抗しなかったのだろう
 あんなことされて・・・
 されるがままにしていたなんて

 ・・・寝た振りまでして


「あああなんてことしてたのよっっあたしったら」

 思い出してあまりの恥ずかしさに一人身悶えした
 過ぎてしまえば後悔しか残っていないけど
 でもあの時は・・・

 つい優しい腕と熱い唇に酔わされてしまっていた
 心の奥にずっとされていたいという気持ちがあった
 ・・・誘惑に打ち勝てなかった


「・・・!!
ちょっとっ!あたしがこんなんじゃだめじゃない!」

 頭を掻き乱す
 なんでこんなにあの人の事で悩まないといけないのよ
 落ち着くのよ・・・


「・・・あの目があたしを困惑させる」

 彼の強い瞳を見るといつもその誘惑に負けそうになる
 だから必死にそれから目を逸らし続けてきた
 向けられるまなざしを直視できなかった

 ・・・彼のしてくる事は到底受け入れられるものではないもの
 だからあたしはずっと彼からも逃げ続けた



「・・・!?」

 はっとする

 何も言えないのではなく
 伝え方がわからないのでもなく

 デマンドはあたしに聞く気がないと気づいていたのかもしれない
 何を言っても無駄だと
 だから何も言わなかった 言えなかった

 もしそうなのだとしたら・・・
 あたしは随分と失礼な態度で接していた事になる


「・・・・・・」

 気が引けた
 ・・・申し訳ない気分になった


「デマンド・・・」

 一見は傲慢で強いだけの瞳に見えるけど
 その奥には寂しさが潜んでいる
 あたしは・・・前からそれに気づいていた
 だけど気づかない振りをしていた


「・・・ごめんなさい」

 自然と口から出てきた謝罪の言葉
 誰も聞いてなんていないのに・・・

 ついさっき彼が出て行った扉の方に目がいった


「あたしどうしたんだろう・・・」

 胸の奥が苦しい
 痛む所に手をあててみた
 心臓が激しく鼓動を打っている

 胸が・・・高鳴ってくる



 あなたは・・・何を心に秘めているの?


「・・・不思議」

 彼のことが知りたいと思い始めている自分がいる
 それはおそらく
 聞いてしまえば後戻りできなくなってしまう事だろう

 そんな事になったら・・・もう二度と

 だめだ・・・そんなのできない
 ・・・怖い


「・・・っ・・」

 怖いからって・・・またあたしは逃げるの?
 いつまで逃げ続ければ気が済むのだろう



 ・・・聞いてみよう
 逃げ続けているのが後ろめたいからじゃない


 聞いてみたい

 聞くことができたなら
 何かが変わる気がする

 そう きっと良い方向に



 デマンド・・・


 あなたの心をあたしに聞かせて欲しい