・・・ここはどこだろう

 気が付いたらあたり一面
 霧に包まれた真っ白い場所にいた
 不思議と不安は一切ない

 温かくて・・・なんだか心が落ち着く


「・・・誰かいるの?」

 なつかしい声が遠くからあたしを呼ぶ
 視界が悪くてこちらからは何も見えない
 これは夢?
 それとも今までの事が夢だったのだろうか


 ・・・どちらでもいい
 ずっとここにいたい

 あの辛い日々の方が現実なのだとしたら
 もう・・・目を覚ましたくない

 夢なら覚めないで





「・・・ん・・」

 静かに目が開いた
 ・・・いつの間にか寝ていたの?
 頭がぼんやりとしている


「やっぱり・・・こっちが現実なのね」

 心が沈んだ

 なんだか懐かしくて温かい記憶に
 ずっと包まれていた気がする
 すごく気持ちよくて穏やかな夢


 なんて幸せな
 ・・・そして残酷なひと時だったんだろう

 あんな夢を見たって
 目が覚めた時に虚しさが募るだけだ
 あたしはどうして起きてしまったんだろう・・・


「・・・はあ」

 体が重い
 頭がまだ覚醒していない

 そのまま手をのばして辺りを探ってみた


「・・・?」

 手のひらに人肌の感触
 その指先にさらりとした髪が触れた


 ・・・誰?

 段々と視界がクリアになっていく





 ・・・・・・

 目を見開いた


「デマ・・・ンド

・・・・・・・!?」

 至近距離に彼の顔がある


「きゃっっ」

 思わず体を起こした


 何っっ!?
 ・・・どうしてここにいるの

 頭が混乱する
 しばらく身を引いて様子を見てみた


「・・・・・」

 ・・・寝ている?
 おそるおそる顔を覗きこむ



 ・・・・・・

 反応がない


「・・・はあ」

 胸をなでおろした
 強張っていた体がときほぐされる



 ・・・なんで隣で寝てるのよ
 意識がないのだと分かると、心に余裕が出てきた
 少し近づいて顔を眺める


「・・・・・・」

 ・・・寝顔なんてはじめて見た
 いつも朝、気が付くと一人冷たいベッドの中
 孤独と不安で凍える毎日

 夢なんてここ最近見ていなかったのに
 あんな夢を見たのは・・・彼のぬくもりを感じたせい?

 ・・・だとしたら悔しい
 あたしを苦しめている元凶の人の温かさに
 ほんの一瞬でもまどろんでいたなんて



 ・・・・・・

 その寝顔を見ていたら
 さっきまでの時間が思い出された

 夜毎繰り返されるあの恐怖、苦痛
 あなたはなんであたしにあんなひどい事を何度も強いるの?

 ・・・未来のあたしへの復讐?
 それが理由で乱暴し続けるのだろうか
 でも・・・それだけじゃない気がする
 デマンドはあたしの心までも手に入れようとしている・・・

 あなたの本当の目的はなに?
 あたしに何を求めているの?

 ・・・他に何か思惑があるの?


「もう・・・疲れたよ

何も考えたくない・・・」

 膝を抱えてうずくまる



 ・・・・・・?

 視線の端にきらりとした光の筋が見えた


「・・・銀水晶」

 枕元に置いてあるそれが
 部屋の光に反射して見せかけの輝きを放っている


 そっと手にとってみた
 ひんやりとした 硬質な手触り

 今まで・・・どんな時でも
 あたしを見守って助けてくれた温かいエナジーの源
 今やすっかりその力をなくしてしまった
 どうしてなの?

 デマンドの言うように
 暗黒パワーにあてられて力が発揮できないだけ?

 本当にそうなのだろうか
 そんなに非力な存在だったかしら


 ・・・もしかして銀水晶が反応してくれないのは
 あたしの心が原因なのかもしれない
 出口も見つからない闇に閉じ込められて
 心が絶望している
 もはや戦う気力が自分の内から全く沸き出てこない

 あたし自身がこんなんじゃ・・・戻れるわけないよ


「・・・はあ」

 自然と重いため息が吐き出された
 それがあたしをより一層落ち込ませる


 みんな・・・
 銀水晶を見ていたら思い出してしまった
 地球のこと みんなのこと
 銀水晶と身一つでこんなに遠い星まで連れ去られてしまった
 今頃みんなはどうしているんだろう

 放課後ゲーセンに遊びに行ったり
 遅刻して先生に怒られたり
 そんな平凡な日々が繰り返されていた
 あの頃が懐かしい・・・


 それを目の前の彼がすべて奪いとった

 力では手に入れられないものだってこの世にはある
 それがどうして分からないんだろう


「・・・なんて無防備で穏やかな寝顔なの」

 あたしの悩みなど知るはずもない 安らかなその顔

 でも、冷酷な瞳と笑みしか見た事がなかったから
 こんな表情の一面もあったなんて
 ・・・すごく意外かも


 寝顔はこんなに穏やかなのに
 どうしていつもあたしに触れてくる手は
 そんなに強引で乱暴なの?
 色々とひどいことをたくさんされてきた
 殺されかけた事だって・・・

 ・・・だけど ごくたまにそっと触れようとしてくる事もある
 過敏になり過ぎて
 その手を拒絶してしまった事もあったけれど
 その時あたしに向けられた瞳はすごく悲しそうだった

 ふとした瞬間に見せる表情や態度から
 デマンドの寂しさが伝わってくる

 ただ傲慢なだけではないのかもしれない


 ・・・あたしが怯えて逃げるせい?
 逃げるから強引に迫ってくるだけで
 もし、その手をあたしが受け入れたのなら
 あなたの態度も変わってくるのかな?



 分からない・・・
 だって彼はいつも何も言ってくれないんだもの

 何を考えているの?
 すべて話してくれたのなら
 あたしの接し方も代わるかもしれない

 ・・・もしかしたら何も言わないのではなく
 伝え方が分からないだけ?


 ・・・・・・


「ああもうっ」

 頭を掻き乱して抱え込む


 あたしがいくら悩んだって答えなんて出ないよ・・・




「・・・ん・・」

「・・・!?」

 デマンドが動き出した
 今にも目を覚ましそう


 ど・・・どうしようっ
 軽く焦る

 ・・・寝たふりして誤魔化せばすぐにいなくなるわよね
 慌てて背を向いて横になった


 早く・・・立ち去ってくれますように

 目をきゅっと閉じる




「・・・・・・

・・・わたしは・・」

 ゆっくりと重い体を起こした


 ・・・いつの間にか寝ていたのか
 つい、ぬくもりが心地良くてうとうとしてしまった


「・・・っ!・・」

 まだまどろんでいる頭を左右に振る

 あのまま眠ってしまうとは・・・
 少々うかつだったな


 セレニティは・・・まだ寝ているのか

 背中しか見えないが
 起きている様子ではない

 こちらの無防備な姿は見られていないようだ
 ・・・少し安心した


「・・・・・・」

 金色に輝くその頭にそっと触れた


「!?」

 いつもするようにそのまま撫でてみる

 滑らかで 柔らかい髪の感触
 触れていると落ち着く・・・


「・・・セレニティ」

 起きているときはいつも怯えて逃げるばかり
 わたしが彼女に触れる事を許されるのは
 寝ている時だけだ


「・・・はあ・・」

 重い息が漏れる
 その蔑む瞳を手に入れたくて連れ去ったというのに
 それを向けられるとなぜだか心が痛む・・・

 いつもおまえは泣いてばかりだ
 その泣き顔がずっとわたしの胸に残る
 なぜこんなにもどかしい想いをしなければならないのだ
 彼女の気持ちなど
 わたしにはどうでも良いはずなのに


 ・・・泣いてばかりかと思えば
 どんな苦難にも怯まない、強い瞳も持っている
 いくら苦痛を与えても決して屈しない
 その屈強な意志には畏怖さえ感じる

 どちらが本当のおまえなのだ
 不思議な女だ・・・


 ・・・・・・

 いくら考えても分からない
 どうしてこれ程までに惹かれるのだろうか

 わたしに従順でもない
 扱いづらい・・ひどいじゃじゃ馬だ
 これほどまでに自分の思い通りにならない女は見たことがない

 だが、こんなに一人の女に執着したのは初めてだ
 ずっと感じていた孤独感が最近薄れてきた気がする
 ・・・おまえが傍にいるからか?
 その肌の温かさに、ついまどろんでいたくなる

 人のぬくもりがこんなに心地良いものだとは知らなかった


「・・・っ!・・・」

 わたしは暗黒のプリンスだ
 孤独などに恐れているはずがない
 一瞬のぬくもりに安らぎなど求めて何になる

 ・・・馬鹿らしい


 セレニティを連れ去ってからどのくらい経っただろうか
 体も大分暗黒パワーに腐食されてきたようだ
 おそらく・・残された時間はもうあとわずかだろう

 ・・・初めからそれは覚悟していた
 だが、改めてそれが近づいてくるのを感じると
 心の奥が締め付けられる

 おまえを失いたくない・・・
 ずっとこうして触れていたい
 この瞬間が永遠になってしまえば良いと何度思ったことか


「・・・!?」

 我に返った
 覚悟?失いたくない?

 ・・・なんだこの気持ちは

 元々弄ぶつもりで連れ去ってきたはずだ
 ただそれだけのためにだ

 何度も欲望のおももくままに体を奪った
 好きなように乱暴もしてきた
 それで良かった筈だ
 ずっと念願だった望みをこの手でようやくつかみとったのだ


 ・・・・・・

 なのになぜこんなに悩んでいる?
 なぜ心が満たされない
 まだわたしは何も手に入れていない気すらする

 わたしは一体どうしたというのだ


「・・・・・・

・・ハハッ・・・」

 くだらない事でずっと思い悩んでいる自分をせせら笑った

 このわたしが小娘一人に翻弄されているなど
 ・・・あり得ない

 必ずそのエナジーが力尽きる前に
 おまえのすべてを手に入れてひざまずかせてやる

 それが・・・わたしの望みだ

「・・・・・・」

 頭に触れていた手を戻した

 ベッドから離れ
 床に散らばっている服を一つずつ身に着ける


 マントを留め、襟を正し
 後ろなど振り返らず部屋を出た


バタン



 ・・・扉が閉まる音がした

 足音が遠ざかってゆく


「・・・・・・」

 辺りが静かになったのを確認すると
 ゆっくりと体を起こした

 自分の頭に触れてみる
 まだデマンドのぬくもりが残っている気がした


「な・・・何よあれっ」

 今の今まで自分がされていた事が俄かに信じられない
 あれは・・・本当に彼の手?

 そっと触れてくる優しいぬくもり
 今まで夢と現実の狭間で何度も感じてきたそれと同じだ
 ・・・あれは夢じゃなかったの?

 今更胸がどきどきしてきた


「なんて優しく触れてくるの・・」

 こんなことされると余計あなたが分からなくなる
 冷たいの?優しいの?
 あたしを憎んでいるの?それとも・・・

 ・・・・・・

 あなたは今 何を考えているのだろう
 それがつい知りたくなってしまう


「・・・デマンド」

 心の内をすべて打ち明けてくれればいいのに
 そうしたら・・


「・・・!!」

 打ち明けてくれたら・・・
 あたしはどうするというの?

 はっとする

 あたしったら・・・さっきから何考えているのよ
 あんな・・
 力尽くですべてを手に入れようとする傲慢な人が気になるなんて
 こんなふうに悩んじゃうなんて
 ・・・まるで恋してる乙女じゃないのよ

 !?

 まさか
 そんなはずないないない!!
 ふっとよぎった考えをかき消すように首を振った


「・・・もうっ」

 長いこと彼としか会っていないし会話もしていない
 ・・・こんな異様な状況に流されているだけよ


「絶対そうよ・・・そうに決まってる・・」

 何度も呟いて自分を納得させた

 なんとか・・・
 地球に戻る手段を絶対見つけ出すのよ
 待ってて!!みんな・・・


 ・・・まもちゃん

 遠くの星にいる恋人の顔を必死に思い浮かべた

 あなたのこと・・・忘れてないよ


 この想い・・・きっとあなたに届くはず