「・・・もう・・朝?」

 まどろむ世界から意識が少しずつ戻ってくる

 ベッドの中がとても温かくて気持ち良くて
 しばらく現実と夢の狭間をうろうろしていた


「・・・ん・・」

 その誘惑に打ち勝ち 目を開けた
 ゆっくりと上体を起こす


「・・・・・・」

 目の前のデマンドはまだ瞳を閉じたままだ


 彼があたしと同じベッドで寝るようになったのは
 いつからだっただろう

 静かな寝息があたしの前髪を揺らす

 無防備な寝顔を見せてくれるのは
 あたしを信用してくれているからなのかな・・・

「・・・安らかな寝顔ね」

 しばらく無言で眺めていた
 さらさらな白い髪に耳元を飾る漆黒の邪黒水晶が映える



 ・・・外見は結構かっこいいわよね
 学校の先輩とかだったらすごく人気がありそう
 まこちゃんがまた

 先輩にそっくりだ・・・

 とか言ったりして


 くすっと笑う




「・・・・・・」

 みんなごめんね・・・
 あたしはここに残る覚悟を決めてしまった
 多分もう、みんなとふざけ合って笑いあったりする事はない

 未練がないと言えば嘘になる
 でも・・・

 ・・・・・・



 デマンドの頭をそっとなでた
 滑らかな手触り
 指に沿って綺麗な髪の筋ができあがる


 あたしが心を開いてから
 彼は少しずつ変わってきている気がする

 少し強引で不器用な人だけど
 あたしに触れてくる手はすごく優しいし
 少しずつ笑う顔も増えてきた


 あたしの心も前とは感じ方があきらかに違う
 彼が笑っている姿を見ると嬉しい
 その顔を見ているとここに存在している意義が見出される

 彼の・・・
 あたしに接してくるすべての動作から
 心の底から愛してくれているのが伝わってくる
 女としてこんなに嬉しいことはない


「・・・あたしは安らぎになっているのかな」


 光も一切届かない
 暗黒パワーに包まれた静寂の星

 この星に追いやられ 孤独と必死に戦ってきたプリンス
 あたしだったらとても耐えられない


 ・・・しかもそうさせたのは未来のあたしらしい
 今の自分がしたことではないけれど
 記憶と自覚はなくても後ろめたい・・・

 憎まれても仕方ないのに
 彼は愛しそうに優しく触れてきてくれる

 ・・・どうしてそんなことができるんだろう



「・・・・・・

・・・!!」

 不意に強い眩暈が襲ってきた
 起こしていた上体が
 そのままベッドに吸い込まれるように倒れこむ


「・・・はあ・・・はあ」

 頭の奥がどろどろに溶けそう・・・
 このまま意識がなくなったら
 もう戻って来れないような気がする


「・・・くっ」

 深い漆黒の闇が意識を包み込んでくる
 それに抗おうと必死に耐えた


 ・・・落ち着いて・・・ゆっくり息を吐くのよ



「・・・・・・はあ・・」

 息が落ち着いた

 ・・・闇が遠ざかっていく
 ぼやけていた視界が元に戻ってきた


「もう・・・大丈夫」

 心配をかけたくなくて
 彼の前では元気な素振りを見せていたけど
 最近頻繁に脱力感と眩暈が襲ってくる


 ・・・分かる
 あたしはいずれ力尽きる
 それは多分そう遠くない未来のことだろう

 怖くないと言えば嘘になる

 だけど
 このままここに居続けたら自分はどうなるのかなんて
 ・・・今は考えられない


「・・・デマンド」

 すぐ横にいるこの人を癒してあげたい
 あなたの孤独な心を包み込んで温かくしてあげたい

 それは未来の自分がした事に対して後ろめたいからではなく
 今、こうしてあなたに触れているあたし自身が望んでいること
 ・・・月野うさぎが心の底から思っている本心だよ


 ゆっくりと体を起こして
 彼の顔を覗きこむ

「・・・・・・」

 そのままそっと唇を重ねた



 ・・・・

 ・・・・・・!!


 その唇に反応があった


「ん・・・んんっ」

 腕があたしの頭上に伸びてきて
 軽く触れた唇を強く押し戻す

 そのまま肩を抱きしめられた



「・・・・・・ん」


 名残惜しそうに唇が離れた
 優しい笑顔がこちらを向いている

「・・・起きていたの?」

「心地良い唇の感触に少々まどろんでいた

夢なのかと思った」

「・・・夢じゃないよ」

 あたしも負けない笑顔を彼に向けた


「もう一回してくれないか?
夢ではなかったのだと実感したい」

「うん・・・」

 望まれるままにキスをした
 しなやかな指があたしの髪を撫でる

「・・・・・はあ」

 唇が離れ そのまま彼の胸に顔をうずめた


「おはよう」

「・・・おはよ」

 心臓の鼓動が聞こえる
 しばらくその音に耳を傾けていた


「こうして
抱きしめているだけで心が落ち着く」

「・・・ん」

 肌の温かさがとても気持ち良くて
 このまま、まどろんでしまいそう

「セレニティ・・」

「なあに?」

「愛している」

「知ってるよ

毎日聞いてるもん」

「毎日でも言いたい
愛している

・・・あと何度伝えればおまえの心に響くのだろう」

「・・・・・・うん」

 何もいえなくて口を閉ざした


「・・・・・・」

「・・・・・・

・・・!!
ちょっと・・何っ」

 デマンドがいきなり脇をくすぐり始めた

「やだっっやめてよ
くすぐったいってば

きゃはははは!」

 我慢できなくて大声で笑う


「おい」

 おでこをつつかれた

「あうっ」

「そんなに深刻な顔をするな
勝手に言いたいから言っているだけだ

・・・迷惑なら聞き流しておけ」

 迷惑なんかじゃない・・・
 だけど その気持ちに応えてあげられない
 そんなあたしの心が申し訳なくていつも何も言えなくなる


「迷惑なんかじゃないよ
・・・すごく嬉しいよ」

「なら良い
おまえは傍にいてただ笑っていてくれればいい」

「・・・うん」

 にっこり笑って
 彼の腕の中に戻る




「あのさ・・・」

「何だ?」

「・・・とりあえず服着ようよ

恥ずかしいよ」

 いつ話を切り出そうか迷っていたけど
 ・・やっと言えた

「そのままでも充分綺麗だ
むしろそっちの方が眺めが良い」

「・・・服はどこよ」

 聞いたのが間違いだった気がする
 デマンドが何も言わずに指をさした

 ベッドのすぐ下
 床の上に二人の服が散らばっている

「・・・ドレスは吊るしておかないとしわになるのに;」

「昨日は夢中になり過ぎて
そのまま寝てしまったからな

・・・昨日も、か」

「!!
そういうこと聞いてるんじゃないでしょっ
もうっっ

・・・取ってよ
そっちの方が近いでしょ」

 少し残念そうな顔をしたように見えた
 ううん、多分面倒くさかっただけなんだと思う


「・・・自分で取って来い」

「なっ・・・」

 顔を赤くしてむっとする

「・・・いいわよ、自分で行けばいいんでしょ!」

 彼の足元からベッドを降りて
 急いでドレスに駆け寄る

「・・・・・・」

 じっと見ている目の前で素早く着替えた

「何見てるのよっ」

 こちらを凝視する瞳に注意を促す

「・・・ついでにわたしの分も取ってくれ」

 な・・・なにそれっ
 あたしには自分で取って来いと言っておいて
 そういうこというのっっ

 むむむっ


 ・・・・・・

 いじわるしようとも思ったけど
 裸のままこっちに来られるのも困るから言う通りに渡した


「もうっ

・・・早く着てよ」

 そのまま後ろを向く

「・・・・・・」

 無言のまま着替え始めた
 布の擦れる音が聞こえる

 お礼も言わないし
 ・・・そういえばデマンドからありがとうって
 言われたことはほとんどない

 ・・・1回あったっけ?
 うーん・・・

 プリンスだからって
 ちょっと傲慢過ぎなんじゃないかしら

「ちょっと!デマンド」

 バサッという音と共に一瞬で視界が紫になった


「なっ何!」

 どうやらマントがあたしの頭に覆い被さったらしい

「ちょっと・・・前が見えない」

 軽く慌てて出口を探す


「・・・セレニティ」

「!!」

 後ろから抱きしめられた

「・・・どうしたの?」

 視界が紫のまま
 抱きしめる腕の力が強くなっていく

「小さい体だな・・・
わたしの腕の中にすっぽりと納まってしまう」

「・・・・・・」

 一枚の布を通して温かさが伝わってくる
 いつもこの強引さと
 彼のあたしへの想いの強さを感じると
 何も言えなくなってしまう


「デマンド・・・」

 今どんな表情をしているの?
 ・・・あなたの顔が見たい

 そっと頭を覆っているマントから顔を出した

「・・・・・・」

「・・・・・・」


 どちらからともなくごく自然に唇と唇が触れ合った

「・・・・・ん・・・」

 ぬくもりを確かめるように何度もお互いを求め合う

 優しいけど力強いあなたの腕
 すごく温かくて
 心の奥まで抱きしめられているみたい


「・・・・・・」

 唇が離れ目線が合った

「・・・・・・ふふ」

 顔を見合わせて笑う

 静かな空間に二人の笑い声だけが響く
 穏やかな時がゆっくりと過ぎて行く