心が・・・もう限界
 ほとんど一日中、部屋で一人打ちひしがれる日々が続く
 泣きすぎて涙も枯れ果ててしまった

 このまま 何もしないで力尽きるのを待つのは嫌だよ



 ・・・そうよ
 なぜずっと彼の好きにばかりさせていたのだろう

 心が壊れるのを守るのに必死で
 逃げ出すという選択肢が頭から抜けていた

 こんなの・・・デマンドの思う壺じゃない


 目の奥に生気が蘇る

 なんとかここから脱出しよう!


 ・・・でも、どこから?
 どうやって?

「・・・・・・」

 傍に置いてあった銀水晶に目が行く
 ・・・これだけは連れ去られたときにも奪われなかった

 銀水晶お願い・・・あたしに力を貸して
 目を閉じて必死に呼びかける



 ・・・・・・

 反応がない

 ・・・やっぱり
 この暗黒パワーに満ちた星では銀水晶は使えないの?


「一体どうしたら・・・」

 頭をフル回転させて考えた

 ・・・彼らは地球にも頻繁に降りている
 閉ざされただけの星であるはずがない
 必ずどこかに繋がっている場所があるはず


 ・・・それなら 自分で探すしかない

 ずっと唯一の居場所だったベッドの上を立ち上がり
 決心の一歩を踏み出した

 重厚間のある扉をゆっくりと開く


「!!」

 部屋の外を改めてじっくり眺め、ゾッとした

 どこまでも続く果てしない回廊
 明かりもほとんどなく、すぐ近くが微かに薄暗いだけ
 その先が深い闇に溶け込んでいる
 重々しい空気が体にまとわりついてあたしを威圧してくる

 足を踏み入れたら
 そのまま呑み込まれて戻って来れなくなりそう・・・


 ・・・怖い

 こんなに広い空間のどこに出口があるの?
 絶望に打ちのめされそうになる


 ・・・ここで怖気づいちゃダメ!
 勇気を振り絞って立ち向かうのよ

 ゆっくりと闇に身を任せて歩みだした




 ・・・・・・

 一体どのくらい歩いたのだろう
 どこまで行っても城の端に辿り着かない
 まるで 出口のない迷路のよう
 体のエナジーだけがどんどん抜けていく


「・・・あ・・・・・・」

 不意に眩暈がして体が崩れた
 床に膝をつく


「はあ・・・・・・」

 こんな体でどこまで行けるのだろう
 心が・・・くじけそう



「・・・何をしている?」

「!!」

 後ろから聞き覚えのある低い声
 それに縛られて体が動かない

 ・・・額に冷や汗が滲み出す



 ゆっくりと靴音が近づいて来た
 揺れるマントが視界に入る


「・・・デマンド」

「少し探したぞ
部屋にいないと思ったら・・・こんな所で何をしている

散歩でもしているのか?」

 その余裕の眼差しが憎らしい


「あたしを・・・帰して」

 聞き入れてくれないと分かっているけれど
 言わずにはいられなかった


「まさか・・・逃げようとしていたのか?

・・・ハハッ」

「・・っ!・・・・・・」

 人を馬鹿にした笑い声がひどく耳に付く


「いくらでも彷徨えば良い
絶望を目の前にすれば、わたしにひざまずく気にもなるだろう

・・・それとも得意の泣き虫で
すがって頼むか?」

 あたしを見下ろす冷たい瞳
 腕を組んで嘲笑っている

 なんて悠然とした態度なの・・・


「・・・くっ」

 心が悔しさに燃えている
 彼に立ち向かっていきたいのに
 体がそれについていかない


「・・・はあ・・・・・」

 激しい眩暈と疲労感で
 床に膝をついたまま、肩で息をする

 力が・・・出ない


「・・・・・・」

 その様子を見かねたのか
 手が伸びてきた

 腕をつかんで
 へたり込んでいるあたしを抱きかかえようとする


「触らないで!」

 精一杯の力を振り絞ってそれを拒絶した


「・・・一人で立てるわ」

 傍の柱に助けられ、なんとか立ち上がる


「・・・・・・」

「はあ・・・はあ・・・」

 張り詰めた空気
 デマンドはただ無言でこちらをずっと見つめている


「・・・っ」

 ・・・動けない
 動いたら・・・負ける

 そのままあたしも睨み続けた

「・・・・・・」

「・・・・・・」


 立ち向かってくる彼女を前にして
 不思議な感覚に捕らわれていた

 プラスの力を持つ 銀水晶に支配された白い月のプリンセス
 マイナスの力を持つ 邪黒水晶を支配する暗黒のプリンス

 決して交わることのなかった二人が
 こうして今
 目の前で向き合い、牽制し合っている

 なんとも異様な光景・・・
 だが、ひどく艶麗だ
 凛とした空気が辺りを包み込む


 しばらくその違和感に酔いしれていた


「・・・・・・」

 じっとこちらを鋭い瞳が凝視している

 緊迫した 重い沈黙
 どのくらいその状態が続いたのか分からない



「・・・はあ・・・」

 緊張の汗が頬を伝う
 体を支えていられなくて足が震え出した


「・・・っ・・・」

 耐え兼ねて体が崩れ落ちる

「!!」

 その腕をつかまれて体を抱き起こされた


「は・・・離して」

「・・・・・・」

 紫紺の瞳が覗き込む


 分からない・・・なぜこんなにこの瞳に惹かれるのか
 今彼女に触れているこの瞬間も
 すべてが欲しくてたまらない


「・・・あっ!・・・」

 そのまま何も言わずにきつく抱き寄せた


「いやっ・・・やめてっっ」

 弱々しい力で抗おうとする

 強い腕がそんな抵抗を気にせず
 捕らえた体をひたすら抱きしめた


「・・・大人しく抱かれていろ」

「いやよっっ・・・触らないで!」

 あたしの体をこれ以上こんな人の好きにさせたくない・・・
 諦めず必死でその腕の中で暴れる



カラン

「あっ」

「・・・!」

 その拍子に銀水晶が手の中からこぼれ落ちた
 透明感のある音が辺りに響く

 慌てて拾おうと手を伸ばした


「!!」

 横から伸びてきた手が先にそれを拾う


「・・・・・・」

 紫の瞳がまじまじとそれを覗き込んだ


「これが銀水晶か・・・」

 実物をしっかりと眺めたのは初めてかもしれない
 膨大なプラスのエネルギーを秘めた月の王国の秘宝
 だがこうして手に取って見ると
 全くそのような感じがしない

 まるでただのガラス球ではないか


「何のエナジーも感じられない
本当に巨大な力を秘めているのか?」

 こんなもののせいで我らは…


「・・・それを返して」

 唯一の心の拠り所
 それまで奪われたら・・・


「・・・・・・」

 少し考えているようだったけど
 すぐに興味をなくしたように銀水晶を放り投げた
 あたしの手の中にそれが戻る

 あっさりと返されて拍子抜けした


「・・・銀水晶はここでは何の力も持たない
奪うまでもない」

 何よ それ
 邪黒水晶のパワーの前には銀水晶も無力だと言うの?
 ・・・だから連れ去られて意識が戻った時も
 手元に転がしてあったのね
 使えるものなら使ってみろとでも言いたいのかしら

 ・・・悔しいけど
 確かに今は銀水晶も本来の力を発揮できずにいる


「そんなガラス球に頼っているようでは
わたしには一生敵わないな」

 デマンドが勝ち誇ったように笑みを浮かべた

「・・・っ!・・・」



「セレニティ・・・

いい加減観念しろ」

「あ・・・嫌っ!・・・」

 また自分の方に引き寄せようとする

 その腕を振り払い
 後ろに避けた


「来ないで・・・」

「・・・・・・」

 触れようとするといつも怯えて逃げる


「あたしは・・・あなたなんて愛せない」

「愛だと?
そんなくだらないものを本当に信じているのか」

「くだらなくなんかない!

あたしには愛している人達がいる
みんなかけがえのない大切な存在よ」

 何かある毎に愛だ愛だとほざく
 なぜだかその言葉を聞くとひどく腹立たしい


「・・・ならばその愛すらも力で奪ってみせようか?」

「!!」

 力尽くでその体を引き寄せる


「・・・乱暴したって無駄よ
力なんかじゃあたしの心は奪えない」

 決意の瞳でまっすぐと彼を見据えてやった


「・・・・・・」

 全身を強張らせて警戒の姿勢を見せている


 無言のまま
 デマンドの手がゆっくりと近づいてくる・・・

「・・・!!」

 無理矢理キスされると思い
 硬く目と唇を閉じて顔を背けた




 その手が髪にそっと触れる

「・・・!?」

 意外な行動にどきりとした
 恐る恐る見上げてみる

 いつも鋭くて冷たいだけの瞳が
 あたしを愛おしそうに見つめていた


「セレニティ

わたしがどれだけおまえを手に入れたかったかわかるか?」

「・・・え?・・・」

「ずっとおまえに恋焦がれていた
不可侵の・・・全能の女神
わたしごときでは触れたくても触れられない
もどかしい想いを何度味わったことか

その想いを遂げるには連れ去るしかなかった
やっとこうして触れられるようになったというのに

・・・おまえはまだわたしを受け入れてくれないのか」

「あ・・・あの・・・」

 今までの雰囲気と全然違う・・・
 あたしをひたむきに見つめるその瞳に釘付けになった
 ・・・胸がどきどきする


 そっと指先が頬に触れた

「・・・あ・・・」

「おまえはもう わたしだけの女神だ」

 唇がゆっくりと近づいてくる

「デマンド・・・」

「わたしだけ・・・見ていて欲しい」

 ほんの一瞬
 その雰囲気にまどろんでしまった自分が確かにいた



「・・・っ!・・・」

 はっと我に返る


「・・・やめてっ」

「!!」

 その誘惑を寸前で振り払った


「あたしは・・・
 あなたなんて愛していない」

 弱い声を喉の奥から振り絞る



 ・・・心臓がまだどきどきしている
 一瞬判断が遅かったら・・・危なかった


「・・・・・・」

 黙って俯いている
 彼の想いを全力で拒絶してしまった
 ・・・少し後ろめたい


「デマンド・・・ごめ・・・」

「・・・クククク」

「!?」

 そのまま低く笑いだした



「今・・・わたしの言葉に落ちかけたな」

「なっ・・・!」

 熱い瞳が侮蔑の眼差しに変わる


「女というものは
少し甘い言葉をかけただけで簡単になびく
おもしろい

・・・ハハハッ」

 その場に笑い崩れた


 ・・・からかわれたことに今 気が付いた

「・・・くっ・・・」

 悔しくて顔が熱くなる

 あたしの心を弄ぼうとした
 今までの中で最も最低な ひどい振る舞いだ

 ・・・体を奪われるより強い屈辱を感じる


「そんなに甘い言葉がお望みなら
もっとかけてやろうか?」

「結構よ!!

・・・そんな表面だけの愛の言葉なんて要らない」

 あまりに腹立たしくて目が合わせられない・・・


「・・・なんだそれは
愛の言葉だと?

そんなまやかし わたしは信じない」


「何よ・・・それ」

「愛など必要ない

そんなものただの虚無だ」

「・・・・・・」

 彼女が俯いた


「おまえはどう足掻いてもわたしには敵わない

・・・そろそろ気づけ
負けを公言してひざまずけ」

 諦めと軽蔑の眼差しが向けられるのを期待していた


「・・・・・・

愛を信じられないなんて
・・・かわいそうな人」

「・・・!?」

 かわいそうだと?
 わたしがか??

 ・・・なんだその哀れむ瞳は


 その瞳にカッとした
 金色に輝く垂れ髪を強く引く

「あうっっ!」

「わたしの求めている瞳はそんな哀れみの目ではない
・・・いつものように睨め

その青い瞳で精一杯睨んでわたしをもっと楽しませろ」

「う・・・ううっ」

 引っ張られる髪がギリギリと音を立てる
 その根元が焼けるように熱い

「ああっっ!」

「さあっ!」

「・・・女の子の髪をひっぱるなんて・・・最低よ」

「!!

その瞳を・・・やめろ!!」

 その細い首に手をかけた


「くあっっ」

 指先に力がこもっていく

「ん・・・んんっ」

 セレニティが苦悶の表情を浮かべ
 わたしの腕にしがみ付いた


「・・・おまえは我が一族を拒絶した
銀水晶を前に、我々は何も出来なかった

だが今のわたしには力がある
この暗黒パワー溢れる邪黒水晶は無敵だ!

・・・立場は逆転したのだ」

「んんっ・・・あうっ・・・」

 強い憎悪と殺意が指先から伝わってくる


「わたしの心を惑わす魔性の女
このまま締め上げてくれようか

・・・楽になるぞ」

「や・・・あああっ!」

 電流がその乱暴な手から放たれ 体中を駆け巡った

「きゃあああああ!!」

 全身が痺れて悲鳴が上がる

 締め上げる指先からどんどん体中のエナジーが奪われていく
 抵抗する力が・・・もう出ない


「ああああっっ・・・!!」


「・・・くっ・・・!・・・」

 なんだ・・・この女は

 はじめから本気ではなかった
 ひれ伏して謝ればやめるつもりで手加減はしていた
 なのになぜだ

 その手を受け入れてわたしをまっすぐと見つめてくる


「んっ・・・ああっっ」

「・・・わたしに従え」

「いや・・・よ」

「いい加減にしないと本当に死ぬぞ!」

「い…ああっっ!」

 デマンドの心が憎しみに支配されている
 ・・・あたしのせいで彼はこんなに苦しんでいるの?

 何かに怯えているような 打ち震える眼差し
 なんて・・・悲しい瞳なの

 何も信じることができない・・・かわいそうな人


 どんなに苦痛を与えても
 変わらずその瞳がずっとわたしを見つめてくる


「・・っ!・・・」

「・・ん・・・・・・」

 彼女の腕から力が抜け
 ぱたりと力なく落ちた

「!!!」

 締め上げる手を緩める


「うっ・・・・・・ごほっっっ

・・・はあっ・・はあ・・・・・・」

 デマンドの手が離れ、その場に倒れ伏した



 目の前でセレニティが乱れる息を吐き続けている

 ・・・なんと恐ろしい女だ
 背筋が寒くなった

「はあ・・・はあ・・・」


 ・・・目が霞む


 もう・・・力が・・・出ない




 遠のく意識の中で、デマンドの囁く声が聞こえる


「そんなに簡単に楽にはさせない
エナジーの尽きるまで楽しませてもらうぞ」

 そのまま意識が途絶えた


「・・・・・・」


 ・・・逆上して一瞬我を忘れてしまった
 もう少しで本当にこの手にかけてしまう所だった


「セレニティ・・・」

 動かなくなった彼女をそっと抱き上げる
 柔らかい 肌の感触

 ・・・温かい

 やっと大人しくこの腕の中に抱くことが出来た
 そのまま強く抱きしめる


 ・・・・・・

 さっき言った言葉はすべてが嘘ではない
 触れたくても叶わない 不可侵の女神
 あの日出会った美しい姿と・・・その瞳
 それに惹かれておまえを連れ去ってきた

 もう・・・誰にも渡さない



 金色に輝く髪に惹かれ、頭を撫でてみた


「・・・ん・・・」

 ・・・まただ
 彼女に触れると、温かい感情が湧き上がってくる
 今までに感じた事のない

 ・・・いや なんだかとてもなつかしいような
 心の奥底に封印して忘れ去った感情

 胸が締め付けられる
 ・・・不思議な感覚だ


 ・・・・・・・・・

 見渡す限り、辺りには誰もいない


「セレニティ
・・・わたしの女神」

 しばらくその不思議な懐かしさを噛み締めながら
 優しく頭を撫で続けた

 このまま・・・時など止まってしまえば良い


 音のない空間に
 彼女の優しい心臓の鼓動が響く